第22話 遅かったわね
西地区の十二番倉庫に到着した時、辺りは妙に静まり返っていた。
街灯の光もほとんど届かない倉庫街。湿った夜気の中に、鉄と油の匂いが混じっている。
ジムが足を止めた。
「静かすぎる」
セイジも倉庫を見上げる。
「気ぃつけろ」
その横で、エリオットが拳を握った。
「絶対間に合わせるぞ」
「あぁ」
セイジが扉へ手をかける。
「行くぞ」
「おう!!!!」
ガンッ!!
重い扉を開け、一斉に中へ踏み込んだ。
そして、全員が止まった。
床に男たちが倒れている。一人、二人、三人。奥にもいた。
誰も動かない。血の匂いだけが倉庫の中に残っていた。
「……マジかよ」
ノエルが低く呟いた。
奥の壁際では、女が幼い子供を抱き締めていた。隣には男もいる。三人とも震えていたが、生きている。
「無事か!」
エリオットたちが駆け寄ると、女は何度も頷いた。
「はい……はい……」
ジムが三人の安全を確かめ、バリーは応援と救急を呼んだ。エリオットたちは家族に付き添う。
セイジは倒れている男たちを見た。眉間に深く皺が寄る。
「……誰がやった」
コツ。
高いヒールの音が響き、全員が振り向いた。
暗がりから、一人の女が姿を現す。
黒を基調にした大胆なボディスーツは、動きを邪魔しない形でありながら、舞台衣装のように華やかだった。鋭いラインに大胆な装飾。高いヒールを履き、顔は隠していない。
美しい女だった。
ただ、その目は冷たい。
後ろから、さらに七人が現れた。それぞれ違う意匠のボディスーツを纏っている。派手で、美しく、どう見ても普通ではない。
先頭の女が、セイジを見て口元を上げた。
「遅かったわね」
その時、セイジの腕時計からブルースの声が飛ぶ。
『キャッツクローだよ! 野蛮な女集団だよ!』
誰も反応しなかった。
「あら。ムゴッサの星の王子様ね」
「誰が星やねん」
ニコが横から顔を出す。
「星より光じゃないー? 実際、空も晴れたし」
「天気まで俺らのせいにすな!!!」
マットが淡々と言った。
「太陽を初めて見た」
「マジなんかい!!!」
「曇りか雨ばかりだった」
ジムまで低く続けると、バリーが肩をすくめた。
「湿気がすごかったのよね〜」
「急に生活情報足すな!!!」
先頭の女も、少しだけ視線を上げる。
「……確かに、初めてこの街で太陽を見たわ」
「認めるんかい!!!」
チリン。
バルドが静かにベルを鳴らした。
「何故、このような事をしたのでしょう」
セイジはもう一度、倒れている男たちへ視線を落とした。表情が変わる。
「なんで殺す必要あんねん」
女の笑みが消えた。
「殺さなきゃ終わらないの」
「終わるんは、こいつらの命だけやろ」
「この男たちは、二度とあの子を襲わないわ」
「殺す以外に止める方法があるやろが」
ジムが低く息を吐いた。
「またお前達か」
セイジが横を見る。
「知り合いなん」
バリーが困ったように笑う。
「だから殺しちゃダメって、いつもおじさん達言ってるよね〜」
「いつも?」
マットも女たちを見た。
「何度言えば分かる」
ニコが軽く手を上げる。
「またやったのー?」
「お前ら、何回これやっとんねん」
先頭の女は悪びれなかった。
「必要なだけよ」
「必要ちゃうわ!!!」
女が一歩前へ出る。
「セレーナ・ヴァルモント」
「聞いてへん」
「名乗ったのよ」
「今そこちゃうねん!!!」
後ろの女たちが少しだけ笑った。セレーナは気にしない。
「捕まえる。裁く。そして、出てくる」
床に倒れた男たちへ視線を落とす。
「また誰かを傷つける」
「だから殺すんか」
「ええ。何度も見てきたわ。捕まって、釈放されて、また同じことをする人間を」
セイジの目が細くなる。
「それで自分が殺人犯になってどうすんねん」
「構わない」
「それでも命奪うんは違うやろが」
セレーナがセイジを見る。
「甘いのね、王子様」
「何がや」
「また同じことをするかもしれない相手を、生かすんでしょう?」
「あぁ」
「そして、また誰かが傷つく」
「あぁ」
「なら、最初から終わらせればいい」
セイジの表情が変わった。
「ジムやマット達を否定すんな、お前」
セレーナが目を細める。
「否定してないわ。結果を言っているだけ」
「一緒やろが」
「違うわ」
「違わへん」
セイジが一歩前へ出た。
「あいつら、この街が腐っとんの分かった上で、それでも毎回捕まえて、裁いて、守っとんねん」
「それでも繰り返すわ」
「あぁ」
「なら意味がないじゃない」
「あるわ」
セレーナが黙る。
「今日あの三人を助けたんは、お前らや。それは認める。せやけど、助けたことと殺したことは別やろが」
「次に誰かが死んでも?」
「次も止める」
「何度でも?」
「あぁ」
セイジは迷わなかった。
「何度でもや」
その横で、ジムが低く言う。
「人を殺していい理由なんて無い」
バリーも肩をすくめた。
「その一線、超えちゃあダメなのよ〜」
ニコが軽く手を上げる。
「殺したい気持ちもわかるけどねー」
「わかるんかい!!」
「でも殺していいわけないよねー」
「そこはまともなんかい!!!」
マットがセレーナを見る。
「殺すな」
一拍置いて、続けた。
「越えてはいけない一線だ」
セレーナはジム、バリー、ニコ、マット、そしてセイジを順番に見た。
やがて、少しだけ口元を上げる。
「……ずいぶん甘い男ばかりなのね」
「誰が甘いねん!!!」
「甘いわ」
「うるさいわ!!!」
二人はしばらく睨み合った。セレーナは目を逸らさない。むしろ先ほどより、明らかに楽しそうだった。
「……あなた」
「なんや」
「欲しくなったわ」
「なんでそうなんねん!!」
ロイヤル・フラグメントが一斉に振り向いた。
「はぁ?!」
「セイジ目当てかよ!!!」
「ふざけんな!!!」
「誰が渡すか!!!」
「俺たちのセイジだぞ!!!!」
「お前らも何言うとんどい!!!」
キャッツクローの後ろから、一人の女が前へ出る。整った顔と隙のない立ち姿。セレーナとはまた違う、強い圧があった。
「ずいぶん過保護なのね」
エリオットが睨む。
「てめぇらがセイジ狙うからだろ!!!」
「狙っているのはセレーナよ」
「一緒だろ!!!!」
「一緒にしないで」
「めんどくせぇな!!!」
別の女が、ふんと鼻を鳴らした。
「王子一人に七人も群がって、みっともないですわね」
ノエルが即座に前へ出る。
「てめぇ今なんつった!!!」
「聞こえなかったの?」
「上等だ!!!」
「やる?」
「やってやるよ!!!」
その横で、赤みの強い髪の女が拳を鳴らした。
「さっきからうるさいのよ、あんた達」
セシルも前へ出る。
「てめぇらが先に喧嘩売ってんだろ!!!」
「売ってないわ」
「人の仲間欲しいとか言ってる奴がいるだろ!!!」
「それはセレーナよ」
「だから一緒だろ!!!!」
さらに、ひときわ華やかな女がアレクシスを上から下まで眺めた。
「その服、悪くないわね」
「てめぇもな!!」
「……褒めてるの?」
「褒めてるわ!!!」
「喧嘩しながら何褒め合っとんねん!!!」
「セイジから離れろ!!!」
「そっちこそ下がりなさいよ!!!」
「誰が下がるか!!!」
「やる気?」
「上等だ!!!!」
「待て待て待て待て!!!」
セイジが両手を広げて間に入った。
「なんで俺置いて周りで戦争始まっとんねん!!!」
少し離れたところで、ミレーヌは目を輝かせている。
「最高です」
「何がや!!!」
ジムが額を押さえた。
「……増えたな」
バリーは「若いねぇ〜」と笑い、ニコも楽しそうに頷く。
「恋始まっちゃったじゃーん」
「始まってへんわ!!!」
マットだけは何も言わず、明らかに面倒そうな顔をしていた。
そんな騒ぎの中、セレーナだけがふっと踵を返す。
「今日はこの辺にしておくわ」
「勝手に終わらすな!!!」
数歩進んだところで、セレーナが振り返った。
見ているのはセイジだけだった。
「次はパーティーでお会いしましょう」
「は?」
一瞬、倉庫の中が静かになる。
そして。
「ふざけんな!!!!」




