第20話 オーシャン
夜。
ムゴッサの中心街にあるイタリアンレストラン。
――オーシャン。
以前は別の人間が経営していた店だったが、今はオズのものになっている。
重厚な扉を開けると、落ち着いた照明の奥に大きな個室があった。濃い木目のテーブル。磨かれたグラス。壁際には年代物の酒が並んでいる。
そして。
そこに。
異様にキラキラした集団が入ってきた。
セイジ。
ロイヤル・フラグメントの七人。
全員、王子服。
淡い水色を基調に、銀糸と宝石が細かく光る。夜の店内でも一人一人がやたら明るく見えた。
セイジに至っては、照明が頬へ落ちただけで映画のワンシーンみたいになっている。
白い肌。
少し長い前髪。
長い睫毛。
薄い唇。
まだ二十歳の、少年らしい繊細さを残した顔。
けれど、その目にはもう以前より深い影がある。
儚い。
綺麗。
危うい。
そこだけ切り取れば、裏社会の食事会に来た人間とは到底思えなかった。
「……」
セイジが部屋を見回す。
アルマーニ。
その隣には、大柄な男が一人。
ドミニク。
護衛は彼だけだった。
けれど、立っているだけで十分だと分かる。
反対側にはオズとギル。
そして。
ジム。
バリー。
ミレーヌ。
バルド。
セイジは自分たちを含め、もう一度全員を見る。
「……俺ら、この中おってええんか」
アルマーニがセイジを見る。
「必要だから呼んだ」
「なんでなんや」
「今、この街で一番目立っている」
「理由それなん」
「市民が見ている」
「それは知っとる」
アルマーニは静かにグラスへ手を伸ばした。
「君たちが来て、街は変わった」
「……」
「人の顔が明るくなった」
セイジが少しだけ姿勢を直す。
「それはええことやな」
「空も晴れるようになった」
「天気まで?!!」
ロイフラも一斉にアルマーニを見る。
「そこまで俺ら関係ある?!」
「さすがに偶然だろ!」
アルマーニは至って真面目だった。
「君たちが来るまで、空が晴れたことはなかった」
「そんなことある?!」
ジムが煙草を咥えたまま頷く。
「たしかにそうだ」
「ほんまなんかい!!」
バリーがワインを眺めながら笑う。
「空も照れちゃったじゃない」
「何がやねん!!」
「うまいこと言ったみたいな顔すんな!!!」
ロイフラの総ツッコミが飛ぶ。
アルマーニは少しだけ口元を緩めた。
「とにかく、今のムゴッサでは君たちは希望の星らしい」
「俺らが希望の星だってよ」
エリオットが隣を見る。
レオンが少し笑った。
「……悪くねぇな」
「俺たちが希望与えられねぇわけねぇだろ」
「ここまで来たしな」
「やれるだけやろうぜ」
セイジが七人を見る。
「急に頼もしいやんけ」
バリーがグラスを上げる。
「青春だねぇ〜」
「何がや」
*
料理が運ばれてきた。
大皿のパスタ。
魚介。
肉料理。
焼きたてのパン。
そしてワイン。
ルシアンが真っ先に身を乗り出す。
「うまそう」
「お前、今日一番元気やな」
「飯は別だろ」
ノエルも皿を見る。
「これ全部オズが作ったのか?」
「今日は僕も厨房に入ったよ」
「早く食おうぜ」
オズが少し笑う。
「その前に」
ノエルを見る。
「ノエル王子。この前はごめんね」
「ん?」
「薬を使ったこと」
ノエルは一瞬だけ考えて、すぐに肩をすくめた。
「別に。大したことなかったし、てめぇの家族が助かったから気にしてねぇよ」
オズが少しだけ目を細める。
「ありがとう」
「それより飯まだかよ」
「お前ほんま余韻ないな」
「腹減ってんだよ」
「俺も」
「俺も」
「俺パスタ」
「俺肉」
「一気に喋んな」
オズが笑いながら料理を取り分ける。
食事が始まった。
その途中。
ミレーヌがパスタを見て。
ワインを見て。
アルマーニを見て。
オズを見て。
ジムとバリーまで見た。
そして、隣のセイジへ小さく顔を寄せる。
「セイジさん」
「なんや」
「自分がこの世界の中に入れて最高です」
セイジが横目で見る。
「夢叶ったやんけ」
「はい」
ミレーヌは満足そうに頷いた。
セイジも何も言わず、ワインを一口飲んだ。
*
しばらくして。
オズが静かに口を開いた。
「最初に会った時のこと、覚えてる?」
セイジが煙草を指に挟む。
「忘れるかい」
ノエルが口いっぱいにパスタを入れたままオズを見る。
「俺刺されたしな」
「本当にごめん」
「もうええ言うとるやろ」
オズは少しだけ笑った。
「君たちが子供を助けるのは、分かっててやったんだ」
セイジが眉を上げる。
「なんで分かったんや」
「初めてムゴッサに来た日」
オズがロイヤル・フラグメントを見る。
「BARで子供たちを助けてたでしょう」
「……」
「子供のために怒って、喧嘩までしてた」
セイジが煙草の灰を落とす。
「両親殺されて直後の飯やったしな」
「うん」
オズは頷いた。
「だから、子供を使えば絶対に来ると思った」
「策士やな」
「それしかなかったんだ」
「ほんで」
「子供たちは助ける。その流れで、僕の家族も助けてもらえるかもしれないと思った」
セイジは特に驚かなかった。
「家族守りたいんはええ事やんけ」
オズが顔を上げる。
「もう気にせんでええ」
「……ありがとう」
ノエルが皿を差し出す。
「パスタもうちょい」
「お前ほんま飯優先やな」
「うまいんだから仕方ねぇだろ」
ルシアンも皿を出す。
「俺も」
「お前もかい」
オズは笑いながら二人へパスタを追加した。
*
食事がひと段落する。
バルドが静かに手元のベルへ指を伸ばした。
チリン。
「お話をどうぞ」
アルマーニがグラスを置く。
「では、本題に入ろう」
空気が変わった。
セイジも煙草を灰皿へ置く。
アルマーニは全員を見た。
「マカロニとフィニーが、私の席を狙っているらしい」
ロイフラの表情が変わる。
ジムもバリーも黙った。
セイジがオズを見る。
「お前が前言うとった、すごい事ってこれか」
「うん」
オズが頷く。
「マカロニの動きも、フィニーの動きもおかしかった」
「別々に動いてるように見せてるけど、目標は同じだと思う」
「アルマーニを?」
「うん」
バリーの顔から。
いつもの軽さが消えた。
「フィニーちゃんにはさせねぇよ」
セイジが少しだけバリーを見る。
嫁。
愛している女。
それでも。
止める時は止める。
ジムもアルマーニを真っ直ぐ見る。
「あんたがいなくなったら、この国はどうなる」
アルマーニは答えなかった。
代わりにオズが口を開く。
「そもそも、ファミリーなのにボスに忠誠心がないことがおかしいんだ」
セイジが即座に食いつく。
「ほんまそれな!!」
全員がセイジを見る。
「なんでボス殺そうとすんねん! 家族なんやろが!」
オズが深く頷く。
「僕もそう思う」
「ファミリー名乗っといてトップ殺すん意味分からんやんけ!」
「ムゴッサでは珍しくない」
ジムが言う。
セイジ。
「ばりくそややこしいなこの国!!」
アルマーニがゆっくり口を開いた。
「私が引退したら……」
「言うな」
バリーが遮った。
軽さはなかった。
低い声。
「あんたじゃなきゃ、この国は狂っちまう」
セイジが止まる。
「……そんなになん?!!」
「あぁ」
ジムが答えた。
「アルマーニがいるから、まだファミリー同士に線がある」
「警察にも最低限の境界がある」
「政治も裏社会も、完全には崩れてない」
セイジがゆっくり周囲を見る。
「……これで?」
「あぁ」
「これで収まっとる方なんかい!!」
ロイヤル・フラグメントが一斉にテーブルへ身を乗り出した。
「どんだけ腐ってんだ!!!!」




