↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元若頭の王子、治安最悪の国でヒーローになる――ダークプリンス  作者: 夜嶋朔


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/22

第2話 夜の顔

 朝。


 ザルクのリュミエール邸には、昨夜とは別世界のような穏やかな光が差し込んでいた。


 重厚なカーテンの隙間から朝日が伸び、広い寝室の中央に置かれた大きなベッドを照らしている。


 セイジはまだ眠っていた。


 白いシーツの中で横向きになり、柔らかな髪を無造作に散らしている。


 黙って眠っているだけなら、本当に世界一美しい王子だった。


 長い睫毛。


 整った横顔。


 朝の光を受けた白い肌。


 昨夜、ザルクへ着いて早々に銃撃戦へ飛び込み、汚いBARで酒を飲み、チンピラの喧嘩を眺めていた男には見えない。


 扉が開いた。


「おはよー! セイジー!!」


 次の瞬間。


 ドンッ。


 ベッドが大きく沈んだ。


「……っ」


「セイジ大好きー!!」


「僕もー!!」


「起きてー!!」


「朝だよー!!」


 七人が次々とベッドへ飛び乗ってくる。


 セイジの身体がシーツごと埋まった。


「……重いねん」


「セイジー!」


「起きたー?」


「目ぇ開けてー!」


「やかましい……」


 セイジがゆっくり目を開けた。


 昨日の夜、


「腐ってやがる!!!」


「ガキに一発でも当ててみろ!!!」


「ブチ殺すぞコラァ!!!」


 と叫び散らしていた七人が、今は全員、満面の笑みでベッドの上にいる。


 セイジは枕へ顔を押しつけた。


「昨日の勢いなんやってん」


 エリオットが首を傾げる。


「昨日?」


「ブルース助けただけだよ?」


「覚えてるんかい!」


 ノエルがセイジの腕へ抱きつく。


「身寄りのない子、こんな街に置いといたらあぶないよー」


「それはそうやけど」


 その時。


「うわーん!」


 突然、セシルが泣き出した。


 セイジが顔を上げる。


「どした」


「ブルース、お父さんとお母さんいなくなっちゃって可哀想だよー!」


「情緒不安定かい」


「うわーん!」


「朝から泣くな。うるさい」


 そこへ寝室の扉が開いた。


「お兄ちゃん達、おはよう!」


 ブルースが元気よく入ってくる。


 七歳とは思えないほどしっかり身支度を整え、昨夜とは違う服を着ている。


 セシルが勢いよく振り返った。


「うわーん! 元気だよー!!」


「うん! 元気だよ!」


「よかったー!!」


 セイジが半分シーツに埋まったまま、二人を見る。


「お前のが七歳やんけ」


 ブルースは笑いながらベッドへ近づき、泣いているセシルの顔を覗き込んだ。


 セイジはその足取りを見た。


 昨夜から、まだ数時間しか経っていない。


 今は笑っている。その顔を確かめると、何も聞かずに少し身体をずらし、ベッドの端を空けた。


 ミレーヌは寝室の入口で黒革の手帖を開いていた。


「私は夜のキャラの方が好きですね」


「やかましすぎるけどな」


 チリン。


「朝食が出来上がっております」


 バルドが静かに告げた。


 セイジはようやくベッドから起き上がった。


「……まずこいつら降ろして」


「やだー!」


「セイジー!」


「朝飯抜くぞ」


 七人が一斉に飛び降りた。


「行こー!!」


「切り替えだけは早いな」



 朝食を終え、一行はリュミエール産業へ向かうことになった。


 初出勤。


 そしてセイジにとっては、ザルクで本格的に街の再建へ動き出す最初の日だった。


 支度を終えたセイジは、リュミエールを出港した時と同じ白を基調とした王子衣装に身を包んでいた。


 繊細な装飾の入った白。


 華やかで、上品で、遠目から見ても王族だと分かる。


 隣には、同じく煌びやかな王子姿へ戻ったロイヤル・フラグメントの七人。


 八人並ぶと、朝から無駄に眩しかった。


 セイジは煙草へ火をつけた。


「会社楽しみー!」


「僕の机あるかなー!」


「おやつ置けるかなー!」


「仕事の話せぇ」


 ルシアンが真顔で答える。


「おやつも大事だよー」


「お前はそれしかないんか」


 車列がリュミエール邸を出る。


 朝のザルクは、夜とはまた違った顔を見せていた。


 市場が開き、店が並び、通学する子どもや仕事へ向かう人間が歩いている。


 ただし、建物には古い銃痕が残り、壊れた街灯や放置された車もそのままだ。


 焼きたてのパンを袋へ詰める店主の背後には、板で塞がれた窓がある。子どもを連れた親は、路地の前で一度足を止め、奥を確かめてから通り過ぎた。


 セイジは窓を少し開け、煙草の煙を外へ逃がした。


「昼は普通に見えるな」


 ミレーヌが外を確認する。


「人は生活していますからね」


「あぁ」


 その時。


 前方で悲鳴が上がった。


「キャーッ!」


 銀行らしき建物から、覆面をした男が二人飛び出してくる。


 手には銃。


 一人は大きな鞄を抱えていた。


 通行人が一斉に道を開ける。


 男が逃走用の車へ向かう途中、転んだ女性へ銃口を向けた。


 その瞬間。


 後部座席の空気が変わった。


「市民が危ねぇ!!!」


 エリオットが叫ぶ。


「てめぇら!! 行くぞ!!!」


「おい」


 停車した車の扉が一斉に開いた。


 七人が飛び出していく。


 セイジは煙草を指に挟んだまま、その背中を見送った。


「……昼でもなるんかい」


 ミレーヌも窓の外を見る。


 七人はすでに完全に夜の顔へ切り替わっていた。


 いや。


 夜だからではない。


 危険を見た時の顔だ。


 エリオットが市民を後ろへ下げる。


「全員離れろ!!! 銃口から目ぇ切んな!!!」


 レオンが前へ出る。


「女に銃向けてんじゃねぇぞコラァ!!!」


 ノエルが反対側へ回り込み、男たちの視線を引く。


「こっち見やがれ!!!」


 エミールは周囲を見渡し、逃走車の位置を確認する。


「後ろの車止めろ!! こいつら逃げるぞ!!!」


 アレクシスが通行人を歩道側へ押し戻す。


「下がれ!! 巻き込まれんじゃねぇぞ!!!」


 セシルが正面から突っ込んだ。


「朝っぱらから何してくれてんだ!!!」


 一人の男がセシルへ銃口を向ける。


 レオンが腕を払い、エリオットが足を払う。


 男が地面へ転がった。


 もう一人が逃げようとする。


 ルシアンが横から進路を塞ぐ。


「どこ行く気だ!!!」


「どけ!」


「断る!!!」


 数十秒。


 それで終わった。


 二人の強盗は地面に伏せられ、銃も鞄も回収されていた。


 セイジは車から降りなかった。


 煙草を吸ったまま窓越しに見ている。


 市民を先に下げた。


 銃口を見た。


 逃走車を押さえた。


 誰かが動けば、別の誰かが空いた場所へ入る。転んでいた女性にも、もうアレクシスが手を貸していた。


 セイジは七人と周囲の人々を見渡し、車の背もたれへ身体を戻した。


 今、自分が割って入る必要はない。


 七人だけで十分だった。


 さっきまで、机に菓子を置く話しかしていなかった連中だ。


 それでも、この街で何をするのかは、もう自分たちなりに決めている。


 レオンが強盗の腕を押さえながら吐き捨てた。


「警察どうなってやがんだ!!! ったくよぉ!!!」


 ミレーヌが黒革の手帖へ何かを書きながら言った。


「やってる事は筋通ってるのがいいんです、このキャラ」


 セイジが煙を吐く。


「確かにな」


 その時だった。


 路地の奥から、白い煙がゆっくり流れてきた。


 葉巻の煙。


「王子どもがお遊びか?」


 低い声。


 怒鳴っていない。


 それでも、七人が同時に振り返った。


 煙の向こうから、一人の男が姿を現した。


 四十代ほど。


 古びたロングコート。


 無精髭。


 片手には太い葉巻。


 眠そうにも見える目は、現場へ向いた瞬間だけ異様に鋭かった。


 男はまず強盗を見る。


 落ちた銃。


 鞄。


 逃走車。


 周囲の市民。


 割れた店のガラス。


 地面へ伏せられた二人。


 視線が一度動いただけで、現場を全部拾っていく。


「二人。拳銃二丁。発砲なし。一般人に怪我なし。金も戻ってる」


 誰にも確認していない。


 セイジの目が少し細くなる。


 男は最後にロイヤル・フラグメントを見る。


「朝っぱらから王子様が七人で強盗転がしてんのは、何の催しだ?」


「誰が催しだ!!!」


 レオンが立ち上がる。


「遅ぇんだよ!!!」


 男は腕時計を見る。


「通報から二分十二秒」


「二分もかかってんじゃねぇ!!!」


「二分で文句言われるなら、この街の警察は全員失業だな」


「威張るとこちゃうやろ」


 セイジが車から降りた。


 白い王子衣装。


 指には煙草。


 どう見ても犯罪都市の路上に立つ男ではない。


 男の視線が初めてセイジへ向く。


 一瞬だけ止まった。


 だが、見ているのは顔だけではない。


 手。


 腰。


 靴。


 立ち位置。


 視線の置き方。


 セイジも、男の手元とコートの内側へ一度目を向けた。


「そいつら強盗。銃二丁。鞄の中身は触ってへん。市民に怪我なし」


 男の口元がわずかに上がる。


「へぇ」


「何や」


「世界一綺麗な王子様が、ずいぶん現場慣れした報告すると思ってな」


「顔関係ある」


「有名人は面倒なんだよ」


「知らんがな」


 男は葉巻を一度吸い、煙を横へ吐いた。


「ジム・ハーディ」


 コートの内側から警察徽章を取り出し、一瞬だけ見せる。


「ザルク市警だ」


「セイジ・リュミエール」


「知ってる」


「言わせんなや」


「本人の口から聞くのが礼儀だろ」


「初対面で遊び言う奴が礼儀語んな」


 ジムが鼻で笑った。


「口も悪ぃな」


「お前に言われたない」


 ロイヤル・フラグメントがセイジの後ろへ集まる。


「こいつムカつくな!!!」


「王子ナメてんぞ!!!」


「ぶっ飛ばすか!!!」


「警官殴んな。初日やぞ」


 ジムは七人を眺めた。


「こいつらは」


「俺の仲間」


「護衛じゃなく?」


「ちゃう」


「部下でもなく?」


「ちゃう」


「……なるほど」


 葉巻を咥え直した。


「面倒なのが八人増えたってわけか」


「誰が面倒だっ!!!」


「お前らや」


 セイジとジムの声が重なった。


 一瞬。


 二人が互いを見る。


 ジムが先に鼻で笑った。


「気ぃ合うな、王子様」


「最悪や」


 ジムは強盗へ視線を戻した。


「こいつらは俺が引き取る。銃も鞄もそのままでいい」


「あぁ」


「ひとつ忠告しといてやる」


 ジムの声から笑いが消えた。


「この街じゃ、目の前の悪党を一人転がしたくらいじゃ何も終わらねぇ」


 セイジは煙草を指に挟んだ。


「知っとる」


「いや」


 ジムがセイジを見る。


「まだ知らねぇよ」


 しばらく視線がぶつかる。


 ジムの目は笑っていなかった。


 脅して追い払おうとしているのか。それとも、知っていることをそのまま言っているのか。


 セイジは黙って、その目を見返した。


 ジムは葉巻を咥え直した。


「そのうち嫌でも分かる」


 セイジは煙を吐く。


「そん時考えるわ」


「長生きできるといいな」


「縁起悪いねん」


 ジムは初めて少しだけ笑った。


「次は俺らが来るまで待て、王子様」


 レオンが即座に叫ぶ。


「てめぇらが先に来い!!!」


「それができりゃ苦労しねぇよ」


「開き直んな!!!」


 ジムは強盗の腕を掴んで立たせる。


 そして去り際、振り返らずに言った。


「……セイジ・リュミエール」


「何や」


「ザルクへようこそ」


 葉巻の煙だけを残し、ジムは歩いていった。


 セイジはその背中を少しだけ眺めた。


 ミレーヌが言う。


「腐ってはいなさそうですね」


「あぁ」


「口は悪いですが」


「お前らに言われたないやろ」


 チリン。


「出勤いたしましょう」


 今度こそ、一行はリュミエール産業へ向かった。



 そして。


 到着した瞬間、セイジは固まった。


 巨大な本社ビルの前に、人がいる。


 多い。


 多すぎる。


 テレビカメラ。


 照明。


 記者。


 中継車。


 見覚えのある局名まで混ざっている。


「……何やこれ」


 車の扉が開いた瞬間、一斉に声が飛んできた。


「サニーテレビです!」


「中央テレビです!」


「セイジ王子! 本日の社長就任について一言お願いします!」


「ザルク再建事業についてお聞かせください!」


「世界各国への生中継が始まっています!」


 セイジが止まった。


「……誰が社長」


 ミレーヌが横から答える。


「セイジさんです」


「聞いてへんぞ」


「予定表には入っております」


「見てへん」


 ブルースが目を輝かせる。


「セイジお兄ちゃん! 世界中に映ってるよ!」


「初出勤で何してくれとんねん」


 ロイヤル・フラグメントはすっかり昼の顔へ戻っていた。


「セイジー! テレビだよー!!」


「僕も映りたいー!!」


「こっちのカメラ大きいー!」


「すごーい!」


 アレクシスが即座にセイジの髪へ手を伸ばす。


「セイジ、ちょっと止まってー! 前髪直すー!」


「触んな。朝からそのまま来とんねん」


「だから直すんだよー!」


「会社入らせろ」


 報道陣に囲まれたまま、セイジは用意されていた壇上へ押し上げられた。


 ミレーヌが自然に資料を差し出す。


 バルドが後方に立つ。


 ブルースは最前列の端へ座り、楽しそうに会場を見回している。


 七人はセイジの後ろに並んだ。


 白を基調とした王子衣装のセイジ。


 煌びやかな七人の王子たち。


 見た目だけなら、世界放送にも十分すぎるほど映えた。


「サニーテレビです!」


 一人の記者が手を挙げる。


「リュミエール産業のザルク進出、その代表取締役へのご就任について、今のお気持ちをお願いします!」


 セイジはマイクを見る。


 次に、ミレーヌを見る。


「今知った言うてもええ」


「世界放送です」


「先に言えや」


 会場から笑いが起きる。


「中央テレビです!」


 別の記者が続いた。


「ザルクを今後、どのように変えていくお考えですか?」


 セイジは少しだけ考えた。


 昨夜、港から入った路地。


 今朝、子どもを連れて歩いていた親。


 銃口を向けられ、道路へ座り込んでいた女性。


 その顔を思い出しながら、マイクへ向き直った。


「仕事作って、病院作って、学校作って、住むとこ整えて。犯罪せんでも飯食えるようにします」


 記者たちが一斉にペンを走らせる。


「それは大規模な社会改革ということでしょうか?」


「知らん。名前は好きにつけて」


 また笑いが起きた。


「実現には長い時間が必要になると思われますが!」


「あぁ。簡単やとは思ってへん」


「それでも実行すると?」


「やる言うて来とるからな」


 セイジはマイクから少し離れた。


「以上。おおきに」


 その瞬間。


「夢みてんじゃねぇ!!!」


 会場が凍った。


 セイジの眉が動く。


 後ろに並んでいたロイヤル・フラグメントの七人が、全員夜の顔になっていた。


 エリオットが前へ出る。


「そんな簡単に変わる訳ねぇだろうが!!!」


 レオンも拳を握る。


「この街ナメんな!!!」


 ノエルがカメラの前で叫ぶ。


「昨日来たばっかの俺らが、何でもできると思ってんじゃねぇ!!!」


 セイジがゆっくり振り返った。


「誰にヤジ飛ばしとんねん」


 セシルがさらに叫ぶ。


「でもやるんだろうが!!!」


「わかっとるわい!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。