第1話 ダークプリンス
夜の海の向こうに、ザルクの港が見えてきた。
港湾地区を照らす灯りは多い。それでも、明るい街には見えなかった。
古びた倉庫。積み上げられたコンテナ。錆びたクレーン。波止場の奥には高層ビルの灯りが並んでいるが、その手前には壁の剥がれた建物や、窓ガラスの割れた店が混ざっている。
その荒れた街を、セイジ・リュミエールは甲板の先頭から静かに眺めていた。
二十歳。
世界一美しい男と称される、リュミエール王国の王子。
夜風に揺れる柔らかな髪。長い睫毛の奥にある深い瞳。整った鼻筋と、薄い唇。
胸元を開けた白いシャツに、細身の黒いパンツ。飾り立てているわけでもないのに、港の灯りが横顔を照らすたび、周囲の者が目を向けた。
ただ立って煙草を吸っているだけで、映画の一場面のように見える。
黙っていれば。
煙草を指に挟み、ゆっくりと煙を吐く。
「ここか……」
低い声だった。
見た目だけなら、今にも消えてしまいそうな美しい王子。
だが、その内には、元若頭として生きた男の記憶と経験がある。
前世の名は、三浦清司。
日本の極道組織で若頭を務め、二十五歳で命を落とした。
今は、セイジ・リュミエールとして生きている。
港へ向ける目は、街の灯りより、その下にいる人間を追っていた。倉庫の陰で身体を丸める者。足早に通り過ぎる者。誰かが近づくと、顔を伏せる者。
遠くから眺めるだけでは、分からないことがある。
だから、この国へ来た。
その後ろには、さらに七人の青年が並んでいた。
エリオット。
ノエル。
セシル。
アレクシス。
レオン。
ルシアン。
エミール。
こちらも揃いも揃って、現実離れした美青年ばかりだった。
髪色も顔立ちもそれぞれ違うが、全員が王室映画から抜け出してきたような華やかさを持っている。
端正な顔立ち。
長い脚。
宝石や刺繍を散らした王子衣装。
肩章や装飾、光沢のある布地が港の照明を受けて煌めき、七人並べば、その一角だけ別世界だった。
ロイヤル・フラグメント。
セイジと共に、この国までやって来た七人の王子である。
船の中では菓子一つで揉め、何か始めれば予定が増え、気づけばセイジまで巻き込まれている。
それでも、降りてくれと言ったことはない。
七人もまた、セイジだけを先へ行かせるつもりはなかった。
ザルクの薄汚れた港には、あまりにも場違いな一行だった。
船が接岸する。
その瞬間。
レオンの顔つきが変わった。
「なんだこの腐った空気はよ!!!」
ノエルが港の奥を睨みつける。
「この街ナメてんのか!!!」
セシルが拳を握る。
「胸クソ悪ぃ匂いしかしねぇぞ!!!」
エリオットも一歩前へ出た。
「こんなとこで毎日暮らしてる奴がいんのかよ!!!」
セイジがゆっくり振り返った。
「お前ら誰やねん!」
数分前まで船内で菓子を取り合っていた連中とは思えない。
顔そのものは変わっていない。
相変わらず眩しいほど綺麗な王子集団だ。
ただし、表情と空気と口調だけが一気に荒れた。
ミレーヌがその様子を見ながら、嬉しそうに黒革の手帖を開いた。
「すっごく楽しそうです!」
「どこがやねん」
セイジが煙草を咥え直す。
長くそばで仕事をしてきたミレーヌは、七人の変わりようにも動じていない。ペンを走らせる手まで軽やかだった。
「セイジ!! なにやってんだ! さっさと行くぞ!!」
「着いた瞬間から仕切んな。誰の国や思とんねん」
「関係ねぇ!!」
「あるわ」
七人はもう船を降りようとしている。
その前に、一人の男が静かに立った。
背筋の伸びた長身。
隙のない黒いスーツ。
髪は綺麗に整えられ、派手さはないのに、一歩立つだけで場が締まる。
穏やかな表情。
落ち着いた視線。
声を荒らげることはない。
それでも、七人の足が自然と止まった。
バルドである。
チリン。
「ご到着にございます」
セイジは煙草を消し、船を降りた。
七人はすでに港へ出ている。
「セイジ!! 遅ぇぞ!!」
「やかましい。勝手に先行くな言うとるやろが」
チリン。
バルドが黒いケースを開いた。
「こちらの時計をお付けください」
中には、同じ形をした腕時計が八つ並んでいた。
セイジが一本持ち上げる。
「なにそれ」
「必要かと思いまして、準備いたしました」
「いつの間にそんなん作ってんねん」
「ご出発までに」
セイジは左腕へ巻いた。
七人も順番にウォッチを装着していく。
アレクシスが文字盤を確認した。
「悪くねぇな!! 見た目まで分かってやがる!!」
「時計褒める声量ちゃうねん」
バルドが全員の装着を確認する。
「相互通信、位置情報、生命反応、地図共有、緊急信号、任務情報の送受信に対応しております」
「よう詰め込んだな」
「その他にもございます」
セイジがバルドを見る。
「まだあんのか」
「そちらのボタンを押してください」
セイジがウォッチの側面を見る。
「これ」
「はい」
セイジがボタンを押した。
次の瞬間。
黒い光が身体を走った。
「……何じゃ」
胸元の開いた白いシャツが消え、黒を基調とした王子衣装へ変わる。
細身のジャケット。
光を抑えた装飾。
腰には装備。
背中には長いマント。
夜の闇を纏ったような、黒い王子だった。
七人も一斉にボタンを押す。
光が弾ける。
次々と黒い衣装とマントへ変わっていく。
港に、八人の美しい黒衣の青年が並んだ。
圧巻だった。
そして。
死ぬほど目立っていた。
セイジは自分の袖を見る。
マントを見る。
周囲を見る。
最後にバルドを見る。
「……派手すぎるやろ」
「夜間活動用でございます」
「夜の方が目立つやろが」
アレクシスが黒いマントを大きく翻した。
「闇ん中でも美しくなきゃ意味ねぇだろうが!!!」
「犯罪者捕まえんのに美意識持ち込むな」
ノエルが港を睨みつけた。
「この街が泣いてやがる!!!」
「始まったぞ」
「聞こえねぇのかセイジ!! 俺らを呼んでやがんだよ!!」
「厨二病か」
「夜が明けねぇなら、俺らが太陽引きずり出してやる!!!」
「国一個やぞ。規模考えて喋れ」
「やらねぇのかよ!!」
「やるけどな」
「おう!!!」
「やかましい。港中起きるやろが」
セイジは新しい煙草へ火をつけた。
その時。
乾いた銃声が、港の外れから響いた。
笑いが消えた。
セイジは指に挟んでいた煙草をバルドへ渡す。
「距離」
「二百前後!! 東だ!!」
エミールが即答した。
「路地だ!!! 急げ!!!」
レオンが駆け出す。
「勝手に先行すんな言うとるやろが!! エリオット、まとめろ」
「全員固まれ!!! 散るんじゃねぇぞ!!!」
「ミレーヌ」
『聞こえています。港湾地区東側の映像を確認しています』
「警察」
『通報記録なしです』
セイジの目が据わる。
「銃声鳴っとんのに誰も通報せんのか」
『現時点では』
短く舌打ちした。
港では、まだ荷を運ぶ音がしていた。
銃声がした方を見た者はいる。それでも、足を止める者はいなかった。
清司として生きていた頃にも、助けを求めることさえ諦めた人間はいた。
この国の全てを、今すぐ変えられるとは思っていない。
だが、今の音を聞かなかったことにはできなかった。
「……舐めとんな、この街」
「行くぞ」
八人は走った。
港から一本奥へ入った通りは、人通りがほとんどなかった。
閉まった店。
割れた街灯。
道路脇へ雑に停められた車。
その奥で、女が倒れている。
少し離れた場所には男。
そして二人の間に、小さな男の子が立っていた。
七歳ほど。
黒い服の男が、その子へ銃口を向ける。
セイジの目が変わった。
「ガキ――」
踏み出した瞬間。
バンッ!!!!
男の身体が崩れ落ちた。
セイジの顔が横を向く。
セシルが銃を構えていた。
「撃たねぇとガキが死んでただろうが!!!」
セイジは倒れた男ではなく、セシルを見た。
駆けつけた瞬間には、もう子どもと銃口の位置を捉えていた。
「……お前、めっちゃ現場把握できとるやんけ」
「当たり前だろうが!!! 何のために目ぇついてんだ!!!」
「普段の会議でも使えや、その目ぇ」
「今それ関係ねぇだろうが!!」
「毎回寝とる奴が言うな」
「まだいやがるぞ!!!」
レオンの怒声が飛んだ。
別の路地から男が一人、銃を構えて現れる。
「こっち見やがれ!!!」
ノエルが前へ出た。
「勝手に囮んなアホ!!」
男の銃口がノエルへ向いた。
その横をエリオットが抜け、少年の前へ滑り込む。
黒いマントを広げる。
銃声。
弾丸が防弾マントへ当たり、鈍い音を立てて地面へ落ちた。
「ガキに一発でも当ててみろ!!! ブチ殺すぞコラァ!!!」
「お前が前出すぎじゃ!!」
「守れてんだろうが!!」
「死んだらしばくからな!」
「死んでからどうやってしばくんだよ!!」
「知らん。考えろ」
レオンが銃撃の隙間を縫って男へ突っ込む。
「どけやゴラァ!!!」
腕を払う。
銃が路面へ落ちた。
セシルが蹴り飛ばし、ルシアンが男を地面へ押さえ込む。
「動くんじゃねぇ!!!」
「離せ!」
「黙っとけ!! 腹減ってんだ、俺は機嫌悪ぃぞ!!」
「理由そこなん」
セイジはそれ以上、敵を見なかった。
少年の方へ向かう。
背後では、レオンたちが男を拘束している。武器も子どもから離された。
そこは任せられた。
エリオットのマントの陰から、男の子がセシルを見上げていた。
「セシルお兄ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「お、おう!!」
「すごいね! 僕が撃たれる前に分かってたんだね!」
「当たり前だろうが!! ガキ一人守れねぇで何が王子だ!!」
「格好いい!」
「おう!!!」
「もう懐いとるやんけ」
セイジが少年の前へしゃがむ。
「怪我」
「ないよ!」
「名前」
「ブルースだよ!」
「どっか痛いとこ」
「ぜんぜんないよ!」
「そうか」
目の高さを合わせたまま、セイジは少年の顔と手足を確かめた。
ブルースはすぐに地面を指差した。
「セイジお兄ちゃん! それよりあれ見て!」
「もう兄ちゃんなん」
「うん!」
「早いな」
「薬莢が二種類あるよ!」
セイジの目が細くなる。
「……何やて」
「最初にお父さんとお母さんを撃った人と、あとから出てきた人は違う銃を使ってるよ!」
ブルースは触れない距離から薬莢を見比べる。
「それに強盗じゃないよ! お父さんの財布も時計も指輪も残ってるし、車もあるよ!」
「分かるんか」
「分かるよ! たぶん何か探してたんだよ!」
セイジは少年を見た。
「……お前、何歳や」
「七歳だよ!」
「七歳?!! やけに落ち着いとるやんけ!」
「僕、こういうの得意なんだよ!」
「こういうの得意な七歳がおるか!」
「僕は賢いからね!」
「自分で言うんかい」
バルドが両親の状態を確認して戻ってきた。
何も言わなかった。
それだけで分かった。
ブルースは一瞬だけ両親を見る。
表情が曇る。
「……もう、お父さんとお母さんはいないんだよね」
「あぁ」
「そうか」
ブルースは小さく息を吐いた。
握っていた手に、僅かな震えがあった。
セイジはそれを見た。
泣けとも、元気を出せとも言わなかった。
少年が次に顔を上げるまで、同じ高さで待っていた。
ブルースはセシルを見上げる。
「でも僕は助けてもらったよ! だからセシルお兄ちゃん! これから僕の能力、使わせてあげるね!」
「……は?」
「犯人捕まえるんでしょ! 僕、推理できるよ!」
「急に上からやな、お前」
「だって役に立つよ!」
「学校は」
「行かなくても大丈夫だよ!」
「学校行ってないんかい!!」
「僕は賢いから必要ないよ!」
「義務教育舐めんな!」
声を張ったブルースの手は、まだ固く握られていた。
セイジは立ち上がり、そのそばに残った。
今夜、この子を一人にはしない。
先のことを決めるより、それが先だった。
遠くからサイレンが近づいてきた。
レオンが拘束した男を押さえたまま吐き捨てる。
「やっと来やがった!!」
ブルースが明るく言った。
「この辺、警察来るの遅いんだよ!」
「それ普通みたいに言うな」
「普通だよ!」
「普通ちゃうわ」
警察へ現場を引き継ぎ、確認を取ると、ブルースには頼れる身寄りがなかった。
ウォッチからミレーヌの声が入る。
『市内の児童保護施設を確認しました。三施設中、二施設に犯罪組織との資金的な繋がりがあります。残り一施設は定員超過です』
「……終わっとんな」
『はい』
七人が一斉にセイジを見る。
「見るな」
「俺らんとこ連れてきゃいいだろうが!!」
エリオットが叫ぶ。
「こんな街にガキ一人置いてけるかよ!!!」
レオンも続く。
「連れて帰るぞ!!!」
「お前らの家みたいに言うな。俺もまだ見てへん」
「俺ら全員の家だろうが!!!」
「圧で決めんな」
ブルースが元気よく手を上げた。
「僕も行くよ!」
「決定事項みたいに入ってくんな」
「僕がいた方が事件解決早いよ!」
「七歳に戦力プレゼンされとるやんけ」
セイジはバルドへ視線を向けた。
バルドが静かに頷き、警察との確認へ戻っていく。
ブルースは、その間もセシルのそばを離れなかった。
「セイジお兄ちゃん!」
「何や」
「それよりお腹すいたよー!」
一同が止まった。
セイジがブルースを見る。
「……今」
「うん! すっごくお腹すいた!」
「切り替え早すぎひんか」
「飯だ!!!」
ルシアンが即座に立ち上がった。
「お前が一番反応すんな」
「ガキに飯食わせねぇで何が王子だ!!!」
「それはそうやけど声がうるさい」
結局、一行は屋敷へ向かう前に近くの店へ入った。
レストランというより、酒場に食事が付いているような店だった。
煤けた壁。傷だらけの木のカウンター。床には何かを引きずった跡が残り、隅にはいつから置かれているのか分からない樽が積まれている。
カウンターの向こうには酒瓶が並び、客のほとんどが昼間から酒を飲んでいそうな顔をしていた。
セイジは席へ座ると煙草を咥えた。
「飯屋いうより汚いBARやんけ」
「食えりゃいいだろうが!!」
「お前の食に対する許容範囲どうなっとんねん」
ブルースは楽しそうにメニューを開いた。
「これ食べる! あとこれも!」
「食える分だけにせぇよ」
「食べられるよ!」
「七歳の胃袋信用できへん」
セイジはウイスキーを頼んだ。
グラスを持ち、一口飲む。
眉間に皺が寄る。
「……薄ない」
店員は聞こえないふりをした。
セイジは煙草の煙を吐く。
「ザルク、酒まで治安悪いな」
その時だった。
ガタンッ!!
少し離れた席で椅子が倒れる。
「てめぇ!! もう一回言ってみろ!!」
「何度でも言ってやるよ!!」
二人の男が胸ぐらを掴み合った。
周囲の客は止めない。
何人かは、むしろ酒を片手に楽しそうに見ている。
ブルースは運ばれてきた料理を食べ始めた。
エリオットが立ち上がる。
「外でやりやがれ!!!」
男たちは止まらない。
レオンも椅子を蹴るように立った。
「こっちはガキがメシ食ってんだよ!!!」
「うるせぇ!! 余所者は黙ってろ!!」
セイジはグラスを置いた。
「……アホやな」
男が七人を睨みつける。
「文句あんなら表でやがれ!!」
七人が一斉に立った。
「上等だコラァ!!!」
「全員行く必要ないやろが」
「売られた喧嘩買わねぇで何が男だ!!!」
「王子どこ行ったん」
店の外へ出た途端、相手は仲間を呼んだ。
五人。
ロイヤル・フラグメント七人が、その前へ並ぶ。
セイジは店内に残り、煙草を吸いながら窓越しに眺めていた。
ブルースも隣で料理を食べている。
「セイジお兄ちゃん、止めないの」
「止まる顔しとるか」
「してないよ!」
「そうやろ」
外から怒号が響いた。
「ナメてんじゃねぇぞ!!!」
「かかってこいやゴラァ!!!」
「ガキのメシ邪魔した落とし前つけろや!!!」
拳が飛ぶ。
レオンが一人を殴り倒す。
セシルが二人まとめて吹き飛ばす。
エリオットが襲いかかってきた男を投げ飛ばした。
「飯時に暴れてんじゃねぇぞ!!!」
「お前らも暴れとるやろ」
窓越しにセイジが呟く。
数分後。
「覚えてろよ!!」
男たちは捨て台詞を吐きながら逃げていった。
「二度とガキの前で暴れんじゃねぇぞ!!!」
レオンが叫ぶ。
七人が堂々と店へ戻ってきた。
「雑魚だったな!!」
「話にならねぇ!!」
「ザルクの荒くれ者も大したことねぇじゃねぇか!!」
セイジは煙草を指に挟み、七人を見る。
「お前らが治安悪いやん」
「向こうから売ってきたんだろうが!!」
「全員で買うな」
レオンが席へ座ろうとした。
止まった。
ポケットを探る。
反対側も探る。
「……財布がねぇ!」
セイジが見る。
「は」
エリオットも服を探った。
「俺もねぇぞ!!」
「俺もだ!!」
「こっちもねぇ!!」
セイジの目が据わった。
「……お前ら」
ブルースが店の外を指差す。
「さっきの人たちだよ! 喧嘩してる間に、別の人が後ろから近づいてたよ!」
七人の表情が一斉に変わる。
「この街舐めてやがる!!!」
レオンの怒声が店内へ響いた。
セイジは煙草を咥えたまま、低く言った。
「お前らが治安悪いやん」
食事を終え、一行は迎えの車に乗り、ようやく屋敷へ向かった。
市街地を抜ける。
しばらくすると、道路の両側に高い塀が現れ、その先に巨大な鉄門が立っていた。
チリン。
「到着でございます」
巨大な門が、ゆっくりと開いた。
その向こうには、長い車道が真っ直ぐ伸びている。
左右に広がる庭園。
高い木々。
そして、そのさらに奥。
夜の闇の中から、巨大な石造りの屋敷が姿を現した。
高い門よりさらに圧倒的な本館。
広大な前庭。
正面へ続く大階段。
左右へ長く伸びる棟。
古城のような重厚さを持ちながら、窓から漏れる灯りには王族らしい華やかさがあった。
ブルースが窓へ張りついた。
「うわぁ! すっごい家だね!」
「家いうサイズちゃうぞ」
車が玄関前へ止まる。
チリン。
「セイジ様。ご用意されていたお屋敷は、リフォーム済みでございます」
セイジは目の前の巨大な屋敷を見上げた。
「流石鉄ちゃん組やな。仕事早すぎやろ」
玄関には、鉄ちゃん組の職人たちが待っている。
「居住区画、厨房、各個室、応接室、会議室、医療室、防弾ガラス、防爆壁、避難経路、地下区画、通信設備、車両搬入口まで施工完了しております」
セイジが屋敷を見る。
職人を見る。
もう一度、屋敷を見る。
「これリフォーム言うてええ規模なんか」
「既存部分の改装でございます」
「要塞化しとるやんけ」
「安全性を優先しております」
「安全性どこまで求めとんねん」
「工事期間中、三度ほど武装した方々がお越しになりましたので」
セイジの目が据わる。
「何で今言うねん」
「工事に支障はございませんでした」
「相手、武装しとった言うたやろ」
「現場監督が対応いたしました」
「何した」
「工事の邪魔になるため、お帰りいただきました」
セイジは数秒黙った。
「……流石やな」
玄関扉が開く。
巨大な吹き抜け。
二階へ伸びる大階段。
重厚な柱。
暖炉。
奥へ続く長い廊下。
地下区画へ続く扉の横には、車ごと入れそうな大型エレベーターまで見えている。
ロイヤル・フラグメントが一斉に目を輝かせた。
「デケェなオイ!!!」
「地下行くぞ!!!」
「厨房どこだ!!!」
「俺の部屋見てぇ!!!」
「この階段から飛べんじゃねぇか!!!」
「飛ぶなボケ!!」
セイジの怒声が玄関ホールへ響いた。
ブルースは楽しそうにセイジの横へ並ぶ。
「セイジお兄ちゃん! 僕の部屋もあるの!」
「あるらしいぞ」
「やったー!」
「順応早すぎるやろ」
ブルースが巨大な吹き抜けを見上げる。
「ここから事件調べるんだね!」
「家や言うとるやろが」
「地下に司令室あるよ!」
「七歳が一番食いつく場所ちゃうねん」
セイジは煙草を咥えたまま、改めて屋敷全体を見上げた。
豪邸。
要塞。
地下基地。
全部が一つに詰め込まれている。
しばらく無言で眺めたあと、低い声が屋敷中へ響いた。
「なんじゃこの家!!!」




