第17話 ナゾ
朝。
リュミエール・インダストリーズの正面玄関から、セイジたちが揃って出てきた。
今日の予定も朝から詰まっている。
セイジを先頭に。
ロイヤル・フラグメントの七人。
全員、水色を基調にした王子服。
淡い青の生地には銀糸が走り、朝の光を受けるたび、細かな装飾がきらきらと瞬いていた。
爽やかで。
華やかで。
どう見ても。
朝から仕事へ向かう人間の集団ではない。
「眠ぃ」
セシルが欠伸をする。
「昨日も遅かったからな」
エリオットが首を回した。
「レオン元気ねぇな」
ノエルが横を見る。
レオンだけが。
死んだ目で歩いていた。
「……嫁」
「まだ引きずってんのかよ!!!」
「しかも片思いだぞ!!!」
「うるせぇ!!!」
その時だった。
「セイジ王子ー!」
「えっ」
セイジが顔を上げる。
正面。
カメラ。
照明。
マイク。
スタッフ。
その中央から、記者が勢いよく駆け寄ってくる。
「サニーテレビです!」
「朝から元気やな」
「少しだけお願いします!」
「今から仕事やねんけど」
「本当に少しだけです!」
返事を待たず。
カメラが回った。
*
その朝。
世界中へ流れた映像に。
多くの人間が。
一瞬。
言葉を失った。
画面いっぱいに映る。
二十歳の王子。
セイジ・リュミエール。
淡い水色の王子服。
銀糸の刺繍。
白い肌。
朝の風に揺れる、柔らかな髪。
その顔は。
整っている。
などという言葉では。
少し足りなかった。
少年の面影を残した輪郭。
深く澄んだ瞳。
まっすぐに通った鼻筋。
形のいい唇。
けれど。
ただ美しいだけではない。
どこか。
危うい。
儚い。
若さの中に。
すでに幾つもの人生を見てきたような影がある。
笑えば。
世界中の人間が振り向きそうなほど華やかで。
黙れば。
今にもどこかへ消えてしまいそうなほど、静かだった。
まるで。
若い日の映画俳優を、そのまま王子にしたような。
繊細さと。
危険な色気。
その両方を。
一つの顔に押し込めたような男だった。
カメラの向こうで。
スタッフが。
ほんの一瞬だけ。
仕事を忘れる。
「……綺麗」
誰かが小さく漏らした。
セイジは気づいていない。
眠たそうに。
ただカメラを見ていた。
「セイジ王子!」
記者がマイクを向ける。
「ムゴッサの子供たちのために、孤児院を作られるというお話は本当ですか!」
「あぁ」
「現在、準備を進めていると!」
「はい」
セイジが。
ほんの少し。
営業用の笑顔を作る。
世界中の画面の前で。
何人かが息を呑んだ。
「こちらさんのお子はんが、よう逃げはりますので」
「……はい」
「えろう苦労しとります」
記者の笑顔が。
一瞬。
固まった。
「ですが、見捨てるおつもりはないと」
「あぁ」
セイジは淡々と頷く。
「逃げはったら、また連れて帰ります」
「何度でも?」
「何度でも」
「大変ではありませんか?」
「もう大変や言うとるやろ」
「……はい!」
「おおきに」
記者が。
完全に負けた。
*
会社へ戻って。
数分後。
セイジのウォッチが鳴った。
表示。
オヤジ。
「……もう来たわ」
ミレーヌが笑う。
「放送、見られたんですね」
「絶対それやろ」
セイジが通信を開く。
「あぁ」
『なんや、さっきの放送!』
「ほっとけや!」
『何やあの喋り方!』
「こっちおったら言葉もイカれんねん!」
『イカれとる奴、多いらしいぞ』
「多いわ!!」
セイジがソファへ座る。
足を組み。
朝からもう疲れた顔で天井を見る。
「この前なんか朝から晩まで予定えぐかったわ!」
『何があったんや』
「ガキは逃げる」
『あぁ』
「薬運ぶ」
『あぁ』
「マフィア出てくる」
『あぁ』
「しまいめにはレオンがマフィアの女に片思いして、それが酔っ払い刑事の嫁やったんや!」
室内が。
静かになった。
レオンだけが顔を上げる。
「もう言うな!!!」
通信の向こうも。
一瞬。
静かだった。
『聞いてるだけで頭おかしなるやんけ』
「そうやろ!!!」
『レオンは何しとんねん』
「俺が聞きてぇよ!!!」
「片思いしただけだろ!!!」
『しかも嫁やろ』
「オヤジまで言うな!!!」
セイジが額を押さえる。
「ほんで、孤児院も全然進まへん。逃げよるし」
『最初から全部やろ思うからや』
「ん」
『学校からせえ』
セイジの目が。
少し変わった。
「……学校」
『昼だけでも来させたらええ』
オヤジの声が続く。
『飯食わせて、読み書き教えて、生活の決まり教えて、仕事覚えさせる』
セイジは黙って聞く。
『泊まる場所まで一気に整えんでも、まず昼間の居場所作ったらええやろ』
「……あぁ」
『逃げるんやったら、来れる場所から作れ』
ミレーヌが。
小さく頷いた。
バルドも静かに目を伏せる。
セイジは。
少しだけ考えて。
「学校か」
『そっから広げたらええ』
「あぁ」
『ほなな』
「切るん早っ」
プツッ。
通信が切れた。
セイジがウォッチを見る。
「……学校」
エリオットが腕を組む。
「それなら来るかもな」
「飯あるなら来る奴いるだろ」
「仕事も教えられるし」
エミールがすぐに食いついた。
「時間割が必要だな」
「もう作る気満々やん」
「決まりは必要だろ」
「お前それ好きやな」
その瞬間。
ドーーーーン!!!!
建物の窓が。
ビリビリと震えた。
全員が。
一斉に。
顔を上げる。
「何だ?!」
「爆発?!」
ノエルが窓へ走る。
「花火か?!」
「朝から誰が花火上げんねん!」
直後。
セイジのウォッチが激しく鳴った。
ピッ。
『セイジ兄ちゃん!』
「ブルース」
七歳の少年の声。
いつもより。
少しだけ早い。
『爆弾魔だよ!』
全員の空気が変わる。
「場所」
『まだ分からない!でも、街にいくつか仕掛けてるみたい!』
「いくつか」
『それで!』
「ん」
『なんか変な幼稚な問題出してくるんだ!』
「幼稚なん」
『でも間違えたら爆発する!』
「タチ悪っ」
セイジが立つ。
ロイヤル・フラグメントも。
一斉に立ち上がった。
「最初の場所は」
『海沿いの倉庫街!』
「行くぞ」
「おう!!!!」
*
数分後。
ムゴッサの朝。
水色の王子服を着た八人が。
バイクで街を爆走していた。
先頭。
セイジ。
淡い水色の長い上着が風になびく。
その後ろを。
七人の王子が連なる。
朝日に照らされ。
全員。
異様にキラキラしていた。
「何なんだよこの絵面!!!」
セシルが叫ぶ。
「知らんがな!!!」
「王子が朝から爆弾処理しに行く国ある?!」
「今ここや!!!」
「髪ぐちゃぐちゃになるんだけど!!!」
「アレクシス今それ言う?!」
「そこ大事!!!」
水色の王子たちは。
爽やかな朝の街を。
ものすごい速度で駆け抜けていった。
*
海沿いの倉庫街。
八台のバイクが。
一斉に止まる。
セイジが降りる。
「どこや」
『そこ!海の近く!』
ブルースの声。
全員が走る。
やがて。
小さな箱。
赤いランプ。
数字。
「これか」
ピッ。
ウォッチに。
文字が浮かぶ。
『第一問』
「来た!」
『パンはパンでも、食べられないパンはなーんだ』
「……」
全員。
一瞬。
止まった。
「フライパン」
エリオット。
「フライパンだろ」
レオン。
「どう考えてもフライパン」
エミール。
「フライパンですね」
ルシアン。
「フライパン!」
ノエル。
「フライパン」
アレクシス。
そして。
セシルが。
誰よりも元気よく手を上げた。
「パンの耳ー!」
「え」
全員が。
セシルを見る。
「パンの耳ー!」
「食えるやろが!!!!」
「え、食うの?!」
「食うわ!!!!」
『不正解』
「お前ーーーーー!!!!」
ピピピピピ――。
「あ」
セシルの顔が引きつる。
ドカーーーーン!!!!
海面が。
大きく。
爆ぜた。
「うわあああああ!!!!」
「爆発したぞ!!!」
「セシル!!!!」
「俺?!」
「お前のせいやぞ!!!!」
「知らねぇよ!!!」
「自信満々で間違えんな!!!」
その時。
ウォッチから。
知らない男の声がした。
『大丈夫だよ』
セイジが。
眉を寄せる。
「誰や」
『ナゾ』
「名前までそのままやんけ」
『人がいる場所には仕掛けてないよ』
「……」
『今回は海だから』
「……」
『誰も傷ついてない』
セイジが。
爆発で泡立つ海を見る。
「環境汚染すな!!!」
『え』
「え、ちゃうねん!!!」
セシルが。
海を覗き込む。
「魚、大丈夫かな」
「お前が言うな!!!!」
『では』
ナゾの声が。
楽しそうに続く。
『第二問』
「もう来るん?!」
『朝、昼、夜。ずっと立ってるのに、疲れないものはなーんだ』
「……」
八人が。
黙った。
セシルが。
口を開く。
「俺分かったかも」
「お前は黙っとけ!!!!」




