第14話 恋人
翌朝。
リュミエール邸のリビングには、昨日の華やかな王子たちの面影がなかった。
「……仕事いきたくねぇ」
エリオットがソファへ沈み込んでいる。
「笑顔作りすぎて顔いてぇ……」
ノエルは両手で頬を押さえ、アレクシスは眩しそうにカーテンを睨んでいた。
「朝日きつ……」
「頭いてぇ……」
「水くれ……」
ルシアンとエミールも完全に死んでいる。
その横では。
「オロロロロロ……」
セシルが洗面器を抱えていた。
「汚ぇ!!!」
「こっち向くなよ!!!」
「俺だって好きで吐いてねぇよ!!!」
昨日。
子供の誘拐事件。
銃撃戦。
ノエルの拉致。
マフィアとの接触。
オズの家族の救出。
子供たちとの大喧嘩。
そして最後に、市長主催のパーティー。
一日で起こる量ではなかった。
ただ一人。
レオンだけは、いつも通りだった。
テーブルでコーヒーを飲みながら、死んでいる六人を見る。
「お前ら飲みすぎなんだよ」
「うるせぇ……」
「お前は昨日ずっと女と喋ってただろ……」
「酒飲んでねぇじゃねぇか……」
「だから何だよ」
「腹立つ……」
レオンは気にする様子もなく、スマートフォンへ目を落とした。
口元が少し緩む。
それを見たノエルが眉を寄せた。
「……またあの女?」
「別にいいだろ」
「朝から連絡してんのかよ」
「だから何だよ」
「付き合ってんの?」
「まだそこまでじゃねぇよ」
六人が一斉に顔を上げた。
「まだ?!」
「『まだ』って言った!!!」
「進める気じゃん!!!」
「うるせぇな!!!」
そこへ。
「みんなー!」
やたら元気な声が飛んできた。
「声でけぇ……」
「頭に響く……」
ブルースがタブレットを抱え、嬉しそうにリビングへ入ってくる。
「レオンの恋人の素性、分かったよ!」
「恋人じゃねぇ!!!」
六人。
「え!!!!」
レオンも立ち上がった。
「何が分かったんだよ」
「かなりヤバい女の人だね!」
「どういうことだよ!」
ブルースはタブレットを操作しながら、さらっと言った。
「シリアルキラーだよ!」
沈黙。
全員の顔から、二日酔いが一瞬だけ消えた。
「えーーーーーーーーー!!!!!!」
「うるせぇぇぇぇ!!!」
セシルが再び洗面器へ顔を突っ込む。
「オロロロロロ……」
「セシル今それどころじゃねぇ!!!」
「無理だっつってんだろ!!!」
レオンがブルースの前まで来た。
「本当にその女なのか」
「うん。昨日のパーティーにいた女性と一致してる」
「ヴェラだぞ」
「そう名乗ってるみたいだね」
「……」
ブルースが画面を切り替える。
「殺人だけじゃないよ。恐喝、誘拐、違法取引。名前を変えてる記録もあるし、マフィアとの繋がりも出てくる」
六人が、ゆっくりレオンを見る。
「レオン……」
「何だよ」
「お前、昨日何に惚れたんだよ」
「惚れたなんて言ってねぇだろ!」
「朝から連絡してたじゃん!」
「それは関係ねぇ!」
「シリアルキラーだぞ!!!」
「本人から聞かなきゃ分かんねぇだろ!」
「何を聞くんだよ!!!」
エリオットが立ち上がる。
「『何人殺したの?』って聞くのかよ!!!」
「事情があるかもしれねぇだろ!」
「何人まで事情で許すんだよ!!!」
「うるせぇ!!!」
レオンはタブレットを睨んだ。
「俺は、自分で確かめる」
「完全に落ちてんじゃねぇか!!!」
「落ちてねぇ!!!」
「昨日会ったばっかだぞ!!!」
「関係ねぇだろ!!!」
ノエルが頭を抱えた。
「何でよりによってシリアルキラーなんだよ……」
ルシアンも青い顔のまま呟く。
「普通の美女いっぱいいただろ……」
「ムゴッサで普通の美女探す方が難しいんじゃねぇの……」
「それ言うな……」
*
その頃。
二階。
セイジはまだシャワーを浴びていた。
昨夜は酒も入っていたが、元々強い。
六人ほど酷い二日酔いではない。
シャワーを止め、濡れた髪を掻き上げる。
その時。
洗面台に置いていたウォッチが光った。
表示された名前を見る。
「……オズ」
タオルを肩へ掛け、通信を開く。
「あぁ」
『おはよう、セイジ王子』
「朝からどしたん」
『昨日、君の仲間に近づいた女がいるだろ』
セイジの手が止まる。
「それがどしたん」
『フィニーだ』
「誰や」
電話の向こうで、オズが小さく息を吐いた。
『ムゴッサには、大きなマフィアのファミリーが四つある』
「……」
『僕は今、そのうちの一つ。マカロニのところにいる』
「あぁ」
『フィニーは別の一つを率いてる』
セイジの目が変わった。
「それって……」
『そうだね』
オズの声は軽い。
だが。
言っていることはまったく軽くない。
『君の仲間、いつ殺されてもおかしくないよ』
「……」
『彼女は人を惹きつけるのが上手い。特に、自分を守ってくれそうな男を見つけるのがね』
「昨日でもう落ちかけとったぞ」
『それは早いね』
「笑い事ちゃうわ」
『笑ってないよ』
「笑っとるやろ」
『気のせいだよ』
少し間が空いた。
オズの声から、笑いが消える。
『セイジ王子』
「あぁ」
『フィニーには気をつけた方がいい』
「お前が言うん」
『僕はマフィアだから言ってるんだよ』
「……」
『僕も、あの女とはできれば関わりたくない』
「そこまでなん」
『うん』
即答だった。
『だから君の仲間を守りたいなら、急いだ方がいい』
「あぁ」
通信が切れる。
セイジは数秒、ウォッチを見つめた。
「……最悪やんけ」
急いで服を着る。
髪も乾かさないまま、リビングへ向かった。
*
「レオンは」
扉を開けた瞬間。
セイジが言った。
全員が振り返る。
「庭!」
「電話してる!」
「女に!!!」
「うるさ」
エリオットが窓を指差す。
「あっ! まだ電話してやがる!!」
セイジが窓へ向かう。
庭では、レオンが一人でスマートフォンを耳へ当てていた。
しかも。
笑っている。
「大丈夫だって」
声まではっきり聞こえる。
「そんな心配すんな。俺がいるから」
ノエルが顔を覆った。
「うわぁ……」
「完全にいってる……」
「昨日会ったばっかだぞ……」
セイジは庭を見たまま言った。
「あいつ守らなあかん」
エリオットも真顔で頷く。
「殺されるかもしんねぇからな!!」
セイジが振り向いた。
「なんで知っとんねん!!!!」
「ブルースだよ!!!」
「シリアルキラーなんだって!!!」
「こっちはオズから聞いた」
今度は全員が黙った。
「オズ?」
「あぁ」
ブルースがタブレットを抱えたまま近づく。
「何て言ってたの」
「あの女、フィニーいう名前らしい」
「フィニー?」
「ムゴッサの四大マフィアの一つを率いとる」
一瞬。
全員の顔が変わった。
「……そこまでは出てねぇ」
「ボスなの?!」
ブルースも目を丸くする。
「あぁ」
ノエルが窓の外へ視線を戻す。
「レオン……」
「何だよ」
「終わったじゃん」
「まだ殺すな」
「そういう意味じゃねぇよ!!!」
庭では。
何も知らないレオンが、まだ楽しそうに電話している。
「今日会える」
「……」
「俺がそっち行くよ」
セイジが目を細めた。
「アイツどした」
「昨日からずっとあれだよ」
「しっかり落ちとるやないかい」
ルシアンが頭を抱える。
「攻略対象だった奴が攻略されるとこうなんのかよ……」
「早すぎるだろ」
「一晩だぞ」
セシルが洗面器から顔を上げた。
「オロ……レオン、馬鹿じゃねぇの……」
「お前まず口ゆすいでこい」
*
通話を終えたレオンが、庭から戻ってきた。
リビングへ入った瞬間。
全員が見ている。
「……何だよ」
「何でもねぇ」
「絶対何かあるだろ」
レオンは怪訝そうにしながら、スマートフォンをポケットへ入れる。
セイジが煙草へ火をつけた。
「今日どこ行くん」
「ヴェラに会いに行く」
「フィニーな」
レオンの眉が動く。
「何でその名前知ってんだよ」
「オズ」
「……」
「マフィアのボスらしいで」
「ブルースからはシリアルキラーって聞いた!」
「誘拐も恐喝も出てる!」
「違法取引もな!」
六人が一気に言う。
レオンは黙った。
しばらく。
そして。
「だから何だよ」
全員。
「はぁ?!」
「本人から聞く」
「何をやねん」
「全部だよ」
「認めたらどないすんの」
レオンは少し考えた。
「事情を聞く」
「優しすぎるやろ」
「何かあったからそうなったかもしれねぇだろ」
エリオットが頭を抱える。
「兄貴肌が悪い方向に全部出てる!!!」
「うるせぇ!!!」
レオンは玄関へ向かう。
セイジが煙草を咥えたまま背中を見る。
「レオン」
「何だよ」
「一人で行くん」
「あぁ」
「……」
レオンが振り返った。
「何だよ、その顔」
「いや」
セイジは煙を吐く。
「俺らも行くわ」
「来んな!!!」
六人。
「行く!!!」
「絶対行く!!!」
「お前一人じゃ危ねぇだろ!!!」
「相手シリアルキラーだぞ!!!」
「マフィアのボスだぞ!!!」
「恋愛どころじゃねぇだろ!!!」
「うるせぇぇぇぇ!!!」
朝から。
また。
屋敷中に怒鳴り声が響いた。
ブルースだけは楽しそうにタブレットを抱えている。
「ムゴッサって毎日すごいね!」
全員。
「お前は楽しむな!!!!!!」
その頃。
街のどこか。
薄暗い部屋で、一人の女がスマートフォンを置いた。
深い赤の爪が、テーブルをゆっくり叩く。
フィニーは笑っていた。
「王子様って、可愛いのね」
その笑顔の意味を。
レオンは。
まだ知らなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
『ダークプリンス』ですが、しばらく水曜・土曜の19:00更新に変更します。
現在連載中の『ふわ姫若頭』が完結したら、また毎日19:00更新に戻す予定です!
ダークプリンスの方もまだまだ続きますので、のんびり追いかけてもらえたら嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします!




