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元若頭の王子、治安最悪の国でヒーローになる――ダークプリンス  作者: 夜嶋朔


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13/22

第13話 光

 午後七時。


 リュミエール・インダストリーズ七十七階。


 長い一日を終えた八人の王子たちは、完全にソファへ沈んでいた。


「もう今日は終わりでいいだろ……」


「風呂入りてぇ……」


「腹減った……」


「寝たい……」


 朝から子供の誘拐事件。


 銃撃戦。


 ノエルの拉致。


 マフィアのオズ。


 その家族の救出。


 さらに警察署へ戻れば、助けた子供たちと大喧嘩。


 さすがに全員、限界だった。


 セイジもソファへ深く身体を沈め、煙草を吸っている。


「今日ありすぎやろ」


「ほんとだよ!」


「しかもまだ礼言われてねぇし!」


「まだ根に持っとんか」


「礼儀だろ!」


「分かったって」


 その時。


 向かいの席で黒革の手帖を確認していたミレーヌが、ふと顔を上げた。


「あ」


 セイジが煙草を止める。


「嫌な予感するわ」


「本日の予定が、あと一件ございます」


 七人がゆっくり顔を上げた。


「……は」


「午後八時より、ムゴッサ市長主催のパーティーです」


 沈黙。


 数秒後。


「だりぃぃぃぃぃ!!!!」


「聞いてねぇぞ!」


「聞いております」


「覚えてねぇ!」


「それは知りません」


「断れねぇのかよ!」


「市長主催ですので」


 セイジが煙を吐いた。


「行かなあかんやろな」


「セイジまで!」


「俺も行きたないわ」


 チリン。


 バルドが静かに立ち上がる。


「皆様のお召し物は、すでにご用意しております」


「準備よすぎんだろ!」


「ありがとうございます!!!」


「礼儀ええやん」


「バルドには言うよ!」


「何やねん、その線引き」


     *


 午後八時。


 ムゴッサ市庁舎。


 巨大な扉が開いた瞬間、会場の空気が変わった。


 最初に入ってきたのはセイジだった。


 深い青を基調にした王子服。細い金糸の刺繍が光を拾い、白いシャツの首元には華美になりすぎない装飾が入っている。


 その格好で、本人だけはまったく王子らしく歩く気がない。


 片手には煙草。


 長かった一日の疲れがわずかに残る目。


 気怠そうな表情。


 それが逆に、整いすぎた顔立ちへ妙な色気を足していた。


 その数歩後ろを、同じく青を基調にした正装姿のロイヤル・フラグメント七人が歩いてくる。


 世界的に知られる八人の王子が、一列になって会場へ入った。


「……セイジ王子」


「本物……」


「ロイヤル・フラグメントよ!」


「きゃあああああああ!!」


 一気に歓声が上がった。


 若い女性だけではない。


 母親世代の女性も、年配の女性も、男たちまで一斉に振り返る。


 セイジが煙草を咥えたまま、わずかに眉を寄せた。


「うるさ」


 対して。


 七人は。


 つい三十分前までソファで死んでいたとは思えないほど、完璧だった。


 エリオットが柔らかく微笑む。


「こんばんは。今夜は一緒に楽しもうね」


「きゃあああ!!」


 ノエルは少し首を傾げた。


「そんなに見つめられたら、僕も照れちゃうよ」


「かわいいいいい!!」


 セシルは女性のドレスへ視線を落とし、爽やかに笑う。


「すごく似合ってる。君のために作られたみたいだね」


「無理ぃぃぃ!!」


 アレクシスも当然のように続く。


「今夜ここで会えたのも、素敵な縁かもしれないね」


「きゃあああ!!」


 ルシアン。


「料理も美味しそうだよ。一緒に楽しもう」


 エミール。


「僕たちに会いに来てくれたの。嬉しいな」


 そしてレオンは、緊張している女性へ低く笑った。


「そんなに固くなんなよ。せっかく会えたんだから、楽しめばいいだろ」


 女性が真っ赤になる。


 セイジは七人を見た。


「……誰やお前ら」


 七人は笑顔を崩さない。


 職業。


 王子。


 身体が完全に覚えていた。


 セイジの前にも何人もの客が集まる。


「セイジ王子、一言いただけませんか」


「あぁ……今日は来てくれて、おおきに」


「きゃあああああ!!」


「何で今のでそんな騒ぐねん」


     *


「セイジ王子!」


 人の間を縫って、一人の男がやってきた。


 ムゴッサ市長だった。


 少し疲れた顔をしているが、セイジを見るなり両手を広げ、心底嬉しそうに頭を下げる。


「ほかの国の王子様方まで一緒に引っ越してくださるなんて、本当にありがとうございます!」


「あぁ……おおきに」


「いやぁ、本当にありがたい! ムゴッサは空気も悪い! 治安も悪い! 何より明るい人が一人もいない!」


「言いすぎやろ」


「言いすぎじゃありません!!!!」


「めっちゃ食い気味でくるやん」


 市長は一切笑っていなかった。


「私は毎朝、この街を見て思うんです。今日も暗い! 今日も人の顔が死んでいる!」


「市長が言うたらあかんやつやろ」


「事実です!!!」


「もうちょい守れ、自分の街」


「守りたいから言ってるんです!!!」


「何で怒られとんねん」


 横で聞いていたミレーヌが口元を押さえた。


 市長は構わず、会場へ手を向ける。


「ですが、見てください!」


「ん」


「今日の皆さんを!」


 セイジがゆっくり周囲を見る。


 確かに。


 笑っている。


 歓声を上げている。


 普段なら互いの腹を探り合っていそうな政治家も企業家も、今だけは七人の王子へ近づき、女性たちは楽しそうに写真を撮っている。


 何より。


 みんな、セイジたちを見ていた。


「セイジ王子様たちは、市民にとって雲の上の存在だったのでしょう」


 市長の声音が、少しだけ変わった。


「私は、この街の人間がこんな顔をしているところを……本当に、見たことがありません」


 セイジが市長を見る。


「あなたは、ムゴッサの光です」


「……光、流行ってんか」


「本気です!」


「分かった分かった」


 そこへ、後ろから年配の政治家が近づいてきた。


「市長、次はこちらへ。議員の皆様がお待ちですよ」


「あ、はい」


 市長の返事が、急に小さくなる。


「それから明日の会見ですが、余計なことは話さないように」


「……分かっています」


「市長」


「はい」


 男は笑顔のまま市長の肩を軽く叩いた。


「では、セイジ王子。どうぞ今夜はごゆっくり」


「あぁ」


 政治家に促され、市長が去っていく。


 一度だけ。


 市長が振り返った。


 セイジと目が合う。


 すぐに。


 いつもの大きな笑顔へ戻った。


     *


「セイジさん」


「ん」


 ミレーヌが隣へ来る。


「レオンさんが」


「どした」


「口説くより、口説かれてます」


「え」


 セイジが振り返る。


 少し離れた場所。


 深い赤のドレスを着た、目を引くほど美しい女がいた。


 その前に。


 レオン。


 いつもの王子営業の笑顔ではない。


 完全に。


 女を見ていた。


「……アイツどした」


「かなり気に入ったようですね」


 女が何かを言う。


 レオンが少し身を屈めて聞く。


 次の瞬間。


「俺が守ってやるよ! この身を捧げてやんよ!」


「また捧げんのかい」


 セイジの声に、残り六人が振り向いた。


「レオン浮気してるー!」


「ほんとだー!」


「僕たちはセイジだけだもんー!」


「裏切り者ー!」


「レオンだけ恋愛イベント始めてるー!」


 その横。


 セシルだけは、手元のグラスを見ていた。


「この酒うまっ」


「お前は自由やな」


 久しぶりに。


 会場の一角だけ。


 ムゴッサとは思えないほどくだらない空気になっていた。


     *


 パーティーを終え、市庁舎の外へ出る。


 ロイヤル・フラグメントはまだレオンを囲んで騒いでいた。


「名前聞いたのー!」


「聞いた」


「うわー!」


「浮気だー!」


「浮気じゃねぇよ!」


「僕たちはセイジ一筋なのにー!」


「意味分かんねぇよ!」


 少し離れたところで、セイジが煙草へ火をつける。


 ミレーヌは、その横を歩いていた。


 しばらく。


 二人とも何も言わなかった。


 やがて。


「セイジさん」


「ん」


「あの市長」


 セイジが煙を吐く。


「……」


「何かあったと思いませんか」


 セイジの足が、わずかに止まった。


 閉ざされた市庁舎の扉を見る。


「お前も思ったか」


 さっきまで。


 誰より大きな声で笑っていた男。


 この街を。


 誰よりボロクソに言っていた男。


 そして。


 最後に見せた。


 あの顔。


 セイジとミレーヌは、もう一度だけ市庁舎を見上げた。

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