第8話 何度でも
再現された試験官は、静かに木剣を構えていた。
立ち方も、構えも、今日ギルドで向かい合った時とほとんど変わらない。胸が僅かに上下する呼吸の間隔まで同じように見える。
身体の表面には、あの半透明の防護魔法が薄い膜となって浮かんでいた。
ジンは木剣を握り直す。
「……始めよう」
言葉に反応したように、試験官が動いた。
迷いのない踏み込みから、木剣が真っ直ぐ振り下ろされる。
ジンは一身のまま身体全体を半歩ずらし、刃筋から外れた。
そのまま懐へ入る。
肩口へ木剣を振る。
――ガン。
「……やっぱり硬い」
木剣は身体へ届く前に止められた。
続けて二撃。
三撃。
今度は角度を変える。
横。
斜め。
突き。
少し速度も変えてみる。
どれも結果は同じだった。
打撃を受けるたびに半透明の膜が僅かに揺れるものの、木剣そのものは中まで届かない。
次の瞬間、試験官の木剣が返ってきた。
「――っ」
肩へ衝撃が走る。
白い視界が、一瞬だけ大きく揺れた。
◇
「もう一回」
気づけばジンは、再び開始位置に立っていた。
肩の痛みは消えている。
試験官も先ほどと同じ場所で、同じ構えを取っていた。
今度は攻撃しない。
試験官が踏み込む。
ジンは避ける。
追撃。
また避ける。
距離だけを見る。
足の置き方を見る。
肩。
腰。
呼吸。
そして、その身体を覆う光。
反撃する必要はない。
今知りたいのは、防護魔法がいつ、どう変化するのかだった。
吸う。
胸が膨らむ。
吐く。
僅かに沈む。
そのたびに、半透明の膜にも微細な揺れが見える。
「……」
もう少し。
そう思ったところで、木剣が胸へ入った。
◇
「違うな」
状態初期化。
身体に残っていた衝撃が消える。
もう一度。
今度は木剣を手放した。
素手で試す。
試験官の攻撃をかわし、身体を覆う膜へ掌を触れる。
硬い。
だが、石や金属を押している感触とは違う。
押せば、その分だけ何かがこちらを押し返してくる。
次は拳。
指先。
前腕。
肘。
触れ方を変える。
強さも変える。
「……膜って感じでもないな」
目には薄い光として見える。
だが、表面へ一枚の板が貼り付いているような感触ではなかった。
何かが絶えずそこに存在し続けている。
固定されたものというより。
「……流れてる?」
そう呟いた直後、腹へ木剣が入った。
「ぐっ」
また終了。
◇
何度目か。
もう数えるのはやめていた。
ジンは試験官の正面に立ち、あえて攻撃しなかった。
相手も、こちらが間合いへ入るまでは大きく動かない。
だから見る。
胸。
腹。
肩。
防護魔法。
吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
光が僅かに変化する。
「……やっぱり、関係はありそうだな」
呼吸そのものが原因なのか。
呼吸に伴って身体が動くからなのか。
それとも、別の何かが同時に変化しているだけなのか。
まだ分からない。
だから、試す。
ジンはわざと間合いへ入った。
試験官の木剣が動く。
回避。
反撃。
木剣を防護魔法へ当てる。
――ガン。
光が揺れた。
「今のは……」
もう一度。
今度は別の場所。
――ガッ。
また揺れる。
次は少し弱く。
コッ。
今度の変化は小さい。
「衝撃でも変わる」
ジンの目が僅かに見開かれた。
呼吸だけではない。
攻撃を受けた時にも変化する。
なら、防護魔法は完全に静止した状態で身体を覆っているわけではない。
少なくとも。
外から何かを受ければ、状態が変わる。
それが分かった。
直後、試験官の木剣が脇腹へ入る。
「っ」
また負けた。
◇
「もう一回」
再開する。
今度は強く打つ。
次は弱く。
角度を変える。
同じ場所を狙う。
別の場所を狙う。
相手が息を吸っている時。
吐いている時。
踏み込んだ時。
止まっている時。
条件を一つずつ変えていく。
何度も。
何度も。
そのたびに打たれ。
転がり。
状態を戻し。
また立つ。
普通なら、一度や二度の失敗で終わる検証だった。
人間を相手にしていれば、そもそもこんなことはできない。
同じ場所へ何十回も攻撃を当てることも。
自分が何十回も打たれることも。
限界まで繰り返すことも。
だが、ここではできる。
そして。
繰り返すほど。
違いが見えてくる。
「……面白いな」
また木剣を弾かれながら、ジンの口元が緩んだ。
まだ勝てない。
防護魔法を破る方法も分からない。
それでも、昨日まで何も知らなかったものに、少しずつ輪郭が生まれている。
呼吸と変化する。
身体が動いた時にも変化する。
衝撃を受けた時にも揺れる。
一定ではない。
なら。
何かしらの規則がある。
ジンは相手の木剣をかわしながら、薄く笑った。
「規則があるなら……」
理解できるかもしれない。
理解できれば。
攻略できるかもしれない。
まだ。
その程度だ。
だが、ジンには十分だった。
◇
しばらくして、ジンは木剣を下ろした。
再現された試験官も、こちらが戦闘をやめたことを認識したように動きを止める。
白い世界へ静寂が戻った。
「……今日はここまで」
勝ててはいない。
それでいい。
今必要なのは、勝つことではない。
知らないものを。
少しずつ知っていくことだった。
ジンが意識を向けると、目の前へ再び登録対象の一覧が浮かぶ。
⸻
【登録対象】
・実技試験官(防護魔法)
・実技試験官(火属性魔法)
・実技試験官(身体強化)
⸻
ジンの視線が、一つ下へ移った。
【実技試験官(火属性魔法)】
昼間。
砂が炎の中を抜けた。
熱はあった。
衝撃もあった。
だが。
普通の火と同じなのかどうかは、まだ分からない。
「次は……」
ジンはその項目を選んだ。
「お前だな」
防護魔法の試験官の姿が薄れていく。
代わりに、何もなかった白い床へ新たな波紋が広がり始めた。
ジンはその中心を見つめながら、静かに拳を握った。




