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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第73話 供給網

当サイトで発生したログインできない問題により投稿出来ない状態が続いていました。

代わりに本日投稿させていただきます。

明日以降は通常と同じ予定で投稿いたします。

 三発目の光弾がベルクの防壁へ直撃してから、しばらく経った。


 山の稜線上に浮かんでいた巨大な術式はすでに消え、それ以上の攻撃が飛んでくる気配もない。


 それでも、ベルクを覆った半透明の膜だけは消えず、夕暮れの空の下で街全体を包み続けていた。


「……終わったのか?」


 アインが遠方の山を睨みながら言う。


「分からない」


 ジンも同じ方向を見た。


「もう一発来るかもしれないし」


「縁起でもねえこと言うな」


「来ない方がいいよ」


「当たり前だ」


 ジンは山からベルクへ視線を戻した。


 三発。


 どれも街へ届く直前で防がれた。


 少なくとも、ここから見える範囲では外壁が崩れた様子もなく、街そのものが直接攻撃を受けたようには見えない。


「戻ろう」


「ああ。中がどうなってるか確認した方がいい」


 アインがそう答え、歩き出そうとしたところで、ジンは隣にいるフィナが動いていないことに気づいた。


「フィナ?」


 返事がない。


 フィナは目を閉じ、先ほどまでと同じように周囲の魔力へ意識を向けている。


「どうした?」


「……もう少し待ってください」


 声が返ってきたため、ジンとアインもその場で足を止めた。


 攻撃そのものは終わっている。


 だが、フィナは何かを確かめるように長く周囲を探り続け、やがてゆっくりと目を開いた。


「やっぱり減っています」


「攻撃は止まったのに?」


「はい。さっきほど急激ではありませんけど、今も少しずつ薄くなってます」


 フィナはそう言いながらベルクを見た。


 街を覆う防壁はまだ残っている。


「流れてる感じもする?」


 ジンが尋ねる。


「……します。はっきり方向まで分かるわけじゃありませんけど、ただその場から消えているというより、どこかへ引かれているような感じです」


「防壁を維持するためじゃねえのか?」


 アインが言う。


「普通に考えれば、そうだと思います」


「普通に考えれば?」


 その言い方にジンが反応すると、フィナは少し困ったように防壁を見上げた。


「さっきジンさんに言われてから、私も意識して見てたんですけど……やっぱり変なんです」


「何が?」


「魔力の流れ方です」


 フィナは少し言葉を選んでから続ける。


「普通の防護魔法なら、術者が自分の魔力を広げて形を維持していますよね。規模が大きくなって魔力防壁になっても、基本は同じです。だから、どこから魔力が供給されて、どこで防壁として固定されているのか、ある程度は感じ取れるはずなんです」


「フィナが出した時みたいに?」


「はい。私のものなんて比べものにならないくらい大きいですけど、むしろこれだけの規模なら、使われている魔力もそれだけ大きいはずです」


 フィナはベルク全体を覆う膜へ視線を戻した。


「なのに、あれ自体からは……ほとんど魔力を感じないんです」


 ジンが黙る。


 アインも、改めて防壁を見た。


「じゃあ何でできてんだよ」


「それが分かりません」


「魔力じゃない?」


 ジンが尋ねる。


「断言はできません。ただ、少なくとも私が知っている防護魔法や魔力防壁と、同じものには思えません」


 フィナ自身も戸惑っているらしく、何度か周囲とベルクを見比べている。


 ジンはその説明を聞きながら、先ほど最初に防壁が展開された時の違和感を思い返した。


 攻撃を遮る。


 だから防壁。


 昔からそう呼ばれ、ベルクを守る魔力防壁として伝えられてきた。


 だが。


 攻撃を防いでいることと。


 魔力で作られていることは。


 本来、同じ意味ではない。


「……なのに周りの魔力は減る」


「はい」


「防壁自体から魔力はほとんど感じない。でも、防壁が動き始めたら周りの魔力が減った」


「そうなりますね」


 アインが腕を組む。


「余計分からなくなったな」


「うん」


 ジンはベルクを見たまま答えた。


「面白い」


「お前はそうだろうな」


「近くで見たい」


「まず街が無事か確認するぞ」


「あ」


「今忘れてただろ」


「忘れてないよ」


「今の間は何だ」


 アインに促され、三人はようやくベルクへ向かって走り始めた。


    ◇


 街へ近づくにつれて、人の声がはっきり聞こえるようになった。


 門の周辺には兵士だけでなく、街道から急いで戻ってきた商人や冒険者、近くの農地から避難してきたらしい人々まで集まり、誰もが頭上を覆う巨大な膜を気にしながら落ち着かない様子で動いている。


「まだ出てるな」


 アインが空を見上げた。


 ベルクを覆った防壁は、攻撃が止まった今も消えていない。


「中に入れるのかな」


「門は開いてますよ」


 フィナが前方を指す。


 人々は門を通って街へ入っている。


 ただ、よく見れば防壁の門部分だけが開いているわけではなかった。


 巨大な膜は途切れず、そのまま門の前にも存在している。


 それなのに、人も馬車も何事もなく通り抜けていた。


「触っていい?」


「今それ言います?」


 フィナが呆れたように振り返る。


「通るんだから触れるでしょ」


「余計なことをするなって意味だ」


 アインが言う。


「別に何もしないよ」


「手を伸ばすなよ」


「まだ伸ばしてない」


「今のうちに言ってんだ」


 三人も人の流れに続き、門へ近づいていった。


 防壁が目前まで迫ると、遠くから眺めていた時よりも表面の様子がよく分かる。


 半透明。


 淡い光が流れているようには見える。


 だが、その光にはほとんど乱れがなく、巨大な面全体が均一な状態を保っていた。


 フィナの防護魔法はもっと魔力そのものが揺らめいて見えた。


 目の前のものは、それとは違う。


「行くぞ」


 アインが先に足を踏み出した。


 その身体が防壁へ触れ、そのまま何の抵抗もなく反対側へ抜ける。


 光が弾けることも。


 膜が歪むこともない。


 続いてフィナが通り抜け、最後にジンも防壁の中へ足を踏み入れた。


 ほんの一瞬。


 何か起きるかと思った。


 だが。


 何もない。


 通り抜けた後で、ジンはすぐに振り返った。


「……何も感じなかった」


「私もです」


 フィナも足を止め、防壁へ振り返る。


「普通の魔力防壁なら?」


「これだけのものなら、通った時に何かしら魔力の影響を感じてもおかしくないと思います」


「やっぱり違うな」


「少なくとも、私が知っているものとは」


「おい」


 少し先まで行っていたアインが振り返る。


「そこで観察始めるな。置いてくぞ」


「今行く」


 ジンはもう一度だけ防壁を見てから、二人の後を追った。


    ◇


 街の中は騒然としていた。


 外から見た通り、大きな倒壊はない。


 衝撃で窓が割れた建物や、棚から物が落ちた店はあるらしく、道の脇では片付けに追われている者もいる。


 最初の着弾で転倒した者もいたようだが、少なくとも三人が歩いている範囲では深刻な被害は見当たらなかった。


「全部防いだんですね」


 フィナが周囲を見ながら言う。


「すごいな」


 ジンは防壁越しの空を見上げた。


 あれほどの攻撃を三発受けたにもかかわらず、防壁には目で分かるほどの損傷がない。


 その時。


「ジン!」


 聞き覚えのある声が飛んできた。


 三人が振り向くと、人の間を抜けてルーセルがこちらへ向かってくる。


「無事だったか」


「うん」


「怪我は?」


「ない」


 ルーセルはすぐにアインとフィナも確認する。


「二人も?」


「問題ない」


「私も大丈夫です」


「そうか」


 それを聞いて、ルーセルは僅かに肩の力を抜いた。


「街の外を調査していると聞いていたからな。最初の攻撃が来た時は戻っていないと思った」


「外にいたから、全部見えたよ」


 ジンが答える。


 ルーセルの反応が変わった。


「最初からか?」


「うん」


「何が見えた?」


「遠くの空に大きな術式みたいなのが出た」


「術式?」


「フィナは魔術に近いって」


 ルーセルがすぐにフィナを見る。


「間違いないのか?」


「断定まではできません」


 フィナは慎重に答えた。


「ただ、少なくとも普通の魔法とは組み方が違いました。魔力を細かく構築して術式を作っていたので、私が知っている範囲では魔族側の魔術に近いです」


「……魔術か」


 その言葉を聞き、近くにいた兵士たちの空気が変わった。


「魔族の攻撃か」


 誰かが低く呟く。


 ジンがそちらを見る。


「まだ分からないでしょ」


 兵士もジンを見る。


「魔術だったんだろ?」


「そう見えたってだけ」


「人間が魔術を使うわけがない」


 ジンはすぐには答えなかった。


 人間は魔法。


 魔族は魔術。


 この世界ではそう理解されている。


 だから、あの術式を見れば魔族の攻撃だと考えるのも自然なのだろう。


 だが。


 似ている。


 それだけで。


 同じだと決めるには早い。


「発射地点は分かるか?」


 ルーセルが聞く。


「大体なら」


 アインが遠方の山を指した。


「あっちだ。ただ、かなり離れてる。ここからじゃ正確な場所までは分からん」


「分かった。そちらは調査を出す」


「俺たちも行く?」


 ジンがすぐに聞く。


「待て」


「また?」


「街が攻撃された直後だぞ」


「だから早く見に行った方が――」


「相手がまだ残ってるかもしれねえ」


 アインが横から止めた。


「まず情報まとめてからだ」


「……分かった」


 ジンが引くと、ルーセルはフィナへ向き直った。


「術式について、後で見たものをできるだけ詳しく報告してくれ」


「分かりました」


「それと」


 今度はジンが口を開いた。


「防壁なんだけど」


「何だ?」


「あれ、普通の魔力防壁じゃないかもしれない」


 ルーセルの動きが止まった。


「……何?」


「俺には魔力は分からないけど」


 ジンがフィナを見る。


 フィナも頷いた。


「私も疑問があります」


「どういうことだ?」


「防壁そのものから、ほとんど魔力を感じないんです」


 ルーセルが頭上を見上げた。


「だが、あれは魔力防壁だ」


「そう呼ばれてるだけじゃない?」


 ジンが言う。


「どういう意味だ」


「昔の人が、攻撃を防ぐものだから魔力防壁って呼んだだけかもしれない」


「……」


「本当に普通の防護魔法を大きくしたものなのか、ちゃんと確かめた人いる?」


 ルーセルはすぐには答えなかった。


 今も頭上には、街全体を包む半透明の膜がある。


 魔力防壁。


 誰もがそう呼ぶ。


 だが。


 それが何でできているのか。


 どうやって動いているのか。


 その問いに答えられる者がいるのかは別だった。


「それだけじゃありません」


 フィナが続けた。


「防壁が攻撃を受けるたび、周囲の魔力が急激に減りました」


 ルーセルがフィナを見る。


「……何?」


「三発ともです。今も防壁が維持されている間は、攻撃中ほどではありませんが、僅かに減り続けているように感じます」


「確かか?」


「はい。少なくとも、防壁が出る前とは明らかに違います」


 ルーセルはもう一度、街を覆う膜を見上げた。


 ジンも同じものを見ながら、ここ数日で調べてきたことを思い返す。


 森の魔力。


 細長く続いていた薄い帯。


 地下に埋まった人工物。


 小型遺跡。


 第十二中継区画。


 そして。


 今。


 ベルクの防壁が動いた直後に、周囲の魔力が減った。


「今まで調べてた魔力の減少」


 ジンが言う。


「これと関係あるかもしれない」


 ルーセルはしばらく何も言わなかった。


 やがて。


「……来い」


「どこ?」


「防壁の管理施設だ」


 ジンの反応が早かった。


「そんなのあるの?」


「ああ」


「中に入れる?」


「普段は無理だ」


「遺跡?」


「そうだ」


「行く」


「急に元気になるな」


 アインが呆れる。


 ルーセルはそんなジンを一度見たあと、すぐに街の中心部へ向かって歩き始めた。


    ◇


 四人が向かったのは、街の中心から少し外れた、人通りの少ない区画だった。


 ベルクの中でも普段は兵士以外がほとんど近づかない場所らしく、その一角には周囲の建物とは少し造りの違う、小さな石造りの建物がある。


 入口を守る兵士へルーセルが事情を説明すると、重い扉が開かれた。


 中へ入る。


 すぐ正面にあったのは。


 地下へ続く階段だった。


「防壁の管理施設って、地下なんだ」


「ああ。俺も入るのは数えるほどしかない」


「ルーセルも?」


「普段動かす必要がないからな」


 四人は階段を下りていく。


 最初のうちは、ごく普通の石積みの壁だった。


 だが、ある程度深くまで降りたところで、ジンは足元ではなく横の壁へ視線を向けた。


 材質が変わっている。


 継ぎ目のある石壁が途切れ、その先からは灰色の滑らかな面が続いていた。


 石を積んだような境目がほとんどない。


 さらに。


 表面には細い線や円、四角い記号が刻まれている。


「……」


 ジンは歩きながら手を伸ばしかけたが。


「触るな」


 後ろからアインに止められた。


「触ってない」


「今伸ばしただろ」


「見るため」


「目で見ろ」


 ジンは手を戻しながら、もう一度壁を眺めた。


「これ、同じだ」


「何が?」


「森の地下にあったやつ」


 アインも壁へ目を向ける。


「……確かに似てるな」


「似てるというか、ほぼ同じですね」


 フィナも刻まれた線を見ながら答えた。


 四人はそのままさらに階段を下りた。


 やがて通路が終わり、広い空間へ出る。


「……何だ、これ」


 アインが思わず呟いた。


 壁。


 床。


 天井。


 部屋の至るところを、細い光の線が走っていた。


 一本一本は細い。


 だが、それらは途中で枝分かれし、別の線と合流しながら、部屋全体へ複雑な模様を描いている。


 そして。


 その多くが。


 中央へ向かっていた。


 部屋の中央には、大きな黒い台座が置かれている。


 その上。


 一枚の黒い板。


「……」


 ジンの足が止まった。


 小型遺跡で見たものより、遥かに大きい。


 だが。


 形はよく似ている。


 黒い板の表面では、いくつもの光が動き、その間に文字らしきものが浮かんでいた。


 ジンは自然とそちらへ近づいていく。


「触るなよ」


 アインが言う。


「分かってる」


「本当だな?」


「見るだけ」


「その言葉はもう信用してねえ」


 ジンは答えず、黒い板へ視線を向けた。


 文字。


 読める。


 ただし。


 すべてではない。


 知らない単語。


 意味の取れない記号。


 数字らしき表示。


 その中に。


 はっきり理解できる文字列がある。


 ――防衛機構 稼働中。


 ジンは声に出さず、その意味だけを頭の中で確認した。


 やはり。


 この施設が。


 あの防壁を動かしている。


 さらに下。


 別の表示へ視線を移す。


 ――供給網 接続正常。


 ジンの目が止まった。


 供給網。


 接続。


 ここでも。


 接続。


 小型遺跡に出ていた文字が頭に浮かぶ。


 ――接続状態 正常。


 あちらは第十二中継区画。


 そして。


 ここは供給網へ繋がっている。


「……」


「ジン?」


 フィナが呼ぶ。


 ジンは反応しなかった。


 文字が読めることは。


 まだ言わない。


 そのまま別の表示へ視線を移す。


 数字のようなものが高速で変化している。


 何かを計っている。


 あるいは。


 流れている量を示している。


 そう見えるが。


 そこまでは読めない。


「何か分かったのか?」


 アインが尋ねる。


「まだ」


 ジンは短く答えた。


「見たことある形だったから」


「小型遺跡のやつか?」


「うん」


 嘘ではない。


 ただ。


 全部を話していないだけだ。


 その時。


 頭上のどこかで低い音が響いた。


 同時に。


 部屋中を走っていた光の線が一斉に強くなる。


「何だ?」


 アインが周囲を見る。


 フィナは別のものへ反応した。


「……また」


「どうした?」


「魔力です」


 フィナが足元へ視線を落とす。


「来てる」


「どこから?」


「分かりません。でも、さっきよりはっきりします。下からというか……周りからというか……」


 フィナは床へ手を近づけながら、感覚を探るように言葉を続けた。


「何かがここへ流れ込んできてる」


 ジンも床を見る。


 灰色の面を走る。


 無数の光。


 その先には。


 黒い板。


 供給網――接続正常。


 森の地中に埋まっていた構造物。


 第十二中継区画。


 点と線。


 接続状態――正常。


 そして。


 ベルクで減り続けている。


 周囲の魔力。


 それまで離れていた情報が。


 少しずつ。


 一つの形を取り始めている。


 魔力は。


 消えているのか。


 それとも。


 どこかへ移動しているのか。


 ジンは黒い板の表示を見た。


 供給。


 その言葉の意味だけが。


 妙に。


 頭に残った。


 ベルクの上では。


 巨大な防壁が。


 今も。


 正常に稼働し続けていた。

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