第71話 偏り
申し訳ありません71話の投稿が抜けてました。
申し訳ありません!
ギルドを出る頃には、すでに日が傾き始めていた。
「七万八千リグか」
通りへ出たところでジンが呟くと、隣を歩いていたアインがすぐに反応した。
「まだ言ってんのか」
「三頭で七万八千」
「聞こえてるよ」
「一頭目と二頭目で一万三千リグ差」
「それもさっき聞いた」
「倒し方って大事だね」
「冒険者になって今さら気づいたのか?」
「今までは倒すことしか考えてなかったから」
「普通はまずそれでいいんだよ」
アインは呆れたように言いながら、素材代の入った袋を持ち直した。
「売値気にして怪我したら意味ねえからな。綺麗に持って帰ることより、生きて持って帰る方が先だ」
「それはそう」
「本当に分かってんのか?」
「分かってるよ」
フィナも隣から口を挟む。
「余裕がある時だけにしてくださいね。ヴェイルくらいならともかく、強い魔物を相手に素材のことまで考え始めたら危ないですから」
「分かった」
「本当ですか?」
「たぶん」
「それ、信用していい返事じゃないですよ」
三人はそんな話をしながら宿へ向かった。
夕方の通りには仕事を終えた者たちの姿が増え、店先からは焼いた肉や煮込み料理の匂いが流れてくる。酒場もすでに客を迎え始めているらしく、開いた扉の向こうから笑い声が響いていた。
その中を歩いていたジンが、ふとアインを見る。
「ところで」
「何だ」
「寸鉄」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない」
「貸せだろ」
「見るだけ」
「もっと嫌だ」
「何で?」
「お前の『見るだけ』は信用ならねえ」
ジンは少し考えた。
「じゃあ使い方教えて」
「嫌だ」
「何で」
「さっき訓練場で散々身体の使い方語ってた奴が、人の道具まで欲しがるな」
「それ関係なくない?」
「ある」
「ないよ」
「ある」
二人のやり取りを聞いていたフィナが笑う。
「一本くらいならいいんじゃないですか?」
「フィナ」
「はい?」
「こいつに返し牙見せた後どうなったか覚えてるか?」
「あ」
フィナが一瞬言葉を止める。
「一晩で持っていかれた」
「人聞き悪いな」
「事実だろ」
「練習しただけだよ」
「一回見せただけの技を、次の日には使ってくる奴に武器なんか貸せるか」
「寸鉄そのものを取るつもりはないよ」
「使い方は取る気だろ」
「参考にはしたい」
「ほらな」
アインが即答し、ジンは少し不満そうに前を向いた。
「ケチ」
「何とでも言え」
「一本くらい」
「駄目だ」
「まだ何も――」
「言う前に止めてんだよ」
フィナの笑い声を挟みながら、三人はそのまま宿へ戻った。
◇
翌朝。
三人は朝食を済ませると、再び冒険者ギルドへ向かった。
森の地下で見つけた構造物については、ルーセルたちが改めて調査隊を編成することになっている。それまではこちらからできることもないため、この日は久しぶりに普通の依頼でも受けようという話になっていた。
「今日は普通のにしよう」
ギルドへ向かいながらジンが言う。
「普通って何だよ」
「遺跡とか関係ないやつ」
「お前がそれ言うのか」
「俺だって普通に冒険者したい時あるよ」
「初めて聞きました」
「フィナまで」
ギルドへ入ると、朝の受付はすでに多くの冒険者で賑わっていた。
依頼板の前にも何人か集まり、貼り出された紙を見比べながら相談している。
「何にする?」
ジンが依頼板を見ながら尋ねる。
「護衛は?」
「時間かかりそう」
「採取」
「地味」
「お前の言う普通って何なんだよ」
「魔物討伐?」
「結局それか」
三人が依頼板へ近づこうとした、その時だった。
「ジン!」
奥から声が飛んできた。
三人が振り返ると、こちらへ向かってくるルーセルの姿がある。
「ちょうどよかった。こっちへ来てくれ」
昨日とは少し様子が違う。
足取りも速く、わざわざ三人を探していたらしい。
アインが小さく息を吐いた。
「普通の依頼」
「無理そうだね」
「お前が言うと呼び込んだみたいで腹立つな」
「俺のせいじゃないでしょ」
三人は依頼板へ向かうのを諦め、そのままルーセルの後を追った。
◇
通されたのは昨日と同じ会議室だった。
ただ、机の上には新しい地図と何枚もの古い報告書が広げられている。
「何かあった?」
部屋へ入るなりジンが尋ねると、ルーセルは椅子へ座ることもなく、机上の一枚を指した。
「ああ。昨日のお前たちの報告を受けて、ギルドに残っている過去の記録を洗い直した」
「魔力の記録?」
「いや。魔物だ」
三人も机へ近づく。
「以前から、ベルク周辺では魔物の生息域が変わること自体はあった」
「前にも?」
「ああ。ただ、それだけなら珍しい話ではない。餌が減ったり、気候が変わったり、繁殖期になったり、別の強い個体に縄張りを追われたりな。魔物が場所を変える理由はいくらでもある」
ルーセルはそう説明しながら、古い報告書を数枚並べていった。
「だから今までは、ほとんどが別々の事例として処理されていた。だが今回、最近の報告と合わせて見直してみたところ、少し気になる重なりが出た」
フィナが紙へ目を落とす。
「同じ方向へ移動しているんですか?」
「いや。そこまで単純じゃない」
「じゃあ?」
「元の生息域だ」
ルーセルは地図上の一ヶ所を指した。
「この辺りにいた魔物が、最近になって外へ出ている」
そこは昨日、魔力が薄くなっているという報告があった地域だった。
次に別の地点。
「ここもだ」
さらに別の場所へ指が移る。
「この周辺でも、生息していた魔物が以前とは違う場所へ動いている」
ジンは地図に付いた印を見比べた。
すべてではない。
だが。
確かに重なる場所がある。
「……逃げてる?」
「その可能性はある」
「魔力が減ったから?」
「そこまでは分からん」
ルーセルは即座に答えた。
「魔力が薄くなったから移動したのか。魔物が移動した地域で、たまたま魔力の低下も起きているのか。それとも別の何かが両方に影響しているのか。今の情報だけでは判断できない」
「でも偶然って言うには、ちょっと多い?」
「ああ」
フィナも地図を見ながら考える。
「ヴェイルも移動してきた個体だったんでしょうか」
「分からないけど」
ジンは森で遭遇した三頭を思い出した。
ヴェイルは普段、二頭で行動することが多いとフィナは言っていた。
それが三頭。
あの森にもともといたのか。
それとも。
別の場所から移動する途中で、たまたま三頭が集まっていたのか。
「そこも調べる必要はありそうだね」
「ああ。それで、地下の構造物についても調査を急ぐことになった」
ジンがすぐに顔を上げる。
「いつ?」
「明日には人を出す」
「俺たちも?」
「同行してもらうつもりだ」
「やった」
「遊びじゃないぞ」
「分かってる」
「本当か?」
「たぶん」
「そこは言い切れ」
ルーセルはため息を吐いたあと、地図の別の場所を指した。
「ただ、その前に今日確認してほしいことがある」
「何?」
「ベルク周辺の魔力だ」
「街の外?」
「ああ」
ジンも地図へ視線を落とした。
「街の中は?」
「今のところ異常は出ていない」
フィナも頷く。
「昨日も話しましたけど、ベルクの中は魔力が薄いどころか、周辺と比べれば多い方です」
「そうだ」
ルーセルはベルクの位置を指した。
「この街は昔から、周辺の土地に比べて魔力が豊富だと言われている」
「昔から?」
「ああ」
「どれくらい?」
「少なくとも俺が生まれる遥か前からだ。古い記録にも似た記述がある」
「理由は?」
「土地の性質だと言われている」
「土地?」
「ベルク自体が古代遺跡を利用して作られた街だからな。その影響ではないかという説も昔からあるが、正確なところは分かっていない」
ジンの視線が、地図上のベルクで止まった。
また。
遺跡。
ただし、そこで結論には飛ばない。
「遺跡があるから魔力が多いとは決まってない?」
「ああ。昔からそういう話があるだけだ」
「そっか」
ルーセルはベルクを示していた指を、その外側へ動かした。
「今回確認したいのは、むしろこっちだ」
街の周囲。
昨日までに報告のあった地点。
「森だけじゃなく、他にも魔力が薄いとされる場所が出ている。そこで一度、ベルクから外へ向かって同じように調べてもらいたい」
フィナがすぐに意図を理解した。
「どこから薄くなるのか、ですか?」
「それもある。それと、街から離れれば離れるほど少なくなるのか、特定の場所だけで減っているのかを見たい」
ルーセルはベルクを中心に、地図上へいくつかの方向を示す。
「方角によっても違いがあるかもしれん。昨日の森では、魔力の薄い場所が帯のように続いていたんだろう?」
「うん」
「同じものが他にもあるのか確かめたい」
ジンは地図を覗き込んだ。
「何方向くらい?」
「まずは東西南北の四方向を考えている。ただし今日一日ですべて回る必要はない。明日は地下構造物の調査があるから、今日はできる範囲で構わん」
「なるほど」
アインが腕を組んだ。
「また歩き回るのか」
「嫌?」
「別に。ただ、結局こいつ頼みだろ」
アインがフィナを見る。
「そうですね」
フィナは少し困ったように笑った。
「私も正確な数値を測れるわけじゃありませんけど」
「構わん。重要なのは比較だ。同じ人間が同じ感覚で調べた方が、少なくとも基準は揃う」
「分かりました」
ジンは机の地図へ視線を落としたまま、ベルクと周辺の印を見比べた。
昔から魔力が豊富だと言われる街。
その外側で見つかり始めた、魔力の薄い場所。
地下に埋まっていた人工物。
何世代も動き続けている小型遺跡。
それぞれが頭の中に並ぶ。
何かが引っかかる。
だが。
まだ一つに繋げるには早い。
「じゃあ行こう」
ジンが顔を上げる。
「今から?」
フィナが聞く。
「早い方がいいでしょ」
「依頼は?」
アインが言う。
「今日はいい」
「さっき普通に冒険者したいって言ってただろ」
「予定変更」
「早すぎんだろ」
◇
三人はまずベルクの門を出たところから調査を始めた。
街のすぐ外でフィナが立ち止まり、周囲の魔力を確かめる。
「どう?」
「普通ですね」
「街の中と同じ?」
「いえ。少し落ちます。でも、この程度なら特におかしくはないと思います」
ジンは地図へ現在地と状態を書き込んだ。
「じゃあ進もう」
三人は街道沿いに歩き始め、ある程度距離を取るたびに足を止める。
「ここは?」
「まだ普通です」
印をつける。
さらに進む。
「ここ」
「……少し待ってください」
フィナが目を閉じ、周囲へ意識を向けた。
しばらくして、僅かに眉を寄せる。
「少しだけ薄い気がします」
「さっきより?」
「はい。ただ、本当に少しです」
ジンはそれも地図へ書き込んだ。
そこからさらに先へ進み、もう一度確認する。
「ここは?」
「……戻ってます」
「増えた?」
「さっきの場所よりはあります。最初に調べたところと大きく変わらないと思います」
ジンの手が止まる。
「一定じゃない」
「そうですね」
アインも一度、後ろにあるベルクと、今歩いてきた街道を見比べた。
「街から離れるほど少なくなるってわけじゃねえのか」
「少なくとも今のところは」
そこからさらに進む。
調べる。
記録する。
また進む。
普通。
少し薄い。
また普通。
時には僅かに多く感じる場所さえある。
距離だけで並べれば、もっと滑らかに減っていくはずだった。
だが、実際にはそうなっていない。
ジンは増えていく印を見比べながら、地図の上で指を止めた。
「……やっぱり距離じゃない」
「何か別の条件がある?」
フィナが尋ねる。
「ありそう」
「何だと思う?」
「まだ分からない」
ジンはそう答えてから、一度ベルクの方を振り返った。
遠くに街を囲う巨大な防壁が見える。
古代遺跡を利用して作られた街。
昔から周囲より魔力が豊富だと言われている場所。
その外では。
街からの距離とは関係なく。
ところどころで。
魔力が薄くなっている。
「……変だな」
「何が?」
アインが聞く。
「ベルク」
「街が?」
「うん」
ジンは遠くの街を見たまま少し考えた。
「周りはこんなにばらついてるのに、あそこはずっと多いんでしょ」
「そうですね」
フィナもベルクを見る。
「昔から」
「うん」
ジンはそれ以上続けなかった。
理由はまだ分からない。
ベルクが特別なのか。
周囲で何かが起きているのか。
あるいは。
その両方なのか。
今の情報だけでは。
まだ何も決められない。
「行こう」
ジンが前を向く。
「もう少し先も見たい」
「今日はどこまで行く気だ?」
「日が落ちる前まで」
「結構行く気じゃねえか」
「調べられる時に調べた方がいいでしょ」
「まあな」
三人は再び街道を歩き始めた。
その背後では。
ベルクが変わらず佇んでいる。
周囲で魔力の濃淡が生まれ始めても。
その街だけは。
昔から変わらず。
豊富な魔力を抱えたままだった。




