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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第69話 線

 ベルクへ戻った三人は、宿へ寄るより先に冒険者ギルドへ向かった。


 森で調べた魔力の分布。


 地下に埋まっていた人工物。


 そして、小型遺跡で確認した変化のない状態。


 持ち帰った情報は多い。


 受付でルーセルへの面会を求めると、少し待ったあと、三人はギルドの奥にある会議室へ通された。


「戻ったか」


 机の向こうにいたルーセルが、手元の資料から顔を上げる。


「はい」


「随分と荷物が増えているようだが」


 ルーセルの視線が、三人の持ってきた素材袋へ移った。


「途中でヴェイルに遭遇しました」


 フィナが答える。


「三頭です」


「三頭か。怪我は?」


「ありません」


「ならいい」


 ルーセルはそれ以上ヴェイルについて聞かず、すぐに本題へ移った。


「調査の方は?」


「少し分かった」


 ジンは持っていた地図を机の上へ広げた。


 二日間かけて三人で書き込んだ印が、かなりの数に増えている。


 魔力が普段と変わらなかった場所。


 少し薄かった場所。


 はっきり薄いと感じた場所。


 そして、地下の人工物が露出していた地点。


 ジンはまず、森へ入った最初の経路を指でなぞった。


「最初は、森の奥へ行くほど魔力が薄くなってると思ってた」


「違ったのか?」


「たぶん」


 同じくらい森の奥にある別の地点へ指を移す。


「ここは普通だった。でも少し離れたこっちは薄い。その先も薄い」


 さらに別の場所へ移る。


「でも、その横はまた普通」


 ルーセルは机へ少し身を寄せ、地図上の印を順番に追った。


「点在しているようにも見えるな」


「最初はそう見えた」


 ジンは魔力が薄かった地点だけを指で拾い、それらを順番に繋いでいく。


「でも、こっちだけ追うと線みたいになる」


「線?」


「完全な直線じゃないけど」


 森の中を緩やかに曲がりながら、一つの帯のように続いている。


 ルーセルが今度はフィナを見る。


「感覚としてはどうだった?」


「正確な測定ではありません」


 フィナは先に断ってから、地図を覗き込んだ。


「私が感じ取れる範囲で比較しただけです。ただ、魔力が薄い場所が一定の方向へ続いているようには感じました。森全体が均一に薄くなっているわけではありません」


「なるほど」


「それと」


 ジンは、その線の途中にある一つの印を指した。


「ここが一番薄かった」


「何かあったのか?」


「最初は何もないと思った」


 そこでアインが話を引き取った。


「地上には何もなかった。建物もなけりゃ、魔物の巣らしいもんもない。けど探してたら、地面から人工物らしいものが出てた」


「人工物?」


「ああ。ほとんど全部土の下だ」


「遺跡の一部か?」


「そこまでは分からねえ」


 アインは地図上に付けた複数の印を指す。


「最初に見つけた場所から少し離れたところにも、同じようなもんが何ヶ所か出てた。表面には、例の小型遺跡と似た線や記号が刻まれてる」


 ルーセルはしばらく地図を見たあと、ゆっくり椅子へ座り直した。


「掘ったのか?」


「掘ろうとした」


「掘ってない」


 アインが即座に訂正する。


「止めたからな」


「ちょっとだけだったのに」


「お前のちょっとは信用してねえ」


「大きさ見たかっただけ」


「それで済むなら苦労しねえんだよ」


 フィナも小さく頷いた。


「私も、あの場では掘らない方がいいと思いました」


「フィナまで?」


「分からない設備かもしれませんから」


「……それはそう」


「話を戻していいか?」


 ルーセルに止められ、ジンは素直に頷いた。


「どうぞ」


「お前が逸らしたんだぞ」


 アインの声を無視し、ジンは別の印へ指を動かした。


「それで、小型遺跡にも戻った」


「変化は?」


「見た感じでは何もなかった」


「内部の設備も?」


「うん。昨日と同じように光ってた」


 ジンはそこで一瞬だけ口を閉じた。


 黒い板に表示されていた文字。


 ――接続状態 正常。


 その情報を伝えるなら、自分が古代文字を読めることも説明しなければならない。


 今はまだ。


 そこまでは話さない。


「町長の話では、何世代も前からあの状態なんだろう?」


「そうみたい」


「地下の構造物との関係は?」


「分からない」


「魔力が減っている原因は?」


「それも分からない」


 ルーセルが小さく息を吐いた。


「分からないことばかりだな」


「調査だから」


 ジンは気にした様子もなく答えた。


「最初から全部分かってたら、調べに行く必要ないし」


「理屈はそうだが」


 ルーセルは地図へ視線を戻し、しばらく黙って書き込まれた印を見ていた。


 やがて何かを決めたように、机の脇に置いてあった紙束へ手を伸ばす。


「なら、こちらからも一つ報告がある」


「何?」


「似た話が他の地域からも上がり始めている」


 三人の注意が一気に紙束へ向いた。


「他にも魔力が薄い場所が?」


「ああ」


 ルーセルは一枚目を広げた。


「ベルクから南東。街道を外れた農村の近くで、魔法使いが周囲の魔力が以前より薄いと報告している」


 続けて二枚目。


「北西の森でも似た話が出ている。こちらは薬草採取へ入った冒険者の報告だ。同行していた魔法使いが気づいたらしい」


「いつから?」


 ジンが尋ねる。


「正確には分からない」


「前の状態と比べる記録がない?」


「そういうことだ。普段から周囲の魔力量を測り続けている者などほとんどいない。異変が起きたあとで振り返って、以前より魔法が使いづらい気がする、と気づく程度だ」


 フィナが小さく頷いた。


「私も意識して比べていなければ、少し薄い程度では気づかなかったと思います」


「なら、まだ見つかってない場所もあるかも」


「十分あり得る」


 ルーセルは別の報告書を取り出した。


「それより、魔物の移動についてはもう少し分かりやすい」


「増えてる?」


「ああ」


 ベルク周辺だけではなかった。


 普段ならもっと森の奥にいる魔物が街道近くまで出てきた地域。


 生息域から離れた場所で見つかった個体。


 村の近くへまとまって移動してきた群れ。


 今までほとんど姿を見せなかった街道を横切る魔物。


 地域ごとの差はあるが、似た報告が複数届き始めている。


「全部、魔力が薄くなった場所と重なってる?」


 ジンが聞く。


「そこまでは分からん」


 今度はルーセルが答えた。


 アインが少し笑う。


「移ったな」


「何が?」


「ジンの『分からない』」


「便利でしょ」


「便利な言葉として使うな」


 ルーセルは二人を無視して、地図上へいくつか印を加えた。


「全部ではないが、魔力の低下が報告された地域と、魔物の移動が確認された地域には重なる場所がある」


「でも一致しない場所もある」


「ああ」


 ジンは追加された印を見比べた。


「なら、まだ魔力が減ったから魔物が移動してる、とは決めない方がいいね」


「こちらもそう考えている」


「遺跡は?」


 ジンが続けて尋ねる。


「何?」


「魔力が薄くなった場所の近くに、遺跡はある?」


 ルーセルはすぐには答えず、少し考えてから別の地図を取り出した。


 こちらにはベルク周辺で確認されている古代遺跡の位置が記されている。


 大型のもの。


 小型のもの。


 用途不明のもの。


 現在では地下室や倉庫の一部として利用されている古い構造物まで含まれていた。


 三人も机へ寄り、魔力低下の報告地点と照らし合わせる。


「ここ」


 最初にフィナが一ヶ所を指した。


「近いですね」


「こっちもだな」


 アインが別の地点を示す。


「完全に同じ場所じゃねえけど、遠くはない」


 ジンは黙って二枚の地図を見比べた。


 一つ。


 二つ。


 確かに、遺跡の近くで魔力低下が報告されている場所はある。


 だが。


「ここは?」


 ジンが一ヶ所を指した。


 魔力低下の報告はある。


 しかし、その周辺には遺跡を示す印がない。


「確認されているものはないな」


 ルーセルが答える。


「本当に?」


「少なくとも、この記録上は」


 ジンの視線がその地点で止まる。


 森。


 地上から見れば何もなかった場所。


 だが。


 地下には人工物が埋まっていた。


「……ないんじゃなくて」


「何だ?」


「見つかってないだけかもしれない」


 ルーセルも、すぐに意味を理解した。


「地下か」


「うん」


 アインも地図へ目を落とした。


「俺たちが見つけたやつだって、ほんの少し地面から出てなきゃ気づかなかった」


「完全に埋まっていたら、普通に歩いているだけでは分かりませんよね」


 フィナも続ける。


「そういう場所が他にもある?」


 ジンが尋ねる。


「可能性としては否定できない」


 ルーセルの声が少し低くなった。


 確認されている遺跡。


 見つかっていない遺跡。


 魔力が薄くなった地域。


 移動を始めた魔物。


 どこからどこまでが繋がっているのかは、まだ見えない。


 それでも。


 偶然だけで片付けるには。


 材料が増え始めている。


「地下の構造物については、こちらから改めて調査を出す」


 ルーセルが言った。


「掘る?」


「必要ならな」


「俺も行く」


「まだ人員は決めていない」


「なんで?」


「お前は調査員じゃなく冒険者だからだ」


「見つけたの俺たちだけど」


「だから今こうして報告を受けている」


「行っちゃ駄目?」


「今は待て」


 ジンは少しだけ考えたあと、意外にもあっさり頷いた。


「分かった」


 横にいたアインがそちらを見る。


「何?」


「いや。もう一回くらい食い下がると思ってた」


「勝手に行ったら怒られるでしょ」


「その程度の常識はあったか」


「どういう意味?」


「そのままの意味だ」


 ルーセルが二人を止めるように咳払いした。


「まだある」


 三人が再び机を見る。


「今後、似た報告が増える可能性がある。魔力の低下もそうだが、特に注意したいのは魔物だ」


 ルーセルは地図の中央にあるベルクを指した。


「以前の騒ぎが終わったからといって、周辺まで元へ戻ったとは限らん。魔物の移動が広がれば、街道や村にも影響が出る」


 ジンもベルクの印を見る。


 古代遺跡を利用して築かれた街。


 今も古い構造物の一部が街の防御へ使われている。


 そして。


「ベルクは?」


「何がだ?」


「魔力」


 ルーセルはすぐに首を振った。


「今のところ、異常があるという報告はない」


「減ってない?」


「ああ」


 フィナもベルクの印へ視線を落とした。


「私も街の中で、魔力が薄いと感じたことはありません。むしろ周辺と比べれば多い方だと思います」


「そうなんだ」


 ジンは地図の中央を見たまま黙った。


 ベルクの周囲では。


 少しずつ。


 魔力が薄い場所が見つかり始めている。


 だが。


 ベルクそのものには、十分な魔力がある。


 その違いが何を意味するのか。


 今は。


 まだ分からない。


「何か気になるか?」


 ルーセルが尋ねる。


「うん。でもまだいい」


「そうか」


 ジンはそれ以上口にせず、地図を畳んだ。


    ◇


「それで」


 話が一段落したところで、ルーセルが三人の荷物へ目を向けた。


「ヴェイルの素材だったな」


「あ」


 それまで地図を見ていたジンの意識が、すぐにそちらへ移った。


「売れる?」


「俺に聞くな」


「ギルドで買い取ってもらえる?」


「当然だ。素材買取へ持っていけ」


「今?」


「いつでもいいが、魔石があるなら早い方がいい」


 ジンはすぐに立ち上がった。


「行こう」


「急に動き早くなったな」


 アインも呆れながら席を立つ。


「こいつ、ずっと値段気にしてたからな」


「だって一頭目と二頭目で倒し方変えたし」


「その理由が値段なのが妙に怖えんだよ」


 フィナも荷物を持ち上げる。


「二頭目の膜はかなり綺麗に取れましたからね」


「どれくらい違うかな」


「楽しそうですね」


「ちょっと」


 三人が扉へ向かおうとしたところで。


「ああ、待て」


 ルーセルに呼び止められた。


 ジンが振り返る。


「何?」


「地下の構造物の件だが」


「うん」


「勝手に掘るなよ」


「掘らないよ」


「本当だな?」


「……必要になったら?」


「勝手に、だ」


「ああ。それなら」


「今の間は何だ」


「確認」


「するな、そんな確認」


 アインがジンの背中を押した。


「ほら行くぞ」


「まだ話してる」


「もう終わりだ」


 フィナも苦笑しながら二人の後へ続き、三人は会議室を出ていった。


 扉が閉じる。


 静かになった部屋で。


 ルーセルは改めて机の上の地図へ視線を落とした。


 ベルクの周囲へ増えた、いくつもの印。


 魔力が薄くなった地域。


 移動を始めた魔物。


 そして。


 地表からはほとんど見えなかった、地下の人工物。


 まだ。


 どれが原因で。


 どれが結果なのかは分からない。


 だが。


 ベルク周辺で起きていることが。


 一つの森だけの異変ではない。


 その可能性だけは。


 以前より。


 ずっと高くなっていた。

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