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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第68話 正常

「掘るか」


 地面から僅かに覗いている灰色の人工物を見ながらジンが言うと、アインは間を置くことなく首を振った。


「掘らない」


「まだ何も――」


「今、掘るかって言っただろ」


「ちょっとだけ」


「それを掘るって言うんだよ」


「どこまで続いてるか見るだけだよ」


「お前の『見るだけ』で終わったことが何回あると思ってんだ」


「今回は終わると思う」


「俺は思わない」


 即答され、ジンは少し納得がいかない様子で足元へ視線を戻した。


 フィナは二人のやり取りを聞きながら、土の隙間から露出した灰色の面を眺めていた。細い線や円、四角い記号が刻まれていることから人工物なのは間違いなさそうだが、見えている部分があまりにも少なく、これだけでは大きさも形も判断できない。


「でも……どれくらい広がっているのかは知りたいですね」


 フィナがそう言うと、アインがすぐに振り向く。


「フィナ」


「掘るとは言ってませんよ」


 フィナは苦笑しながら立ち上がり、周囲へ視線を巡らせた。


「ここだけ偶然地面に出ているとは限りません。周りを探せば、他にも同じものが露出している場所があるかもしれませんし、それなら掘らなくても大体の広がりは分かるかもしれません」


「ほら」


 ジンが言う。


「お前は掘ろうとしてただろ」


「結果が分かれば同じじゃない?」


「過程が全然違う」


「細かいな」


「お前が雑なんだよ」


 結局、三人は最初に見つけた場所を中心に、少しずつ範囲を広げながら地表を調べることにした。


 草を退け、倒木の下を覗き込み、地面から突き出している石らしきものがあれば、自然の岩なのか、それとも人工的に加工されたものなのかを一つずつ確かめていく。


 しばらくして。


「あったぞ」


 少し離れた場所からアインの声が飛んだ。


 ジンとフィナが向かうと、最初に見つけた地点から十数歩ほど離れた木の根元に、同じような灰色の面が僅かに覗いていた。


「同じ?」


「多分な」


 アインが表面についた土を軽く払い落とすと、すぐに細い線が現れた。


 一本の線から枝分かれする別の線。その先にある円や四角い記号。


 昨日、小型遺跡の壁で見たものと同じ特徴だった。


「同じだ」


 ジンがそう言って周囲を見回す。


 そこからさらに範囲を広げていくと、三つ目が見つかり、その少し先では四つ目も見つかった。


 どれも露出している部分は小さく、互いにある程度離れている。


 だが、その位置を地図へ書き込んでいくうちに、地下にある何かが想像以上に広い範囲へ伸びていることだけは分かってきた。


「……広いな」


 地図を覗き込んだアインが呟く。


「うん。少なくとも、昨日の小型遺跡よりずっと広い」


「一つの建物なんでしょうか」


 フィナが足元を見る。


「分からない」


 ジンは地図上に付けた四つの印を順番に指でなぞった。


「全部が一つの構造物なのか。それとも、別々の何かが地下で繋がってるのか」


「全部埋まってるんじゃ、今の状態じゃ確かめようがねえな」


「掘れば――」


「掘らない」


「最後まで言ってない」


「言わせる必要がない」


「最近、先回りされるな」


「学習したんだよ」


 ジンはそれ以上言い返さず、もう一度地図へ視線を落とした。


 昨日見た小型遺跡。


 第十二中継区画。


 黒い板に表示されていた複数の点と、それらを結ぶ線。


 そして今、森の地下へ広がっている人工物。


 関係している。


 そう考えたくなる。


 ただ、似ているというだけで繋げるには材料が足りない。


「フィナ」


「はい」


「もう少し離れたところでも魔力を見てみたい」


「この構造物から距離を取って、ですか?」


「うん。地下のやつと、魔力が薄い場所がどれくらい重なってるのか見たい」


「分かりました」


 三人は露出した人工物の位置を地図へ残し、その場から少し距離を取った。


    ◇


「ここは?」


 フィナは目を閉じ、しばらく周囲の魔力を探ってから答えた。


「薄いです」


 ジンが地図へ印をつける。


 そこからさらに進み、また確認する。


「ここは?」


「さっきより戻っていますね」


 別の印。


 今度は横へ移動する。


「どう?」


「……こっちは普通だと思います」


 ジンが記号を書き分け、今度は反対側へ回る。


「ここは?」


「薄いです」


 そうして何度か場所を変えながら確認していくうちに、地図の上には昨日以上に多くの印が増えていった。


 普通。


 少し薄い。


 明らかに薄い。


 正確な数値ではなく、あくまでフィナの感覚による大まかな分類ではあるが、それでも数が増えれば見えてくるものがある。


 ジンは書き込みを終えると、地図全体を見渡した。


「……やっぱり線っぽい」


「昨日言ってたやつか?」


 アインが横から覗き込む。


「うん」


 魔力が薄い地点だけを追うと、完全な直線ではないものの、一つの帯のように森の中を通っている。


 しかも、その帯は無秩序に広がっているわけではない。緩やかに曲がりながらも、ある程度まとまった方向へ続いている。


「地下のやつも?」


「近い」


 ジンは人工物が露出していた場所を指した。


 すべてが完全に重なっているわけではない。


 だが、少なくとも魔力が薄い帯の近くに集まっている。


 フィナも地図を覗き込みながら考えた。


「地下に、何かが続いているんでしょうか」


「かもしれない」


「何が?」


「それが分からない」


 ジンは地図上の帯を指でなぞった。


「道……ではない気がする」


「地下道じゃなくて?」


「人が通るなら、もっと分かりやすい造りになってそうだし」


「じゃあ水路とか?」


 フィナが尋ねる。


「それならありそうだけど……」


 ジンが考えていると、アインが腕を組んだ。


「魔力が薄いのと関係あるなら、魔力を運ぶための何かだったりしてな」


 ジンの指が止まる。


「……それ」


「何だよ」


「ありそう」


「適当に言っただけだぞ」


「でも可能性はある」


「お前、そういうのすぐ拾うよな」


「使えそうなら」


 ジンは地図から足元へ視線を移した。


「ただ、もし魔力を運ぶための何かなら、なんでこの辺だけ薄いんだろう」


 アインが黙る。


 フィナも少し考えたあと、慎重に口を開いた。


「周囲から集めている……とか?」


「だったら」


 ジンは昨日見た小型遺跡の方角を見る。


「あっちの近くが一番薄くなっててもよさそうなんだよね」


「中継地点だから……」


 フィナが何気なく呟いた。


 ジンがそちらを見る。


「中継?」


「あ」


 フィナは少し考えてから、昨日の会話を思い出すように続けた。


「ジンさんが、あの小型遺跡は中継地点みたいだって言っていたじゃないですか。もし本当にそうなら、あそこ自体が何かを集める場所ではなくて、通すだけの場所なのかなって」


「ああ」


 ジンは小さく頷いた。


 自分だけが知っている。


 あの施設には、本当に第十二中継区画と書かれていた。


 少なくとも古代文明にとって、あそこが何らかの中継地点だったことは間違いない。


 だが、それ以上は分からない。


 何を中継しているのか。


 どこから来て。


 どこへ向かうのか。


 そして今も、当時と同じ役割で動いているのか。


 考えるほど、確認したいことが増えていく。


「一回戻ろう」


 ジンが言った。


「遺跡に?」


「うん」


「今日は後回しって言ってなかったか?」


「後回しにはしたよ」


「もう後になったってことか」


「そう」


「便利な言葉だな」


    ◇


 小型遺跡へ戻った頃には、日が少し傾き始めていた。


 三人は再び内部へ入り、短い通路を抜けて中央の部屋へ向かう。


 腰ほどの高さの台座。


 そこへ組み込まれた黒い板。


 淡い光の中に浮かぶ複数の点と、それらを結ぶ細い線。


 昨日見た時と、見た目は何も変わっていない。


 ジンは黒い板の前まで近づいた。


「触るなよ」


 後ろからアインが言う。


「分かってる」


「今日は素直だな」


「触らなくても見られるから」


「触る理由があったら触るみたいに聞こえるぞ」


「気のせい」


 ジンはそれ以上答えず、黒い板へ意識を向けた。


 点。


 線。


 いくつもの点が細い光で結ばれている。


「地図……」


 フィナも横から覗き込む。


「やっぱり、そう見えますね」


「でも地形がない」


 アインが言う。


「山も川もないし、街みたいな目印もない」


「うん」


 ジンも同じことを考えていた。


 もしこれが地図なら、あまりにも情報が少ない。


 場所そのものを描いているのではないのかもしれない。


「……関係だけ?」


「何が?」


 アインが聞く。


「この場所がどこにあるかじゃなくて」


 ジンは一つの点を見たあと、そこから伸びる線を追って別の点へ視線を移した。


「この点とこの点が繋がってるってことだけを表示してるとか」


「何のために?」


「分からない」


「今日何回目だ、それ」


「数えてない」


 黒い板の表示を目で追いながら、ジンは森で見たものを思い出す。


 魔力の薄い帯。


 その近くにあった地中の人工物。


 そして、この黒い板に表示された点と線。


 形だけなら、似ている。


 だが、今はまだ、それ以上のことは言えない。


 ジンは一度だけ壁へ視線を移した。


 細かな線の中に、昨日見つけた古代文字が刻まれている。


 ――第十二中継区画。


 施設名。


 固定された情報だからこそ、石壁に刻まれている。


 そこに変化はない。


 ジンは確認するように一度だけ文字を追い、それから再び黒い板へ視線を戻した。


 点。


 線。


 そして。


「……ん?」


「どうしました?」


 フィナの声に答えず、ジンは少しだけ身を寄せた。


 黒い板の下端。


 点や線が表示されている領域から少し離れたところに、短い文字列が淡く浮かんでいる。


 昨日は、点と線ばかりに意識を取られて気づかなかった。


 だが、今見ると明らかに違う。


 壁へ刻まれている文字ではない。


 黒い板そのものが。


 今。


 表示している。


 ジンはその文字を目で追った。


 ――接続状態 正常。


「……」


 動きが止まった。


 接続。


 何かと繋がっている。


 そして、その状態は。


 正常。


 少なくともこの装置は、今の接続に異常があるとは判断していない。


「ジン?」


 フィナに呼ばれ、ジンはようやく黒い板から少しだけ視線を外した。


「何?」


「ずっと同じところ見てますけど、何かありました?」


「ちょっと考えてた」


「何を?」


 ジンはすぐには答えず、もう一度黒い板を見る。


「……この遺跡、壊れてるのかなって」


「壊れてる?」


「何世代も前から動いてるんでしょ」


「それなら逆じゃないですか?」


「逆?」


「壊れていたら、そんなに長い間ずっと動き続けるのかなって」


 フィナの言葉を聞き、ジンはもう一度表示を見る。


 接続状態――正常。


 フィナの言葉と。


 黒い板の表示。


 少なくとも表面上は、一致している。


 だが、それで疑問が減るどころか、むしろ増えた。


 もし森で起きている魔力の低下が、この遺跡や地下構造に関係しているのなら。


 故障。


 暴走。


 誤作動。


 そういったものを疑う方が自然だった。


 だが。


 ここには。


 正常と出ている。


 もちろん、何百年。


 あるいは、それ以上昔の設備だ。


 この表示そのものが正しい保証はない。


 だが少なくとも。


 装置自身は。


 今の状態を異常とは認識していない。


「……壊れてない?」


 思わず漏れた言葉に、アインが反応する。


「何が?」


「遺跡」


「さっきの話か?」


「うん。ずっと動いてるなら、単純に壊れて暴走してるって感じでもないのかなって」


「まあ、それはあるかもな」


 アインは黒い板を見ながら答えた。


「壊れてるにしちゃ、元気に動きすぎだ」


「ですよね」


 フィナも頷く。


 ジンは再び表示へ目を戻した。


 接続状態――正常。


 なら。


 別の考え方もできる。


 何かが壊れた結果。


 間違って魔力を吸っているのではなく。


 最初から。


 そういう動きをするように作られている。


 もしそうなら。


 今起きている異変は。


 故障ではない。


 正常な動作の結果。


 そこまで考えたところで、ジンは思考を止めた。


「……まだ足りないな」


「何が?」


「情報」


「それはそうだろうな」


 アインが黒い板を眺めたあと、何気なく言う。


「じゃあ地面掘るか?」


 ジンが即座に振り返った。


「いいの?」


「冗談だ」


「なんだ」


「食いつくの早すぎんだよ」


    ◇


 遺跡を出たところで、その日の調査は切り上げることになった。


 森の中で日が落ちれば、帰路の確認も難しくなる。


 三人は町へ向かって歩き出した。


 しばらくして、アインが隣を歩くジンを見る。


「まだ遺跡のこと考えてんのか?」


「遺跡も」


「も?」


「地下のやつも」


「やっぱ掘りたいんじゃねえか」


「掘るとは言ってない」


「まだ、な」


「それに森の魔力も気になる」


「増えてんな」


 フィナが横から笑った。


「明日も調べます?」


「できれば」


「また私が?」


「お願い」


「即答ですね」


「フィナにしか分からないから」


「そう言われると断りにくいんですよね……」


 ジンは少し考えたあと、今度はアインを見る。


「あと寸鉄も見たい」


「急に俺まで巻き込むな」


「昨日の使い方、面白かった」


「貸さねえぞ」


「まだ貸してって言ってない」


「この流れで次に何言うかくらい分かる」


「一本だけ」


「ほらな」


「見るだけ」


「お前の『見るだけ』はもう信用しねえ」


 三人の声が森の中へ遠ざかっていく。


 その背後では。


 小型遺跡が。


 昨日と変わらない淡い光を放ち続けていた。


 何世代も前から。


 同じように。


 その内部。


 黒い板の端には。


 今も短い文字が浮かんでいる。


 接続状態――正常。


 何かが壊れたことを示す表示はない。


 何かが止まったことを示す表示もない。


 少なくとも。


 遺跡自身にとって。


 今この瞬間に起きていることは。


 異常ではなかった。

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