第67話 下
三頭のヴェイルを倒したあと、三人はその場で素材の回収を始めた。
「まず魔石ですね」
フィナが一頭のそばへしゃがみ込むと、ジンもすぐ隣へ寄った。
「膜じゃないの?」
「そちらも回収しますけど、魔石は時間が経つほど中の魔力が抜けていきますから、先に取った方がいいんです」
「ああ、そっちが先か」
「特にヴェイルの魔石は比較的質がいいので、できれば早めに」
「どこにある?」
ジンが死体へ手を伸ばしかけたところで、アインが横から腕を掴んだ。
「待て」
「何?」
「お前、解体できんのか?」
「見れば何となく」
「やめろ」
「まだ何もしてない」
「する前に止めてんだよ」
アインはジンを退かせると、ヴェイルの身体を仰向けにした。
「こういうのは適当に切ると、売れる部分まで傷つける。さっき値段聞いて倒し方まで変えた奴なら、なおさら余計なことすんな」
「だから綺麗に取りたいんだけど」
「その意欲が怖えんだよ」
アインは慣れた手つきで刃を入れ、必要な部分だけを切り開いていく。
ジンはすぐ横から覗き込んでいたが、今度は本当に手を出さず、一つ一つの動きを目で追っていた。
しばらくすると、アインが取り出したのは親指の先ほどの小さな石だった。
濁った透明感のある表面が、僅かに光を帯びている。
「これがヴェイルの魔石?」
「ああ」
アインから受け取ったフィナが、掌の上へ載せる。
「小さいな」
「身体の大きさだけで決まるものではありませんよ。魔物の種類や個体によっても変わります」
「これに魔力が入ってる?」
「はい。ただ、ずっと残るわけではありません」
フィナの掌の中で、魔石は今も淡く光っている。
「生きている間は身体の中で魔力が循環していますけど、死ぬとそれを維持できなくなります。魔石に残った分も、少しずつ外へ抜けていくんです」
「じゃあ何年も保管したりはできない?」
「そのままでは無理ですね。時間が経てば魔力が減って、価値も落ちていきます」
「生ものみたいだな」
「近いところはあるかもしれません」
ジンは少し考えてから魔石を見た。
「それなら、なんで売れるの?」
「中に残っている魔力を使えるからです。魔法道具の一時的な動力にしたり、研究用に使ったり。加工の仕方によっては他にも用途があります」
「へえ」
「ただ、いつ採れたものかでも状態が変わりますから、場所や時期によって値段も違いますよ」
「なるほど」
ジンの視線が魔石から離れない。
「触っていい?」
「それくらいなら大丈夫です」
フィナから受け取る。
掌へ載せると、ほんの僅かに温かかった。
ジンは指先で転がしながら眺めたあと、首を傾げる。
「何も分からない」
「そりゃそうだろ」
アインが二頭目の解体を始めながら言った。
「でも面白い」
「勝手に持って帰るなよ」
「売るんでしょ?」
「そういう意味じゃねえ」
◇
魔石を取り出したあとは、背中の魔力収集膜へ移った。
一頭目。
ジンが剣で首元を斬った個体は、刃が背中側まで抜けたせいで膜の端にも大きな切れ目が入っている。
「……やっぱり駄目?」
ジンがしゃがみ込んで確認する。
フィナも膜を広げるようにして状態を見た。
「使えないわけではないと思います。でも、綺麗なものと比べれば値段はかなり落ちるでしょうね」
「どれくらい?」
「そこまでは分かりません」
「半分?」
「俺たちに聞いても値段は戻らねえぞ」
アインが割って入る。
「町に戻って聞け」
「気になるんだけど」
「次から気をつけりゃいいだろ」
「もう気をつけた」
「そうだったな」
二頭目へ移る。
こちらは首を折って倒したため、背中の膜にはほとんど傷がない。
フィナが端から確認し、頷いた。
「こっちはかなり綺麗ですね」
「よし」
「そんなに嬉しいですか?」
「同じ倒すなら高い方がいいでしょ」
「冒険者としては正しいんだけどな」
アインはヴェイルの首元を見てから、ジンを見る。
「そのために素手で首折る奴はあんまりいねえと思うぞ」
「剣使ったら傷つくかもしれないし」
「だからって普通そこまで即座に倒し方変えねえんだよ」
ジンは返事をせず、今度は頭部から伸びる二本の角へ視線を移した。
「これも売れる?」
「売れますよ」
「爪は?」
「使えます」
「牙も?」
「それも」
「じゃあ取ろう」
「急に熱心だな」
「お金は大事」
「そこだけ妙に現実的なんだよな、お前」
角。
爪。
牙。
魔力収集膜。
三頭分となれば、それなりの量になる。
一通りまとめたところで、アインは自分たちの荷物と素材を見比べた。
「全部は無理だな」
「置いていくの?」
「依頼の目的は素材集めじゃねえ。まだ調査も残ってる」
「もったいない」
「欲張るな」
「帰りに寄れない?」
「今日の調査次第だな」
ジンはしばらく残った素材を見ていたが、アインに促されてようやく立ち上がった。
「じゃあ」
「嫌です」
フィナが即答した。
ジンが止まる。
「まだ何も言ってない」
「防護魔法のことですよね?」
「うん」
「やっぱり」
アインが笑った。
「諦めろ。忘れてなかったぞ」
「忘れる理由ないでしょ」
「普通は戦闘終わったら少しくらい休むんだよ」
「今休んだよ」
「素材の値段聞いてただけだろ」
フィナは仕方なさそうに息を吐き、少し開けた場所へ移動した。
「一回だけですよ」
「分かった」
「それと、本当に見るだけですからね」
「分かってる」
フィナは右手を前へ出し、意識を集中させた。
ジンには魔力そのものを感じ取ることはできない。
それでも、掌の前へ淡い光が集まり、それが薄く横へ広がっていく様子は目で追えた。
やがて、人一人を十分に隠せる程度の半透明の防護魔法が形成される。
ジンは正面から見たあと、すぐに横へ回った。
「……ジンさん?」
「そのままで」
「はい」
さらに反対側へ移動する。
正面から見ると薄い壁のように存在しているのに、角度を変えるほど輪郭が分かりにくくなり、真横近くまで回るとほとんど見えなくなる。
「何してんだ?」
アインが尋ねる。
「見てる」
「それは見りゃ分かる」
「横からだとほとんど見えない」
「だから何だよ」
「厚さってあるのかな」
「知りませんよ」
フィナが答える。
「触っていい?」
「駄目です」
「なんで?」
「何するか分からないので」
「触るだけ」
「駄目です」
ジンは少し考えた。
「じゃあ剣で軽く――」
「もっと駄目です!」
「強度を見たいだけなんだけど」
「嫌です!」
少し離れたところで、アインが笑いを堪えている。
「ヴェイルの攻撃は止めたよね」
「止めましたけど」
「どれくらいまで耐えられる?」
「さっき話した通り、術者や使う魔力量で変わります」
「同じフィナでも?」
「変えられますよ」
「じゃあ今はさっきより弱い?」
「はい。こんなところで全力にする必要ないですから」
「なるほど」
ジンはもう一度防護魔法の周囲を歩き、正面、斜め、横と見え方を確認する。
「形も変えられる?」
「ある程度なら」
「曲げたり?」
「できます」
「囲ったり?」
「できますけど」
「球みたいに?」
「ジンさん」
「何?」
「質問が増えてます」
「気になるから」
「でしょうね」
フィナが魔力を止めると、防護魔法は淡い光を残して消えた。
「あ」
「終わりです」
「もう一回」
「しません」
「今度は形を――」
「しません」
「一回だけ」
「さっき一回だけって言いました!」
アインが肩を震わせている。
「笑ってないで助けてください」
「無理だ。頑張れ」
「アイン」
「俺に振るな」
◇
三人はようやく本来の調査へ戻った。
ヴェイルと遭遇した地点を地図へ書き込み、そこから少し北へ進む。
ある程度距離を取ったところで、フィナが再び周囲の魔力を確認した。
「ここは?」
「薄いです」
ジンが地図へ印をつける。
そこから西へ移動する。
「ここ」
「……普通ですね」
「じゃあ東」
「はい」
今度は反対側へ回る。
「どう?」
「少し薄いです」
また地図へ印が増える。
ジンはそこまで書き込むと、少し離れた位置から地図全体を眺めた。
「やっぱり」
「何か分かったんですか?」
フィナが覗き込む。
「まだ」
「まだかよ」
アインも反対側から地図を見る。
昨日と今日。
フィナが確認した場所には、すでにかなりの数の印が付いていた。
普通。
少し薄い。
明らかに薄い。
あくまでフィナの感覚による大まかな分類で、正確な数値ではない。
それでも。
「ここから……」
ジンが一つの印へ指を置き、そのまま少し離れた別の印へ動かす。
「こっちまで、薄い場所が続いてる」
フィナも指の先を追った。
「……本当ですね」
「でも、そのすぐ横は普通」
アインが別の印を示す。
「森全体が薄くなってるわけじゃねえのか」
「多分」
ジンは昨日付けた印も確認した。
「昨日、奥へ行くほど薄くなると思ったけど……」
「たまたま、この薄い場所に沿って進んでたってことですか?」
「うん。そう考えた方が合う」
アインが地図を少し傾ける。
「細長いな」
「……線みたい」
ジンの指が止まった。
線。
その言葉で、昨日見たものが頭に浮かぶ。
小型遺跡の黒い板。
複数の点。
その間を繋いでいた細い線。
「どうした?」
アインが尋ねる。
「いや」
ジンは地図へ視線を戻した。
「まだ繋げない方がいい」
「何を?」
「昨日の遺跡と、これ」
地図を軽く叩く。
「似てるだけで同じものとは限らないから」
「珍しく慎重だな」
「俺はいつも慎重だよ」
「それはねえ」
「ありますよね?」
ジンがフィナを見る。
「私に振らないでください」
「即答だった」
それ以上考えを広げず、ジンは魔力が薄い地点の先を指した。
「とりあえず、この先を追ってみたい」
「線の先か」
「うん」
「どっちだ?」
薄い地点をいくつか結んだ先は、森のさらに奥へ向いている。
「こっち」
三人は再び歩き出した。
◇
そこからは、少しずつ進路を修正しながら進んだ。
しばらく歩いてはフィナが周囲の魔力を確認し、普通に戻れば少し方向を変える。
再び薄くなれば、その先へ進む。
一度で正しい方向が分かるわけではない。
東へ進んで外れれば戻り、少し北へずらす。
そこで薄ければ、その延長を調べる。
そうやって何度も確かめていくうちに、地図の上へ見えない線が少しずつ伸びていった。
やがて。
「待ってください」
フィナが足を止めた。
先を歩いていたアインとジンも振り返る。
「どうした?」
「ここ……かなり薄いです」
フィナは周囲へ視線を巡らせたあと、念を押すようにもう一度目を閉じた。
しばらくして目を開く。
「どれくらい?」
ジンが尋ねる。
「昨日から調べた場所の中では、一番だと思います」
アインの様子が変わった。
「何かあるか?」
三人は周囲を見回した。
木々。
下草。
岩。
倒れた枝。
見える範囲に遺跡はない。
建物も。
魔物の巣らしいものも見当たらない。
「何もないな」
アインが言う。
「うん」
ジンは地図を開き、現在地へ印をつけた。
魔力の薄い場所を追って、ここまで来た。
そして。
ここが一番薄い。
それなのに。
「本当に何もない」
「地下とか……?」
フィナが何気なく言った。
ジンの視線が地面へ落ちる。
「地下」
「可能性ですよ」
「うん」
三人は今度は足元を意識しながら周囲を調べ始めた。
倒木の下。
岩の周辺。
草の生え方が不自然な場所。
土の色が違うところ。
地面に窪みがないか。
何かの継ぎ目が隠れていないか。
しばらく探しても、目立ったものは見つからない。
少しずつ範囲を広げていた、その時。
「ジン」
離れたところからアインの声が飛んだ。
「こっち来い」
ジンとフィナが向かうと、アインは地面へしゃがみ込み、手で草を退けていた。
「これ」
草の下から。
灰色の何かが僅かに覗いている。
「石?」
「最初はそう思った」
アインが表面に付いた土を少し払う。
三人もその場へしゃがんだ。
露出している部分はまだ小さい。
だが。
土が落ちるにつれて、その表面へ刻まれているものが見えてくる。
細い線。
そこから枝分かれする別の線。
円。
四角。
ジンは一目で見覚えがあると分かった。
「……これ」
「昨日の遺跡にあったものと似てませんか?」
フィナも気づく。
「似てる」
ジンは表面へ指を近づけた。
一瞬だけ止める。
だが、これは黒い板でも内部の設備でもない。
少なくとも、今のところそうは見えない。
指先を触れさせる。
何も起きない。
「今、ちょっと警戒しただろ」
アインが言う。
「念のため」
「そこだけ慎重なの腹立つな」
「触るなって言われたから」
「昨日の遺跡ではな」
「だから確認した」
ジンはそのまま周囲の土を少しずつ払い始めた。
灰色の部分は、そこで終わっていない。
横にも続いている。
さらに。
土の奥へ向かっても。
「おい、掘り始めんなよ」
「ちょっとだけ」
「その言葉もう信用してねえ」
「でも見て」
ジンが露出した部分を示す。
「これ、岩じゃない」
「ああ」
形が自然ではない。
表面は平らで。
刻まれた線も一定の深さで続いている。
「下に何かある」
フィナも地面へ視線を落とした。
「遺跡……なんでしょうか」
「分からない」
ジンは立ち上がると、改めて周囲を見渡した。
木々。
草。
岩。
地上から見える建造物は何もない。
昨日見た小型遺跡のような入口も。
石造りの壁も。
黒い板も。
どこにもない。
なのに。
足元には。
明らかに人工物らしいものが埋まっている。
そして。
ここは。
昨日から調べてきた中で。
最も魔力が薄い場所だった。
ジンはもう一度しゃがみ込み、土の中へ続いている灰色の面を見る。
昨日見た第十二中継区画。
黒い板に浮かんでいた点と線。
森を通るように続いていた魔力の薄い場所。
そして。
その先で見つかった。
地中の人工物。
「……下か?」
小さく漏れた言葉に。
誰も。
答えられなかった。




