↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/84

第6話 三つの敗北

「始め!」


 合図と同時に、ローブ姿の男が右手を突き出した。


 掌の上で膨らんだ炎が球状にまとまり、そのままジンへ向かって飛んでくる。


 ジンは炎だけを追わず、術者の身体ごと視野に収めたまま半歩位置を変えた。


 地面を強く蹴って跳ぶのではない。頭、肩、腰、足の位置関係を崩さないまま、身体全体が一つになって横へ移る。


 一身《いっしん》。


 火球が頬のすぐ横を通り過ぎた。


「熱っ……」


 直接触れてはいない。


 それでも、はっきり熱を感じた。


 続けて二発目。


 三発目。


 男は距離を保ちながら次々と火球を放ってくる。


 ジンは一つずつ軌道から外れ、そのたびに少しずつ前へ進んだ。


 見ているのは火球だけではない。


 腕。


 肩。


 視線。


 呼吸。


 指先。


 そして、炎が生まれる直前のわずかな間。


 何もないところから、完全に予兆なく飛んでくるわけではなかった。


 右手が向く。


 視線がこちらへ定まる。


 そこから炎が膨らむ。


「……なるほど」


「近付かせるな!」


 周囲から声が飛ぶ。


 男もそれを分かっているのか、後退しながらさらに火球を放った。


 あと数歩。


 このままなら届く。


 ジンが間合いを詰めようとした、その時だった。


 飛んできた火球が、今までより手前で弾けた。


「――っ!」


 炎とともに衝撃が広がり、ジンの身体が押し返される。


 反射的に足を踏み直した際、地面の砂が大きく舞い上がった。


 細かな粒が炎の中へ入り込む。


 ジンの目が、そちらへ向いた。


 砂は赤く燃え上がることもなく、そのまま向こう側へ散っていく。


「……?」


 ほんの一瞬。


 意識がそちらへ向いた。


 それで十分だった。


「隙あり!」


 次の火球が迫る。


「しまっ――」


 胸へ直撃した。


 ――ドンッ!


「ぐっ!」


 熱。


 それと同時に、炎だけとは思えない強い衝撃が身体を叩く。


 ジンは数歩押し戻され、片膝をついた。


「そこまで!」


 試験官の声が響いた。


 勝負は決まった。


 ジンは胸元を確認しながら、ゆっくり立ち上がる。服の一部が焦げ、肌にもひりつくような痛みが残っていた。


 間違いなく熱い。


 だが。


 それだけではない。


 先ほどの爆発。


 砂。


 今受けた衝撃。


 頭の中で、それぞれを並べていく。


(普通の火と、まったく同じではない……?)


 少なくとも、薪や油が燃えている炎とは何かが違う。


 何が違うのかは、まだ分からない。


 魔力とやらが火そのものを作っているのか。


 別の何かに、火の性質を持たせているのか。


 今の一回だけでは判断できなかった。


「……もう少し見たいな」


「試験は終わりだぞ」


「あ、はい」


 試験官が妙なものを見るような顔をした。


 ジンの中にはまた一つ、確かめたいことが増えていた。


    ◇


「最後だ」


 三人目の試験官が前へ出た。


 これまでの二人とは違い、装備は木剣だけだった。


 防護魔法らしい光も見えず、掌に炎が生まれる様子もない。


 男は木剣を軽く構える。


「来い」


 短い一言だった。


 ジンも木剣を構えた。


「お願いします」


「始め!」


 迷わず前へ出る。


 一歩。


 そこから間合いへ入ろうとした瞬間。


「――っ」


 速い。


 そう認識した時には、試験官の位置がすでに変わっていた。


 消えたわけではない。


 見えている。


 踏み込んだ足も。


 腰も。


 肩も。


 木剣の軌道も。


 見えているのに。


 間に合わない。


 腹へ衝撃が入った。


「ぐっ!」


 息が止まる。


 ジンはすぐに身体を移しながら木剣を返したが、その時には相手はもう間合いの外へいる。


 右。


 今度は見えた。


 木剣が来る。


 避けようとする。


 だが、自分の身体が必要な位置へ到達するより先に、肩へ一撃が入った。


「っ!」


 体勢が崩れる。


 踏み直す前に、今度は足元へ動きが入った。


 払われる。


 地面が近づく。


 ジンは受け身を取りながら転がり、その勢いのまま立ち上がった。


 試験官はもう正面にいる。


「……」


 速い。


 だが、それだけではない。


 ジンの目には動きそのものが見えていた。


 何をするのかも、ある程度は分かる。


 それなのに。


 自分の身体が、その答えを実行するまでの時間が足りない。


 また試験官が踏み込んだ。


 ジンは今度こそ先に位置を変えようとした。


 それでも。


 首元へ木剣が添えられる方が早かった。


「終わりだ」


 静寂が落ちる。


 ジンは数秒その木剣を見てから、力を抜いた。


「……参りました」


 試験官も木剣を下ろす。


「いい目をしてる」


「目?」


「最後の方は、こっちが何をするか見えてただろ」


「まあ……多少は」


「それでも身体がついてこなきゃ意味がない」


 男は自分の腕を軽く叩いた。


「身体強化を知らないなら、なおさらだ」


「身体強化……」


「魔力で身体能力そのものを底上げする。速さも、力もな」


 ジンは試験官の身体を見る。


 見た目だけなら。


 それほど極端な違いはない。


 だが実際に向かい合えば、性能そのものが違った。


 読むことはできる。


 予測もできる。


 それでも、動き出してから対応していたのでは間に合わない。


「……なるほど」


 今度の「なるほど」は、先ほどとは少し意味が違った。


 答えが分かったわけではない。


 むしろ。


 新しい問題が、はっきり見えた。


    ◇


 実技試験を終えて訓練場を出ても、周囲のざわめきはしばらく続いていた。


「本当に魔力ゼロだったんだな」


「でも防護魔法相手に結構動いてたぞ」


「火球もかなり避けてなかったか?」


「最後は全然だったけどな」


 好き勝手な声が聞こえてくる。


 ジンは特に気にせず、打たれた肩を軽く回していた。


「大丈夫か?」


 ローディたちが駆け寄ってくる。


「ああ。痛いけど、大丈夫」


「三戦全部負けたぞ」


「そうだな」


 ローディは少し言いづらそうに続ける。


「……落ち込んでないのか?」


「なんで?」


「なんでって……」


 ジンは少し考えてから答えた。


「思ったより収穫が多かったから」


「収穫?」


「うん」


 防護魔法。


 火球。


 身体強化。


 どれも初めて見た。


 どれもまだ分からない。


 だが、まったく分からなかった昨日よりは、見るべきものが増えている。


「負けた理由も、少し分かってきたし」


「……全部負けたのに?」


「負けたから分かったこともあるだろ」


「……」


 ローディたちは顔を見合わせた。


 どうやら、いまひとつ納得できないらしい。


 ジン自身は。


 少し楽しくなっていた。


    ◇


 宿へ戻ったジンは、部屋へ入るなり机へ向かった。


 昨日借りた紙を広げ、筆記具を手に取る。


 まず、今日見たことを順番に書き出す。


『防護魔法――物理攻撃を遮断。身体の動き、呼吸に合わせてわずかに変化?』


 疑問符をつける。


 一度見ただけだ。


 断定はできない。


 次。


『火球――熱あり。衝撃あり。普通の燃焼とは挙動が違う可能性』


 これにも。


『要検証』


 と付け加える。


 最後に。


『身体強化――身体能力そのものを上昇。視認できても対応が間に合わない』


 そこでペンが止まった。


 ジンは三つの記録を見比べる。


 昨日まで。


 魔法というものを知らなかった。


 今日。


 実際に受けた。


 防がれた。


 負けた。


 その結果。


 疑問が増えた。


「……いいな」


 小さく笑う。


 分からないものがある。


 なら。


 試せばいい。


 ジンは紙の一番下へ、最後の一行を書き加えた。


『検証が必要』


 筆記具を置く。


 そして椅子へ身体を預け、目を閉じた。


 頭に浮かべるのは。


 あの白い世界。


 疲労を気にする必要がなく。


 失敗しても。


 何度でもやり直せる場所。


 今日見た動き。


 受けた攻撃。


 防がれた感触。


 どこまで再現できるのか。


 何回繰り返せば、分かるのか。


「……試すか」


 ジンは静かに意識を集中させた。


 白。


 何もない世界。


 その光景が、徐々に意識の奥へ広がっていく。


 そして次の瞬間。


 ジンは再び、修練空間に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。