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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第65話 ずれた場所

 遺跡を出た三人は、そのまま町へ戻らず、町長から借りた地図を頼りに北東へ向かった。


 目的は、最近になって魔物を見かけるようになったという地域の確認だった。


 遺跡から歩いて一時間ほど。


 平原の先に、まとまった木々が見え始める。


「あそこか」


 先頭を歩いていたアインが森を見た。


「たぶん」


「たぶん?」


 すぐに振り返る。


 ジンは手元の地図を開き、現在地と前方の森を見比べた。


「……合ってる」


「じゃあ最初からそう言え」


「確認しただけ」


「さっきも同じことやってただろ」


「確認は大事だよ」


「地図持ってる奴が毎回人に聞くな」


 アインが前を向き直る。


 後ろを歩いていたフィナが小さく笑った。


「でも、さっきの遺跡よりは分かりやすいですね。あれは平原の中にぽつんとありましたから」


「森なら見失わない」


 ジンが地図を畳む。


「たぶん」


「だからその言い方やめろ」


 三人はそのまま森へ近づいていった。


 平原を覆っていた低い草は、森へ近づくにつれて少しずつ丈を増している。踏み固められた道らしいものもほとんどなく、人が頻繁に出入りする場所ではないことが分かった。


「この辺りからですね」


 フィナが周囲を見回した。


「町長さんの話だと、以前はほとんど魔物を見かけなかったそうです」


「最近は?」


「何度か目撃されています。小型のものが多いみたいですけど、今のところ人が襲われたという報告はありません」


「数が増えたんじゃなくて、場所が変わっただけか」


 アインが森へ視線を向ける。


「ベルクの時と似てるな」


「うん」


 ジンも頷いた。


 魔物そのものが急に増えたのではなく、今までいた場所から別の場所へ移動している。


 北の森でも同じことが起きていた。


 ただし。


 それだけで同じ原因だと決めることはできない。


 三人は森の手前で一度足を止めた。


「フィナ」


「はい」


 呼ばれたフィナが目を閉じる。


 風が草を揺らし、木々の葉が擦れる音だけが周囲に残った。


 ジンとアインはその間、黙って待つ。


 しばらくして。


 フィナがゆっくり目を開いた。


「……特に、おかしくはないと思います」


「魔力?」


「はい」


「薄くなってない?」


「少なくとも、私にはそう感じません」


 ジンは森と、その背後にある遺跡の方角を交互に見た。


「じゃあ、今のところベルクとは違う」


「そうですね。ただ」


 フィナは少し考えるように間を置いた。


「一度調べただけでは、何とも言えません」


「場所によって違う?」


「それもありますし、魔力そのものが常に一定というわけではありませんから」


 ジンがフィナを見る。


「一定じゃない?」


「はい。風に少し似ています」


「風?」


「同じ場所でも、ずっと同じ濃さではないんです。周囲から流れ込んでくることもありますし、逆に一時的に薄くなることもあります。だから少しくらいの違いなら、それが異常なのか、普通の揺れなのか判断しづらいんです」


「へえ」


 ジンの返事が少しだけ伸びる。


 アインがその横で腕を組んだ。


「また何か始める気か?」


「まだ何も言ってない」


「今ので十分だ」


「何が?」


「その『へえ』の後、大体面倒なことになる」


「言いがかりだよ」


「今までの積み重ねだ」


 以前なら「顔で分かる」と言われていたところだったが、最近は声の調子まで読まれ始めたらしい。


 ジンは少し納得いかないまま地図を開いた。


「じゃあ、ここ記録しとこう」


「何を?」


「今の場所」


 地図上へ印をつける。


「あとで別の場所でもフィナに見てもらえば、比較できる」


「私ですか?」


 フィナが聞き返す。


「駄目?」


「駄目ではないですけど……何ヶ所くらいですか?」


「できれば多い方が」


「ほどほどにしろよ」


 アインがすぐに割って入る。


「まだ数言ってない」


「だから先に言った」


「信用ないなあ」


「さっき遺跡の中で同じこと言ってただろ」


「今日はよく言われる」


 フィナが笑いながら、森へ視線を戻した。


「とりあえず、中へ入ってから何ヶ所か確認してみましょう」


「うん」


 三人は森へ入った。


    ◇


 しばらく進んだところで。


「止まれ」


 先頭を歩いていたアインの声が変わった。


 ジンとフィナがすぐに足を止める。


 アインは数歩先へ進んでしゃがみ込み、地面を指した。


「跡がある」


 草が一定方向へ倒れている。


 その間の土には、浅い窪みがいくつも残っていた。


「足跡?」


「たぶんな」


 アインは指先で地面を軽くなぞり、跡の形を確認する。


「一匹じゃない」


「魔物?」


「少なくとも人間じゃねえな」


 フィナも近づき、アインの視線を追った。


「どちらへ向かっています?」


「……外だ」


 アインが森の入口側を見た。


 ジンも振り返る。


 三人が来た方向。


 ただし、町へ真っ直ぐ向かう位置からは少し外れている。


「やっぱり、森から出てる?」


「そう見える」


 そこから先も。


 似た跡がいくつか見つかった。


 一つ。


 さらにもう一つ。


 種類までは分からないが、どれも森の奥から外側へ向かっている。


 だが不思議なことに。


 肝心の魔物そのものには出会わなかった。


「いないな」


 ジンが周囲を見ながら言う。


「出てこない方が楽でいいだろ」


「そうなんだけど、調査としてはちょっと困る」


「戦いたいわけじゃねえんだな?」


「昨日も同じこと聞かれた気がする」


「答えが怪しいからな」


「今回は本当に見たいだけ」


「魔物からしたら、見られるだけでも迷惑かもな」


「そこまで気を遣う?」


「知らん」


 アインは軽く返しながらも、周囲への警戒は緩めない。


 そのまま森の中ほどまで進んだところで。


「待ってください」


 今度はフィナが足を止めた。


「どうした?」


「もう一度、確認してみます」


 フィナはその場で目を閉じる。


 ジンはすぐに地図を開いた。


 アインが横から見る。


「もう書く準備してんのか」


「位置忘れるから」


「まだ結果出てねえぞ」


「先に場所だけ」


「律儀なのかせっかちなのか分かんねえな」


 数秒。


 さらに少し。


 やがて、フィナの眉が僅かに寄った。


「……あれ?」


 ジンの手が止まる。


「何?」


「少し……」


 フィナは目を開き、確かめるように周囲を見渡した。


「さっきより、薄い気がします」


「魔力が?」


「はい」


「どれくらい?」


「ほんの少しです」


 フィナはすぐには断定しなかった。


「ただ、気のせいかもしれません。場所も違いますし、さっき話した程度の揺れの範囲かもしれないです」


「じゃあ、もう少し奥でも調べよう」


 ジンが地図へ印を入れる。


 アインが小さく息を吐いた。


「そう言うと思った」


「駄目?」


「駄目とは言ってねえ。ただし、深追いはしないぞ」


「分かってる」


「日が落ちる前には戻る」


「うん」


 三人はさらに森の奥へ進んだ。


    ◇


 そこから何度か場所を変えた。


 少し進んではフィナが魔力の状態を確認し、ジンがその位置を地図へ記録する。その間、アインは周囲に新しい足跡や魔物の痕跡がないかを確認していた。


 最初のうちは。


 違いは曖昧だった。


「ここは?」


「さっきより……少し薄いかもしれません」


「一個前より?」


「多分」


 ジンが地図へ書き込む。


 さらに進む。


「ここは?」


「……同じくらいです」


「じゃあ印変えよう」


「そこまで細かく分けるのか?」


「後で見た時分からなくなるから」


 また進む。


 もう一度。


 フィナが目を閉じる。


 やがて。


「……ここは薄いです」


 今度は返事が早かった。


「はっきり?」


「はい」


 フィナは周囲へ視線を巡らせながら頷く。


「ベルクの時ほどではありません。でも、森へ入った直後よりは明らかに少ないと思います」


 アインの様子も変わった。


「もう気のせいじゃない?」


 ジンが尋ねる。


「少なくとも、全部を自然な揺れだけで説明するのは難しいと思います」


「どっちへ行くほど薄くなる?」


「そこまではまだ……」


「じゃあ、もう少し――」


「今日はここまでだ」


 アインが先に言った。


 ジンが振り向く。


「まだ方向が――」


「空見ろ」


 言われて、ジンは木々の隙間から上を見た。


 太陽はすでにかなり傾いている。


 森の中は平原より暗くなるのも早い。


「……戻る?」


「今日はな」


 ジンは地図へ目を落としたまま少し考え、それから素直に畳んだ。


「分かった」


 アインが一瞬だけ黙る。


「何?」


「いや。思ったよりすんなり引いたなと思って」


「暗くなったら地図も見えないし」


「そこなのかよ」


「調査もしにくいでしょ」


「まあ、間違ってはいねえけどな」


 フィナが小さく笑った。


「明日また調べればいいですよ」


「うん」


 三人は来た道を戻り始めた。


    ◇


 森を抜ける頃には、日がかなり傾いていた。


 そのまま町へ戻る前に、三人は一度だけ小型遺跡の近くまで足を運んだ。


「フィナ」


「はい」


 もう説明する必要もなかった。


 フィナは目を閉じ、しばらく周囲の魔力を探る。


 少ししてから目を開いた。


「やっぱり、ここは普通だと思います」


「森より濃い?」


「はい。少なくとも、今日調べた範囲では」


 ジンは地図を開いた。


 小型遺跡。


 森。


 魔物の痕跡。


 魔力が薄くなっていた場所。


 今日一日で、それぞれにいくつもの印が増えている。


 横から見ていたアインが、地図上の二ヶ所を指した。


「遺跡から結構離れてるな」


「うん」


「じゃあ、遺跡は関係ないのか?」


「まだ分からない」


「だよな」


 アインもそれ以上は言わなかった。


 ジンは地図を見つめる。


 小型遺跡は、何世代も前から光り続けている。


 そのすぐ周辺では、少なくとも目立った魔力低下は確認できない。


 だが。


 少し離れた森では、奥へ進むほど魔力が薄くなっていた。


 しかも。


 魔物はその森から外へ出ようとしている。


「……変だな」


「何が?」


 アインが尋ねる。


「場所」


「場所?」


「もし遺跡が周囲の魔力を直接吸ってるなら」


 ジンは地図上の小型遺跡を指した。


「普通は、ここが一番薄くなると思わない?」


「まあ……そうだな」


「でも違う」


 指先を森へ移す。


「こっちの方が薄い」


 フィナも地図を覗き込んだ。


「距離に関係なく吸っている、という可能性もありますけど」


「うん」


 ジンは頷く。


「それか」


 そこで一度、言葉が止まった。


 頭の中に。


 昼間見たものが浮かぶ。


 黒い板。


 点。


 その間を繋ぐ線。


 第十二中継区画。


「……俺たちが、吸ってる場所だと思ってるところが違う」


 アインが眉を寄せる。


「どういう意味だ?」


「まだ分からない」


「おい」


「思いついただけ。今言うと、変な方向に引っ張られそうだから」


 今度はアインもすぐに追及しなかった。


「なら、ちゃんと分かってから言え」


「うん」


 ジンは地図を畳む。


「今日は戻ろう」


「お前から言うの珍しいな」


「暗くなるし」


「さっき聞いた」


 三人は町へ向かって歩き始めた。


    ◇


 その夜。


 宿の部屋。


 机の上には、昼間使っていた地図が広げられていた。


 ジンは椅子に座ったまま、その上へ増えた印を一つずつ眺めていた。


 町。


 小型遺跡。


 森。


 魔物が外へ向かった痕跡。


 そして。


 魔力が薄くなっていた場所。


 遺跡と。


 魔力低下の中心らしき場所は。


 重なっていない。


 ジンは指先を小型遺跡へ置いた。


 昼間、内部で見た黒い板が頭に浮かぶ。


 複数の点。


 それらを繋ぐ線。


 北の森で一瞬見た表示にも、似たものがあった。


 配置は違う。


 なら。


 あれは単純な地図ではないのかもしれない。


「……繋がり」


 小さく呟く。


 場所そのものではなく。


 何かと何かがどう繋がっているのかを表示している。


 そう考えた方が。


 少しだけ。


 しっくりくる。


 そして。


 今日見つけた文字。


 第十二中継区画。


 中継。


 何かを受け取って。


 別の場所へ送る。


 その間を繋ぐための施設。


 ジンは地図上の遺跡から指を離し、森の印へ移した。


 遺跡の周囲では、魔力はほとんど減っていない。


 だが。


 離れた森では減っている。


「直接吸ってるわけじゃない……?」


 言葉にしたところで。


 ジンは手を止めた。


 まだ早い。


 遺跡と森が繋がっている証拠はない。


 魔力が薄くなっている原因が遺跡だという証拠もない。


 そもそも。


 この遺跡は何世代も前から動いている。


 もし今起きている魔力低下に関係しているなら。


 なぜ。


 最近になって異変が始まった。


 そこが説明できない。


 ジンは椅子の背へ身体を預けた。


 何世代も。


 同じように光り続けている遺跡。


 町の人間から見れば。


 何も変わっていない。


 でも。


 外から見える光が同じだからといって。


 中で行われていることまで。


 ずっと同じだったとは限らない。


 北の森の遺跡も。


 最初は何も起きていなかった。


 それが。


 ある瞬間。


 突然動いた。


 なら。


 こちらも。


 光っていることとは別の何かが。


 最近になって変わった可能性はある。


「……何が変わった?」


 小さく漏れた声に答える者はいない。


 窓の外では、町の明かりが一つずつ消え始めている。


 遺跡は昔から動いている。


 魔力が減り始めたのは最近。


 その二つがどちらも事実なら。


 探すべきなのは。


 遺跡が動いているかどうかではない。


 何が、以前と変わったのか。


 ジンはしばらく地図を見つめたあと、静かに折り畳んだ。

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