第62話 次の進路
訓練場を出た三人は、そのまま冒険者ギルドの奥にある会議室へ向かった。
少し前まで模擬戦をしていたせいで、アインの髪にはまだ汗が残り、フィナも杖を持ったままだったが、部屋へ入った瞬間には三人とも自然と机の方へ視線を向けていた。
そこには、前回より明らかに多くの資料が積まれている。
古い冊子。
綴じ直された報告書。
別の土地から送られてきたらしい新しい紙束。
その隣ではレオンが大きな地図を机いっぱいに広げ、ルーセルも何枚かの資料を手元へ並べていた。
「思ったより早かったですね」
フィナが言うと、ルーセルは手にしていた紙を置いた。
「こちらが急ぎで照会を出したからな。それに、四人が今も行方不明のままだ。王都側も通常の遺跡調査としては扱わなかったらしい」
その言葉で、少し前まで残っていた戦闘後の空気が消えた。
北の森で見つけた小型遺跡。
そこで倒れていた一人。
そして、今も戻っていない四人。
何も解決していない。
ジンは返事をするより先に地図へ近づいた。
「……増えてる」
「ああ」
以前見た時には数えるほどしかなかった印が、今は地図の各所へ増えている。
大型遺跡。
小型遺跡と思われる建造物。
街や村。
それぞれが別の記号で書き分けられ、場所によっては以前の地図とはかなり見え方が変わっていた。
「王都にある記録だけじゃ足りなかった?」
ジンが尋ねる。
「そういうことだ」
レオンが答えた。
「王都で保管されている資料だけでなく、各地の領主やギルドが持っている古い記録にも照会をかけたらしい。古い建造物に関するものを優先して集めた結果、前回よりかなり数が増えた」
「全部、小型遺跡?」
「いや」
ルーセルが首を振る。
「まず、お前たちが見つけたものと完全に同型だと断定できる遺跡は、今のところ一つも確認されていない」
「完全には?」
「ああ。ただ、規模や内部構造が似ているものはいくつもある。内部が一部屋か数部屋程度しかなく、大きな設備も見つかっていない。何のために作られたのか分からず、そのまま放置されているものも多い」
フィナも地図へ近づく。
「この印が全部そうなんですか?」
「現在、似た特徴を持つものとして拾えた範囲ではな。ただし、分布だけを見て何かを決めつけるのは危険だ」
「記録が残ってない場所もあるから?」
ジンが聞く。
「そうだ。昔から人が住んでいる地域ほど記録は見つかりやすいし、逆に今も人の出入りが少ない土地なら、そもそも遺跡自体が発見されていない可能性もある。ここに印がないから、何も存在しないとは言えん」
「そこは前と同じか」
「そういうことだ」
ジンは地図を眺めたまま、次の資料へ視線を移した。
「他には?」
「年代についても少し分かった」
「いつ造られたか?」
「正確な年代までは無理だ」
ルーセルは一冊の古い記録を開き、該当する部分を指で押さえた。
「ただ、いくつかの小型遺跡については、現在そこにある街や国が成立するより前から存在していた可能性が高いそうだ」
「ベルクみたいに?」
「ああ。古い建造物を利用するために人が集まり、その周囲へ集落ができ、後から街へ発展したと考えられている地域もある」
ジンは改めて地図を見る。
ベルクもそうだった。
今の街だけを見れば、街の近くに遺跡があるように見える。
だが。
順番が逆なら意味が変わる。
先に遺跡があり。
後から人が集まった。
そう考えるなら、現在の街や国の位置を基準に古代の配置を考えても意味がない。
「じゃあ、街の近くに小型遺跡が多いように見えるのも」
ジンが地図上の印を追いながら言う。
「遺跡を街の近くに造ったんじゃなくて、遺跡の近くに街ができただけかもしれない」
「その可能性もある」
レオンが頷いた。
「今ある地形や国境だけを基準に考えない方がいい、というのが王都側の見解だ」
「なるほど」
ジンの目が地図の上を忙しく動く。
何を基準に配置した。
距離か。
地形か。
魔力か。
あるいは、今では見えなくなっている何かか。
考え始めたところで、ルーセルがもう一枚の資料を引き寄せた。
「それと、お前が言っていた中継地点という仮説についても、王都側で一応検討された」
ジンの顔が上がった。
「ほんとに?」
「随分食いつくな」
「そりゃ気になる」
「結論から言えば、否定も肯定もできない」
「……便利な言葉だな」
「証拠がないんだから仕方ないだろう」
横でアインが笑う。
ルーセルは気にせず続けた。
「ただし、過去にも似た考え方をした研究者はいたらしい」
「いた?」
それまで地図を見ていたジンの顔が、明らかに変わった。
アインがすぐに気づく。
「お前、今日一番嬉しそうだな」
「だって同じようなこと考えた人がいたんだろ?」
「そこ喜ぶところか?」
「喜ぶところだろ」
「分からん」
フィナは苦笑しながら、ルーセルの持つ資料を覗き込んだ。
「どんな説だったんですか?」
「大型遺跡とは別に、それらを補助するための小規模な施設が各地へ配置されていたのではないか、という程度だ。用途までは特定できず、その研究者自身も仮説以上のものにはできなかったらしい」
「中継ってところまでは?」
「書かれていない」
「そっか」
少し残念そうに言いながらも、ジンの表情はまだ楽しそうだった。
「でも、完全な思いつきじゃなくなった」
「まだ仮説ですからね」
フィナが釘を刺す。
「分かってる」
「その顔、本当に分かってるか?」
アインが言う。
「アイン、俺の顔に詳しくなったね」
「なりたくてなったんじゃねえ」
レオンが一度咳払いした。
「話を戻すぞ」
「はい」
ジンがすぐに地図へ向き直る。
レオンはその中の一ヶ所を指した。
「王都側が特に注目したのは、こちらだ」
ベルクからはかなり離れている。
「ここに大型遺跡が一つある」
そこから指を少し動かす。
「その先に、小型遺跡と思われる建造物」
さらに移動する。
「そして、その先にも大型遺跡がある」
ジンが机へ身を寄せた。
完全な直線ではない。
距離も均等ではない。
それでも、小型遺跡が二つの大型遺跡の間にあるようには見える。
「こっちも?」
別の印を指す。
「似た配置だ」
「ここは?」
「そこは違う。小型遺跡の先に、現在確認されている大型遺跡はない」
「じゃあ外れか」
「そうとも限りませんよ」
フィナが地図を見ながら言った。
「まだ見つかっていないだけかもしれません」
「そうなんだよな」
ジンは腕を組んだ。
仮説に合う場所はある。
合わない場所もある。
だが、その違いが本当の例外なのか、単に情報が足りないだけなのか。
今の段階では判断できない。
「……線が欲しいな」
「線?」
アインが聞く。
「点は増えた。でも、これだけじゃ何とでも言える」
ジンは地図全体を見渡した。
大型遺跡。
小型遺跡。
街。
村。
今はすべてが独立した印にしか見えない。
だが、北の森で見た黒い板は違った。
あの表示には。
点だけではなく。
その間を繋ぐ線があった。
「もう一つ、小型遺跡が動いてるところを見られれば――」
「待て」
アインが即座に遮った。
「まだ何も言ってない」
「言う前に止めた」
「なんで」
「もう一個探して動かしてみようとか言うつもりだろ」
「……」
「当たりかよ」
「いや、動かすのは危ないと思ってる」
ジンの声から、それまでの軽さが少し消えた。
「あそこで四人消えてるんだ。適当に試す気はないよ」
北の森の遺跡。
床も。
壁も。
奥の黒い板も。
自分たちは何もしていない。
ただ見ていただけだった。
それなのに突然動き出し、光は遺跡の外へまで伸びていった。
「だから」
ジンは資料へ視線を落とす。
「最初から動いてるやつがあればいい」
「動いてる?」
「俺たちが何もしなくても、ずっと動いてる小型遺跡」
その言葉に。
ルーセルとレオンが一瞬だけ視線を交わした。
ジンは見逃さない。
「あるの?」
「……可能性がある」
「どこ?」
「待て」
「だからどこ?」
「食いつくな」
ルーセルが額を押さえた。
「王都から届いた資料の中に、一件だけ妙な報告があった」
別の紙を手に取り、机の中央へ置く。
「小型遺跡と思われる建造物の内部で、現在も光を放っている設備が確認されている」
三人の表情が一斉に変わった。
「現在も?」
フィナが聞き返す。
「ああ。発見された時から、内部の一部が弱く発光しているそうだ」
「誰かが起動した?」
「不明だ」
「人が消えたりは?」
「そういう記録はない」
「周辺の魔力は?」
「遺跡そのものとの因果関係は確認されていない。ただ――」
ルーセルがそこで一度言葉を切った。
「近隣地域から、最近になって魔物の動きがおかしいという報告が出ている」
「魔力が薄くなってるんですか?」
フィナの表情が引き締まる。
「そこまでは確認されていない。少なくとも、ベルク周辺で見られたような明確な魔力低下の報告はまだない」
「じゃあ今のところ魔物だけ?」
「そういうことになる」
ジンは地図を見る。
ベルク。
北の森。
薄くなった魔力。
移動する魔物。
小型遺跡。
消えた四人。
そして今度は。
別の土地にある、今も動き続けているかもしれない小型遺跡。
同じ原因だとは言えない。
似ているというだけで結びつけるには、まだ材料が足りない。
それでも。
「見たい」
「言うと思った」
アインが呟く。
「私も見たいです」
「お前まで言うと思った」
フィナが少し笑う。
「でも、本当に似た遺跡なら比較できますよね」
「そう」
ジンがすぐに頷いた。
「北の森のやつは、俺たちが何もしてないのに途中から動き始めた。でも向こうは、発見された時からずっと光ってる」
「同じ設備なら、その違いが何なのか調べられるかもしれない」
「でしょ?」
二人のやり取りを見て、アインが呆れたように息を吐く。
「お前ら、こういう時だけ異様に息合うよな」
「羅針盤だから」
「パーティ名関係ねえだろ」
ルーセルが机を指で軽く叩いた。
「盛り上がっているところ悪いが、まだ行かせるとは言っていない」
「え」
「当然だ」
「場所だけでも」
「駄目だ」
「見るだけ」
「お前の『見るだけ』は信用していない」
「何で?」
「今までの行動を振り返れ」
ジンが黙った。
アインがすぐ横から顔を覗き込む。
「心当たりある顔してるぞ」
「……ちょっとだけ」
「あるんじゃねえか」
レオンが小さく笑ったものの、すぐに表情を戻した。
「ただ、現地調査そのものは必要だと私も思っている」
そう言ってルーセルを見る。
「王都側の判断は?」
「現地確認を求めている。特に、北の森で見つかった遺跡との共通点があるかどうかを優先して調べたいらしい」
「なら部隊を出す?」
アインが尋ねる。
「その予定だ。ただ、遺跡だけを見て帰ればいいという話でもなくなった」
ルーセルは地図を引き寄せ、発光している小型遺跡の位置から少し離れた場所を指した。
「近くにこの街がある」
「かなり近いな」
「ああ。魔物の動きがおかしいという報告も、この街の周辺から出ている」
アインも地図へ顔を寄せる。
「行くなら、遺跡と魔物の両方を見ることになるか」
「そういうことだ」
レオンが頷いた。
「遺跡が原因だと決めつけず、周辺で何が起きているかも調べる。魔力の状態も確認する必要があるだろう」
「それなら」
ジンが口を開く。
「俺たちが行く理由、あるんじゃない?」
「自分で言うな」
アインがすぐに返す。
「でも、似た遺跡を実際に見たのは俺たちだろ」
「それはそうだが」
「あれが動く前と、動いた後も見てる」
「それもそうだな」
「中にも入った」
「それはあまり褒められた話じゃねえけどな」
「生きて帰ってきた」
「結果論だろ」
「でも情報はある」
アインはしばらく黙ったあと、頭を掻いた。
「……まあ、そこは否定できねえ」
フィナも頷く。
「同じものかどうかを判断するなら、私たちが行く意味はあると思います。魔力の状態も、前に見た遺跡と比較できますし」
ルーセルは三人を順番に見た。
すぐには答えない。
やがて椅子の背へ身体を預けると、ゆっくり口を開いた。
「王都から正式な調査依頼が出る可能性が高い」
ジンの顔が明るくなる。
「じゃあ」
「まだだ」
「はい」
「話を最後まで聞け」
「はい」
「正式に依頼が出れば、こちらからも調査に向かう人員を出す。その際、現地の遺跡を実際に見た者がいた方がいいという話は出ている」
そこでルーセルは三人を見た。
「羅針盤の名前も候補には入れる」
「よし」
「喜ぶところじゃねえだろ」
アインが言う。
「アインも行くでしょ?」
「……行くよ」
「ほら」
「お前ら二人だけで行かせられるか」
「私は最初から行くつもりですよ」
「知ってる」
三人のやり取りを見て、レオンが苦笑する。
「正式に決まるまでは待機だ」
「また待機」
「今度こそ勝手に動くなよ」
「分かってる」
ルーセルの目が細くなった。
「本当に?」
「……分かってます」
「今、間があったぞ」
「気のせい」
「気のせいじゃねえよ」
アインが横から突っ込む。
話が一段落すると、三人は会議室を出ることになった。
だが、ジンは扉へ向かう途中でもう一度だけ振り返る。
地図の上には、以前より遥かに多くの点が増えていた。
大型遺跡。
その周辺に残る小型遺跡。
今も用途の分からない施設。
そして。
遠く離れた場所で、今も光を放ち続けているという一つの点。
まだ。
それらを繋ぐ線は見えない。
仮説に合う場所もあれば。
合わない場所もある。
だから、今の段階で答えを決めることはできない。
ただ。
比較できるものが見つかった。
北の森で見た遺跡と。
今も動いている別の遺跡。
同じなのか。
違うのか。
違うなら。
何が違うのか。
その差を一つずつ確かめていけば、点と点の間に隠れているものへ少しは近づけるかもしれない。
「ジン?」
扉の前からフィナに呼ばれ、ジンはようやく地図から目を離した。
「今行く」
アインとフィナの後を追い、部屋を出る。
羅針盤が次に向かう場所は、まだ正式には決まっていない。
それでも。
地図の上に増えた一つの点が。
少しずつ。
次の進路を示し始めていた。




