第61話 戦いの後
「とりあえず、先にそっち見てやれ」
アインに言われ、ジンは足元に倒れている魔法使いへ視線を落とした。
「大丈夫かな」
「お前が倒したんだろうが」
「加減はしたよ」
「どこをどう加減したら、自分の肘蹴って相手が倒れるんだよ」
「ちゃんと顎に入る量を――」
「説明は後!」
フィナの声が飛んできた。
すでに剣士の状態を確認し終えたらしく、杖を拾ってこちらへ駆けてくると、そのまま魔法使いのそばへ膝をつく。
「少し見ますね」
倒れていた男は完全に意識を失っていたわけではないらしく、フィナが声を掛けると小さく唸った。
「……いてぇ」
「どこが痛いですか?」
「顎……あと頭がぐらぐらする」
「動かないでください」
フィナは頭部に大きな傷がないことを確認してから、頬と首のあたりへ軽く触れた。
その間にギルド職員も近づいてくる。
「意識はありますね」
「あります。少し休ませた方がいいと思います」
「分かりました。念のため治療室へ――」
「いや、ちょっと待て」
魔法使いが目を開いた。
まだ焦点が僅かに定まっていないものの、意識そのものは戻っている。
身体を起こそうとして、フィナに止められた。
「まだ起きない方がいいですよ」
「でも……」
男は横になったままジンを見た。
「最後のあれ、何だ?」
「それ、俺も聞いてる」
アインが横から入る。
「本人に聞いても膝蹴りしか言わねえんだよ」
「膝蹴りだよ」
「俺には当たってねえだろ!」
魔法使いまで同じところへ引っかかった。
「だから、俺の腕に当てた」
「それでなんで俺が倒れるんだよ!」
「それを今から説明する」
「最初からそう言え!」
周囲で見ていた冒険者たちから笑い声が上がった。
少し離れた場所では、盾持ちの男も真っ二つになった大盾を拾い上げている。
左右に分かれた盾を見比べ、改めてため息を吐いた。
「本当に割れてやがる……」
「だから壊すって言っただろ」
アインが言う。
「普通、あれは強がりだと思うだろ!」
「俺は本気だったぞ」
「余計悪いわ!」
「でも綺麗に割れたね」
ジンが横から覗き込む。
「お前は来んな!」
「なんで?」
「戦ってる最中から気にしすぎなんだよ!」
「だって俺も前に盾壊すって言ったから」
「だからお前は壊してねえだろ!」
「それはもう聞いた」
「だったら言うな!」
また笑いが起きる。
その反対側では、フィナと戦っていた剣士がようやく立ち上がっていた。
まだ少し顔色が悪い。
「いや……あれ、ほんと何だったんスか……」
胸を擦りながらフィナを見る。
「殴られたって感じじゃなかったッスよ。なんか身体の中が急にぐちゃってなって……」
「ぐちゃって……」
フィナが困ったように眉を下げる。
「私も、まだちゃんと説明できるほど分かってないんです」
「試した本人が分かってないんスか!?」
「ある程度は分かってます!」
「ある程度なんスね……」
「でも、ちゃんと狙ってやりましたから」
「それ聞いても安心できないッスよ……」
剣士はもう一度胸を押さえ、苦い顔をした。
「あと、回復役ですよね?」
「三回目です!」
「だっておかしいッスもん!」
今度はフィナまで笑ってしまった。
しばらくして魔法使いも自力で座れるようになり、ギルド職員から大きな問題はなさそうだと判断されると、六人は訓練場の端へ移動した。
相手側の三人も負けたこと自体にはそれほど不満はないらしく、むしろ先ほどまでより表情は柔らかい。
盾持ちの男が地面へ置いた割れた盾を見ながら言う。
「噂だけじゃなかったってことは分かった」
「だからグレドは倒してないって」
ジンが答える。
「もうそこはいい」
「大事だけど」
「お前、本当に細かいな」
男はそう言ったあと、アインとフィナにも視線を向けた。
「正直、最初はあいつだけ警戒すりゃいいと思ってた」
親指でジンを示す。
「俺もッス」
剣士が素直に頷いた。
「グレドとやったのがジンって人だって聞いてたんで、他の二人は補助役みたいなもんかなって」
「俺、補助扱いだったのかよ」
アインが顔をしかめる。
「いや、ワイヤー使うって話は聞いてたッスよ。でも今日は使わないって言ってたし」
「それで安心した?」
「ちょっと」
「なるほどな」
アインが何か納得したように頷く。
剣士が嫌な予感を覚えたのか、僅かに身体を引いた。
「何で納得したんスか」
「次は使う」
「やめてくださいッス!」
「次があればな」
盾持ちが苦笑する。
「まあ、今日は俺たちの負けだ。次はもう少し対策してくる」
「またやる?」
ジンがすぐに反応した。
「食いつくの早えな」
「今度は違う動きするんでしょ?」
「するけどよ」
「じゃあやりたい」
「お前、本当に戦うの好きなんじゃねえか?」
「試すのが好き」
「同じだろ」
「違うよ」
そこだけは本人なりに譲れないらしい。
その後、相手側の三人は割れた盾をどうするかギルド職員と話すため、その場を離れていった。
剣士だけは去り際にもフィナへ振り返り、
「次やる時は回復役だと思わないッスからね!」
「回復役ではありますから!」
「そこが一番分かんないんスよ!」
と言い残していった。
三人の姿が離れていくのを見送り、アインがその場へ腰を下ろす。
「で」
木剣を横へ置き、ジンとフィナを順番に見た。
「反省会するぞ」
「反省?」
ジンが聞く。
「振り返りでも何でもいい。お前ら、途中から俺の知らねえことばっかやってただろ」
「アインも」
「だから三人ともだよ」
「じゃあアインから」
「何で俺からなんだよ」
「盾壊したから」
「そこそんな気になるか?」
「気になる」
ジンが即答する。
フィナも隣へ座りながら頷いた。
「私も気になります。途中で何か貼ってましたよね?」
「ああ」
アインは腰につけていた小袋を開き、中から使わなかった小さな塊を一つ取り出した。
指先ほどの大きさしかない。
「これ」
「火薬?」
ジンが手を伸ばす。
「触んな。まだ中身入ってる」
「分かった」
素直に手を引く。
アインは塊を掌へ載せたまま説明を続けた。
「中に少量の火薬が入ってる。外側は粘着材で包んであるんだけど、そのままだと少し硬いんだよ」
「だから水?」
「ああ」
ジンが気づく。
「盾に触る前、手のひらだけ濡らしてた?」
「見てたのかよ」
「少し」
「自分の戦いしろよ……」
呆れながらも、アインは頷いた。
「俺の水魔法なんて、大したことできねえからな。手を濡らすくらいならほとんど魔力も使わねえ。それで粘着材を柔らかくして、盾に触った時に貼り付けた」
「何ヶ所も同じ辺りに?」
「正確には、割りたい線に沿ってだな」
大きな爆発を一発当てるのではなく、小さな爆発を複数の位置へ配置し、盾の構造上弱くなる線へ負荷を重ねた。
それを聞いたジンは、少し考えてから頷いた。
「面白い」
「お前に言われると嫌な予感するな」
「今度トレモで――」
「やめろ」
「まだ何も言ってない」
「絶対盾再現して試す気だったろ」
「うん」
「ほらな!」
フィナが笑う。
「でも、最後は返し牙だったんですね」
「ああ。盾が残ってると剣ごと流しても、その後の返しを盾で止められる可能性が高い。だから先に邪魔なもん消した」
「盾を攻略したというより」
ジンが言う。
「盾がない状態にした?」
「そうだな」
「俺と全然違う」
「お前みたいに相手の身体だの重心だの考えながら、あんなでけえ盾と付き合ってられるか」
「アインらしい」
「褒めてんのか?」
「褒めてる」
「ならいいけどよ」
アインは答えながら、今度はフィナへ顔を向けた。
「で」
「はい」
「お前は何した?」
「……どこからですか?」
「最後のやつだよ。胸触ったら相手が吐きそうになってただろ」
「俺もそこ聞きたい」
ジンも身体を向ける。
二人に見られたフィナは少し考え、自分の右掌へ視線を落とした。
「まだ完成してるわけじゃないですよ」
「それでいい」
「多分なんですけど……回復魔法と逆なんです」
「逆?」
アインが聞き返す。
「回復魔法って、ただ魔力を身体に入れればいいわけじゃないんです。相手の魔力の流れに合わせて、馴染ませながら入れた方がずっと通りやすいんですよ」
フィナは自分の手を軽く握る。
「逆に、相手が怖がっていたり、こっちを警戒して身体を強くしている時は入りにくくなります。本人が意識してなくても、自分の魔力が外から来るものを拒むみたいに固くなることがあるんです」
「治してもらう側が警戒してると、回復しにくい?」
「はい。全く効かないわけじゃないですけど、やりづらいです」
「へえ……」
ジンの表情が変わる。
明らかに興味を持った顔だった。
「それ、知らなかった」
「普通は患者さんも治してほしいですから、そこまで問題にならないんですけどね」
「じゃあ最後は?」
「それを逆に使えないかなって」
フィナは少し言葉を選んだ。
「相手の身体が外から入ってくる魔力を防ぐなら、その防御ができてない時に入れればいいんじゃないかと思ったんです」
「だから光?」
「はい」
閃光で視界を奪う。
相手はフィナの位置を見失う。
さらに杖を右側へ落とし、音で意識までそちらへ向けた。
相手の木剣も。
身体も。
意識も。
右へ向く。
その瞬間、正面の胸元に対する警戒が薄くなった。
「そこへ螺旋と一緒に魔力を入れたんです。治療する時みたいに馴染ませるんじゃなくて、相手の流れと少しずらしたまま」
「それで中の魔力が乱れた?」
「多分」
「多分なんだ」
「初めて成功したんですよ!」
「そうだった」
ジンが素直に頷く。
「でも、普通に当てても効かないと思います。さっきの人も、最初は身体も魔力もかなり緊張してましたから。あの状態で同じことをしても、多分うまく入らないです」
「相手が意識してない場所からじゃないと駄目か」
「それか、混乱している時ですね」
「じゃあ」
ジンが少し考える。
「技そのものより、その前が大事?」
フィナが一瞬止まり、それから頷いた。
「……そうだと思います」
光。
音。
位置。
意識。
掌底そのものは最後の一手に過ぎない。
相手がどこへ注意を向け、どこを守ろうとしているのかをずらしたうえで初めて成立する。
そこまで聞いて、アインがフィナを見る。
「お前、それ」
「はい?」
「ジンの真似しただろ」
「……少しだけ」
「やっぱり」
フィナは僅かに笑った。
「前から見てたんです。ジンさんって、相手を無理に動かそうとしないじゃないですか」
ジンを見る。
「こっちに動いてほしいなら、相手が自分からそっちへ動くようにするというか」
「うん」
「私には同じことはできないですけど、光とか音なら使えるかなって」
「できてた」
「本当ですか?」
「うん。右に杖落としたところ、良かった」
フィナの顔が少し明るくなる。
「ただ」
「ただ?」
「最後の魔力の入れ方、もう一回見たい」
「嫌です」
即答だった。
「なんで?」
「実験台にされそうなので」
「しないよ」
「今、一瞬考えましたよね?」
「少し」
「ほら!」
アインが笑った。
「お前ら、だんだん似てきたな」
「どこが?」
「そういうところだよ」
フィナが少し不満そうな顔をしたが、反論はしなかった。
すると今度はアインがジンへ向き直る。
「で」
「俺?」
「お前が一番残ってんだよ」
「どれ?」
「どれって何だよ!」
アインが指を折りながら数え始める。
「まず魔法の属性当ててただろ。次に撃つ場所まで読んでただろ。最後、自分の肘蹴って相手倒しただろ」
「三つか」
「何で確認してんだよ」
「どれから話す?」
「最初からだ!」
「属性は前にも言ったよ」
「一度見た魔法は身体の動きである程度分かるってやつだろ?」
「うん」
「俺、半分冗談だと思ってたぞ」
「何で?」
「普通できねえからだよ!」
アインが即答する。
フィナも小さく頷いた。
「私も、ある程度は分かるという意味だと思ってました」
「ある程度だよ」
「水、炎、氷って全部当ててましたよね?」
「それでも絶対じゃないよ」
ジンは少し考えながら説明する。
「同じ属性でも人によって違うし、知らない魔法は分からない。でも一度見れば、その人がその魔法を使う時にどこへ力が入るか、呼吸がどう変わるか、手とか肩とか腰がどう動くかは覚えられる」
「覚えられるって簡単に言うな」
「だから途中で別の魔法へ変えられた時は面白かった」
「お前だけ楽しそうだったよな」
「すごかったよ。炎から氷へ途中で変えた」
「相手からしたら嫌味にしか聞こえてなかったぞ」
「褒めたのに」
「戦いながら褒めるな」
フィナが笑いながら続ける。
「飛んでくる場所まで分かったのも、同じなんですか?」
「似てる」
ジンは頷いた。
「身体の向きと杖の角度と、出る場所が分かれば、大体どっちに飛ばしたいかも分かるから。発動してから避けるより、撃つ前に避ける方向を決めた方が楽」
「楽……」
「そこを普通みたいに言うのやめろ」
「でも実際そうだった」
「そういう問題じゃねえ」
アインが呆れながら頭を掻く。
「で、最後だ」
「最後?」
「自分の肘蹴ったやつ」
「ああ」
「名前あんのか?」
ジンは少し考えた。
「継打」
「つぎうち?」
「うん。継打」
フィナも興味を持ったように身を乗り出す。
「どういう技なんですか?」
「直接打てない時に、別の身体の部位を間に挟んで衝撃を継ぐ」
ジンは右拳を左掌へ軽く当てた。
「さっきは相手の顎に拳を当てたけど、近すぎて腕を振れなかった。だから肘を膝で打って、その衝撃を拳まで送った」
「……自分の腕を武器みたいにしたってことか?」
「武器というより」
ジンは少し考える。
「通り道?」
「自分の身体だぞ」
「うん」
「普通そこを通り道にしようと思わねえんだよ」
「でも繋がってるし」
「繋がってるし、じゃねえよ」
フィナも自分の肘を見ながら試すように腕を曲げた。
「痛くないんですか?」
「強くやれば痛い」
「じゃあ痛いんじゃないですか!」
「加減したから大丈夫」
「相手にだけ効く加減とかできるんですか?」
「今回は顎に触れてたから」
拳がすでに顎へ接触していたため、必要なのは大きく振ることではなく、一瞬だけ顎を揺らす衝撃だった。
そのため、自分の肘へ膝を入れる力も必要最低限で済んだ。
「離れてたら?」
「もっと強くやらないと届かないから、多分俺の腕が先に痛い」
「使えねえじゃねえか」
「状況次第」
「お前の技、それ多いな」
「武術ってそういうもんじゃない?」
アインは少し考えたあと、否定しなかった。
「まあ……それはそうか」
三人の間に少しだけ静かな時間が流れた。
さっきの戦いを思い返す。
ジンは相手の身体から魔法を読み、撃たせる場所まで利用した。
アインは自分の少ない魔力を火力には使わず、道具を使うためのほんの僅かな水と着火だけに使い、盾そのものを戦場から消した。
フィナは回復魔法で培った感覚を逆向きに使い、相手の意識を誘導したうえで魔力の流れを乱した。
同じことをしている者は一人もいない。
「なんか」
フィナがぽつりと言った。
「三人とも、戦い方が全然違いますね」
「今さらか?」
アインが答える。
「そうなんですけど。今日、改めて思って」
フィナは二人を見る。
「ジンさんは相手を見るし、アインさんは道具とか周りを使うし」
「フィナは?」
ジンが尋ねる。
「私は……」
少し考える。
「分かりません」
「魔力じゃない?」
ジンが言った。
「相手のも、自分のも」
「……そうかもしれません」
「あと杖で殴る」
「それは言わなくていいです!」
「でも二回も驚かれてた」
「回復役ですよね、ってな」
「三回言われました!」
二人が笑う。
フィナは少し頬を膨らませたあと、結局自分も笑った。
そこへ。
「羅針盤の皆さん」
訓練場の入口から声がした。
三人が振り返る。
ギルドの受付で見かける職員がこちらへ向かって歩いてきていた。
「ちょうどよかったです。探していたんですよ」
「何かあった?」
ジンが立ち上がる。
「はい」
職員は三人の前まで来ると、少しだけ声を落とした。
「ルーセルさんとレオンさんがお呼びです」
三人の表情が変わる。
アインが先に尋ねた。
「王都からか?」
「詳しいことは私も聞いていません。ただ」
職員は頷いた。
「例の遺跡について、正式な返答が届いたそうです」
さっきまで戦闘の話をしていた空気が、そこで変わった。
ジンがすぐに木剣を置く。
「行こう」
「切り替え早えな」
アインも立ち上がった。
「さっきまで自分の肘蹴った話してた奴とは思えねえ」
「それはもう終わったから」
「俺はまだ聞き足りねえけどな」
「歩きながら話す?」
「もういい」
フィナも杖を持ち直し、二人の後へ続いた。
訓練場を出る直前。
ジンは一度だけ振り返る。
割れた盾。
杖を拾いながらまだ胸を擦っている剣士。
椅子に座って顎を押さえている魔法使い。
そして。
六人が入り乱れていた訓練場。
「またやりたいな」
「聞こえてるぞ!」
遠くから盾持ちの声が飛んだ。
「次は盾代払ってから来い!」
「分かった!」
「本当に来る気かよ!」
笑い声を背中に受けながら、三人はギルドの建物へ戻っていった。
待っていた三日間。
その間に試せることは試した。
そして今度は。
再び。
北の森へ残してきたものと向き合う時が来た。




