第59話 三対三
「始め!」
合図と同時に、最初に動いたのは相手側の剣士だった。
真っ直ぐフィナへ向かう。
考える時間を与えるつもりはないらしい。
片手で構えていた木剣を両手へ持ち替え、そのまま一気に距離を詰めると、肩口を狙って斜めに振り下ろした。
「っ!」
フィナは半歩だけ後ろへ下がり、両手で持った杖を横へ構えた。
木剣と杖がぶつかる。
乾いた音が訓練場へ響いた。
剣士はそのまま押し切るつもりだった。
相手は回復役。
魔法使いであり、しかも普段は後方から仲間を治療する役割だと聞いている。
近距離へ入れば、自分の方が有利。
そう考えていたのだろう。
だが。
「……あれ?」
剣士の木剣が止まった。
押している。
間違いなく力を掛けている。
それなのに、フィナの杖が思ったほど下がらない。
フィナ自身も僅かに身体を沈めながら受けてはいるが、腕だけで耐えているわけではなかった。足元から腰、背中、肩、腕へと力を繋ぎ、杖までを一つにして受け止めている。
以前なら。
ここまで正面から受ければ、もっと簡単に押し込まれていた。
フィナ自身、そのことは分かっていた。
「……いける」
「いや」
剣士が目を見開く。
「回復役っスよね!?」
「そうですよ!」
「なんで普通に受けられるんスか!?」
「私にも分かりません!」
「分かってないんスか!?」
言いながら剣士が力を抜き、木剣を引いた。
フィナも杖を戻す。
一度距離が開く。
だが今度は。
フィナの方が前へ出た。
「え?」
杖を右下へ引く。
その動きを見て、剣士が反射的に木剣を構えた。
次の瞬間。
フィナの身体が捻れる。
ただ腕で振り上げたのではない。
足。
腰。
背中。
肩。
それぞれを順番に動かすのではなく、身体全体の回転が一つの流れとなって杖へ乗る。
下から斜めに振り上げられた杖を、剣士は木剣で受けた。
受けられる。
そう判断した。
実際、軌道そのものは見えていた。
だが。
ゴッ!
「うおっ!?」
想像していた重さではなかった。
木剣を握った両腕ごと押し上げられ、剣士の上体が浮く。
たまらず一歩。
二歩。
後ろへ下がったところで、ようやく杖の勢いが止まった。
フィナも追撃せず、少し驚いたように自分の杖を見る。
「前より……ちゃんと繋がった」
「ちょっと待って!」
剣士が木剣を握り直しながらフィナを見る。
「はい?」
「回復役っスよね?」
二度目だった。
「だから、そうですよ!」
「絶対おかしいだろ!」
近くで観戦していた冒険者から笑い声が上がった。
だがフィナは笑っている余裕もなく、再び杖を構える。
剣士も今度は先ほどまでとは違い、明らかに警戒した。
回復役だから。
近づけば終わる。
その前提は、もう捨てたらしい。
◇
その少し離れた場所では、大盾が大きく前へ出ていた。
アインの短い木剣が、その表面を叩く。
コンッ。
軽い音。
当然ながら、盾はびくともしない。
「どうした?」
盾を構えた男が、その向こうから笑う。
「ぶっ壊すんじゃなかったのか?」
「まだ始まったばっかだろ」
「その短い剣でか?」
「心配すんな」
アインは一歩下がる。
男も盾を前へ出したまま距離を詰めた。
大盾。
それだけでも厄介だが、右手には木剣もある。
防御だけをする相手ではない。
盾で正面を潰し、こちらの動きを制限したところへ剣を振る。
アインが右へ動けば盾も追う。
左へ回ろうとしても、男は半身をずらすだけで正面を塞いだ。
その間から木剣が伸びる。
「っと」
アインが身体を反らす。
鼻先を木剣が通過した。
すぐさま踏み込み、盾の外側へ回り込もうとする。
だが男も遅くない。
盾が旋回する。
アインの短剣が再び盾へ当たり、そのまま滑った。
「無理だって」
「何が?」
「正面から抜くのは」
「別に抜こうとしてねえよ」
アインはそう言いながら盾へ左手を添えた。
一瞬。
押しただけにも見える。
男は気にせず盾を振り、アインの身体ごと押し退けようとした。
アインは抵抗しない。
力が来た瞬間に横へ逃がし、その勢いを利用して離れる。
そして。
左手を軽く握った。
掌の中にあった小さなものが、盾の表面へ残る。
男は気づかない。
薄い粘土のような塊。
その内部に、小さな包みが埋め込まれている。
乾いている時は少し硬い。
だが直前。
アインは掌の中で、ごく僅かな水を作っていた。
水魔法と呼ぶにはあまりにも小さい。
手を濡らす程度。
それでも十分だった。
水分を含んだ粘着材は柔らかくなり、盾へ押し付けられたことで、そのまま表面へ張り付いている。
アインは確認しない。
もう次の攻撃が来ていた。
盾の横から木剣。
しゃがむ。
頭上を通過。
そのまま懐へ入り、短剣を胴へ。
しかし。
盾が戻る。
コンッ!
また止められた。
「だから無理だって!」
「しつけえな!」
今度は男が盾ごと前へ出る。
アインは二歩下がった。
重い。
速さなら自分。
だが、この男は盾の扱いに慣れている。
ただ持っているだけではない。
こちらが回ろうとする方向へ合わせ、常に正面を残す。
盾の面積。
腕の長さ。
足運び。
すべてを使って、相手が攻撃できる角度そのものを消している。
「ちゃんと上手いな」
「今さらかよ!」
「いや。盾持ってるだけの奴だったら楽だったんだけどな」
「舐めんな!」
男の木剣が振り下ろされる。
アインが横へ避けた。
そのまま盾の端へ短剣を当てる。
また一つ。
触れる。
すぐ離れる。
男にはただの攻撃にしか見えない。
だがアインの視線は、盾そのものではなく。
盾の位置。
角度。
そして。
その裏にいる男の身体を見ていた。
「もうちょいだな」
「何がだ?」
「こっちの話」
◇
一方。
「炎使いか」
開始直後にそう言われた魔法使いは、まだ納得していなかった。
「身体の使い方で分かるわけねえだろ」
杖を構えたまま、ジンを睨む。
「分かるよ」
「じゃあ何だ。肩か? 腕か? 足か?」
「全部」
「適当言いやがって」
「適当じゃないって」
ジンは木剣を片手に持ったまま、相手の全身を視野へ入れていた。
杖の先だけではない。
肩の高さ。
肘の曲がり方。
指。
胸の開き。
呼吸。
重心。
そして、力の入る場所。
魔法使いが炎を使う時の身体には、それなりの特徴がある。
もちろん全員が同じではない。
だが、以前から何人もの魔法を見てきた。
炎。
水。
氷。
風。
回復。
身体強化。
同じ属性でも個人差はある。
それでも、何度も見れば共通する部分は見えてくる。
特に。
この男は分かりやすかった。
「炎は結構分かりやすいよ」
「……こいつ!」
魔法使いが杖を引いた。
だが。
その瞬間。
ジンの目が僅かに細くなる。
「おっ」
「何だ!」
「今度は水」
「なっ!?」
魔法使いの動きが止まりかけた。
周囲もざわつく。
「当たってんのか?」
「確かにあいつ、複数属性使うことで有名だけどよ……」
「でも、まだ何も出てねえぞ?」
「構えだけで分かるのか?」
「いや、普通分かんねえって!」
魔法使いの顔が引きつる。
図星だった。
今まさに、水を使おうとしていた。
「適当言うな!」
「当たってる?」
「くらえ!」
魔法使いが強引に魔力を切り替えた。
腕。
肩。
呼吸。
すべてが途中で変わる。
ジンが少し目を見開いた。
「おっ」
「何だよ!」
「とっさに氷へ変更」
一拍。
「すごい」
「褒めんな!」
魔法使いの前方へ、白い冷気が集まった。
水分が凝結し、鋭い氷塊が形を作り始める。
少し離れた場所で盾持ちと戦っていたアインが、一瞬だけそちらを見る。
「……あいつ、一度見た魔法は発動前の身体の動きで判別できるって言ってたけど」
盾が飛んでくる。
「おっと!」
慌てて避ける。
「マジだったのかよ……」
「他所見してんじゃねえ!」
「お前も見てただろ!」
「見てねえ!」
「絶対見てただろ!」
そんなやり取りの間にも。
氷は完成していた。
魔法使いが杖を振る。
「避けてみろ!」
氷塊が放たれた。
速い。
一直線にジンへ向かう。
その瞬間。
ジンは右へ動いた。
強く地面を蹴ったようには見えない。
身体全体がそのまま横へ流れたように位置を変える。
流身。
氷塊はジンがいた場所を通り抜け、そのまま地面へ突き刺さった。
「……は?」
魔法使いが目を見開く。
ジンは少し離れた位置で止まる。
「何の魔法か見れば分かるし」
木剣を軽く構え直した。
「これからどこに飛んでくるかも、大体分かるよ」
「うそつけぇぇぇ!」
魔法使いが叫んだ。
直後。
炎。
杖の先に火が集まる。
「炎」
「言うな!」
火球が飛ぶ。
ジンが左へ。
避ける。
「もう一発!」
今度は水。
「水」
「黙れ!」
水弾。
ジンは前へ出た。
魔法が背後を通る。
「風!」
「先に言うなぁ!」
空気が歪む。
ジンが半歩だけ位置をずらす。
風が服の端を揺らしただけで通り過ぎる。
「くそっ!」
魔法使いは杖を握り直し、さらに魔力を集めた。
一発。
二発。
三発。
炎。
水。
氷。
属性を切り替えながら撃つ。
そのたびに。
ジンは少しずつ動いた。
大きく避けることもあれば、ほんの半歩だけ位置を変えることもある。
だが。
逃げ続けているわけではなかった。
最初より。
確実に距離が縮まっている。
「……なんで」
魔法使いが気づく。
一発撃つ。
ジンが避ける。
また撃つ。
少し近い。
さらに撃つ。
また近い。
「なんで近づいてきてんだよ!」
「そりゃ近づかないと剣届かないから」
「そういう意味じゃねえ!」
炎が飛ぶ。
ジンが右へ流れる。
その先には。
大盾を構えた男がいた。
「ん?」
盾持ちが気づく。
ジンはその少し手前を横切った。
すると。
ジンを追って飛んできた炎が、そのまま盾へ向かう。
「おい!」
男が反射的に大盾を向けた。
炎が盾の表面へぶつかる。
ボッ!
小さな火花が散った。
「てめえ! こっちに撃つな!」
「ジン狙ったんだよ!」
「だったら当てろ!」
「あいつ全部避けるんだよ!」
その瞬間。
アインが笑った。
「ありがとな」
「何がだ!」
「別に」
炎を受けたことで一瞬動きが止まった盾へ、アインが踏み込む。
短剣。
男が慌てて向き直った。
ジンはその横を抜ける。
「……ん?」
魔法使いが眉を寄せた。
ジンは次の魔法を待つように、少しだけ距離を取った。
「来ないの?」
「……」
「撃たない?」
「お前」
魔法使いが周囲を見る。
アインと盾持ち。
フィナと剣士。
そして。
その間を動いているジン。
「まさか」
杖を握る。
「俺の魔法を、あいつらに当てさせようとしてるのか?」
「うん」
「即答すんな!」
魔法使いの額に青筋が浮かんだ。
「ふざけやがって!」
魔力が膨らむ。
今度は先ほどより大きい。
炎。
「炎」
「分かってるわ!」
「自分で使うんだから分かるでしょ」
「うるせえ!」
大きめの火球が形成される。
ジンはそれを見ながら。
アインを見る。
フィナを見る。
相手の盾。
剣士。
それぞれの位置。
火球が放たれた。
ジンが走る。
今度は。
フィナと剣士の間へ向かって。
「え?」
フィナが気づいた。
剣士も振り返る。
「わ!こっち来んな!」
火球が追ってくる。
「ジンさん!?」
「ちょっと借りる!」
「何をですか!?」
フィナの横をジンが通り抜ける。
剣士は反射的に飛び退いた。
火球がその間を通過する。
「危なっ!」
着弾。
地面が焦げる。
「お前ぇぇぇ!」
魔法使いが叫ぶ。
その声に。
全員の位置が崩れた。
ジンがフィナ側へ入り。
剣士がそれを避けてアイン側へ寄る。
盾持ちは飛んできた炎を避けるために横へ動き。
アインがその後を追う。
もう。
最初の三組ではない。
「……おい」
アインが周囲を見る。
「これ、完全に混ざったぞ」
「パーティ戦だからいいんじゃない?」
ジンが答える。
「お前が混ぜたんだろ!」
「結果的に」
「絶対わざとだろ!」
フィナも杖を構え直しながら、近くへ来た相手の剣士を見る。
その向こうには大盾。
さらに魔法使い。
そして。
その間をジンが動いている。
六人の距離が、一気に縮まった。
誰が誰を見るのか。
誰が誰を止めるのか。
一瞬でも判断が遅れれば、別の相手が横から入ってくる。
ここから先は。
もう一対一ではない。
三対三。
本当の意味でのパーティ戦が始まった。




