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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第57話 点と線

 訓練を終えた翌日、ジンたち三人は再び冒険者ギルドの奥にある会議室へ呼ばれていた。


 以前にも話し合いに使ったその部屋には、前回広げられていた地図に加えて、何冊もの古い記録が机の上へ積み重ねられている。革張りの表紙が擦れているものや、綴じ紐がほつれかけているもの、紙の端が黄ばんで波打っているものまであり、どれもかなり長い間保管されてきたことが見て取れた。


「調べ終わったんですか?」


 ジンが積まれた記録を見ながら尋ねると、ルーセルは開いていた一冊を閉じた。


「ベルクに残っているものについては、一通りな。結論から言えば、お前たちが見つけた遺跡に該当する記録はなかった」


「ない?」


 アインが眉を寄せる。


「見落としじゃなくて?」


「可能性は低い。古い地図だけじゃなく、過去の討伐記録や森の調査報告、街の周辺で確認された建造物についての記録まで当たったが、あの場所に遺跡があるという記述は見つからなかった」


「でも、あれは明らかに昔からあったよね」


 ジンが言う。


「急にできた建物には見えなかった」


「当然だろう」


 同席していたレオンが答えた。


「問題は、昔から存在していたように見えるにもかかわらず、ベルク側に記録が残っていないことだ」


「森の奥だから、単純に見つからなかったとか?」


「それも十分あり得る」


 ルーセルが頷く。


「北の森すべてが細かく調査されているわけではない。魔物も出るうえ、境界へ近づくほど人の出入りは減る。今回のように、本来の調査範囲を外れて奥まで進まなければ見つからない場所なら、長く放置されていたとしても不思議ではない」


「じゃあ、それだけかもしれない」


「かもしれん」


 思っていたより単純な答えだったため、ジンが僅かに拍子抜けした顔をすると、ルーセルは机の上から一枚の紙を取り出した。


「ただし、もう一つある」


「何?」


「王都にも照会を出した」


「もう返事来たの?」


「簡易的なものだけだ。正式に記録を洗った回答は、もう少し先になる」


 差し出された紙には細かな文字が何行も並んでいた。


 ジンはしばらく眺めたあと、迷うことなく隣へ視線を向ける。


「フィナ」


「何ですか?」


「読んで」


「普通にお願いしてください」


「お願いします」


「最初からそうしてください」


 フィナは苦笑しながら紙を受け取り、上から順番に目を通していった。


 最初は普通に読んでいたが、途中で僅かに表情が変わる。


「……似た報告があります」


「どこ?」


 ジンがすぐに身を乗り出した。


「一つではありません。完全に同じものかまでは分からないそうですけど、規模の小さい石造りの遺跡が、王国内でいくつか確認されています」


「どんなの?」


「内部が一部屋か、広くても数部屋程度。大きな設備もほとんど残っていなくて、何のために作られたのか分からないものが多い、とあります」


 アインが腕を組む。


「それだけなら、小さい遺跡もあるってだけの話じゃないのか?」


「私も最初はそう思ったんですけど……」


 フィナは続きを読み、少ししてから顔を上げた。


「見つかっている場所に、少し共通点があるみたいです」


「共通点?」


「近くに大きな街か、規模の大きい古代遺跡があることが多いそうです」


 ルーセルはそこで別の地図を広げた。


「王都から送られてきた情報を、位置が分かるものだけ写してある」


 地図には、これまで見ていたものとは違う印がいくつも書き加えられていた。


 ジンが机へ近づき、一つを指差す。


「これが小さい遺跡?」


「ああ」


「こっちは?」


「以前から知られている大型遺跡だ」


 ジンはその二つを見比べてから、別の場所へ視線を移した。


 大型遺跡。


 小型遺跡。


 その近くに街。


 一見しただけでは、距離も配置もばらばらに見える。


 だが、しばらく地図を見ているうちに、ジンの視線が一ヶ所で止まった。


「……ちょっと待って」


「何だ?」


 アインも横から覗き込む。


 ジンは一つの大型遺跡へ指を置き、そこから少し離れた別の大型遺跡へ移した。


「これと、これ」


「二つの遺跡?」


「うん。その間」


 指を戻す。


 二つの大型遺跡のちょうど中間とはいかないものの、その間に近い位置へ小さな印が一つ置かれていた。


「偶然じゃないですか?」


 フィナが尋ねる。


「うん。まだ分からない」


 ジンもすぐに頷き、別の場所を見る。


 少し離れた大型遺跡。


 そこからさらに先に別の大型遺跡があり、その途中にも小型遺跡の印がある。


「……これも少し似てる」


「確かに、間にあるようには見えるな」


 アインが言った。


「でも全部じゃない」


 ジンはすぐに別の印も確認する。


「かなりずれてる場所もあるし、大型遺跡が近くに一つしかないところもある」


「じゃあ規則ってほどじゃないんじゃないか?」


「そうかも」


 ジンは否定せず、そのまま地図を見続けた。


 小さな印。


 大型遺跡。


 その間にある距離。


 見ているうちに、北の森で一瞬だけ見えた黒い板の表示が頭に浮かぶ。


 いくつもの点。


 その間を繋いでいた線。


「……単独で使うものじゃない?」


 無意識に漏れた言葉へ、レオンが反応した。


「何がだ?」


「小さい遺跡」


 ジンは地図から目を離さないまま答えた。


「まだ思いついただけだけど、俺たちが見つけた遺跡って、中にほとんど何もなかっただろ」


「一部屋と、奥に装置が一つだけだったな」


 アインが答える。


「うん。それを最初は、単純に小さい遺跡だからだと思ってた。でも逆かもしれない」


「逆?」


「小さい施設だから設備が少ないんじゃなくて、最初からその場所だけで何かを完結させる必要がない」


 アインが怪訝そうに顔をしかめる。


「……何言ってる?」


「例えば」


 ジンは地図上の二つの大型遺跡へ指を置いた。


「ここからここへ、何かを送るとする」


「何を?」


「分からない」


「そこからかよ」


「情報でも、魔力でも、物でもいい。今は何を送るかじゃなくて、距離の話」


 ジンは二つの印の間を指先でなぞる。


「離れた場所同士を繋ぐとして、一度に届かなかったら、途中に何か必要になるかもしれない」


 フィナが少し考える。


「……中継する場所?」


「そう」


 ジンが頷いた。


「もし小さい遺跡がそういう役割なら、そこで何かを作ったり、大勢が使ったりする必要はない。必要なものだけあればいいから、中に大きな設備がないのも変じゃない」


 ルーセルも改めて地図を見る。


「大型遺跡同士、あるいは別の施設同士を繋ぐための中継施設ということか」


「仮説だけど」


「根拠は?」


「少ない」


「正直だな」


「森で見た光の線と、黒い板に出た点と線くらい」


 ジンはあの時の光景を思い出した。


 小さな遺跡から外へ流れ出し、地面を走りながらいくつもの方向へ分かれて、木々の向こうへ消えていった光。


「あの黒い板に出てた点が場所を示してて、線が何かの繋がりだったとしたら説明はできる。でも、点が遺跡だったかどうかも分からないし、表示が地図だったかどうかも分からない」


「分からないばっかりですね」


 フィナが言う。


「だから仮説」


「そこは徹底してますね」


 アインも地図へ顔を近づけた。


「でも、もしその考えが合ってるなら」


「うん」


「俺たちが見つけた遺跡から伸びてた光の先にも、何かあるってことになるな」


 その言葉で、部屋が僅かに静かになった。


 森の奥へ続いていた光。


 あの時、誰もその先までは追わなかった。


 意識を失っていた生存者を連れて戻ることを優先したためだ。


「追わなくて正解だったと思います」


 フィナが先に言った。


「四人が消えた場所で、何があるか分からない光を追ってさらに奥へ行くのは危険すぎます」


「俺もそう思う」


 アインが頷く。


 そして。


 二人が同時にジンを見る。


「何?」


「お前だけ黙ってるから」


「俺も戻って正解だったと思ってるよ」


「本当か?」


「……七割くらい」


「残り三割は何だよ」


「気になる」


「だろうな」


 ルーセルが呆れたように息を吐いた。


「どちらにせよ、すぐに再調査へ行かせるつもりはない」


「え」


「ほらな」


「不満そうな顔をするな」


「してない」


「してる」


 アインとフィナの声が綺麗に重なった。


「王都から正式な返答が来るまでは待て。それに今回の件は、もう単なる遺跡調査ではない。軍側にもすべて情報を渡してある」


「軍も調べる?」


 ジンがレオンを見る。


「その可能性は高い」


 レオンが答える。


「四人が行方不明になり、生存者からは大量の魔力が失われた。予備として持っていた魔石まで空になっている以上、冒険者だけに任せる話ではない」


「じゃあ俺たちは待機?」


「当面はな」


「また?」


「お前は待つのが本当に嫌いだな」


「嫌いっていうか、時間もったいなくない?」


 その言葉に。


 フィナが一瞬だけジンを見た。


 昨日の訓練で、一度しか見ていない返し牙を翌日には再現し、その先の動きまで考えていたジン。


 本人は、トレーニングモードで考えたと言っていた。


 ただの待ち時間。


 おそらくジンにとっては、そういう時間でさえ何かを試すための時間なのだろう。


 フィナはそれ以上考えず、視線を戻した。


「待っている間にも、できることはある」


 ルーセルが机の上から別の資料を取り出した。


「王都から届いた、小型遺跡についての記録だ」


「見ていいの?」


「ああ。ただし持ち出すな」


「分かった」


 すぐに手を伸ばしかけたジンへ、ルーセルが尋ねる。


「読めるのか?」


「……フィナ」


「最初から私に頼る気ですね?」


「お願いします」


「はいはい」


 フィナは苦笑しながら資料を受け取った。


    ◇


 それから三人は、ギルドの一室を借りて資料を読むことになった。


 正確には、フィナが内容を読み上げ、アインが必要そうな部分を拾い、ジンがその横から次々と質問を挟む、という形だった。


「次」


「まだこれ終わってません」


「でも大体分かった」


「私が読んでるんですけど」


「続きをお願いします」


「急に丁寧になっても駄目です」


 アインは椅子へ深く座り直し、机の上へ頬杖をついた。


「これ、いつまでやるんだ?」


「全部見るまで」


「俺たち今日も訓練する予定だったよな?」


「明日でもできる」


「昨日はあんなに返し牙やりたがってたのに」


「今はこっちの方が気になる」


「切り替え早すぎんだろ」


 フィナは二人のやり取りを聞きながら次の記録を開き、古びた紙へ目を落とした。


「これは……かなり古いですね。百二十年くらい前の報告です」


「そんな前からあるの?」


「小さい遺跡自体は、ですね」


 フィナは続きを追う。


「『森林部にて小規模な石造建築を発見。内部に用途不明の台座を確認。危険性なしと判断し、調査終了』」


「それだけ?」


「それだけです」


「光った記録は?」


「ありません」


「人が倒れたり、魔力が減ったりは?」


「書かれてません」


「人が消えたとか」


「ないです」


 ジンは少し考え、机へ置かれている資料を見る。


「じゃあ、普段は止まってる?」


「今回だけ何かの理由で動いたって可能性はあるな」


 アインが言う。


「何で今?」


「それが分かったら、俺たちこんなことしてねえだろ」


「確かに」


 そこからも、一つずつ記録を確認していった。


 発見された年代も違えば、形や規模も完全には一致していない。


 それでも、いくつか共通する特徴はあった。


 小さいこと。


 用途が分からないこと。


 目立った設備がほとんどないこと。


 そして、発見されても大半がそのまま放置されていること。


「……変ですね」


 何件目かを読み終えたところで、フィナが呟いた。


「何が?」


「これだけ見つかっているのに、ほとんど詳しく調査されていません」


「何もないからじゃない?」


「そうなのかもしれませんけど……」


「大型遺跡の方が価値あるからだろうな」


 アインが資料を一枚手に取る。


 大型遺跡からは古代の装置や建造物、場合によっては現在でも利用できる魔道具や貴重な素材が発見されることがある。


 一方で、小型遺跡は狭く、物もほとんど残っていない。


 危険も少ない。


 何に使われたのかも分からない。


 限られた人員や費用を使って調べるなら、後回しにされるのは自然だった。


「でも」


 ジンは資料の束を見ながら言った。


「何もないから重要じゃない、とは限らないよね」


「また始まった」


 アインが呟く。


「何が?」


「研究者みたいな顔」


「元からだろ」


「自覚あったんだな」


 ジンは気にせず、先ほどの地図を手元へ引き寄せた。


 大型遺跡。


 小型遺跡。


 今分かっている位置を、資料と照らし合わせながら一つずつ確認していく。


 ここ。


 次はここ。


 その次。


 印が少しずつ増えていく。


 まだ。


 線にはならない。


 無理に結べば、いくらでも都合のいい形は作れる。


 それでも。


 完全に無関係だと切り捨てるには。


 何かが引っかかった。


「もうちょっと数が欲しいな」


「王都から正式な返事が来るまで待つしかありませんね」


 フィナが言う。


「うん」


「それまでは?」


 アインが嫌そうに尋ねる。


「調べる」


「何を?」


「色々」


「その『色々』が一番信用できねえんだよな」


「今回は資料読むだけだよ」


「今回は?」


「言葉の綾」


「絶対違うだろ」


 フィナが小さく笑いながら、次の資料を開いた。


 机の上には、長い年月ほとんど注目されることのなかった小さな遺跡の記録が、いくつも広がっている。


 一つだけなら。


 意味のない点にしか見えない。


 離れた場所に、もう一つ。


 さらに一つ。


 今はまだ、それだけだった。


 だが。


 点が増えていけば。


 その間に何があるのかも。


 いずれ見えてくるかもしれない。

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