第56話 興味
ベルクから遠く離れた北方。
魔族の領域に築かれた城塞の一角に、その部屋はあった。
軍事施設の内部とは思えないほど室内には物が溢れており、壁を埋め尽くす棚には書物や巻物だけでなく、欠けた石板や錆びた金属片、用途の分からない器具まで隙間なく並んでいる。中央に置かれた大きな机にも資料が幾重にも積み重なり、その間には分解途中らしい部品や細かな工具が置かれていた。
その机の前に、一人の女が座っている。
見た目だけなら若い。
長い髪を無造作に後ろで束ね、四天王という肩書きから想像されるような華美な装飾も身につけていない。威圧感を示すような鎧や武器もなく、今も片手に細い器具を持ったまま、机の上に置かれた黒い板の表面を黙々と調べていた。
その時、扉が二度叩かれた。
「入って」
女は顔を上げない。
扉が開き、グレドが部屋へ入ってくる。
「失礼いたします、セレク様」
「うん」
返事はしたものの、セレクの視線は手元から動かなかった。
グレドもそれを気にした様子はなく、数歩進んだところで足を止めると、そのまま静かに待つ。
しばらくしてから、セレクはようやく細い器具を机へ置いた。
「待たせたね」
「いえ」
「ブロンへの報告は?」
「すでに終えております」
「そう」
セレクは椅子へ深く座り直すと、初めて正面からグレドを見た。
「それなら、私のところへ来た理由を聞こうか」
グレドが僅かに姿勢を正す。
「ベルクでの件について、セレク様にもお伝えしておくべきことがあると判断しました」
「進軍を中止したこと?」
「それも含まれます」
「ブロンが了承したなら、私から言うことはないよ」
「ありがとうございます」
「それで?」
セレクが僅かに首を傾げる。
「何を見たの?」
グレドは、ベルクで起きたことを順番に説明していった。
魔力の薄くなっていた土地。
森から一斉に移動を始めた魔物。
それを追うように進軍した先で起きた、人間側との衝突。
そして、戦闘を止めるために交わした約定。
セレクは途中でほとんど口を挟まず、時折机の上の紙へ何かを書き込みながら聞き続けた。
「……なるほど」
一通り話を聞き終えると、セレクはペン先を止めた。
「魔力の減少については、こちらでも報告が増えている」
「やはり、他でも?」
「あるよ。ただし、全部が同じ原因とは限らない」
セレクは紙へ視線を落としたまま続ける。
「魔力が薄くなった。魔物が移動した。その二つが同じ場所で起きれば、関係していると考えたくなる。でも、分かりやすく繋がる時ほど、一度疑った方がいい」
「承知しております」
「ブロンなら『原因を見つけて殴れば分かる』くらいは言いそうだけど」
グレドは一瞬黙った。
「……否定はできません」
「でしょう?」
セレクが小さく笑う。
だが、それも一瞬だった。
すぐに表情を戻し、資料へ視線を落とす。
「他には?」
「一人、気になる人間がおりました」
「人間?」
「ジンという男です」
「何をしたの?」
「俺が敗れました」
セレクの手が止まった。
今度はゆっくりと顔を上げる。
「君が?」
「はい」
「一対一で?」
「はい」
「へえ」
僅かに驚いた様子は見せたものの、それ以上大きく反応することはなかった。
「強い人間なら、珍しくはないでしょう」
「強いだけであれば、俺もわざわざこちらへ報告には参りません」
「というと?」
「魔力を感じませんでした」
その一言で、セレクの目が僅かに細くなった。
「隠していた可能性は?」
「否定はできません。しかし、少なくとも俺が見た戦闘の中で、魔法や魔術を使用した様子はありませんでした」
「魔道具は?」
「確認できませんでした」
「武器は?」
「剣を」
「それだけ?」
「少なくとも、最初の立ち合いでは」
セレクはしばらく考えたあと、改めて尋ねた。
「魔力を使わずに、君に勝った?」
「はい」
「どうやって?」
「……奇妙な戦い方でした」
「奇妙?」
グレドはすぐには答えず、ベルクでの戦いを思い返した。
最初の立ち合いで、ジンは確かに剣を持っていた。
だが、最後まで刃を振り抜くことはなかった。
槍へ触れた剣も、盾を壊すと言って構えた剣も、結局は別の目的のために使われていた。武器そのものよりも、こちらがどう反応するのかを利用して戦っていたように思える。
「俺の知る剣士とは違いました」
「剣の技術が?」
「それもありますが」
グレドは僅かに首を振る。
「技そのものより、考え方が妙だったのです」
「考え方?」
「はい。間合いの取り方も、身体の使い方も、攻撃を仕掛ける目的も、俺の知る剣術とは組み立て方が違う。長年一つの剣術だけを磨き続けた者の動きとも思えませんでした」
「知らない流派だっただけでは?」
「その可能性もあります」
「なら?」
「それでも、気になりました」
セレクはしばらくグレドを見つめたあと、机の上から新しい紙を一枚引き寄せた。
「君がそこまで気にするなら、覚えておく価値はありそうだね」
「ですので、ご報告に参りました」
「なるほど」
セレクは紙へ『ジン』と書き込む。
「出身は?」
「不明です」
「所属は?」
「冒険者と思われます。アイン、フィナという二人と行動していました」
「その二人も強い?」
「少なくとも、あの戦場で最後まで動ける程度には」
セレクは二人の名前もジンの下へ書き加えた。
「三人で行動している、と」
「はい」
「分かった。覚えておくよ」
「お願いいたします」
「ただし」
セレクはそこでペンを置いた。
「今の情報だけなら、魔力を使わずに戦う変わった人間が一人いた。それ以上のことはまだ言えない」
「はい」
「興味はあるけどね」
グレドが頷く。
そこで一度、話が途切れた。
セレクは再び机の上へ視線を戻し、先ほどまで調べていた黒い板を手に取った。
グレドもそれを見る。
手のひらより一回り大きい程度の薄い板だった。石にも金属にも見えるが、長い年月を経たものとは思えないほど表面は滑らかで、縁には文字とも模様ともつかない細かな線が刻まれている。
「セレク様」
「何?」
「先ほどから調べておられるものは?」
「これ?」
セレクが黒い板を軽く持ち上げる。
「はい」
「オーパーツだよ」
聞き慣れない言葉に、グレドが僅かに眉を寄せた。
「オーパーツ?」
「そう」
「それは、何なのでしょうか」
「分からない」
あまりにもあっさりと返され、グレドが黙った。
セレクは気にした様子もなく、黒い板を光へかざして表面を確認する。
「何に使うのかも、どうやって作られたのかも分からない。そもそも、私たちが考えている意味での道具なのかどうかも分かってない」
「セレク様にも?」
その言葉に、セレクが横目でグレドを見る。
「私を何だと思っているの?」
「この分野において、セレク様以上の方を俺は知りません」
「それはどうも」
セレクは黒い板を机へ戻す。
「でも、分からないものは分からないよ」
そう言いながら、再び細い器具を手に取った。
「だから調べるんだ」
その声には、四天王としての威厳よりも、分からないものを前にした研究者の純粋な興味が滲んでいた。
グレドが改めて部屋を見回す。
棚には同じように正体の分からない品がいくつも並んでいる。
薄く透けた板。
ほとんど錆びていない金属片。
用途の分からない輪。
文字とも回路ともつかない細い線が刻まれた箱。
「これらも?」
「全部ではないけどね」
セレクはそれだけ答えると、黒い板を布で拭き始めた。
「そういえば」
「はい」
「君、そのジンという人間とはまた戦うつもり?」
「必要であれば」
「そう」
「ただし」
グレドは少しだけ間を置いた。
「次に会った時も、敵であるとは限りません」
セレクの手が止まった。
「へえ」
「何でしょうか」
「いや」
セレクは僅かに笑った。
「君の口から人間についてそんな言葉が出るとは思わなかった」
「種族だけで敵味方を判断しているつもりはありません」
「昔からそうだったね」
その言葉に、グレドは何も返さなかった。
セレクにとって、今では大柄な将として兵を率いるグレドも、昔から知っている相手なのだろう。
少なくとも、グレドより長く生きている彼女にとっては。
「分かった。ジンについてはこちらでも少し調べておくよ」
「ありがとうございます」
「ブロンには私からも話しておく」
「お願いいたします」
グレドが一礼し、扉へ向かう。
「ああ、グレド」
扉へ手をかけたところで呼び止められた。
「はい」
「次にジンと戦うことがあったら、もう少し詳しく見てきて」
「詳しく、ですか?」
「どう戦うのか。何を見ているのか。何を使うのか。戦闘の前と後で何が変わるのか」
セレクは黒い板の表面を細い器具でなぞりながら続けた。
「分からないものを調べるなら、まず観察しないと始まらないから」
「……承知しました」
グレドが部屋を出る。
扉が閉まると、室内には再び静けさが戻った。
セレクはしばらく黒い板の調査を続けていたが、ふと手を止めると、机の端に置いた紙へ目を向けた。
そこに書かれている一番上の名前。
ジン。
今のところ、その名前に特別な意味はない。
魔力を使わず、グレドを二度破った変わった人間。
ただ、それだけだ。
セレクは一度だけ名前を見たあと、すぐに黒い板へ視線を戻した。
「……さて」
分からないものが、一つ増えた。
それを少し面白そうに思いながら、セレクは再び器具を手に取った。
◇
二日後。
「もう一回」
「嫌だ」
「まだ一回しかやってないだろ」
「だから嫌なんだよ」
ベルクの訓練場では、ジンとアインが木剣を手に向かい合っていた。
少し離れた場所にはフィナが座り、二人のやり取りを眺めている。
「アインさん、もう一度くらいいいんじゃないですか?」
「フィナ、お前はこいつの顔をちゃんと見てから言え」
「顔?」
フィナがジンを見る。
「普通ですけど」
「ほら」
「お前、自分が今どんな顔してるか分かってねえだろ」
「何が?」
「新しい玩具見つけた時の顔だよ」
「失礼だな」
「似たようなもんだろ」
ジンは木剣を軽く持ち上げた。
「返し牙。もう一回やって」
「だから嫌だって」
「何で?」
「お前、絶対何か企んでるだろ」
「対策考えたいだけ」
「それを企んでるって言うんだよ」
北の森で見つけた遺跡については、現在ギルドと軍で記録の確認が進められている。
結果が出るまで勝手に動くなと言われた三人は、空いた時間を使って訓練場へ来ていた。
そこでアインが試したのが、新しく組み立てていた剣技だった。
相手の攻撃を正面から受け止めず、斜めに刃を合わせることで軌道を外へ流す。そのまま崩れた相手の姿勢と、自分の身体の回転を利用して斬り返す。
受けるために止まらず、流した勢いも殺さず、一度の動きの中でそのまま返す。
アインがつけた名前は、返し牙。
そして一度目、ジンは見事に引っかかった。
踏み込んで木剣を振った瞬間、アインの刃が斜めから触れ、その軌道を外へ逃がす。流された腕につられて重心が僅かに前へ出たところへアインが身体を回し、何が起きたのか理解した時には、木剣が首元で止まっていた。
「今日は終わり」
「もう一回」
「やらない」
「一回だけ」
「一回見せただろ」
「だからもう一回」
「余計やらねえよ」
結局、その日の模擬戦でアインが返し牙を使ったのは、その一度だけだった。
◇
その夜。
宿の自室で横になったジンは、目を閉じた。
「トレーニングモード」
意識が切り替わる。
次に目を開けた時には、宿の天井も壁も消え、周囲にはどこまでも白い空間が広がっていた。
この空間が実際にどこに存在するのか、そもそも現実と同じ意味で存在していると言えるのかは、ジン自身にも分かっていない。
ただ一つ確かなのは、ここでは実際に身体を動かし、失敗し、やり直し、その経験を持ち帰ることができるということだった。
アインとフィナにも、トレーニングモードという言葉自体は話している。
ただし二人が理解しているのは、ジンが頭の中で行っている特殊なイメージトレーニングのようなもの、という程度だった。
ジン自身も、その認識をわざわざ訂正していない。
本当にこうして別の空間へ入り、その中で身体を動かし、外より長い時間を過ごしているなどとは、二人とも思っていないだろう。
「まあ、説明面倒だし」
誰もいない白い空間で呟き、ジンは木剣を構えた。
目の前に再現するのは、アイン本人ではない。
昼間に見た一度きりの動き。
返し牙。
まずは同じように踏み込む。
木剣を振ると、斜めに触れてきた刃によって軌道を外へ流され、そのまま重心を崩したところへ斬り返しが来る。
最初は、流された木剣を力で戻そうとした。
だが腕だけで軌道を戻そうとすれば、その分だけ動きが遅れ、斬り返しに間に合わない。
次は流される力へ逆らわず、身体ごと同じ方向へ回してみる。
今度は斬り返しが見えた。
だが、まだ間に合わない。
ならばと立場を入れ替え、自分が返し牙を使う側へ回る。相手の攻撃へ斜めに刃を合わせ、力を外へ逃がしながら身体を回し、その勢いを切らずに木剣を返す。
一度目は回りすぎた。
二度目は流しが浅く、相手の剣が残った。
三度目は上半身だけが先に動き、斬り返しへ力が繋がらない。
失敗するたびに、ジンは少しずつ動きを変えていった。
腕だけで流すのではなく、腰だけを回すのでもない。刃が触れた瞬間から肘、肩、体幹、脚までを一続きに動かし、その流れの中へ斬り返しまで組み込む。
何度か繰り返したところで、ようやく一度、途中で引っかからずに最後まで動けた。
「……これか」
だが、一度できただけでは技術とは呼べない。
ジンはすぐに位置を戻し、今度は返し牙を使われる側へ回った。
流された瞬間に身体を回せばどうなるか。
踏み込みを浅くしたら。
逆に深くしたら。
刃が触れた瞬間に攻撃を止めたら。
アインが斬り返す前へ入り込んだら。
斬り返しそのものを、さらに同じ原理で流したら。
一つ試すたびに次の可能性が生まれ、その可能性を確かめるたびに、また別の対処が必要になる。
返し牙を防ぐ方法だけでは足りない。
自分が使った場合、相手は何をするのか。
返されたらどうするのか。
返す途中で相手が動きを止めたら。
流す方向そのものを変えたら。
そこから別の攻撃へ繋げたら。
見たのは一度だけ。
だが、一度見た動きから考えられる展開は一つではなかった。
ジンは距離や角度、踏み込みの深さを変えながら何度も試し、そのたびに失敗した部分を修正していった。
外では、それほど長い時間は経っていない。
だが白い空間の中では、ジンは何度目かも分からない失敗を繰り返し続けていた。
◇
翌日。
「じゃあ一本な」
「うん」
アインが木剣を構える。
昨日と同じ場所では、フィナが二人を見ていた。
「始め!」
その声と同時に二人が動く。
先に間合いへ入ったのはジンだった。
木剣を振る。
アインが受ける。
刃が触れた瞬間、アインの口元が僅かに上がった。
木剣を正面から止めず、斜めに接触させて外へ流す。ジンの剣先が横へ逸れ、身体も僅かに前へ出た。
昨日と同じ。
返し牙。
アインが、その勢いを利用するように身体を回す。
だが今度のジンは、流された木剣を無理に戻さなかった。
逸らされた方向へ腕を残したまま、自分の身体も同じ方向へ回していく。
「――は?」
アインの斬り返しが来る。
その軌道へジンの木剣が斜めに触れ、正面から止めることなく、そのまま外へ流した。
今度はアインの木剣が逸れる。
ジンはその流れを切らずに身体を回し、そのまま返した木剣をアインの脇腹で止めた。
「……一本?」
ジンが尋ねる。
「待て」
「何?」
「今の」
「返し牙」
「いや、それは分かってる」
アインは自分の木剣を見たあと、ジンを見る。
「なんで使えるんだよ」
「練習した」
「いつ」
「昨日」
「昨日、一回しか見せてねえぞ」
「うん」
「うんじゃねえよ」
フィナも驚いたようにジンを見る。
「ジンさん、昨日のあれだけで覚えたんですか?」
「覚えたっていうより、トレモで色々試してたらできた」
「トレモって……いつものイメージトレーニングですか?」
「うん」
ジンは何でもないことのように答えた。
フィナは少し首を傾げたものの、それ以上は聞かなかった。
ジンが時々、目を閉じて長く動かなくなるのは知っている。本人はそれをトレーニングモードと呼び、頭の中で動きを何度も試しているらしい。
二人が知っているのは、そこまでだった。
「何をどうイメージしたら、一回見ただけで使えるようになるんだよ」
アインが呆れたように言う。
「結構やったから」
「結構ってどれくらいだよ」
ジンは少し考えた。
「……覚えてない」
「イメージトレーニングで時間忘れるなよ」
「集中してたから」
「便利な言葉だな、それ」
アインは呆れたように息を吐いた。
だが、その目はさっきまでとは違っていた。
「もう一本やるぞ」
「やるの?」
「やる」
「さっきまで嫌だって言ってたのに」
「気が変わった」
二人が再び距離を取る。
「フィナ」
「はい」
「合図頼む」
フィナが二人を見比べる。
「……始め!」
再びジンが踏み込む。
アインはその剣を受け、昨日と同じように軌道を流した。
返し牙。
ジンもそこへ合わせ、流された木剣に逆らわず身体を回しながら、斬り返してきたアインの刃へ自分の木剣を触れさせる。
そこから外へ流す。
ここまでは昨夜、何度も試した。
だが次の瞬間、アインの身体が止まった。
本来なら、そのまま回転へ乗せて斬り返すはずだった勢いを途中で殺し、足を踏み替える。
返し牙から、別の軌道へ。
昨日は一度も見せていない動きだった。
フィナが小さく息を呑む。
それでもジンは止まらなかった。
アインが回転を捨てた瞬間には、自分の木剣を引き戻しながら半歩下がっている。剣先が胸元を掠めるのを外し、そのまま外側へ回り込んだ。
「なっ……」
今度はアインの表情が変わった。
ジンの木剣が、そこから返ってくる。
だがアインは避けなかった。
逆に一歩前へ出た。
「え」
ジンが木剣を振り切るより先に間合いを潰し、肩から身体をぶつける。
姿勢を崩されたジンが僅かによろけたところへ、アインの木剣が胸元へ軽く触れた。
「俺の勝ち」
「……今の何?」
「知らん」
「知らない?」
「今やった」
「ずるくない?」
「どこがだよ」
「知らない技使った」
「技ですらねえよ!」
フィナが思わず吹き出した。
だがジンは木剣を下ろしながら、すでに今の動きを頭の中で追っていた。
アインは回転を途中で止め、そこから距離を取るのではなく、逆に前へ入った。
「なるほど……あそこで前に出るのか」
「おい」
「何?」
「その顔やめろ」
「どの顔?」
「もう一回やりたいって顔」
「よく分かったね」
「やらねえよ」
「一回だけ」
「嫌だ」
「今のもう一回見たい」
「絶対やらん」
「何で?」
「お前またトレモに持って帰るだろ」
「持って帰るって何を?」
「俺の技をだよ!」
ジンが少し笑う。
そのやり取りに、フィナも再び笑った。
ただ、笑いながらも、さっきから一つだけ気になっていることがあった。
昨日、ジンが見た返し牙はたった一度だけだった。それなのに今日は、その動きを再現しただけではなく、返された場合や、途中で別の攻撃へ切り替えられた場合まで想定して対応している。
ジンの言うトレーニングモードが、頭の中で動きを組み立てるイメージトレーニングのようなものだというのは聞いている。だから、その中で何度も動きを思い描いたのだろう。
そう考えれば説明はつく。
それでも、一度見ただけの技から実際には見ていない動きまで予想し、翌日には身体が反応するところまで持っていくとなると、普通のイメージトレーニングだけでそこまでできるものなのかという疑問は残る。
フィナはもう一度、アインへ「もう一本」と迫っているジンを見た。
昨日から今日まで、外から見ればたった一日しか経っていない。
その一日の中で、ジンはいったいどれだけ返し牙について考え続けていたのだろう。
ほんの少しだけ疑問は残った。
けれど今のフィナにとっては、それ以上深く考えるほどのものではない。
「もう一回」
「やらねえ!」
「一回だけ」
「さっきからそれしか言ってねえだろ!」
二人の声が訓練場に響き、フィナは結局、また笑った。




