第55話 調査報告
ベルクへ戻ったのは、夕方になってからだった。
北門をくぐる頃には昼間の明るさもかなり弱まり、街では仕事を終えた者たちが少しずつ家路につき始めている。そんな中、担架を運びながら門を抜けてきた三人に気づいた兵士が、すぐに駆け寄ってきた。
「負傷者か?」
「北の森で探してた冒険者の一人です」
アインが簡単に事情を説明すると、兵士はすぐに別の者を呼び、そのまま男を治療院へ運ぶことになった。
三人も付き添って中まで入ったが、担架を受け取った治療師たちが動き始めると、男がこちらを見た。
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫な奴は担架で運ばれないだろ」
アインが即座に返す。
男は何か言い返そうとしたものの、自分がまだ起き上がることすらできないことを思い出したのか、そのまま口を閉じた。
「魔力もほとんど残っていません」
フィナも横から念を押す。
「今日はちゃんと休んでください。少なくとも、自分で歩き回っていい状態ではありません」
「……分かった」
男は渋々頷いたあと、少しだけ表情を曇らせた。
「四人のこと、頼む」
「ああ」
アインが短く答える。
それ以上は何も言わず、三人は男が治療院の奥へ運ばれていくのを見届けると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇
「四人が消えた?」
報告を聞いたルーセルが眉を寄せた。
机を挟んだ向こうにはレオンも座っており、その前にはベルクを中心とした周辺地域の地図と、各方面から届いたらしい資料が何枚も広げられている。
「はい」
アインが答えた。
「正確には、消えるところを見たわけじゃありません。俺たちが遺跡を見つけた時には、五人のうち一人しか残っていませんでした」
「遺体は?」
「ありません」
「周囲に四人分の血痕や、戦った形跡は?」
「遺跡へ着く前には戦闘跡がありました。でも、そこから先で四人が殺されたと考えられるような痕跡は見つかってません」
ルーセルの表情がさらに険しくなる。
「その遺跡というのは?」
「これくらいの――」
ジンが両手を広げかけて。
途中で止まった。
「……これじゃ分からないか」
「全く分からんな」
「小さい建物でした」
ジンは手を下ろして言い直す。
「遺跡って聞いて想像するより、かなり小さいです。中もほとんど一部屋だけで、奥に黒い板みたいなものがついた装置が一つありました」
「内部に他の通路は?」
「見つかりませんでした。壁も床も調べましたけど、隠し通路みたいなものもなかったです」
レオンが資料から顔を上げる。
「その装置を動かしたのか?」
「俺たちは何もしてません」
「……何も?」
「はい」
ジンが頷く。
「触ってもないです。見てただけなのに、勝手に光りました」
レオンがゆっくり額へ手を当てた。
「それはそれで問題だな」
「だから言ったんですよ」
アインが横から口を挟む。
「何を?」
「正体不明の遺跡なんだから、余計なことするなって」
「何もしてないよ」
「しようとはしてただろ」
「今回は止められた」
「胸張るところじゃねえ」
「二人とも」
フィナが小声で止める。
ルーセルは一度咳払いをすると、話を戻した。
「それで、その装置が動いたあとに何が起きた?」
ジンたちは、遺跡で見たものを順番に説明していった。
床や壁に刻まれていた細い溝が光ったこと。
その光が装置へ集まるのではなく、逆に装置から外へ向かって広がっていたこと。
建物の外へ出たあとも、光が地面を伝い、いくつもの方向へ分かれながら森の奥まで続いていたこと。
そして。
黒い板に一瞬だけ。
複数の点と、それらを繋ぐ線のようなものが浮かんだこと。
「点と線?」
レオンが聞き返す。
「地図のようなものか?」
「分かりません」
ジンは首を振った。
「一瞬しか見えなかったし、文字もなかったです。でも、外へ伸びてた光を見たあとだと、何かの繋がりを表示してたようにも見えます」
「他の遺跡との繋がりか?」
「それもまだ分かりません」
ジンは即答した。
「ただ、あの小さい建物だけで全部終わってるようには見えませんでした」
レオンはしばらく考えていたが、やがて視線をフィナへ移した。
「そして、生存者から魔力が失われていた?」
「はい」
フィナが頷く。
「完全になくなっていたわけではありません。でも、普通に行動していてあそこまで減るとは考えにくい状態でした」
「本人は魔法を使ったのか?」
「使っていません。遺跡へ来る途中、魔物との戦闘で身体強化を少し使った程度だそうです。それだけでは説明できません」
「本人は何か感じていた?」
「遺跡の床が光った直後、身体の中が急に冷たくなって、力が抜けていったと言っていました」
レオンの指が、机の上で止まる。
「その時に魔力を失った可能性があると?」
「可能性はあります」
フィナは慎重に答えた。
「でも、それが遺跡に奪われたのか、別の何かに使われたのか、単純に流出したのかは分かりません」
「それだけじゃない」
アインが腰の袋から、布に包んだものを取り出した。
机の上で布を開く。
中から現れたのは、三つの小さな魔石だった。
「これは?」
「生存者が持っていた予備の魔石です。出発前に魔力を補充したばかりだったそうですが、確認した時には三つとも空になっていました」
ルーセルが一つを手に取り、光へかざすようにして確認する。
「割れてはいないな」
「はい」
フィナが頷いた。
「魔石は魔力を永久に閉じ込めておけるものではないので、時間が経てば少しずつ外へ抜けていきます。でも、出発前に補充した三つが、これほど短期間ですべて空になるのは不自然です」
「保管状態が悪かった可能性は?」
「それも考えました。でも、仮に自然に抜けたのであれば、その魔力は周囲へ戻るはずなんです」
「だが、あの場所は?」
「薄いままでした」
その一言で。
部屋が静かになった。
ルーセルは手の中の魔石へ視線を落としながら、少し考えてから口を開く。
「つまり、魔力そのものが消えた?」
「そこまでは言えません」
フィナはすぐに首を振った。
「分かるのは、元々あったはずの魔力が、今はそこにないということだけです」
「どこへ行ったのかは?」
「分かりません」
「……どこへ行った」
ジンが小さく繰り返した。
四人も。
魔力も。
どこへ行ったのか分からない。
同じ遺跡で起きた二つの出来事。
関係があるようには見える。
だが、まだそれだけで同じ原因だと決めることはできなかった。
ジンはそこで、机の上に広げられている地図へ目を向けた。
「他の場所は?」
アインも同じことが気になったらしく、地図へ身を乗り出した。
「俺たち以外にも、調査に出てた人たちがいるんですよね?」
「ああ」
ルーセルが手元の資料を一枚取り上げる。
「ちょうど、届いた報告を整理していたところだ」
そう言いながら、地図の東側へ指を移した。
「東へ向かった隊は、この辺りで魔物の数が極端に減っているのを確認している」
「減ってる?」
「ああ。普段なら複数の群れが確認される地域だが、今回はほとんど遭遇しなかったらしい」
「どこかへ逃げたんでしょうか」
フィナが尋ねる。
「可能性はある。ただ、移動先までは確認できていない」
次に、ルーセルの指が西側へ動く。
「西では、同行していた魔法使いが周辺魔力の異常を報告している」
フィナが地図へ身を乗り出した。
「どれくらいですか?」
「場所によって差があるそうだ。ほとんど変化を感じない場所もあれば、少し移動しただけで急に薄く感じる場所もあるらしい」
「そんなに局所的に……?」
「報告ではそうなっている」
アインが地図の下側へ視線を移した。
「南は?」
「今のところ、大きな異常は確認されていない」
ジンも地図を見つめた。
異常が一方向へ綺麗に広がっているわけではない。
魔力が薄くなっている場所。
魔物がほとんど姿を消した場所。
以前、灰色の肌を持つ女魔族と出会った南西の森。
今回見つけた、小さな古代遺跡。
そして。
魔物の群れが逃げ出し、グレドたち魔王軍が現れた北側。
「印つけてもいい?」
ジンが尋ねた。
「何にだ?」
「分かってる場所、全部」
ルーセルは少し考えたあと、机の端に置かれていた小さな駒をいくつか差し出した。
ジンはそれを受け取ると、まず今回見つけた遺跡の位置へ置き、続いて西の異常地点、東の魔物が減った地域、以前調査した南西の森、そして北側で大規模な異変が起きた場所へ順番に置いていった。
全員が、その配置を見る。
しばらく。
誰も何も言わなかった。
「……分からんな」
最初に口を開いたのはアインだった。
「うん」
ジンもすぐに答える。
「お前が即答すると逆に不安になるな」
「何でだよ」
「何か思いついてるのに黙ってる時あるだろ」
「今回は本当に分からない」
ジンはそう言いながら、地図へ少し顔を近づけた。
点はいくつもある。
だが、それだけだった。
それぞれの異常が何を意味しているのかも。
どれとどれが同じ原因なのかも。
今の情報だけでは、その間を繋ぐものが見えない。
「確認してない場所が多すぎる」
「そういうことだ」
レオンが頷いた。
「現時点で無理に規則性を見つけようとするべきではない。点が少なすぎる状態で線を引けば、都合のいい形に見えてしまう」
ジンが地図から顔を上げる。
「じゃあ、あの遺跡はどうします?」
「まず記録を調べる」
ルーセルが答えた。
「この周辺で過去に確認されている遺跡と照合する。似た構造や記録が残っていないかを確認して、それでも分からなければ専門家へ回すしかない」
「専門家?」
「古代遺跡を専門に研究している者たちだ。ベルクには常駐していないが、王都には専門の研究機関がある」
その瞬間。
ジンの目が僅かに輝いた。
「行ってみたい」
「まだ行くとは言っていない」
「でも――」
「ジンさん」
フィナに名前を呼ばれ。
ジンは口を閉じる。
「……はい」
「今日はもう休みましょう」
「はい」
アインがその様子を見て笑った。
「やっぱフィナにだけ素直だな」
「そんなことない」
「俺が一人で遺跡行くなって言った時、結構粘っただろ」
「状況が違う」
「何が?」
ジンは少し考える。
「……気分?」
「同じじゃねえか」
そのやり取りに、張り詰めていた部屋の空気が僅かに緩んだ。
だが。
問題そのものが消えたわけではない。
机の上には。
魔力を失った三つの魔石が残っている。
北の森では四人の冒険者が、今も行方不明のまま。
その近くで見つかった古代遺跡が、何をしたのかも分かっていない。
そして地図には。
魔物の減った場所。
魔力の薄くなった場所。
土地に異変が起きている場所が。
少しずつ。
増え始めていた。




