第42話 時間稼ぎ
「次は私が出ます」
二人目が前へ出た。
細身の男だった。
青い外套をまとい、右手には細長い杖を持っている。
「セイル……」
軍の指揮官が名を呼ぶ。
セイルは倒れたバルドと入れ替わるように前へ進みながら、グレドとの距離を十分に取った。
「近距離で勝てないなら、近づかなければいい」
その足取りに迷いはない。
周囲の兵士たちからも、先ほどまでとは違う声が上がり始める。
「セイルなら……」
「いけるぞ」
「あいつはこの街でも指折りの魔法使いだ」
ジンは前へ出た男を見ながら、隣のアインへ尋ねた。
「強い?」
「かなりな」
アインが答える。
「少なくとも、俺より魔力量はずっと多い」
「それ比較になる?」
「うるせえな」
そんな二人のやり取りをよそに、セイルはグレドへ杖を向けた。
「始めるぞ」
グレドが言う。
「言われなくても!」
セイルの周囲へ水が集まり始める。
一つではない。
三つ。
空中へ浮かんだ水の塊は頭ほどの大きさまで膨らみ、その周囲を冷たい風が渦巻いた。
急速に熱を奪われた表面が白く曇り、そのまま中心へ向かって凍結していく。
「氷球!」
三つの氷塊が同時に放たれた。
一つは正面から。
残る二つは左右へ大きく広がり、弧を描きながらグレドへ向かっていく。
「曲がるのか」
ジンが三つの軌道を視野に入れる。
グレドは大盾を前へ出した。
最初に正面から来た氷球が盾へ激突し、砕ける。
続いて右。
グレドは身体の向きを僅かに変え、二発目も盾で受けた。
氷が散る。
最後に左から回り込んできた三発目へは槍を使い、柄を斜めに触れさせて軌道だけをずらした。
氷塊はグレドの身体を外れ、そのまま地面へ激突する。
「槍にも盾にも」
アインが呟いた。
「ああ」
ジンは攻撃そのものではなく、グレドの身体を走る黒い光を見ていた。
盾で受ける瞬間には盾へ。
槍を使う瞬間には槍へ。
両方を常に強化しているわけではない。
「ずっと流してない」
「直属の連中と同じだな」
「多分」
ジンはグレドを見る。
「あの人が教えたんだと思う」
◇
「まだだ!」
セイルがすぐに次の魔法へ移る。
杖を振り上げると、その頭上へ十数本の細い氷が形成され、それぞれが異なる角度からグレドへ先端を向けた。
「氷矢!」
一斉に放たれる。
正面。
左右。
斜め上。
複数方向から氷の矢が殺到する。
「これは盾だけじゃ無理だろ」
アインが言った。
「……いや」
ジンの目が細くなる。
グレドは大盾を構えた。
だが。
真正面へ向けていない。
僅かに傾けている。
一本目の氷矢が盾へ当たる。
ガッ。
砕けない。
盾の表面を滑り、そのまま横へ逸れていった。
「……」
ジンが僅かに身を乗り出す。
二本目。
グレドが盾の角度を変える。
また横へ流れる。
三本目。
今度は身体ごと僅かに向きを変え、盾へ当たる角度そのものを変えた。
盾で覆えない一本だけは、頭を少し傾けて避ける。
「受けてない」
ジンが呟く。
「何?」
「盾で止めてない」
アインもその動きを追う。
氷矢が当たる瞬間に盾を僅かに傾け、真正面から力を受けず、攻撃が進もうとする方向だけを横へ逃がしている。
「流してる」
ジンの口元が僅かに上がった。
「うまい」
「また嬉しそうだなお前」
「だって上手いから」
「敵だぞ」
「敵でも上手いものは上手い」
「お前、本当にそういうところ変わらねえな」
◇
だが、セイルも止まらなかった。
「だったら――!」
杖を地面へ突き立てる。
その瞬間、セイルを中心に冷気が一気に広がり、地面の上を薄い霜が走った。
空気中の水分まで白く霞み、そのすべてが頭上へ吸い寄せられるように集まっていく。
「おい……」
兵士の一人が空を見上げた。
「でかくないか?」
氷はさらに膨らむ。
人の頭ほどだったものが。
人間一人分へ。
さらに。
それ以上へ。
やがてセイルの頭上には、数人まとめて押し潰せそうな巨大な氷塊が浮かんでいた。
「これなら!」
セイルが杖を振り下ろす。
「流せないだろ!」
巨大な氷塊が落下する。
真下にはグレド。
「どうする?」
アインが呟いた。
グレドは逃げなかった。
大盾を頭上へ掲げる。
同時に、それまで槍を覆っていた黒い光が消え、鎧の表面を覆っていた魔術の光まで薄くなっていった。
そして。
そのすべてが。
盾へ集まる。
「……集中させた」
ジンが言った。
大盾の表面が黒く染まる。
直後。
巨大な氷塊が激突した。
ドォン!
地面が揺れた。
氷が爆ぜ、白い破片が周囲へ飛び散る。
衝撃にグレドの足元が沈み、土が大きく抉れた。
「グレド様!」
魔族側から声が上がる。
砕けた氷が白い霧となり、周囲を覆った。
誰もがその中心を見る。
やがて。
霧の中から。
黒い大盾が現れる。
「……嘘だろ」
兵士が呟いた。
グレドは立っていた。
盾にも腕にも、目立った傷はない。
ただ。
初めて。
その足だけが、元の位置から一歩分後ろへ下がっていた。
「動いた」
ジンが言う。
「……ああ」
アインも少し笑った。
「セイル、やるじゃねえか」
人間側から歓声が上がる。
「退いたぞ!」
「今ので一歩!」
「条件は退かせればだろ!」
だが。
「違う」
ジンが言った。
「何が?」
「今のは、攻撃を受けて下がっただけだ」
「同じじゃねえの?」
「多分、グレドが言ってる『退かせる』って」
ジンは霧の向こうに立つ男を見る。
「戦うのをやめさせるって意味だと思う」
まるでその言葉が聞こえていたかのように、グレドがゆっくり盾を下ろした。
「見事だ」
セイルを見る。
「今の一撃は重かった」
「だったら……」
セイルが荒くなり始めた呼吸を整える。
「もう一度だ」
杖を持ち上げる。
「今度こそ――」
魔力を集める。
そのはずだった。
「……?」
杖の先で小さな光が明滅した。
そして。
消える。
「何だ?」
セイルが眉を寄せた。
もう一度、杖を向ける。
「氷槍!」
魔法陣が浮かぶ。
だが。
水が集まらない。
「……え?」
セイルは一度、自分の杖へ視線を落とした。
「氷槍!」
もう一度。
それでも。
何も起きない。
「どうした?」
周囲の兵士たちがざわつき始める。
「セイル!」
「撃て!」
「……待って」
フィナの表情が変わった。
そして。
セイル自身も気づいた。
杖から視線を外し、自分の手を見る。
「魔力が……」
呼吸が乱れる。
「戻ってない……?」
そのまま。
膝をついた。
◇
グレドは動かなかった。
今のセイルなら、槍の間合いへ入れば簡単に倒せる。
それでも。
一歩も近づかない。
「立てるか」
グレドが尋ねる。
「……まだ」
セイルは杖を支えにして立ち上がろうとする。
だが、脚へ力が入らず、途中でまた身体が沈んだ。
大量の魔力を一気に消費した反動。
そして。
本来ならその間にも少しずつ戻るはずの魔力が、ほとんど補充されていない。
「くそ……」
「もういい!」
軍の指揮官が叫んだ。
「セイル、下がれ!」
「まだ……!」
「死ぬ気か!」
セイルが歯を食いしばる。
それでも。
身体は動かなかった。
グレドは槍の石突きを静かに地面へ戻す。
「二人目」
魔族側から声が上がる。
グレド自身はセイルを追撃せず、ただ一言だけ告げた。
「勝負はついた」
フィナがすぐにセイルへ駆け寄り、倒れそうになる身体を支えながら状態を確認した。
「魔力切れです」
「やっぱり?」
ジンが尋ねる。
「はい。でも……早すぎます」
フィナはセイルを支えたまま、周囲へ意識を向ける。
「セイルさんは確かに大量の魔力を使いました。でも、本来なら戦っている間にも、もう少し周りから補充されるはずなんです」
「この辺の魔力が薄いから?」
「多分」
フィナが頷く。
「使った分に、回復が追いついてません」
ジンは黙って森へ目を向けた。
魔物たちが逃げてきた森。
薄くなった周辺の魔力。
戻りの遅い魔力。
同じ方向へ逃げてきたグレイウルフやタスクボア、クラウンディア。
そして。
この場所で大きな魔法を使えば使うほど、人間側から先に動けなくなっていく。
「……」
別々に見えていたものが。
少しずつ。
同じところへ繋がり始めている。
だが。
今はまだ。
「三人目はどうした」
グレドの声が響いた。
◇
人間側が静まり返る。
残りは一人。
誰かが出なければ。
この勝負は終わる。
「ジン」
アインが小さく呼んだ。
「……うん」
ジンはグレドを見たまま答える。
「俺が行く」
「勝てる?」
「今は無理」
「即答かよ」
「でも」
ジンは少し考えたあと、目を閉じる。
「ちょっと時間欲しい」
アインの眉が動く。
「どれくらい」
「三分」
「長ぇよ」
「お願い」
「……」
アインはグレドを見る。
三分。
普段なら短い。
だが、この状況で何もせず三分待たせるには長すぎる。
そもそもグレドが待つ保証すらない。
そう考えている間に。
ジンの目はもう閉じていた。
「先に聞けよ!」
返事はない。
「くそ……」
アインは頭を掻き、フィナを見る。
「フィナ」
「はい?」
「ジン見てろ」
「アインさんは?」
「三分稼ぐ」
「どうやって?」
「知らん」
「えぇ……」
アインが一人で前へ出た。
◇
白い世界。
何もない修練空間の中で。
ジンは、これまで目にしたグレドの動きを頭の中へ並べていた。
これはグレド本人ではない。
実際に戦った相手として登録された再現でもない。
ここまで観察した情報から、自分で組み立てた仮の動き。
槍の間合い。
穂先の位置。
魔術を切り替えるタイミング。
盾の角度。
歩き方。
重心。
それらを一つずつ当てはめていく。
目の前に。
仮のグレドを置く。
「……やろう」
槍が来る。
腹。
右へ避ける。
穂先が追う。
左へ切り返す。
やはり追う。
剣で払う。
槍へ魔術。
動かない。
次の瞬間には穂先が戻り。
腹へ刺さった。
景色が途切れる。
状態初期化。
「もう一度」
踏み込む。
槍を叩く。
動かない。
押す。
押し返される。
内側へ潜る。
柄で止められる。
初期化。
「もう一度」
何度繰り返しても。
槍先が腹の前から消えない。
「……違うな」
ジンは一度、剣を下ろした。
自分はずっと。
槍をどかそうとしている。
だから。
相手と力がぶつかる。
「どかさない」
もう一度近づく。
今度は剣を振らない。
槍の柄へ。
静かに触れる。
カチ。
接点を切らない。
押さない。
ただ触れた圧だけを残し、そのまま僅かに上へ導く。
槍が少し動いた。
「……」
初期化。
もう一度。
強い。
抵抗される。
初期化。
弱い。
接点が切れる。
初期化。
触れる。
圧を残す。
僅かに上へ。
そのまま少し引く。
槍が追う。
腕が追う。
肩が追う。
そして。
仮のグレドの重心が。
ほんの僅か。
前へ浮いた。
「これだ」
◇
「三人目はお前か」
現実では、グレドが前へ出てきたアインを見ていた。
「いや」
「なら何だ」
「待ってる間、暇だろ?」
「……」
「ちょっと話そうぜ」
人間側から、何とも言えない空気が流れた。
グレドも数秒黙ってアインを見る。
「俺は戦いに来たのだが」
「知ってる」
「話をするためではない」
「でも三人まで受けるって言っただろ」
「言った」
「まだ三人目が決まってない」
「……」
「なら待つしかない」
グレドがアインを見る。
アインも平然と見返す。
しばらくして。
「屁理屈だな」
「よく言われる」
グレドの口元が、ほんの僅かに緩んだ。
「いいだろう」
「助かる」
「何が聞きたい」
そこまで来ると、アインの表情から笑みが消えた。
「じゃあ」
一拍。
「なんでここまで来た」
周囲が静かになる。
グレドはすぐには答えなかった。
やがて。
「人間側が境界を越えた」
「境界?」
「北の森。そのさらに奥だ」
グレドは森へ視線を向ける。
「かつて双方が立ち入らぬと決めた土地へ、人間の調査隊が入った」
軍の指揮官の表情が変わる。
「そんな話は聞いていない」
「ならば、お前たちの上層部が隠しているのだろう」
「証拠は?」
「ある」
グレドは即答した。
「だが、今ここで見せられるものではない」
アインが少し考える。
「その調査隊を追って、ここまで来た?」
「それだけではない」
「他にも?」
「境界付近で、魔物の動きが変わっている」
アインの目が細くなる。
「いつから」
「少し前からだ。だが近頃、急激に悪化した」
「……」
アインも森を見る。
種類も縄張りも違う魔物たちが。
同じ方向へ逃げてきた。
「魔物が人間側へ逃げてるのも?」
「原因を調べている」
「お前らが追い立ててたわけじゃない?」
グレドの眉が僅かに動いた。
「我々から見れば、お前たちが何かをした可能性もある」
「……なるほど」
どちらも。
相手が原因かもしれないと思っている。
「じゃあ、もう一つ」
「何だ」
「お前の上には誰がいる?」
魔族兵たちが僅かにざわつく。
「アインさん」
後ろからフィナの声が飛んだ。
「それ聞くんですか?」
「時間稼ぎだからな」
「言っちゃった!」
グレドがアインを見る。
「正直だな」
「隠してもしょうがないだろ」
グレドは一度だけ鼻から息を吐いた。
「北方軍を統括するのは、魔王軍四天王の一人だ」
今度は人間側がざわめいた。
「四天王……」
「本当にいるのか……」
アインは構わず続ける。
「名前は?」
「今のお前たちが知る必要はない」
「じゃあ魔王は?」
「無論、存在する」
「どんな奴?」
その瞬間。
魔族兵たちの空気が変わった。
だがグレドが片手を上げる。
それだけで静まる。
「俺が軽々しく語れる方ではない」
「忠誠心高いね」
「それだけではない」
グレドは短く答えた。
◇
アインがちらりと後ろを見る。
ジンはまだ目を閉じている。
「……」
長い。
三分。
普段なら、あっという間だ。
今は。
異様なほど長い。
「もう質問はないのか」
グレドが言った。
「ある」
「何だ」
「好きな食べ物は?」
「……」
沈黙。
フィナが顔を覆った。
「アインさん……」
「もう聞くことねえんだよ!」
「俺も答えることがない」
「なんかあるだろ!」
「戦場で聞くことか?」
「時間稼ぎだっつってんだろ!」
「それもそうだったな」
グレドが妙に納得する。
だが。
そろそろ限界だった。
「十分待った」
グレドが槍を持ち上げる。
「三人目がいないのであれば――」
「待て」
アインが止める。
「まだいる」
「どこに」
「……」
アインの視線がゆっくり横へ動く。
グレドも、それを追う。
そこにいたのは。
何本もの縄とワイヤーで縛り上げられた、巨大なタスクボア。
先ほど捕らえた。
変異個体。
「……」
グレドはタスクボアを見て。
アインを見る。
もう一度。
タスクボアを見る。
「まさか」
「フィナ」
「本当にやるんですか!?」
「頼む」
「何をです!」
「回復」
「食べる予定の魔物を!?」
「元気な方が走るだろ!」
「理由がおかしいです!」
それでもフィナは慌ててタスクボアへ駆け寄った。
「もう……!」
杖を構え、まずは傷ついている前脚へ意識を集中させる。
淡い光が傷口を包んだ。
矢傷。
転倒した時の裂傷。
拘束されるまでに負った傷が、少しずつ閉じていく。
「ブフッ……」
タスクボアの鼻息が変わった。
治った前脚へ力が戻り、縄の中で巨大な身体が身じろぎする。
ギシッ。
縄が軋んだ。
「お、おい!」
近くにいた兵士が後退する。
「何してる!」
「魔物を回復させるな!」
「大丈夫です!」
フィナが必死に答える。
「多分!」
「多分なの!?」
アインは短く舌打ちすると短刀を抜き、拘束している縄へ刃を当てた。
「じゃ」
一息。
「行ってこい」
「待っ――」
刃が走る。
縄が弾けた。
「ブオオオオオオッ!」
解放された変異個体が跳ね起きる。
その瞬間。
周囲の兵士たちが一斉に散った。
「うわあああ!」
「なんで放した!」
「アイン!」
「知らん! 走れ!」
「あなたがやったんでしょう!」
だが。
タスクボアの視線は、逃げる兵士たちへ向かなかった。
真正面。
黒い鎧。
巨大な盾。
グレド。
「ブオオオオオッ!」
地面を蹴り。
巨体が一直線に突進した。
◇
「……なるほど」
グレドが低く呟く。
変異個体が迫る。
十メートル。
五メートル。
巨大な牙が空気を裂く。
グレドは大盾を構えた。
「グレド様!」
魔族兵が叫ぶ。
次の瞬間。
激突。
ドォン!
轟音が響く。
だが。
グレドは真正面から受けていなかった。
盾を僅かに傾けている。
タスクボアの牙が盾へ当たった瞬間、その表面を滑るように横へ流れた。
「ブオッ!?」
頭がずれる。
その動きを追うように肩が動く。
前脚の着地点までずれ、全力で前へ進んでいた巨体が、自分自身の勢いによって横へ流されていく。
「……同じだ」
アインが小さく呟いた。
さっきセイルの魔法を流した時と同じ。
相手が氷でも。
魔物でも。
関係ない。
力そのものを受け止めず。
進もうとする方向だけを変えている。
グレドはそこへ半歩踏み込み、槍の柄をタスクボアの首元へ当てた。
押し込まない。
すでに前へ流れている身体へ。
ほんの僅か。
下方向への力を足す。
その瞬間。
前脚が崩れた。
ドォン!
巨体が地面へ倒れ込み、土煙が舞い上がる。
「ブオッ!」
タスクボアがすぐに起き上がろうとする。
だが。
その首の横へ槍の穂先が静かに置かれた。
動けば。
刺さる。
その距離。
タスクボアの動きが止まった。
グレドも刺さない。
ただ。
動けばどうなるかを示しているだけだった。
バルドの時と同じ。
「見事な魔物だ」
グレドが静かに言う。
「だが」
ゆっくりアインを見る。
「これが三人目か?」
「いや」
アインは即答した。
「違うのか」
「ああ」
アインが後ろを見る。
そして。
笑った。
「時間は充分稼げた」
◇
白い世界。
ジンは何度目か分からない試行を繰り返していた。
槍へ触れる。
押さない。
接点だけを残す。
そこから上へ。
さらに僅かに引く。
槍が追う。
腕が追う。
肩が追う。
身体が追う。
重心が。
僅かに前へ抜ける。
「よし」
そこから槍の内側へ入る。
次は盾。
拳を打ち込む。
流される。
初期化。
前蹴り。
流される。
剣。
これも流される。
「……盾を動かさせたら駄目だ」
さっきのセイル戦でも見た。
グレドは力を真正面から受けない。
盾の角度を変え。
流す。
なら。
流させなければいい。
真正面から。
受けさせる。
「そのためには……」
相手自身に。
避けるでも。
流すでもなく。
受け止めることを選ばせる。
「……そこは」
ジンは仮のグレドを見る。
「本番でやる」
次に盾そのものを見る。
盾。
腕。
肩。
身体。
魔術によって強く繋がっている。
なら。
壊す必要はない。
盾を抜けなくても。
その先へ。
力が届けばいい。
「……これしかない」
ジンは残り時間を見る。
「戻ろう」
◇
ジンが目を開けた。
「……」
最初に見えたのは。
地面へ倒れている巨大なタスクボア。
その首元へ槍を置いているグレド。
次に。
アイン。
フィナ。
周囲の兵士たち。
「何してるの?」
「お前の時間稼いでたんだよ!」
アインが怒鳴った。
「タスクボア使った?」
「使ったよ!」
「食べるのに」
「お前のせいだろ!」
フィナがほっと息を吐く。
「ジンさん」
「うん」
「大丈夫ですか?」
「多分」
「多分……」
ジンは剣を取った。
そして。
グレドへ向かって歩き始める。
その進路にいた兵士たちが、何も言わず自然と左右へ分かれていった。
グレドもタスクボアの首元から槍を引き、近づいてくるジンへ身体を向ける。
「お前か」
「うん」
ジンが足を止める。
「三人目は俺」
「名は?」
グレドが槍を構える。
「ジン」
「そうか」
槍先が真っ直ぐ。
ジンの腹へ向けられた。
「ずいぶん待たせたな、ジン」
「待ってくれてありがとう」
「構わん」
グレドの口元が僅かに上がる。
「退かせてみろ」
ジンは剣を抜いた。
「やってみる」
槍と剣。
二人の間に。
静かな距離が生まれる。
三人目。
最後の勝負が。
始まる。




