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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第37話 広がる異変

 翌朝。


 ベルクの空気は、昨日までとは少しだけ違っていた。


 北門には見慣れない数の兵士が配置され、冒険者ギルドの掲示板からは北方面へ向かう依頼がほとんど消えている。完全に何かが起きた後の街の空気だった。


「本当に封鎖したんだな」


 ジンが掲示板を見ながら言う。


「ああ。北の森だけじゃない」


 アインは残っている依頼書を順番に確認した。


「北東側も一部制限されてる」


 フィナが周囲を見回す。


「皆さん、魔王軍が来ると思ってるんでしょうか」


「そりゃそうなる」


 アインもギルド内へ視線を向けた。


 昨日持ち込まれた話は、すでに冒険者たちの間へ広がっている。


 ただし、正確な形ではなかった。


「北で魔族が出たらしいぞ」


「魔王軍だって話だ」


「偵察じゃないのか?」


「いや、もう王国軍が動くらしい」


「北から攻めてくるって聞いたぞ」


 事実と噂と憶測が混ざり合い、どこまでが本当なのか分からなくなっている。


「こういう時って」


 ジンがそれを聞きながら言う。


「本当の情報、分からなくなるな」


「だから噂は嫌なんだ」


 アインが答えた。


「一個事実があれば、十個くらい尾ひれがつく」


「アインさん、こういう時は冷静ですね」


「慣れてるだけだ」


「昔?」


「……」


「聞いてません」


「なら言うな」


    ◇


「ジン」


 背後から声を掛けられ、三人が振り返る。


 昨日も話した受付職員が立っていた。


「お前ら、支部長代理が呼んでる」


 それを聞いた瞬間、アインが露骨に嫌そうな顔をした。


「ほら来た」


「今度は何だろ」


「良い話じゃない方に十枚」


「賭けないよ」


    ◇


 案内されたのは、昨日と同じ会議室だった。


 ただし、今日は明らかに人数が増えている。


 支部長代理と受付職員。


 王国兵が二人。


 そして、その隣には見覚えのない男が一人座っていた。


 長身で、使い込まれた革鎧を身につけ、背中には長剣を背負っている。


「冒険者?」


 ジンが小声で聞く。


「多分な」


 アインは男の胸元を見た。


 そこに下げられている冒険者証は、ジンたちが持っているものとは色が違う。


「上位だ」


「分かる?」


「ああ。証の色が違う」


「へえ」


「後で聞け」


「はい」


「座れ」


 支部長代理が机を指す。


 三人が席につくのを待ってから、男は本題へ入った。


「まず、昨日の件についてだ」


 一度、室内全体を見回す。


「正式に、魔族による活動と判断した」


 フィナの表情が僅かに硬くなる。


「魔王軍ですか?」


「そこまでは確定していない。だが、可能性は高い」


「理由は?」


 ジンが尋ねる。


「印だ」


「……」


 アインの目が僅かに細くなった。


「やっぱり知ってたんだ」


 支部長代理も、その言葉から逃げるつもりはないらしい。


「一部だけだ」


「昨日は見覚えがないって言ったよな」


「言った」


「嘘ついた?」


「情報が足りなかった」


「便利な言い方だな」


「アイン」


 フィナが小声で止める。


 だが、支部長代理は特に怒った様子もなかった。


「お前が不満を持つのは分かる。だが、魔族が使用する符牒や標識は、不用意に広めるような情報じゃない。下手に知られれば混乱を招く」


「それで?」


 アインが聞く。


「あの印は何なんだ」


「境界を示すために使われる印の一つだ」


「境界?」


「魔族側が活動区域、あるいは警戒区域を示すために使うことがある」


「じゃあ」


 ジンが口を挟む。


「あの森を、自分たちの領域だって言ってる?」


「そうとは限らん」


 支部長代理はすぐに否定した。


「進入禁止、危険区域、監視対象。使われ方はいくつか確認されている」


「どれなの?」


「完全には分からん」


「便利じゃない印だな」


「少なくとも、お前のノートよりは公的な意味がある」


「見たことあるの?」


「昨日提出しただろ」


「そうだった」


    ◇


「それで」


 アインが腕を組む。


「俺たちを呼んだ理由は?」


「二つある」


 支部長代理はそう答えると、壁に掛けられた地図へ視線を移した。


「一つ目。昨日出した調査班から追加情報が入った」


「何があった?」


「森にいる魔族たちは、何かを探しているらしい」


「探してる?」


「正確には、何かを確認しながら移動している」


 支部長代理は席を立ち、壁の地図へいくつか印をつけていく。


「この地点。それからここ。さらにここだ」


 赤く示された場所は、一箇所ではない。


「この全てが、周辺で魔力低下の報告が出た場所とほぼ一致している」


 三人が地図を見る。


「偶然でしょうか」


 フィナが尋ねる。


「分からん」


 支部長代理は首を振った。


「ただ、魔族側が魔力低下の発生地点を把握している可能性はある」


「じゃあ」


 ジンは昨日の会話を思い出した。


「あいつら、やっぱり知ってるんじゃない?」


「何をだ」


「森がおかしくなってる理由」


 支部長代理は少し黙った。


 そして今回は、否定しなかった。


「その可能性はある」


    ◇


「二つ目だ」


 支部長代理が机へ一枚の紙を置いた。


「昨日、北側だけではなく西側でも、魔物の群れが街側へ移動していることが確認された」


 紙には簡単な地図が描かれ、複数の矢印が外側からベルクへ向かっている。


「……寄ってきてる」


 ジンが呟く。


「ああ。ただし、南側ではまだ同じ動きは確認されていない」


 ジンは地図を見ながら順番に確認する。


「北、北東、西」


 そして、下へ視線を移す。


「南は普通」


「今のところはな」


「偏ってる」


「そうだ」


 支部長代理は三人を見る。


「だから、お前たちには南西側の調査を頼みたい」


「俺たちに?」


 アインが聞き返す。


「北はすでに立入禁止だ。上位の調査班もそちらへ回している。だが、南西側はまだ危険区域に指定されていない」


 地図上の南西を指す。


「魔力低下があるか。魔物の移動が起きているか。植物に異常はないか。原因不明の死骸があるか。北側と同じ兆候が出ていないか、それだけ確認してこい」


「普通の調査?」


「普通だ」


 その言葉を聞いた瞬間、アインの表情がほんの少しだけ明るくなった。


「今度こそ?」


「魔族と接触した場合は即時撤退しろ。戦うな」


「よし」


 アインが即座に頷く。


「それなら受ける」


「お前、本当に戦いたくないんだな」


「当たり前だろ」


    ◇


 会議室を出ると、フィナが受け取った依頼書を見ながら言った。


「南西ですか」


「昨日は南だったな」


 ジンも頭の中で方角を並べる。


「じゃあ位置的には、異常が出てる西側と、普通だった南側の間?」


「そうなるな」


 アインが答えた。


「境目を見るにはちょうどいい」


「アイン」


「何だ」


「今ちょっと研究者っぽかった」


「お前にだけは言われたくない」


    ◇


 今回の準備は、前回より少し慎重だった。


「水、食料、短刀、薬、ワイヤー、油…」


 アインが荷物を確認しながら順番に読み上げる。


「フィナ。魔力は?」


「今日は大丈夫です」


「身体の重さも?」


「ありません」


「よし」


 続いてジンを見る。


「ジン」


「ノート」


「それ以外」


「水、食べ物、短剣」


「短剣?」


 アインの手が止まった。


「使えるようになったのか?」


「最低限」


「誰に教わった」


「見て覚えた」


「そういう覚え方やめろ」


「一応練習したよ」


「後で見る」


「試験?」


「事故防止だ」


    ◇


 三人は南西門からベルクの外へ出た。


 この辺りにはまず草原が広がり、その先に低い丘が続いている。さらに丘を越えた向こうに、目的地となる森が見えていた。


「魔力は?」


 歩き始めてすぐ、ジンがフィナへ尋ねる。


 フィナは一度足を止め、周囲へ意識を向けた。


「普通です」


「戻りも?」


「問題ありません」


「植物は?」


「元気そうです」


 ジンがすぐにノートを取り出す。


「早いな」


「比較だから」


「まあ今回は許す」


「いつからアインの許可制になった?」


    ◇


 しばらく歩いたが、特に異常はなかった。


 鳥もいる。


 虫も飛んでいる。


 小型の魔物の痕跡もあり、草木にも目立った異変は見られない。


「普通だな」


 アインが言う。


「いいことですよね?」


「もちろん」


 フィナも少し安心したように笑った。


「じゃあ、異常は北側だけ?」


 ジンが言うと、アインがすぐに止める。


「まだ決めるな。西でも出てる」


「そうだった」


「もう少し進むぞ」


    ◇


 一時間ほど歩き、低い丘を越えて森へ入った頃だった。


「……」


 先頭近くを歩いていたフィナの足が、僅かに遅くなる。


「どうした?」


「まだ……」


 一度首を振る。


「大丈夫です」


「まだ?」


 ジンが聞き返す。


 フィナは周囲を見回しながら、感覚を確かめるように答えた。


「なんとなくですけど、少しだけ薄くなったような……」


 アインも周囲を見る。


「俺には分からんな」


「ジンさんは?」


「ゼロ」


「あ……そうでした」


「悲しい言い方するな」


    ◇


 そこからさらに十分ほど進んだところで、フィナが完全に足を止めた。


「……ここ」


「明らか?」


「はい」


 周囲へ意識を向けたまま頷く。


「北の森ほどではありません。でも、南側よりは確実に薄いです」


「植物は?」


 三人で周囲を見る。


 木は立っている。


 草も生えている。


 まだ枯れてはいない。


 だが、ジンが近くの枝から葉を一枚取り、光へ透かす。


「少し……色薄い?」


「ですね」


 フィナも覗き込んだ。


 一方、アインは地面へしゃがみ込んでいる。


「足跡もある」


「魔物?」


「ああ」


「どっち向き?」


 アインは痕跡を追うように視線を動かした。


「街側だな」


「また」


 ジンが呟く。


「こっちもか」


「そう見える」


    ◇


 三人はその場で地図を開き、確認した位置へ印をつけた。


「南西にも兆候あり」


 ジンが書き込む。


「でも、北より弱い」


「そうだな」


 その記録を見ながら、フィナが小さく呟いた。


「……広がってるんでしょうか」


 二人がフィナを見る。


「何が?」


「魔力が薄い場所です」


 フィナは地図へ視線を落とす。


「北だけじゃなくて、西にも、北東にもあって……それから、ここにもある」


「……」


「もし全部同じものだとしたら」


 ジンも地図を見る。


 点。


 点。


 点。


 離れているようで、どこか繋がっているようにも見える。


「広がってる」


 ジンが言う。


「かもしれない」


    ◇


 その時だった。


 アインが突然片手を上げた。


「止まれ」


 二人がすぐに足を止める。


「何?」


「静かに」


 声が低い。


 アインは森の右前方を見たまま、腰の短刀へ手を掛けた。


 抜いてはいない。


 だが、いつでも動ける。


 ジンも自然に姿勢を整え、フィナは杖を握り直した。


 風が葉を揺らす。


 それ以外の音は聞こえない。


「どこ?」


 ジンが小声で尋ねる。


「右前」


「距離は?」


「分からん」


 数秒。


 何も起きない。


 だが。


 ガサッ。


 木々の間で、一つだけ葉が大きく揺れた。


 何かが横切る。


「いた」


 ジンが言う。


「見えた?」


「一瞬。人型」


「角は?」


「分からない」


 アインもその方向へ身体を向ける。


「追うな」


「追わない」


「珍しいな」


「調査だから」


「成長したな」


「それアインが言う?」


    ◇


 だが。


 影は逃げなかった。


 少し離れた木の向こうで止まり、そのままこちらを見ている。


「……」


 三人も動かない。


 向こうも動かない。


「出てこい」


 アインが声を掛ける。


 返事はない。


「人間か?」


 それでも何も返ってこない。


 数秒の沈黙のあと。


 木の陰から、一人の人物がゆっくり姿を現した。


 女だった。


 長い耳。


 灰色がかった肌。


 人の姿には近い。


 だが、人間ではない。


 腰には細身の剣。


 背中には短弓。


 そのどちらにも手を掛けず、女はただ冷静な目でこちらを見ていた。


「……魔族」


 フィナが小さく呟く。


 女の視線がフィナへ移り、次にアイン、最後にジンを見た。


「三人」


 そこで初めて口を開く。


「北の森へ入った人間だな」


 三人の表情が変わった。


「見てたのか?」


 アインが尋ねる。


「見ていた」


「なんで襲わなかった」


「必要がなかった」


 即答だった。


「今は?」


「同じだ」


 女は武器へ手を伸ばさない。


 それを確認してから、ジンが尋ねる。


「じゃあ、何しに来た?」


「警告だ」


「また?」


 女は少しだけ目を細めた。


「北だけではない。この先も、もう長くは保たない」


「何が?」


 ジンが聞く。


 女は一度だけベルクの方角へ視線を向けた。


「土地が」


 そして戻す。


「死に始めている」


    ◇


 フィナが息を呑んだ。


「魔力が薄くなってることですか?」


 その問いに、女の表情がほんの僅かに変わる。


「気づいたか」


「何が起きてるんですか?」


「フィナ」


 アインが一度制する。


 だが、女は質問そのものを拒まなかった。


「奪われている」


「誰に?」


 ジンがすぐに聞く。


 女の視線が、もう一度ベルクの方角へ向いた。


 ここから街は見えない。


 それでも。


 その先に何があるのか。


 ジンは知っている。


 巨大な防壁。


 その内側に築かれた都市。


 そして。


 古代遺跡。


「……」


 女は何も言わない。


「遺跡?」


 ジンがぽつりと言った。


 その瞬間。


 女の目が僅かに変わった。


 ほんの一瞬。


 だが、ジンは見逃さなかった。


「やっぱり」


「待て」


 アインが止める。


「まだ決めるな」


「でも反応した」


「反応しただけだ」


 すると女が小さく笑った。


「そっちの男は、少しは頭が回るらしい」


「褒められた」


「今喜ぶところじゃない」


    ◇


「じゃあ」


 ジンはさらに尋ねる。


「遺跡が魔力を奪ってる?」


「答える義理はない」


「さっき結構答えたのに」


「警告はした。それ以上は我々の任務ではない」


 女の手が、ほんの僅かに腰の剣へ近づいた。


 その動きを見て、アインの目も鋭くなる。


「我々?」


 一拍。


「魔王軍か」


 女は答えなかった。


 だが。


 否定もしなかった。


「……そうか」


 アインの手も短刀へ近づく。


 まだ抜かない。


「なら、人間側から見れば俺たちは敵ってことになるな」


「人間側の理屈では、そうなるだろうな」


「そっちは?」


「必要なら敵だ」


「必要がなければ?」


「戦わない」


 その答えを聞いて、ジンが少しだけ笑った。


「合理的だな」


「お前は黙ってろ」


「はい」


    ◇


 女が踵を返す。


「待って」


 ジンが呼び止めると、女は身体だけ止めた。


「何だ」


「一個だけ」


 ジンは少し考えてから尋ねる。


「なんで俺たちに警告する?」


「……」


「放っておけば、ベルクの人間が困るだけだろ」


 女はしばらく何も答えなかった。


 やがて、森へ視線を向けたまま口を開く。


「困るだけなら、放っておく」


 一拍。


「だが、このまま進めばベルクだけでは終わらない」


 風が木々の間を抜け、葉が揺れる。


「人間も、魔族も、魔物も関係ない」


 女は弱り始めた森を見回した。


「土地が死ねば、全部同じだ」


 それだけ言うと、今度こそ木々の奥へ姿を消した。


    ◇


 三人はしばらく、その場から動かなかった。


「……追わない?」


 ジンが聞く。


「追わん」


 アインが即答した。


「正解だと思う」


「珍しく意見合ったな」


「俺も成長した」


「自分で言うな」


 フィナはまだ、女が消えた方角を見ている。


「魔王軍……」


「はい」


「思ってたのと、少し違いました」


 アインも小さく息を吐いた。


「俺もだ」


「敵じゃない?」


 ジンが聞く。


「それは違う」


 アインはそこだけは、はっきり否定した。


「敵ではある。過去に何度も戦争してるし、人間を殺した魔族もいる。魔族を殺した人間もいる」


「うん」


「今日会った奴と話ができたからって、全部の魔族が同じだと思うな」


「でも」


 ジンは女が消えた森を見る。


「全部が敵だと思うのも違う?」


「……」


 アインは少し黙った。


「多分な」


    ◇


「戻ろう」


 アインが地図を畳む。


「調査は?」


「十分だろ。南西でも魔力低下あり。魔物の移動あり。植物への影響もあり。それに魔族と接触した」


「遺跡について意味深な反応も」


「それ、報告します?」


 フィナが尋ねる。


 アインは少しだけ考えた。


「する」


「全部?」


「全部だ」


「隠さない?」


「ああ」


 アインは歩き出しながら答える。


「俺たちまで隠し始めたら、何が本当か分からなくなる」


 ジンが少し笑う。


「アインらしい」


「うるせえ」


    ◇


 帰路でも、フィナは何度か周囲の魔力を確かめた。


 しばらく森を戻ったところで、その足が止まる。


「戻ってきました」


「どの辺?」


「この辺りからです」


 ジンがすぐに地図へ印をつける。


「昨日とは場所が違うな」


「方向が違いますから」


「でも」


 地図上には、これまで確認された地点がいくつも残っている。


 北。


 北東。


 西。


 そして今日確認した南西。


 ジンはそれらを順番に見比べていく。


「……これ」


「何だ?」


 アインが横から覗き込む。


「まだ分からない」


「またそれか」


「でも」


 ジンは指先でいくつかの地点をなぞった。


「点じゃない」


「何が?」


「広がってるだけじゃなくて、何か形がある気がする」


「形?」


「うん」


 それぞれ離れた場所で起きているはずの異常。


 だが。


 地図の上で並べてみると。


「何かを中心にしてるみたいな……」


 そこで言葉が止まる。


「ベルク?」


 フィナが言った。


「……」


 三人が黙る。


 ジンは地図から顔を上げ、遠くにある街の方角を見る。


「かもしれない」


    ◇


 夕方。


 やがて木々の間からベルクの防壁が見えてきた。


 巨大な壁は、昨日までと何も変わらず、静かに街を囲んでいる。


 ジンは歩きながら、その壁を見上げた。


 街を守るもの。


 安全の象徴。


 そして。


 古代文明が残した遺跡の一部。


『奪われている』


 森で会った魔族の女の言葉が、もう一度頭に浮かぶ。


 さらに。


 彼女が「遺跡」という言葉に見せた反応。


「アイン」


「何だ」


「前に言ってたよな。魔王軍は遺跡を狙うことがあるって」


「ああ」


「もしかして」


 ジンは防壁から目を離さなかった。


「壊したいんじゃなくて、止めたいんじゃない?」


「……」


 アインも巨大な壁を見る。


 すぐには答えなかった。


「分からん」


 それでも。


 少し間を置いてから続ける。


「でも、今日の話だけなら」


 もう一度、防壁を見る。


「あり得ないとは言えなくなったな」


 三人はそのままベルクへ戻っていった。


 防壁の内側では、いつもと変わらず人々が暮らしている。


 古代の壁に守られ。


 その壁の外側で何が起きているのか。


 まだ。


 誰も知らないまま。

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