↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/84

第33話 森の奥へ

 数日後。


「……増えたな」


 冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めながら、アインが小さく呟いた。


「何が?」


 隣にいたジンが尋ねる。


「討伐依頼」


 アインが掲示板の一角を指差した。


 そこには、ここ数日で張り出されたらしい依頼書が何枚も並んでいる。


 グレイウルフ


 角ウサギ。


 タスクボア


 それ以外にも、小型の魔獣がいくつか。


 種類そのものは珍しくない。


 どれもベルク周辺の森で見かけることのある魔物だ。


「多いの?」


「ああ」


 アインは一枚の依頼書を外し、内容を確認する。


「しかも場所が近い」


「街に?」


「そう」


 依頼書を戻し、隣の一枚を取る。


「これも」


 さらにもう一枚。


「こっちもだ」


 記されている場所は、どれも街からそれほど離れていなかった。


「前に見たグレイウルフと同じですね」


 フィナも横から掲示板を覗き込む。


「やっぱり、森の浅いところまで来てるんでしょうか」


「みたいだな」


 アインが依頼書を元の場所へ戻した。


 その時。


「お前ら、ちょうどいい」


 受付の方から声が飛んできた。


 三人が振り返る。


 見覚えのある職員が、こちらへ手招きしていた。


「ちょっと来てくれ」


「嫌な予感するな」


 アインが小さく呟く。


「まだ何も言われてないだろ」


「こういう呼ばれ方で、いい話だったことあるか?」


「……ないかも」


「だろ?」


    ◇


 受付へ向かうと、職員は一枚の紙を机の上へ置いた。


「調査依頼?」


 ジンがそこに書かれた文字を読む。


「ああ。この間、お前らからも報告があっただろ」


「街道付近まで魔物が出てきてるって話?」


「それだ」


 職員は一度、依頼掲示板へ目を向けた。


「お前らだけじゃない。ここ数日、同じような報告が増えてる」


「やっぱり魔物が増えてるんですか?」


 フィナが尋ねる。


「それが分からん」


 職員は腕を組んだ。


「討伐依頼の数だけ見れば、増えてるように見える。だが」


 机の下から周辺地図を取り出し、三人の前へ広げる。


 ベルク。


 そこから伸びる街道。


 その周囲に広がる森。


 さらに奥の山。


 地図の上には、いくつもの印が付けられていた。


 三人が身を寄せて覗き込む。


「……外側から?」


 最初に口を開いたのはジンだった。


「何?」


「魔物が街の周りで増えてるっていうより」


 ジンは地図の印を目で追う。


 街から離れた場所よりも、ベルクに近い側へ明らかに集中している。


「こっちへ寄ってきてない?」


「俺たちもそう見てる」


 職員が頷いた。


「だから調べたい」


「何かから逃げてるか?」


 アインが尋ねる。


「そこまでは分からん。強い魔物が縄張りを広げたのかもしれんし、餌場が変わった可能性もある」


「季節的な移動は?」


「それも調べた」


 職員は首を振る。


「少なくとも、毎年こうなるわけじゃない」


 アインの表情が少しだけ真面目になった。


「どこを見てくればいい?」


 職員が地図の北側を指差す。


「北の森。前にお前らが警報具を点検した辺りから、さらに奥だ」


「最近、浅い場所での目撃が特に増えてる」


「なら逆に」


 ジンが言う。


「奥を見に行く?」


「ああ」


 職員が頷いた。


「本当に数が増えてるなら、奥にも相応の数がいるはずだ」


「逆に奥が減ってるなら」


 アインが続ける。


「何かに追い出されてる可能性が高い」


「そういうことだ」


 職員は調査依頼書を三人の前へ滑らせた。


「今回は討伐が目的じゃない。原因まで突き止めなくてもいい」


 地図の上を指で軽く叩く。


「魔物の数。種類。痕跡。それ以外にも、何か普段と違うものがあったら全部覚えて帰ってきてくれ」


「危険を感じたら?」


「戻れ」


 即答だった。


「今回は調査だ。命張って答えを持ち帰る必要はない」


「いい人だ」


 ジンが感心したように言う。


「普通だ」


 アインが返した。


    ◇


 ギルドを出てから、ジンが二人を見る。


「どうする?」


「受ける」


 アインは手に持った依頼書を見た。


「俺も気になってたしな」


「私もです」


 フィナも頷く。


「じゃあ決まり」


 三人はいったん宿へ戻り、森へ入るための装備を整えた。


 水。


 食料。


 縄。


 薬。


 ワイヤー。


 短刀。


 アインの腰回りが、いつも以上に賑やかになっていく。


「多くない?」


 ジンがその様子を見る。


「調査だからだよ」


「戦う時より荷物増えるの?」


「何があるか分からないから増える」


「なるほど」


 フィナも自分の背負い袋を確認している。


「ジンさんは?」


「俺?」


「何を持っていくんですか?」


 ジンは自分の荷物へ目を落とした。


「水」


「はい」


「食べ物」


「はい」


「ノート」


「……」


「何?」


「いえ」


 フィナは何とも言えない顔になった。


「絶対持っていくんですね」


「必要だろ」


「戦闘中に書くなよ」


 アインが言う。


「書かないよ」


「本当か?」


「たぶん」


「今の間は何だ」


    ◇


 北門を抜け、巨大な防壁の外へ出たところで、ジンは何気なく振り返った。


「……やっぱでかいな」


 ベルクを囲む壁。


 近くから見上げると、その大きさがよく分かる。


 高い。


 分厚い。


 そして、明らかに古い。


 人が一から造ったというより、もともとそこに存在していた巨大な構造物を街が利用しているようにも見えた。


「前にも見ただろ」


 アインが言う。


「見たけどさ」


 ジンは壁を見上げたまま尋ねる。


「これ、どれくらい前からあるの?」


「知らん」


「知らない?」


「街ができる前からある」


 ジンが振り返る。


「壁が先?」


「ああ」


 今度はフィナが答えた。


「ベルクは遺跡を利用して作られた街ですから。この防壁も、その一部だと言われています」


「へえ……」


 ジンはもう一度見上げる。


 遺跡。


 以前にも聞いた言葉だ。


「動くの?」


「何が?」


「遺跡なら」


 ジンは巨大な壁を指差した。


「何か機能が残ってたりしない?」


「あるぞ」


 アインがあっさり答える。


「防壁機能」


「あるんだ」


「昔、大規模な魔物の襲撃があった時に使われたらしい」


「どんな?」


「知らん」


「知らないこと多いな」


「何百年も前の話を俺に聞くな」


「それもそうか」


 フィナが少し考えてから口を開く。


「魔力を使って、街全体を守る結界を作る……という話は聞いたことがあります」


「街全体?」


「はい」


 ジンは再び壁を見る。


 これほどの規模の街を、丸ごと覆う。


「すごいな」


「古代文明の遺跡ですからね」


 フィナはそう答えた。


 それだけだった。


 三人はすぐに歩き始める。


 ジンもほどなく壁から視線を外し、前へ向き直った。


    ◇


 街道をしばらく進み、三人は北の森へ入った。


 以前、警報具の点検で訪れた場所だ。


「ここ覚えてる」


 ジンが近くの木を見る。


「アインが触った木」


「よく覚えてんな」


「面白かったから」


「俺にとっては嫌な予感しかしない発言だな」


「今日はやらないよ」


「今日は?」


「今のところ」


「帰るか?」


「冗談だって」


 三人はそのまま森の中へ入っていった。


 最初のうちは、特に変わった様子はなかった。


 鳥の声。


 虫の羽音。


 風に揺れる木々。


 時折、小型の魔物が動く気配もある。


「ここはいるな」


 アインが地面へしゃがみ込む。


「グレイウルフ?」


「一匹」


 少し進んだ先では、別の跡を見つける。


「こっちはタスクボア」


 さらに先。


「角ウサギ」


「やっぱり多い?」


「浅いところはな」


 ギルドで聞いた話の通りだった。


 街に近い場所ほど、魔物の痕跡が多い。


 糞。


 足跡。


 木に残った爪痕。


 食べ残し。


 新しいものも少なくない。


「奥へ行こう」


 三人はさらに森の中へ進んだ。


    ◇


 一時間ほど歩いた頃だった。


「……」


 最初に違和感を覚えたのはジンだった。


「なあ」


「何だ?」


「静かじゃない?」


 アインが足を止める。


 フィナも周囲を見る。


「……そうですね」


 鳥の声が少ない。


 虫の音も、さっきまでより明らかに減っていた。


「奥に来たから?」


 ジンが尋ねる。


「逆だ」


 アインはしゃがみ込み、地面を調べ始めた。


「普通はこっちの方が多い」


「魔物が?」


「ああ」


 土の表面を指でなぞる。


 古い足跡はいくつかある。


 だが。


 新しいものが少ない。


「本当に奥から移動してる……?」


 フィナが小さく呟く。


「可能性は高くなったな」


 アインが立ち上がった。


「もう少し行く」


「うん」


    ◇


 さらに奥へ進むにつれ、今度は木々の様子にも少しずつ違いが出てきた。


「……あれ?」


 フィナが立ち止まる。


「どうした?」


「この木」


 近くの一本へ歩み寄り、葉へ手を伸ばした。


 色が薄い。


 完全に枯れているわけではない。


 だが、どこか元気がない。


「病気?」


 ジンが尋ねる。


「分かりません」


 フィナは葉へ触れる。


「水が足りないとか?」


「最近雨は降っただろ」


 アインが地面を見る。


 土も乾ききってはいない。


 フィナはしばらく木へ掌を当てていたが、やがて僅かに眉を寄せた。


「……変ですね」


「何が?」


「魔力」


 ジンとアインが同時に見る。


「木の?」


「はい」


 フィナは目を閉じたまま答える。


「少ない……?」


「木によって違うんじゃない?」


「そうなんですけど」


 フィナは隣の木へ移る。


 掌を当てる。


 さらにもう一本。


「……やっぱり」


「何?」


「この辺」


 フィナは周囲を見回した。


「魔力が薄い気がします」


 アインの眉が僅かに動く。


「土地の?」


「多分」


「そんなことあるの?」


 ジンが尋ねる。


「ありますよ」


 フィナが答える。


「場所によって魔力の濃さは違います。森とか、水辺とか。生き物が多い場所は、比較的濃いことが多いです」


「じゃあ」


 ジンは周囲を見る。


「ここは元々薄い場所?」


「……」


 フィナはすぐには答えなかった。


「前からなら、そうかもしれません」


「前から?」


「でも……」


 フィナはもう一度木を見る。


 何かを感じ取ろうとするように、しばらく黙っている。


「なんとなく……」


 その先が続かない。


「どうした?」


「いえ」


 フィナは首を振った。


「気のせいかもしれません」


「なら覚えとこう」


 ジンが言う。


「ギルドからも、変なことがあったら覚えて帰れって言われたし」


「そうですね」


 三人はその場所を記憶し、再び歩き始めた。


    ◇


 さらに森の奥へ入ったところで。


「止まれ」


 アインの声が低くなった。


 二人もすぐに足を止める。


 アインは前方を見ていた。


「何かいる?」


「いる」


 短刀へ手を伸ばす。


 ジンも重心を落とし、フィナが杖を握る。


「魔物?」


「……いや」


 アインがゆっくり近づく。


 木の陰。


 その根元に、何かが倒れていた。


「グレイウルフ……」


 フィナが呟く。


 一匹。


 横倒しになったグレイウルフが死んでいる。


 ジンも近づき、しゃがみ込んだ。


「傷は?」


「待て」


 アインが身体を調べる。


 首。


 腹。


 脚。


 背中。


 噛まれた跡も、大きく裂かれた傷も見当たらない。


「……ない」


「食われた跡は?」


「それもない」


「じゃあ、何で死んだ?」


「分からん」


 アインが身体を僅かに持ち上げる。


「軽いな」


「痩せてる」


「餓死?」


「可能性はある」


 だが。


 フィナは死骸ではなく、その周囲を見ていた。


「……」


「フィナ?」


「ジンさん」


「何?」


「さっきより」


 フィナが小さく言った。


「もっと薄いです」


「魔力?」


「はい」


 風が吹き抜ける。


 葉が揺れる。


 それでも。


 森は妙に静かだった。


 鳥の声は、もうほとんど聞こえない。


「……」


 ジンは立ち上がり、周囲を見渡した。


 木。


 草。


 土。


 死んだ魔物。


 目に見えるものだけなら、ただの森だ。


 だが。


 何かが少しずつ噛み合わなくなっている。


「もう少しだけ」


 アインが言った。


「奥を見る」


 フィナが頷く。


 ジンも短く答えた。


「分かった」


 三人は再び歩き始めた。


 街からさらに遠く。


 森の奥へ。


 生き物の気配が、少しずつ消えていく方へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。