第31話 夜の公園
ジンはノートへもう一度視線を落とし、今日見たことを頭の中で順番に辿り始めた。
夜の公園は静かだった。
人通りはほとんどないが、真っ暗というわけではない。園路に沿って設置された魔法灯が淡い光を落とし、石畳や木々の幹、いくつか並んだベンチをぼんやりと浮かび上がらせている。
遠くから聞こえてくるのは、時折通りを行き交う人の声と、風に揺れる葉の音くらいだった。
その中へ、別の足音が混じった。
二人分。
ジンは顔を上げない。
足音は公園を横切ることなく、そのまま真っ直ぐこちらへ近づいてくる。
「こんばんは〜」
すぐ近くで、軽い声がした。
「おにいさん、一人ですか〜?」
そこでジンが顔を上げる。
二人の男が立っていた。
一人はベンチの正面。
もう一人はそのまま回り込み、背もたれの後ろへ立つ。
どちらからも、僅かに酒の匂いがした。
こういう手合いは、元の世界でも何度か相手にしたことがある。
夜の公園で一人で鍛えていれば、酔った男や暇を持て余した連中に絡まれることもあった。
だからジンは、二人に挟まれても特に姿勢を変えなかった。
「俺たちさ〜、ちょっと金に困っててね」
正面の男が笑う。
「呑み代が足りないんだ。おにいさん、恵んでくれないかな〜?」
「クスクスクス」
背後の男が楽しそうに笑った。
ジンは何も答えない。
膝の上のノートを閉じる。
「おーい、聞いてんの〜?」
正面の男の声から、少しずつ笑いが消えていく。
「早く金出せコラ」
「そーだよー」
後ろから声が重なる。
「ボコボコにしちゃうよ〜?」
「……」
ジンは俯いたまま懐へ手を入れた。
財布を取り出す。
「お!」
正面の男が嬉しそうに笑った。
「そうそう! それでいいんだよ〜」
ジンは財布を開き、中を探るように指を入れる。
「いやいや、ゴソゴソしなくていいって」
男が一歩近づいた。
「財布ごと全部渡しちゃいなよ」
「これで足りますか?」
「あ?」
ジンはそう言いながら立ち上がった。
財布を持った右手を、そのまま男の顔の前へ差し出す。
男の視線が反射的に上がる。
その下。
ジンの右足が入った。
大きく振りかぶることはしない。
つま先を男の股下へ滑り込ませ、そのまま下から掬い上げる。
「かヒュッ――」
男の身体が折れた。
声にならない息を漏らし、両手で股間を押さえながらその場へ蹲る。
「てめぇ!」
背後の男が怒鳴った。
だが、すぐには来られない。
二人の間にはベンチの背もたれがある。
「くそっ!」
男は両手で背もたれを掴み、強引に乗り越えようと片足を掛けた。
その瞬間。
男の表情が変わる。
「――っ」
両手は塞がった。
片足は背もたれの上。
残った足だけで身体を支えている。
しまった。
そう思った時には、もう遅かった。
ジンはすでにこちらを向いていた。
片足がベンチの座面へ乗る。
そのまま踏み上がる。
身体が上へ運ばれ、その勢いを止めずに膝を突き出した。
ゴッ!
「ぐあぁっ!」
膝頭が男の顔面へ直撃する。
ジンはそこで動きを切らず、そのまま身体を前へ送り、膝を叩き込んだ勢いのまま背もたれを越えた。
反対側へ着地する。
男は倒れこそしなかったが、背もたれから足を外すと、両手で顔を押さえながらよろめいた。
「ぐっ……あぁ……!」
ジンは、そのすぐ横へ立つ。
ここからなら。
顎。
喉。
肘。
膝。
やれることはいくらでもある。
「……」
だが、必要ない。
一人は股間を押さえて蹲り、もう一人も顔を押さえたまま動けずにいる。
二人とも、すぐに追ってこられる状態ではなかった。
ジンは手に持っていた財布を懐へ戻し、ベンチへ置いていたノートも拾い上げる。
「じゃあ」
それだけ言って、二人へ背を向けた。
「ま、待て……!」
掠れた声が背後から飛んできたが、ジンは振り返らない。
魔法灯の淡い光の下、二人の呻き声だけを後ろへ残し、そのまま公園を出ていった。




