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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第29話 外へ

 それから数日。


 アインの朝は、以前より少しだけ早くなっていた。


「……」


 まだ人通りの少ない公園。


 地面には、練習用に拾ってきた小石がいくつも並べられている。


 アインはその前に立つと、一つの石へ人差し指を向け、ゆっくりと息を吐いた。


 身体の中心から、指先へ。


 必要な量だけを細く流す。


 指先に、ごく小さな光が生まれた。


 パチッ。


 一瞬。


 狙った石の中心だけが、白く照らされた。


「お」


 少し離れたところで見ていたジンが声を漏らす。


「今の綺麗だった」


「そうか?」


「うん」


 アインは自分の指先を見る。


 以前なら、同じ閃光を使えば石全体だけでなく、その周囲まで光が広がっていた。


 今は違う。


 必要な場所だけ。


 必要な範囲だけ。


 魔法そのものの威力が上がったわけではない。


 むしろ、小さくなっている。


 それでも狙った効果だけは、以前よりはっきり残っていた。


「もう一回」


「言うと思った」


「嫌?」


「もう慣れた」


「成長したな」


「何か腹立つな」


 文句を言いながらも、アインはもう一度指を向ける。


 パチッ。


 今度も、石の中心だけが白く光った。


 少し離れたところで見ていたフィナも、感心したように目を細める。


「本当に漏れなくなってます」


「前より?」


「はい。前から少なかったですけど、今はもっと……」


 フィナはうまく表現する言葉を探すように少し考えた。


「魔力が、糸みたいです」


「糸?」


「はい。細くて、真っ直ぐで……必要なところまでしか伸びてない感じです」


「……糸か」


 ジンが小さく呟いた。


 その言葉が、妙に引っ掛かった。


    ◇


「アイン」


「嫌な予感がする」


「ワイヤー持ってる?」


「持ってるけど」


「貸して」


「何に使う」


「試したい」


「やっぱり嫌な予感しかしねえ」


 アインは警戒した顔をしながらも、腰の袋から細い金属製のワイヤーを取り出した。


 キールとの戦いでも使っていたものだ。


 罠。


 足止め。


 転倒。


 アインにとっては、戦いの中でいくつもの役割を持たせられる道具だった。


 ジンは受け取ったワイヤーを眺めてから尋ねる。


「これに魔力って流せる?」


「流せるぞ」


「即答?」


「訓練所で習うからな」


「普通の冒険者も?」


「簡単なのはな」


 アインはワイヤーを受け取り直した。


「武器とか道具に魔力を通すくらいなら、別に珍しくない。剣に流して強度を上げたりとかな」


 フィナも頷く。


「武器を魔力で強化する人はいますね」


「へえ……」


 ジンの目が僅かに輝いた。


「お前、その顔するなよ」


「どの顔?」


「また始まる顔」


「気のせい」


「絶対違う」


    ◇


 アインがワイヤーの片端を握った。


 三メートルほどある細い金属線へ、ほんの僅かに魔力を流す。


 すると、手元から淡い光が広がり、そのままワイヤー全体を薄く包んだ。


「これくらい」


「どこまで流れてる?」


「全部」


「全部?」


「ああ」


 ジンは端から端まで淡く光っているワイヤーを見つめる。


「途中で止められる?」


「途中?」


「例えばここ」


 ワイヤーの中央辺りを指差す。


「ここまで」


「……やったことないな」


「できそう?」


 アインの眉が僅かに動いた。


「またその聞き方かよ」


「できない?」


「やる」


「簡単に乗りますね」


 今度はフィナが呟いた。


「最近お前ら似てきたぞ」


    ◇


 目印として、ジンはワイヤーの中央へ小さな布切れを結んだ。


「ここまで」


「分かった」


 アインが目を閉じる。


 身体の中心にある魔力を腕へ通し、掌から指先へ。


 そこからワイヤーへ流す。


 普段なら、そのまま最後まで通せばいい。


 だが今回は違う。


 中央で止める。


「……」


 淡い光が手元からワイヤーを伝っていく。


 少しずつ先へ伸び、やがて布切れの位置へ到達した。


 そのまま。


 越えた。


「全部行った」


「見りゃ分かる」


「もう一回」


「はいはい」


 二回。


 三回。


 五回。


 何度試しても、魔力は布切れを越えて最後まで流れていった。


「難しいな」


 アインが眉を寄せる。


「どういう感じ?」


「水を流しながら、途中だけで止めろって言われてる感じだ」


 ジンは少し考えた。


 流れているものを途中で無理にせき止める。


 それが難しいのなら。


「じゃあ」


 ジンはワイヤーを指差した。


「流すんじゃなくて、引っ張る感じにできない?」


「引っ張る?」


「魔力を先へ押し出すんじゃなくて……」


 手元から布切れまでを指でなぞる。


「この長さまでを、一本のものとして扱う」


「意味分からん」


「俺もまだうまく説明できない」


「駄目じゃねえか」


「でもさ」


 ジンは自分の腕を伸ばした。


「武器って、上手い人ほど身体の一部みたいに使うだろ?」


「ああ」


「剣を持ってても、手首だけで振ってるわけじゃない。身体の動きが剣先まで繋がってる」


「……」


「だったら、ワイヤーも同じように考えられないかな」


 ジンはアインが握っているワイヤーへ視線を移す。


「身体の外にある道具じゃなくて、手の続きだと思う」


「……手の続き」


「魔力を途中で止めるんじゃなくて」


 一度言葉を切る。


「そこまでしか、自分の腕がないって感覚にする」


 アインが怪訝そうにワイヤーを見る。


「無茶苦茶言うな」


「知ってる」


「自覚あんのかよ」


    ◇


 もう一度。


 アインはワイヤーを握った。


 今度は、魔力を先へ流そうとしない。


 握った指。


 掌。


 手首。


 腕。


 その先にある金属線。


 そこまでを、別々のものとして考えない。


 腕の続き。


 一本のもの。


「……」


 魔力が動いた。


 淡い光が、手元からワイヤーへ伸びていく。


 中央。


 布切れ。


 その直前で。


 光が止まった。


「……」


 フィナが目を見開く。


「止まりました」


「マジか」


 アイン自身が一番驚いていた。


「もう一回!」


「近い近い!」


 ジンが思わず顔を寄せる。


「今どうやった?」


「分からん!」


「感覚は?」


「だから分からん!」


「もう一回!」


「落ち着け!」


    ◇


 二度目は失敗した。


 三度目は成功。


 四度目は僅かに布切れを越え、五度目は再び狙った位置で止まった。


 まだ安定しているとは言えない。


 それでも、さっきまで一度もできなかったことが、確かに再現され始めていた。


「面白いですね……」


 フィナがワイヤーを見つめながら呟く。


「何が?」


「魔力って、身体から出たら、あとは魔法になるだけだと思ってました」


「違うの?」


 ジンが尋ねると、フィナは少し考えてから答えた。


「普通はそういう感覚です。剣へ流す時も、剣全体を強化するとか、通す魔力を増やすとか。そのくらいで」


 アインもワイヤーを持ち上げながら頷く。


「途中までしか流さないなんて、普通やらん」


「必要ないから?」


「そう」


 ジンは少し笑った。


「じゃあ、アインだからやる意味がある」


「またそれか」


「だってそうだろ」


 ジンはワイヤーの中央に結んだ布切れを見る。


「三メートル全部に魔力を通す必要がないなら、必要なところだけ使えばいい」


「例えば?」


「ここだけ硬くするとか、ここだけ熱くするとか。あるいは、ここだけ光らせるとか」


 その言葉に、アインの眉が僅かに上がった。


「……待て」


「ん?」


 アインはワイヤーを見つめる。


「それ、罠に使えるな」


 今度はジンが止まった。


「あ」


「例えば地面へ張ったワイヤー全部を強化する必要はない。相手に踏ませたい場所だけ、その瞬間だけ強化する」


 アインの中で、何かが繋がり始めている。


「あるいは」


 人差し指を立てると、小さな火が灯った。


「油を塗った部分だけ熱する」


「着火?」


「ああ」


「離れたところから?」


「できればな」


 フィナが驚いたように二人を見る。


「そんなことできるんですか?」


「今は知らん」


 アインは小さく笑った。


「でも、さっきまで途中で止めることすらできなかったんだろ?」


 そう言ってジンを見る。


「なら、試す価値はある」


「……」


「なんだよ」


 ジンの口元が上がった。


「いや。アインも結構、研究好きじゃん」


「お前と一緒にすんな」


「でも今、楽しそう」


「うるせえ」


    ◇


 今度の目標は、さらに難しかった。


 ワイヤーの中央。


 布切れを結んだ部分だけに魔力を作用させる。


「ここだけ光らせる」


「無茶言うな」


「さっき自分で試す価値あるって言っただろ」


「言ったけど段階ってもんがあるだろ!」


「まあ、やってみよう」


「聞いてねえな!」


 アインがワイヤーを握る。


 魔力を流す。


 端から中央へ。


 止める。


 失敗。


 ワイヤー全体が淡く光った。


「……駄目だ」


「もう一回」


「分かってる」


 再び流す。


 今度は中央で止まった。


 だが、そこで終わる。


 魔力をその先へ通さず、なおかつ中央だけで作用させる感覚が掴めない。


「……難しいな」


 アインが額の汗を拭った。


「一回休む?」


「いや」


 すぐに首を振る。


「まだやる」


 ジンが少し驚いて見る。


「珍しい」


「何が」


「アインから言った」


「うるせえ」


「できそう?」


「分からん」


 アインはワイヤーへ視線を落とした。


 これまで。


 少ない魔力。


 弱い魔法。


 小さな出力。


 その全部を、自分にできないことを示すものとして見てきた。


 だが。


 小さいからこそ。


 細いからこそ。


 必要な場所だけへ通せるのなら。


「……やってみたい」


 アインが小さく呟いた。


    ◇


 休憩を挟み、それから何度も繰り返した。


 失敗。


 もう一度。


 中央まで届く。


 だが越える。


 次は全部。


 また失敗。


 それでも、アインはやめなかった。


 手の中にあるワイヤーへ意識を集中する。


 身体から。


 腕。


 掌。


 指先。


 その先。


 金属線へ。


 魔力を細く通していく。


 中央へ近づく。


 今度は、そこで止めようとしない。


 集める。


 広げない。


 ほんの一点。


 布切れのある場所だけへ。


「……」


 次の瞬間。


 パチッ。


 小さな光が弾けた。


「……!」


 フィナが息を呑む。


 アインの手元は光っていない。


 そこから布切れまで続くワイヤーも、淡く輝いてはいなかった。


 ただ中央。


 手元から一メートル半ほど離れた、布切れの部分だけが一瞬白く光っていた。


「……できた」


 アインが呟く。


 ジンも、しばらく何も言わなかった。


「ジン?」


 アインが顔を向ける。


「何だよ」


「いや」


 ジンはワイヤーの中央を見る。


「これ、かなり凄いことしてない?」


「今さら気づいたのか?」


「だって」


 ジンはワイヤーを指差した。


「魔力を身体の外へ出して、離れた場所まで持っていって、途中では作用させずに、最後の一点だけで使ったんだろ?」


「……まあ」


「それって……」


 そこで言葉が止まる。


 まだ何かが足りない。


 分からないことの方が多い。


 それでも。


 身体の外。


 道具。


 そこへ魔力を通し、狙った場所だけで作用させる。


 今まで見てきた魔法とは、少し違う。


「……」


「またその顔してるぞ」


「どの顔?」


 アインがフィナを見る。


「フィナ」


「はい。いつものです」


「やっぱり?」


「二人して何なんだよ」


    ◇


 その日の夜。


 ジンはいつものようにノートを開いていた。


『アイン』


『魔力を外部物体へ通す』


『作用位置の限定に成功』


 少し考えてから、さらに書き加える。


『自身の身体→道具までを一つの経路として扱った?』


 そこでペンが止まった。


 今日、アインは身体の外にあるワイヤーを、まるで自分の腕の続きのように扱った。


「身体の外……」


 自分。


 武器。


 道具。


 その境界。


 武術にも、武器を身体の一部として扱うという考え方はある。


 剣先まで。


 棒の先端まで。


 自分の動きが途切れずに繋がっているものとして扱う。


 なら。


 魔力にも、似たことがあるのだろうか。


「……」


 ジンは新しく一行書いた。


『魔力経路は、身体の中だけとは限らない?』


 その下へ、さらに何かを書こうとして。


 手を止めた。


 身体以外のものまで魔力の経路として扱えるのなら。


 その先は。


「いや」


 ジンは首を振った。


「まだ早い」


 考えすぎだ。


 今日確認できたのは、道具まで。


 それ以上は、まだ何も分かっていない。


 ジンはノートを閉じた。


 だが、その夜。


 一つの疑問だけは、最後まで頭の隅から離れなかった。


 身体の外にまで魔力を通せるのなら。


 その先は。


 どこまで、自分の一部として扱えるのだろうか。

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