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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第27話 足りないもの

 依頼を終え、三人がベルクへ戻った頃には、日はすでに傾き始めていた。


 冒険者ギルドで採取した薬草を納品し、確認を終えて報酬を受け取る。


 これで今日の仕事は終わりだ。


 いつもなら、そのまま宿へ戻るところだったのだが。


「アイン」


「嫌だ」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かる」


 受付を離れたところで、アインが即答した。


 ジンは思わず少し笑う。


「一個だけ聞きたい」


「さっきも一個だけって言って六回やらせたよな?」


「今度は本当に一個」


「信用がない」


 二人のやり取りを横で聞いていたフィナが、困ったように笑った。


「何を聞きたいんですか?」


「アインって、なんでああいう戦い方になったんだろうって」


 その言葉に、歩いていたアインの足がほんの僅かに止まった。


「罠とか、短刀とか、ワイヤーとか。油も使うし、小さい魔法も使う」


 ジンは今日の灰牙狼との戦いだけでなく、キールとの戦いも思い返す。


 一つの武器だけに頼らない。


 必要なら短刀を使い、罠を張り、油へ火をつけ、僅かな閃光さえ戦いの中へ組み込んでいた。


「普通の冒険者って、もっと剣とか魔法を中心に戦うんだろ?」


「まあな」


「じゃあ、なんで?」


 アインはしばらく答えなかった。


 軽口を返すでもなく、少しだけ前を見たまま歩く。


 やがて、小さく息を吐いた。


「……使えるものが、それしかなかったからだよ」


 それだけを短く答えた。


    ◇


 三人は、そのままギルドに併設された食堂へ移動した。


 夕食にはまだ少し早い時間だったため、店内にいる客は少ない。窓から差し込む夕日が空いているテーブルを赤く照らしていた。


 適当な席へ腰を下ろすと、アインは水の入った杯を手に取り、一口飲んだ。


「昔から魔力が少なかった」


 特別なことでもないような口調だった。


「身体強化を覚えても人より弱い。攻撃魔法を覚えても人より小さい。長く維持しようとすれば、すぐ空になる」


 向かいに座ったフィナは、何も言わず静かに聞いている。


 ジンが尋ねた。


「それでも訓練はしたの?」


「したよ。むしろ人よりやった」


 アインは杯を指先でゆっくり回した。


「でもな。持ってないもんは、いくら頑張っても急には増えねえ」


「……」


「同じ魔法を使えば、同じ結果になるとは限らない。俺が十回練習して少し大きくした火を、隣の奴は最初から倍くらいの大きさで出せたりする」


 口元に、自嘲するような笑みが浮かぶ。


「嫌になるぞ。努力が意味ないみたいで」


 フィナが僅かに視線を落とした。


 ほんの数日前まで、自分も似たようなことを考えていたからかもしれない。


「それで諦めた?」


 ジンが聞く。


「逆」


 アインは即答した。


「諦めたら何も残らんからな」


 少しだけ昔を思い返すように目を細める。


「冒険者として動くために、訓練所へ通ったことがある」


「訓練所?」


「ああ」


 聞き返したジンに、フィナが説明する。


「新人向けの施設ですよ。武器の扱いとか、魔物の知識とか、野営とか。冒険者に必要な基本を一通り教えてもらえるところです」


「そんなのあるんだ」


「ありますよ」


 フィナが苦笑した。


「普通は冒険者になる前に知ってます」


「俺、普通じゃないから」


「そうでした」


「即納得するなよ」


 アインが鼻で笑ってから、話を戻す。


「そこで色々習った。剣、短刀、簡単な魔法、応急処置、追跡、野営、罠、ワイヤーの扱い、薬品、地図の読み方。まあ、本当に一通りだな」


「そんなに?」


「一通りな。ただ、ほとんどの奴は得意なものが決まったら、他は最低限で終わる」


 剣が得意なら、剣を伸ばす。


 魔法が強ければ、魔法を伸ばす。


 自分の一番強いものを磨けば、それだけで戦える。


「それで困らないからな」


「アインさんは?」


 フィナが尋ねる。


「困った」


 これも即答だった。


「何一つ、決め手にならなかった」


 アインは自分の右手へ視線を落とす。


「だったら、全部使うしかないだろ」


 剣だけで倒せないなら、罠で止める。


 魔法だけで倒せないなら、光で目を潰す。


 火力が足りないなら、油を使う。


 正面から勝てないなら、相手がまともに戦えない状況を先に作る。


 どれか一つで足りないなら、別の何かを重ねればいい。


「一個で十出せないなら」


 アインは肩をすくめた。


「二とか三を何個か重ねりゃいい」


 ジンは黙ってその言葉を聞いた。


 その考え方は、よく分かる。


「足りないなら、他で埋める」


「そういうこと」


 アインは笑う。


「格好悪いだろ?」


「なんで?」


 ジンがすぐに聞き返した。


「普通は一個くらい得意なものがある。俺は何やっても半端だった」


 そこで僅かに肩を竦める。


「昔から落ちこぼれだったんでね」


 軽い口調だった。


 だが、その言葉だけは妙に耳に残った。


「でも」


 フィナが口を開く。


「今のアインさんを見て、半端だとは思いません」


 アインが少し驚いたように顔を上げる。


「罠も、短刀も、魔法も。全部ちゃんと繋がってます」


「……」


「私だったら、今日の灰牙狼にあんな戦い方できません」


 アインはしばらくフィナを見たあと、少しだけ笑った。


「お前、最近たくましくなったな」


「ジンさんに変な特訓をさせられてますから」


「俺のせい?」


「半分くらいは」


「結構多いな」


    ◇


「でもさ」


 少し間を置いて、ジンが再び口を開いた。


「アイン」


「まだあるのかよ」


「魔力が少ないから、無駄なく使うようになったんだよな?」


「まあ」


「最初からできた?」


 アインは少し考えてから、首を横へ振った。


「いや。当然、最初は漏らしてた」


「どうやって減らした?」


「ひたすら練習」


「具体的には?」


「細かい魔法を繰り返した」


 そう言って、アインが人差し指を立てる。


 その先に、小さな火が灯った。


「最初はこれだけでも大変だった。火を出そうとすると、余計なところまで魔力が流れるんだよ。腕とか肩とか。身体全体が熱くなったりな」


 ジンの目が僅かに細くなる。


「それを?」


「ここだけ」


 アインは自分の指先を見る。


「指先だけに集める。余計なところへ流れたら止めて、またやる。その繰り返しだ」


「何百回?」


「さあ。数えたことない」


「千回以上?」


「だから知らねえよ」


 アインが呆れたように眉を寄せる。


「多分やってるだろうけど」


 その答えに、ジンは思わず笑った。


「同じじゃん」


「何が」


「俺と」


「一緒にすんな」


「反復して身体に覚えさせる。一緒だろ」


「俺はお前ほど嬉しそうにやってない」


「そこ?」


 アインは指先の火を消した。


「で、何が言いたい」


「魔力って」


 ジンは少しだけ言葉を選ぶ。


「身体の力と、結構似てるんじゃないかな」


「また武術の話か」


「たぶん」


 ジンは右腕を軽く曲げた。


「例えば腕を動かす時、慣れてない人ほど全身に力を入れる。強く動かそうとすればするほど、肩も首も背中も固める」


 そこから余計な力を抜き、手首だけを軽く動かす。


「でも、必要なのがこれだけなら、これだけでいい」


 動いているのは、ごく僅かな部分だけだ。


「余計な力を使うほど、かえって動きが悪くなる」


「……」


「アインがやってるのも、それと似てる気がする」


 ジンは先ほど火が灯っていた指先を見る。


「必要な場所に、必要な分だけ。必要な瞬間だけ」


「力まない、みたいな?」


 フィナが尋ねる。


「近いと思う」


 ジンは頷いた。


「でも、俺には魔力が見えないから、今のところ想像だけ」


「じゃあ、またフィナに見てもらうのか?」


「そのうち」


「俺は嫌だからな」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かるって言っただろ」


 フィナが小さく笑った。


    ◇


 アインとフィナが宿へ戻ったあと。


 ジンは一人、いつもの公園に来ていた。


 ベンチへ腰を下ろし、ノートを開く。


 今日見たことを、一つずつ書き残していく。


『アイン』


『魔力量――少』


『攻撃出力――低』


 そこで一度ペンを止め、今日見た小さな閃光を思い返す。


 続けて書く。


『魔力の漏れ――ほぼ無し』


『操作――非常に細かい?』


 再びペンが止まった。


 魔力量。


 この世界では、ごく普通に使われている言葉だ。


 多いか。


 少ないか。


 それによって魔法使いの才能まで語られる。


 だが、本当にそれだけなのだろうか。


 フィナは使う魔力そのものを大きく増やしたわけではない。それでも身体の使い方を変え、魔力の通り道を整えたことで、回復魔法の結果が変わった。


 そしてアインは、持っている魔力そのものは少ない。


 その代わり、僅かな魔力をほとんど無駄なく扱っている。


「……やっぱり」


 ジンは小さく呟いた。


「量だけじゃない」


 ノートへ新しく書き加える。


『仮説』


『魔力の能力は単一ではない?』


 その下へ、現在考えられるものを並べていく。


『量』


『出す力』


『流し方』


『扱う精度』


『損失』


 五つ。


 ジンはしばらく文字を見つめた。


 まだ足りない気がする。


 そもそも、この分け方自体が正しい保証もない。


 だが、今の自分にはこれ以上分からなかった。


「まあ、いいか」


 ノートを閉じる。


 分からないなら、また見ればいい。


 試して。


 確かめて。


 間違っていたら、その時に直せばいい。


 ジンはベンチから立ち上がると、少し離れた開けた場所へ歩いていった。


 足を肩幅ほどに開く。


 身体から余計な力を抜く。


 そして、その日の夜もいつも通り、ゆっくりと身体を動かし始めた。

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