第23話 魔力の流れ
薬草採取と街道巡回を終えた三人は、夕暮れ前にベルクへ戻ってきた。
冒険者ギルドで採取した薬草を納品し、巡回中に異常がなかったことを報告する。報酬を受け取り、受付を離れたところで、ジンは隣を歩いていたフィナへ声をかけた。
「フィナ」
「はい?」
「さっき話したことなんだけど」
フィナが足を止める。
「回復魔法、もう少し見せてもらっていい?」
その一言で、フィナの表情が僅かに曇った。
「……やっぱり変でしたか?」
「うん」
「……」
あっさり肯定され、フィナの肩が少し落ちる。
「昔から言われてるんです」
「何を?」
「魔力の流し方が変だって」
フィナは視線を落とした。
「先生にも、教会の神官にも言われました。仲間と一緒に練習してた時も、私だけ魔力の動かし方がおかしいって」
少し笑おうとしたが、その表情はうまく形にならなかった。
「回復魔法しかまともに使えないのに、その回復魔法まで人と違うって言われると……正直、ちょっと自信がなくて」
「変なのは確かだな」
「えぇ……」
フィナがさらに肩を落とした。
「そんなにはっきり言います?」
「でも、悪いとは言ってない」
「……え?」
フィナが顔を上げる。
「人と違うことと、間違ってることは別だろ」
ジンはそう言ってから、少し考えるように続けた。
「俺には魔法そのものは分からない。でも、魔法を使ってる時の身体なら少し分かる」
「身体……」
「だから、もう少し見たい」
フィナはしばらくジンの顔を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かりました」
◇
三人は、そのままギルドの訓練場へ降りた。
夕方ということもあり、そこではまだ多くの冒険者が汗を流している。木剣を打ち合わせる者がいれば、離れた場所では魔法使いが的へ向かって火球を放っていた。
邪魔にならない隅を借りると、フィナが杖を持ち直す。
「じゃあ……やりますね」
「お願い」
フィナはゆっくりと息を吸い、意識を集中させた。
掌に淡い光が集まり始める。
回復魔法。
だが、ジンが見ているのは光ではなかった。
フィナ自身。
足。
足首。
膝。
股関節。
腰。
背中。
肩。
肘。
手首。
そして指先。
魔法が発動するまでの身体の変化を、順番ではなく全体として視野の中へ置く。
やはり。
足元から指先へ向かって、身体が僅かずつ捻れている。
だが、一つの捻れではない。
膝で途切れ。
腰でまた生まれ。
肩で方向が変わり。
腕でもう一度作り直されている。
「もう一回お願い」
「はい」
フィナが再び魔法を使う。
ジンは今度は腰から肩へのつながりを見る。
「もう一回」
「は、はい」
三回。
四回。
五回。
「……ジンさん」
「ん?」
「あと何回くらいですか?」
「まだ分からない」
「そうですか……」
少し離れたところで腕を組んでいたアインが苦笑する。
「諦めろ」
「え?」
「こいつ、気になったら長いぞ」
「そうなんですね……」
フィナも困ったように笑った。
ジンは気にせず、今度は別のことを尋ねる。
「フィナ。魔法を使う時って、魔力をどこから集めてる?」
「どこから……ですか?」
「発動する前。どういう感じで魔力を動かしてる?」
「ああ……」
フィナは杖を下ろし、少し考え込んだ。
「私は、大地から吸い上げるような感じです」
「大地?」
「はい」
フィナは自分の足元へ視線を落とした。
「私、農村で育ったので。畑も、水も、作物も、生きていくために必要なものは全部大地からもらってるような気がしてたんです」
少し照れくさそうに笑う。
「だから魔力も、足元から入ってきて、そのまま身体を通って手まで届くようなイメージで使ってます」
ジンは隣のアインを見る。
「普通は違う?」
「全然違うな」
アインは自分の胸の辺りを指した。
「普通はまず、身体の中にある魔力を胸か腹の辺りへ集める。そこから使う場所まで、できるだけ短く流す」
「その方が速いから?」
「ああ。余計な経路を通せば、それだけ扱いづらくなる」
「私もそう教わりました」
フィナが頷く。
「魔力はなるべく真っ直ぐ。遠回りさせるほど発動が遅くなるし、制御も難しくなるって」
「なるほど」
ジンは顎へ手を添えた。
理屈は分かる。
何かを目的地へ運ぶなら、最短距離の方が速い。距離が短ければ、その途中で失敗する可能性も少なくなる。
長い間、多くの魔法使いが試した結果、それが最も扱いやすい方法として残ったのだろう。
ただ。
「それが、一番いい方法とは限らないよな」
「え?」
フィナが首を傾げる。
「少なくとも、フィナには」
ジンは彼女の足元へ視線を落とした。
「魔法を使う時、身体が少しずつ捻れてる」
「私が?」
「うん。足から始まって、最後は指先まで」
フィナは試しに自分の腕を見たが、当然そこに何かが見えるわけではない。
「全然分かりません……」
「たぶん無意識なんだと思う」
ジンは自分の右腕をゆっくりと捻った。
「それで、身体がそう動いてるなら、魔力も同じような経路を通ってる可能性がある」
「でも、それって……」
フィナの表情が僅かに曇る。
「やっぱり、悪い流し方なんじゃないですか?」
「今のままなら、無駄は多いと思う」
「……やっぱり」
「でも、そこが気になる」
フィナが顔を上げた。
ジンは自分の膝、腰、肩、腕を順に示していく。
「今は、ここで流れが切れてる」
膝。
「ここでも」
腰。
「ここでも」
肩。
「せっかく足元から始まった動きが、途中で何度も止まって、そのたびに別の場所からまた始まってる」
フィナは黙って自分の身体を見る。
「だから身体には余計な力が入るし、途中で逃げてるものも多いと思う」
「魔力も……ですか?」
「それはまだ分からない」
ジンはすぐに答えた。
「俺には魔力そのものは見えないから」
「……」
「でも」
ジンの目が僅かに細くなる。
「もし、足元から指先まで全部を一つの流れとして繋げられたら?」
フィナは答えなかった。
アインも黙って聞いている。
「普通の魔法使いは、魔力をできるだけ短い経路で動かす」
ジンは続ける。
「速いし、分かりやすいし、扱いやすい」
「はい」
「でもフィナは、わざわざ足元から身体全部を通して掌まで持ってきてる」
「……はい」
「遠回りだ」
フィナの眉が下がる。
「やっぱり駄目なんじゃ……」
「普通に考えればね」
「えぇ……」
「でも」
ジンは笑った。
「遠くを通るからこそ、できることがあるかもしれない」
「……できること?」
「まだ分からない」
「またそれですか?」
「分からないから確かめるんだよ」
フィナが思わず笑った。
ジンはもう一度、足元から掌まで視線を走らせる。
「身体全部を使ってるなら、その長い経路をただ通過させるんじゃなくて、何かに使えるかもしれない」
「何か……」
「うん」
ジンはゆっくりと自分の身体を捻った。
足元から始まった僅かな回転が、腰を通り、肩へ続き、そのまま腕まで抜けていく。
「例えば、こんなふうに」
フィナがその動きをじっと見る。
今まで自分が無意識に繰り返していた、細切れの捻れとは違う。
始まりから終わりまで。
一つの流れ。
「……」
「まずは魔法じゃなくて、身体からやってみよう」
「身体から?」
「うん。今の動きを繋げられるか試したい」
フィナは少し不思議そうな顔をしたが、やがて頷いた。
「分かりました」
「じゃあ、場所を変えよう」
「ここじゃ駄目なんですか?」
ジンは周囲を見る。
剣を振る音。
魔法の着弾音。
冒険者たちの声。
「もう少し静かなところの方がいい」
その言葉を聞き、アインが小さく笑った。
「また、あそこか」
「慣れてるからな」
◇
三人が向かったのは、街外れにある小さな公園だった。
昼間は子供たちが遊んでいる、ごくありふれた場所だ。
だが日が落ちれば人影は少なくなり、街灯の明かりと風に揺れる木々の音だけが残る。
ジンがベルクへ来てから、身体の動きを確かめたい時に何度か使っている場所でもあった。
公園の中央まで進むと、ジンは振り返った。
「ここなら大丈夫そうだな」
フィナも周囲を見回す。
「何をするんですか?」
「まずは、魔法を使わない」
「え?」
「足から指先まで」
ジンは自分の身体をゆっくり捻りながら、その動きを見せる。
「今まで別々だったものを、一つに繋げてみよう」
フィナはその動きを見つめた。
「一つに……」
「ああ」
ジンは頷く。
「魔力を変える前に、身体の流れから変えてみる」
静かな公園の中で。
フィナは初めて、自分の回復魔法を使うためではなく。
その魔法を支えている、自分自身の身体へ意識を向けた。




