第21話 落ちこぼれの魔法使い
ビエトロとキールは、そのまま衛兵隊の詰所へ連行された。
夜明け前にもかかわらず、詰所の中では何人もの衛兵が慌ただしく行き交っている。机には押収された書類や荷物が並べられ、拘束された二人は別々の場所へ座らされていた。
隊長は椅子へ腰を下ろすと、まずビエトロを静かに見据えた。
「さて。まずはお前からだ」
ビエトロは俯いたまま動かない。
「何を話せばいい」
「全部だ」
「全部……か」
小さく笑う。
諦めたような笑みだった。
「俺は、ギルドの依頼情報を流していた」
詰所の空気が張り詰める。
「新人の人数、依頼内容、出発時間。分かる範囲で全部だ」
「誰に流していた」
「知らない」
隊長の目が鋭くなる。
「ふざけるな」
「本当に知らないんだ」
ビエトロはゆっくりと首を振った。
「毎回、別の人間が来た。顔も違う。名前も名乗らない。金を置いていくから、俺は情報を渡す。それだけだった」
ジンは黙って話を聞いていた。
「依頼主の正体は?」
「知らない。本当だ」
ビエトロの声には、もう力が残っていない。
「俺が知っていたのは、情報一件につき大金が入ることだけだった」
アインが腕を組む。
「最初から人身売買だと知ってたのか?」
ビエトロは答えなかった。
しばらく沈黙したあと、ようやく口を開く。
「……途中で気付いた」
新人冒険者が帰ってこない。
そんな話が少しずつ増えていった。
そのうち、捕まった新人たちが国外へ奴隷として売られているらしいという噂まで耳に入った。
「それでも続けたのか」
ジンの問いに、ビエトロは目を閉じた。
「ああ」
「どうして」
「金が欲しかった」
短い答えだった。
「……ただ、それだけだ」
そこに言い訳はなかった。
隊長が立ち上がる。
「十分だ。残りは正式な取り調べで聞く」
衛兵たちがビエトロを立たせ、そのまま奥へ連れていく。
ビエトロは抵抗しなかった。
◇
一方。
逆さ吊りからようやく解放されたキールは、椅子へ座るなり大きく肩を回した。
「最悪だ……」
首を鳴らしながら、アインを睨む。
「口封じされるとは思わなかったぜ」
「助けてやったんだ。感謝しろよ。」
「普通、いきなり逆さに吊るすか?」
「ピエトロをおびき寄せる餌だからな」
「覚えてろよ……」
隊長が机を指で叩いた。
「雑談は終わりだ。お前も話せ」
「分かってるよ」
キールは肩をすくめた。
「どうせ俺も終わりだ」
椅子の背へ身体を預ける。
「俺たちは依頼を受けるだけだった。新人を捕まえろ。できれば生け捕りにしろ。それだけだ」
「捕まえた後は?」
「引き渡す」
「どこへ」
「知らねぇよ。途中で別の連中が来る。そいつらに渡して、俺たちは報酬を受け取る」
ジンが尋ねる。
「その連中の顔は?」
「毎回違う」
キールは鼻で笑った。
「俺たちも末端ってことだ」
隊長が深く息を吐く。
「思った以上に根が深いな……」
そこでアインが、拘束されているキールの仲間たちへ視線を向けた。
剣。
斧。
短槍。
先ほど森で戦った男たちの多くは、魔法ではなく武器を使っていた。
「一つ聞いていいか」
「なんだよ」
「お前は魔法使いだ。それなりに腕もある。それなのに、どうしてこいつらと組んで冒険者狩りなんてやってた?」
キールの表情が僅かに変わった。
「……それなり、ね」
自嘲するように笑う。
「ここじゃそう見えるんだな」
「どういう意味だ?」
キールは少し黙ったあと、吐き捨てるように言った。
「俺はヴァルディス魔導国の生まれだ」
フィナがいれば反応したかもしれない。
だが、ジンには初めて聞く国名だった。
「ヴァルディス?」
「アルディアとは違う。あっちは魔法がすべてみたいな国だ」
キールの声から笑いが消える。
「生まれつき魔力が多けりゃ褒められる。強い魔法が使えりゃ偉い。逆に魔力が少ない奴は、それだけで下に見られる」
「剣を使うのも?」
ジンが聞く。
「ああ」
キールは拘束された仲間の一人を見る。
「魔法がろくに使えないから剣を振る。槍を持つ。そんな奴は、向こうじゃ笑いものだ」
少し間を置く。
「俺もそうだった」
「お前が?」
ジンは思わず聞き返した。
森全体へ雨を降らせ、足場を支配し、水壁まで作った男だ。
そのキールが。
「ヴァルディスじゃ落ちこぼれだったよ」
キールは苦い顔で笑った。
「周りはもっと魔力が多かった。もっと簡単に、もっと強い魔法を使う。俺は何やったって二流扱いだった」
やがて国を出た。
流れ着いた先が、アルディア王国だった。
「こっちじゃ魔法が得意じゃなくても、剣で食ってる奴なんていくらでもいる。最初は変な国だと思ったよ」
キールは仲間たちへもう一度視線を向ける。
「こいつらも魔法は大して使えねぇ。武器で食うしかなかった連中だ」
「だから組んだのか」
「……まあな」
ほんの少しだけ、声が低くなる。
「見てると昔の自分を思い出した。それだけだ」
ジンは黙ってキールを見る。
「同情したから、一緒に冒険者を襲った?」
「別に正しかったなんて言うつもりはねぇよ」
キールは目を閉じた。
「同情したのと、俺たちがやったことは別だ」
それ以上は何も言わなかった。
ジンは、その言葉を頭の片隅へ残した。
ヴァルディス魔導国。
魔力の量で、人間の価値さえ決まる国。
そして。
あれだけの魔法を使ったキールですら、そこでの評価は――落ちこぼれ。
まだ見たこともない国の名前だけが、静かに記憶へ残った。
◇
事情聴取が終わる頃には、東の空が白み始めていた。
ジンとアインは詰所を出る。
夜の冷たさが残る空気の中、街には少しずつ朝の気配が戻り始めていた。
「終わったな」
ジンが呟く。
「一応な」
アインは空を見上げる。
「でも結局、依頼主も組織も分からなかった」
「まだ先がある」
「ああ」
それでも、一つだけ終わった。
少なくともビエトロから新人の情報が流されることは、もうない。
「しばらくは、新人が狙われることも減るだろうな」
アインの言葉にジンも頷く。
二人はそのまま宿へ向かって歩き始めた。
戻れば、フィナにも事情を説明しなければならない。
「全部話す?」
ジンが尋ねる。
アインは少し考えてから苦笑した。
「そりゃ驚くだろうけどな」
「でも仲間だ」
「……まあ、そうだな」
アインは小さく息を吐いた。
「朝飯でも食いながら話すか」
「賛成」
二人は朝日に照らされ始めた石畳を並んで歩く。
ベルクには、いつもの朝が戻ろうとしていた。
だが、今回の事件で見えたのは、まだ一本の糸に過ぎない。
ビエトロへ金を渡していた者。
キールたちへ依頼を出していた者。
捕らえた新人たちを引き取っていた者。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
そしてジンの記憶には、もう一つ。
ヴァルディス魔導国。
この時はまだ、ただ一度耳にしただけの遠い国の名前だった。




