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『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


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第18話 三人

 ベルクへ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。


 北門で事情を説明すると、拘束して連れてきたキールたちはすぐに衛兵へ引き渡された。人数も多く、この場で詳しい事情を確認するわけにもいかない。


「詳しい話はギルドで聞こう」


 衛兵の言葉に頷き、一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。


     ◇


 ギルドの扉を開けると、ビエトロがすぐにこちらへ気づいた。


「戻ったか」


 その一言を聞いて、ガストたちの表情がわずかに緩む。


「報告します」


 ガストが代表して一歩前へ出た。


 北の森で見つけた戦闘の痕跡。


 待ち伏せしていたキールたち。


 足場を泥に変える魔法と、その中で起きた戦闘。


 そして、彼らから押収した荷物。


 ガストが順番に説明し、必要なところをレオンやフィナが補足する。ビエトロは途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。


 報告が一段落したところで、アインが例の紙束を机へ置く。


「それと、これだ」


 ビエトロは紙束を受け取り、一枚ずつ確認していった。


 表情はほとんど変わらない。


 だが、依頼内容や五人の構成、出発時刻まで記された紙へ目を通した時、その眉がほんの僅かに動いた。


「……これは確かに問題だな」


「俺たちの情報が全部載ってました」


 ガストが拳を握る。


「人数だけじゃない。依頼の内容まで」


「ああ」


 ビエトロはもう一度紙へ目を落とし、ゆっくり机へ置いた。


「この件はギルドで預かる。情報を流した人間がいる可能性も含めて調査する」


 レオンが少し不安そうに尋ねた。


「やっぱり、ギルドの中に?」


「まだ決めつけるな」


 ビエトロは静かに答える。


「この情報に触れられた人間が誰なのか、そこから確認する必要がある」


 ジンは何も言わず、机の上の紙を見た。


 確かに今は、それ以上のことは分からない。


「キールたちについても衛兵と連携して調べる。あれだけの冒険者証を持っていた以上、余罪もあるだろう」


 ビエトロは五人を見渡した。


「今回の依頼は、これでギルド側が引き継ぐ。お前たちは今日はもう休め」


 一度言葉を切る。


「……よく生きて帰った」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた空気がようやく緩んだ。


     ◇


 ギルドを出ると、ベルクの街は夕暮れに包まれていた。


 赤い光が建物の壁を照らし、一日の仕事を終えた人々が通りを行き交っている。


 だが、五人はすぐには口を開かなかった。


 森へ向かう時にはあれだけ騒がしかったガストでさえ黙っている。


 しばらく歩いたところで、レオンが足を止めた。


「……俺は」


 声が僅かに震えていた。


 全員が振り返る。


「もう無理だ」


「レオン?」


「今日、分かった」


 レオンは自分の手を見る。


「俺は冒険者に向いてない」


 誰もすぐには言葉を返さなかった。


 あの状況で死ぬかもしれないと思ったのは、レオンだけではない。


 初めての依頼で、自分より遥かに戦い慣れた相手に囲まれたのだ。恐怖を感じない方がおかしい。


「しばらく休もうと思う」


 レオンは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……すまない」


 ガストが近づき、その肩へ大きな手を置く。


「謝ることじゃねぇだろ」


 レオンが顔を上げる。


「俺たちは生きて帰ってきた。それで十分だ」


「……ああ」


 レオンは小さく笑った。


「じゃあ、またな」


 それだけ言い残して、夕暮れの通りを歩いていく。


 四人は、その背中が人混みへ消えるまで見送った。


     ◇


「俺も」


 今度はガストが口を開いた。


「このままじゃ駄目だ」


 背負った大盾へ目を向ける。


 泥は落としきれておらず、表面には戦闘でついた傷も残っている。


「守るって言っといて、まともに動くことすらできなかった」


「ガスト」


「別に辞めるって話じゃねぇぞ」


 フィナが何か言うより先に、ガストが笑った。


「逆だ。もっと強くなる」


 拳を握る。


「盾の使い方も、足場が悪い時の動き方も、まだ全然足りねぇ。ちょっと鍛え直してくる」


 悔しさはある。


 だが、レオンとは違って、その目は前を向いていた。


 ジンは静かに頷く。


「また一緒に組もう」


 一瞬。


 ガストが目を丸くした。


 そして、いつものように豪快に笑った。


「ああ!」


 大盾を背負い直す。


「その時は、今よりずっと頼れる盾になってやる」


「期待してる」


「任せとけ!」


 手を上げ、ガストも通りの向こうへ歩いていった。


     ◇


 残ったのは三人だった。


 ジン。


 フィナ。


 アイン。


「……」


「……」


「……」


 妙な沈黙が続く。


 最初に耐えきれなくなったのはフィナだった。


「あの……」


 二人が振り向く。


 フィナは杖を両手で持ちながら、少しだけ迷ってから続けた。


「もしよかったら、なんですけど」


「うん」


「これからも……ご一緒してもいいですか?」


 ジンは一瞬だけフィナを見て、それから笑った。


「もちろん」


「本当ですか?」


「ああ」


 フィナの表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 その様子を見ていたアインが、腕を組んだまま小さく息を吐いた。


「……結局、こうなるのか」


「嫌だった?」


 ジンが聞く。


「いや」


 アインは肩をすくめた。


「少なくとも、お前といると退屈はしなさそうだ」


「それ、褒めてる?」


「たぶんな」


「じゃあアインも?」


 フィナに聞かれ、アインは少しだけ考えるような顔をした。


「まあ、しばらくはな」


「よかった」


「なんでフィナが安心するんだよ」


「三人の方が安心じゃないですか」


「俺は数に入ってるだけか?」


「違いますよ」


 三人の間に、小さな笑いが起こった。


 まだ知り合ったばかりだ。


 互いのことも、ほとんど知らない。


 ジンはアインが何者なのか知らず、アインもまた、ジンがどこから来たのか知らない。


 フィナについても、知っていることは回復魔法を使うということくらいだ。


 それでも。


 一度、同じ場所で命を懸けた。


 少なくとも、もうただの他人ではなかった。


 夕日に照らされたベルクの通りを、三人は並んで歩いていく。


 この時のジンはまだ知らない。


 今日たまたま組んだように見えた二人が、これから先の旅で長く隣を歩くことになるなど。


 そして。


 森で見つけた一束の紙が、今度はギルドの内側へ疑いを向けることになるなど。

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