第17話 待ち伏せ
雨は止み、森には静かな風が吹いていた。
葉に残った水滴が時折落ち、濡れた土を小さく叩く。つい先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていたとは思えないほど、辺りは静まり返っている。
キールは泥の上に倒れ伏し、部下たちも武器を手放していた。
「……終わったんだな」
ガストが大きく息を吐き、その場へ座り込む。張り詰めていた緊張が一気に抜けたらしい。
レオンも周囲を確認してから剣を鞘へ収めた。
「まさか生きて帰れるとは思わなかった」
「縁起でもないこと言わないでください」
フィナが苦笑する。
そう言っている本人も、疲労で肩を上下させていた。
ジンは倒れているキールの傍へしゃがみ、首元へ手を当てる。
呼吸はある。
脈も問題ない。
「気絶してるだけだ」
「よかった……」
フィナが胸を撫で下ろした。
「殺したのかと思いました」
「できれば、そういう終わり方はしたくない」
ジンはそう答えて立ち上がった。
その時、少し離れた場所でアインが何かを拾い上げる。
「ジン」
キールたちの荷物に混じっていた袋だった。
「ちょっと来てくれ」
ジンが近づくと、アインは袋を逆さにし、中身を地面へ広げた。
硬貨。
宝石。
いくつかの武器や装飾品。
その中に、小さな金属製の札が混じっていた。
「これ……」
フィナが息を呑む。
ジンは一枚を拾い上げた。
表面には見覚えのある紋章と、名前が刻まれている。
「冒険者証か」
「ああ。しかも一枚じゃない」
アインが地面に散らばった札を拾っていく。
「二枚……五枚……」
「こっちにもあるぞ」
ガストが袋の奥からさらに取り出す。
十枚。
二十枚。
数えるほどに、その場から声が消えていった。
レオンの表情が強張る。
「こんなに……」
「全部、こいつらが奪ったってことか」
ガストの声が低くなる。
今回が初めてではない。
一度や二度でもない。
これだけの冒険者証を持っているということは、キールたちは同じことを何度も繰り返してきた可能性が高い。
アインは何も言わず、もう一度袋へ手を入れた。
「……まだあるな」
取り出したのは、一束の紙だった。
何枚もの紙が重ねられ、紐でまとめられている。
アインがそれを解き、ジンと並んで中身を確認する。
手書きの文字が並んでいた。
『北方調査依頼』
『新人合同パーティ』
『五名』
『回復魔法使い 一名』
『盾役 一名』
『魔力なし 一名』
ジンの視線が、そこで止まった。
「……魔力なし」
アインも同じ場所を見ている。
「お前のことだな」
「ああ」
さらに紙をめくる。
『出発予定 午前九時』
『ベルク北門』
『新人のみ』
今度こそ、誰も何も言わなかった。
依頼の内容。
人数。
構成。
出発時間。
出発場所。
そして、ジンに魔力がないことまで。
偶然知ったとは考えにくい。
「なんで……」
フィナが小さく呟いた。
「私たちのこと、全部書いてある……」
ガストの拳が強く握られる。
「最初から待ち伏せしてたってことか」
「じゃあ……」
レオンが青ざめた顔で紙を見る。
「誰かが、こいつらに教えた?」
沈黙が落ちた。
ジンはもう一度、紙に書かれた内容を確認する。
どこまでの人間が、この情報を知っていたのか。
依頼を受ける前の時点で、新人五人の構成まで把握していた人間。
そして、それをキールたちへ伝えられる人間。
「少なくとも、この情報を知っていた人間がいる」
ジンが静かに言う。
「しかも」
アインが続けた。
「ギルドの依頼内容まで知ってる」
ジンとアインの視線が一瞬だけ重なる。
誰もすぐには答えを口にしなかった。
だが、考えられる場所は多くない。
「……ギルドの中か」
レオンが呟いた。
全員の表情が硬くなる。
風が森を抜け、濡れた枝葉をざわりと揺らした。
先ほどまでとは違う意味で、森が静かに感じられる。
キールは倒した。
襲ってきた男たちも制圧した。
だが。
自分たちがなぜ狙われたのか。
誰が情報を流したのか。
何も終わっていない。
ジンは倒れているキールたちを見下ろしたあと、紙をまとめた。
「街へ戻ろう」
全員がジンを見る。
「まずは、これを全部ギルドへ報告する」
異論はなかった。
五人はキールたちを拘束し、冒険者証や書類を含めた証拠をまとめる。
そして来た道を引き返し、ベルクへの帰路についた。




