第14話 森の痕跡
街道を外れて森へ入ると、周囲の空気は一変した。
背の高い木々が枝葉を広げて空を覆い、昼間だというのに森の中は薄暗い。湿った土と草木の匂いが漂い、時折吹き抜ける風が頭上の葉を揺らしている。
遠くから聞こえていた鳥の声も、街道にいた時より近く感じられた。
「ここから先は警戒しよう」
ガストが背負った盾へ手を掛けると、レオンも腰の剣へ手を添えた。フィナは小さく頷いて少し後ろへ下がり、それに合わせるように自然と隊列ができていく。
先頭を歩くのはアイン。
そのすぐ後ろにジンが続き、左右をガストとレオンが固め、フィナが最後尾につく。
先ほどまでの雑談もなくなった。
五人は周囲へ注意を向けながら、ゆっくりと森の奥へ進んでいく。
しばらく歩いたところで、不意にアインが右手を上げた。
「止まれ」
声は小さかったが、その一言で全員の足が止まる。
ガストが声を落とした。
「どうした?」
「人の気配があった」
アインは前方から視線を外さない。
全員が息を潜め、森の奥へ耳を澄ませた。
葉の擦れる音。
どこかで鳴く鳥。
それ以外には、何も聞こえない。
「……もういない」
しばらくしてアインが言った。
「でも、ついさっきまで誰かがいた」
「分かるのか?」
レオンが周囲を見回す。
「ああ」
アインはそれだけ答えると、今度は地面へ視線を落とした。
その様子を見ていたジンも周囲を確認しながらしゃがみ込む。
草が何本か不自然な方向へ倒れている。
柔らかな土には靴底の跡が残り、その近くでは細い枝が折れていた。
ジンは一つの痕跡だけを見るのではなく、それらすべてを視野の中へ置きながら位置を確かめていく。
「……なるほど」
「何か分かったのか?」
ガストに聞かれ、ジンは地面に残った足跡を指した。
「最低でも五人はいたと思う」
「五人?」
「ああ。足跡の大きさが違う。それに歩幅も揃ってない」
ジンは立ち上がると、足跡が続く方向を見る。
「普通に歩いていたというより、少し急いで移動していたみたいだ」
アインが何も言わず足跡を見る。
少しだけ、その目が細くなった。
ジンはさらに数歩進み、一本の木の前で立ち止まった。
幹には、深い傷が斜めに刻まれている。
「これは……」
レオンも近づいて傷を見る。
「剣か?」
「たぶん」
ジンは指で傷の縁を軽くなぞった。
木の内側はまだ乾ききっていない。
「それほど古くない」
さらに周囲を確認すると、少し離れた地面と木の根元に黒く焼け焦げた跡が残っていた。
フィナも近寄り、眼鏡越しにそれを覗き込む。
「これ……魔法でしょうか?」
「可能性は高そうだな」
レオンが答える。
ジンは木の傷、焼け跡、荒れた地面を順に見た。
何かがここで起きた。
それも、ただ人が通過しただけではない。
「ここで戦ったみたいだな」
その言葉で、五人の間に再び緊張が走る。
「でも、おかしくないか?」
ガストが眉を寄せ、周囲を見回した。
「戦闘があったなら、倒した魔物とか何か残っててもいいだろ」
「……血がない」
アインが低く言った。
全員の視線が地面へ向く。
荒れた草。
踏み込まれた土。
剣らしき傷。
魔法らしき焼け跡。
それだけの痕跡がありながら、確かに血の跡が一つも見当たらない。
ジンも場所を変えながら地面を確認した。
「人のものも、魔物のものもないな」
「死体もない」
レオンが呟く。
戦いの跡だけが残り、戦った者たちはどこにもいない。
まるで、途中からすべてを片付けて持ち去ったような不自然さがあった。
風が森を抜け、頭上の枝葉がざわりと揺れる。
アインはゆっくりと顔を上げ、足跡が続いている森の奥へ視線を向けた。
「……嫌な感じがする」
いつもの掴みどころのない口調ではなかった。
ジンも同じ方向を見る。
足跡はまだ続いている。
「先を確認しよう」
「行くのか?」
ガストが聞く。
「ああ。ただし、何か見つけたらすぐに止まろう」
依頼の目的は討伐ではなく調査だ。
何が起きたのか分からない以上、無理に戦う理由はない。
ガストが盾を構え直し、レオンも頷いた。フィナは杖を握り直し、アインが再び先頭へ立つ。
五人はそれまで以上に周囲を警戒しながら、痕跡を追って森の奥へ進んでいった。
その先に何がいるのか。
まだ、誰にも分からなかった。




