第13話 初任務
毎週、月・水・金に更新予定です。
基本は20時に1話、2話更新の日は20時・21時に投稿します。
話の区切りによっては、追加でもう1話投稿することがあります。
実技試験から一夜明けた。
朝のベルク冒険者ギルドは、今日も多くの冒険者で賑わっていた。壁に並んだ依頼書の前で腕を組む者がいれば、出発前の装備を手入れしている者もいる。テーブルを囲んで今日の予定を話し合うパーティの声もあちこちから聞こえていた。
ジンは扉を開け、その光景を眺めながら小さく息を吸った。
昨日までは、試験を受けるために来ていた場所だった。
今日は違う。
冒険者として、初めて依頼を受ける日だ。
「ジンだな?」
聞き覚えのない声に呼ばれ、ジンは振り向いた。
そこにいたのは、自分とそれほど歳の変わらない男だった。
背はジンより高く、濃い茶色の髪を無造作に後ろへ流している。動きを邪魔しない暗色の服の上から短い外套を羽織っており、その布が腰回りを覆っているため、何を装備しているのかは一目では分からない。
見えているのは、腰元に覗く短刀くらい。
だが、外套の内側にはそれ以外にも何かありそうだった。
何より妙なのは、目の前に立っているのに存在感が薄いことだった。人の多いギルドの中では、少し視線を外しただけでそのまま景色へ紛れてしまいそうな男だ。
「そうだけど」
「俺はアイン。今日、同じ依頼を受けることになってる」
「ああ、よろしく」
「よろしく」
差し出された手を軽く握る。
それだけの短いやり取りだった。
だが、アインは手を離したあとも、ほんの一瞬だけジンを観察するように見ていた。
「?」
「いや。何でもない」
アインが視線を外したところで、低く落ち着いた声が割って入った。
「顔合わせを始めるぞ」
二人が同時に振り向く。
そこに立っていた男は胸元の徽章を軽く指で叩き、五人ほど集まった新人たちを見渡した。
「私はビエトロ。このベルク冒険者ギルドの職員だ。ジンとは昨日少し話したな」
「はい」
「なら説明は省ける」
ビエトロはギルドの奥へ視線を向けた。
「残りも来ている。お前たち、こっちへ」
呼ばれて三人の冒険者が歩み寄ってくる。
最初に来たのは、大柄な青年だった。広い肩幅に頑丈そうな防具を身につけ、背中には身体の半分近くを覆えそうな大盾を背負っている。
「ガストだ。前衛と盾役をやってる。よろしくな!」
声も体格に負けず大きい。
「ジンだ。よろしく」
続いて前へ出てきたのは、小柄な少女だった。
柔らかな赤茶色の髪は肩の辺りまで伸び、邪魔にならないよう緩くまとめられている。細い金属製の丸みを帯びた眼鏡を掛け、杖を持った姿はいかにも魔法使いらしい。
「フィナです。回復魔法を使います。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「よろしく」
最後に、長剣を腰へ提げた青年が片手を上げた。
「レオン。剣を使う。よろしく」
「ジンだ。よろしく」
これで五人。
ジン。
アイン。
ガスト。
フィナ。
レオン。
今日初めて組む、即席のパーティだった。
「全員揃ったな」
ビエトロは一枚の依頼書を机へ広げ、その横に簡単な地図を置いた。
「今回、お前たちに任せるのは新人向けの合同任務だ。場所はベルク北方の森。最近、この辺りで魔物の目撃が少し増えている」
地図上の一点を指で示す。
「目的は討伐じゃない。魔物の種類、数、行動範囲を確認して、異常があれば報告する。それだけだ」
「戦わなくていいのか?」
ガストが聞く。
「必要がなければな」
ビエトロは即答した。
「依頼は調査だ。討伐じゃない。魔物を見つけたからといって、片っ端から喧嘩を売る必要はない」
「なるほど」
「危険だと判断した場合は、すぐに引き返せ。意地を張るな。新人の仕事で一番大事なのは、生きて戻ることだ」
ガストが素直に頷いた。
そこでビエトロは、五人を順に見渡した。
「それと、登録したばかりの新人は、最初の依頼を単独では受けられない」
ジンが僅かに顔を上げる。
「最低でも一度は、他の冒険者と組んで現場へ出てもらう。依頼の受け方、撤退の判断、報告の仕方――そういうものを実際に覚えるためだ」
「なるほど」
ジンは頷いた。
要するに、冒険者としての最初の実地訓練らしい。
「今回はちょうど新人が五人いる。だから、お前たちで即席の組を作ってもらった」
ビエトロはそのまま説明を続ける。
「それに、本来なら新人だけで森の奥までは入れない。経験の浅い人間だけを集めて放り込むほど、ギルドも無責任じゃないからな」
フィナが少し安心したように息を吐いた。
「今回は同じ方面で仕事をする中堅パーティがいる。途中までそちらと行動を共にして、必要なら指導や援護を受けろ」
「じゃあ、俺たちだけで森を歩き回るわけじゃないんですね」
「ああ。ただし、全部面倒を見てもらえると思うな。自分たちで判断するのも仕事のうちだ」
「はい」
フィナが頷く。
ジンも依頼書を眺めながら説明を聞いていた。
魔物。
初めて聞く言葉ではない。
昨日までの短い時間にも、この世界には人間以外の危険な生物が存在すると聞いている。
だが、実物はまだ見たことがなかった。
どんな身体をしているのか。
どう動くのか。
魔法を使うのか。
考え始めると、自然に疑問が増えていく。
「……」
「ジン」
「はい?」
「聞いてるか?」
「あ、はい」
ビエトロが少しだけ怪訝そうな顔をした。
「ならいい。もう一つ。今回は即席のパーティだ。互いの戦い方も、癖も、できることもほとんど知らない。勝手な行動はするな」
全員が頷く。
「特に、お前」
指を向けられた。
「俺?」
「昨日の試験みたいに、一人で妙なことを始めるなよ」
「……善処します」
「そこは『分かりました』と言え」
近くでガストが吹き出した。
ビエトロはため息をつき、依頼書を畳む。
「まあいい。準備ができたら出発しろ」
「はい」
「命あっての冒険者だ。忘れるなよ」
◇
ベルクの北門を抜け、一行は街道を北へ向かって歩き始めた。
朝の風はまだ涼しく、街道には同じように仕事へ向かう冒険者や荷馬車の姿がちらほらと見える。
最初のうちは、五人ともあまり口を開かなかった。
今日初めて顔を合わせた人間同士だ。
何を話せばいいのか探っているような空気が続く。
その沈黙を最初に壊したのは、やはりガストだった。
「しかし、こうやって新人だけで集められるのも面白いな!」
「声でかいな」
アインがぼそりと言う。
「元気があるって言ってくれ!」
「朝からその元気はいらない」
「冷たいな!」
少しだけ空気が緩んだ。
レオンも苦笑する。
「普段は別々に動いてるんだ。こういう機会でもないと、同じ新人同士で組むことも少ないだろうしな」
「あの……」
フィナが遠慮がちに手を上げた。
「皆さんは、どうして冒険者になったんですか?」
ガストは迷うことなく胸を張る。
「強くなるためだ!」
「即答だな」
レオンが笑う。
「分かりやすいだろ!」
「俺は家族のためだな」
今度はレオンが答える。
「弟と妹がいるから、稼げる仕事がしたかった」
「なるほど」
かなり現実的だった。
フィナへ視線が集まる。
「私は……回復魔法をもっと学びたいんです」
少し照れたように眼鏡の位置を直す。
「怪我をした人を助けられるようになりたくて。冒険者なら、実際に魔法を使う機会も多いですから」
「立派だな!」
「ガストさんは強くなりたいだけなんですよね?」
「それも立派だろ!」
「否定はしてません」
そんなやり取りのあと。
自然と視線がジンへ集まった。
「ジンは?」
フィナに聞かれ、ジンは少し考えた。
「俺は……」
強くなりたい。
それも間違いではない。
だが。
それだけではない。
「知りたいことがあるから、かな」
「知りたいこと?」
「うん」
ジンは歩きながら、街道の先へ視線を向けた。
「この世界のことも」
昨日見た炎。
防護魔法。
身体強化。
街の中で当たり前のように使われている、数え切れないほどの魔法。
「魔法のことも」
そして。
自分がなぜここへ来たのか。
あの遺跡が何なのか。
修練空間とは何なのか。
「……全部かな」
フィナが目を瞬かせる。
ガストは数秒考えたあと、豪快に笑った。
「やっぱり変わってるな、お前!」
「よく言われる」
ジンも笑う。
その少し後ろを歩きながら、アインは何も言わなかった。
ただ、ジンの横顔を一度だけ見る。
「この世界のことを知りたい」。
まるで、この世界の人間ではないような言い方だった。
だが。
それだけで何かを決めつけるには早い。
アインはすぐに視線を前へ戻した。
一行の前方には、ベルク北方の森が徐々に近づいてきている。
初めての依頼。
初めてのパーティ。
そして。
ジンにとっては初めて見る、魔物のいる場所。
森の入口は、もうすぐそこだった。




