第11話 再挑戦
翌朝。
ベルク冒険者ギルドは、朝から多くの冒険者で賑わっていた。
壁に並んだ依頼書を眺める者がいれば、これから街を出るのか装備を確認している者もいる。受付では昨夜の仕事を終えた冒険者が報告を済ませ、少し離れた場所では仲間同士の笑い声が響いていた。
そんな中、入口の扉が開く。
「ジン!」
真っ先に気づいたのはローディだった。
「また来たのか?」
「ああ」
ジンは軽く手を上げ、そのまま受付へ向かう。
「もう一度、実技試験を受けたいんですけど」
その言葉を聞き、近くにいた何人かが振り返った。
「あいつ、昨日の」
「魔力がなかったやつだろ?」
「また受けるのか?」
昨日の試験を見ていた者もいるらしく、ざわめきが少しずつ広がっていく。
受付の女性もジンの顔を覚えていたようで、少し驚いた表情を浮かべた。
「昨日受けたばかりですよね?」
「はい」
「……もう一度?」
「お願いします」
返事に迷いはなかった。
受付の女性はしばらくジンを見たあと、近くの職員と短く話し合う。
「分かりました。実技担当に確認します」
「ありがとうございます」
ジンが頭を下げると、少し離れたところにいたローディが呆れたように息を吐いた。
「昨日あれだけやられて、次の日にまた来るやつ初めて見たぞ」
「昨日見たから、今日は試せるだろ」
「……何を?」
「いろいろ」
「その『いろいろ』が怖いんだよな……」
ジンは答えず、少しだけ笑った。
◇
ギルドの訓練場には、昨日より多くの人間が集まっていた。
魔力をまったく持たない青年が三戦すべてに敗れ、その翌日に再挑戦する。それだけでも、暇を持て余した冒険者たちの興味を引くには十分だったらしい。
ジンの前には、昨日と同じ三人の試験官が並んでいる。
最初の男が木剣を手に前へ出ると、身体の表面へ半透明の薄い光が広がった。
防護魔法。
昨日までは、ただ攻撃を止める硬い膜にしか見えなかった。
だが今は、少し違って見える。
「準備はいいか?」
「はい」
「では――始め!」
試験官が踏み込み、木剣を振り上げた。
ジンは相手の剣だけを追わない。肩、腰、足、木剣、そして身体を覆う薄い光までをまとめて視野の中へ置く。
木剣が振り下ろされる。
その軌道から、一身のまま半歩外れた。
地面を強く蹴ったわけではない。
身体全体の位置だけが、すっと横へ移る。
「……っ?」
試験官の目が僅かに動く。
その時には、ジンはすでに懐へ入っていた。
木剣を振る。
――ガン。
昨日と同じように、薄い光が攻撃を止める。
「やっぱり、普通に打つだけじゃ駄目か」
「何を今さら!」
試験官がすぐに木剣を返す。
ジンはかわし、もう一度打つ。
――ガッ。
また弾かれる。
だが今度は、手に返ってくる感触だけを見てはいなかった。
木剣が触れた瞬間、薄い光が僅かに揺れる。試験官が体勢を戻すと、その揺らぎも収まった。
次は反対側から打つ。
――ガン。
やはり変化する。
呼吸。
足運び。
身体の向き。
受けた衝撃。
昨夜、修練空間で何度も見た変化を、現実の試験官へ重ねていく。
一度目。
まだ違う。
二度目。
ここでもない。
試験官が大きく踏み込み、木剣を振り下ろした。
ジンはその軌道の外へ流れながら、自分の木剣を相手の前腕へ軽く合わせる。
受け止めるためではない。
振り下ろされる勢いを、ほんの僅かに外へずらす。
「――っ」
試験官の肩が流れ、踏み込んだ足へ体重が偏る。腰が僅かに開き、全身の形が崩れた。
その瞬間。
喉元を覆っていた薄い光が、僅かに揺らぐ。
「そこ」
ジンの木剣が返った。
先ほどまでより強い一撃ではない。
ただ、揺らいだ場所へ、揺らいだ瞬間に切っ先を届かせる。
――パキン。
「……!」
乾いた音とともに、喉元を覆う半透明の光へ細い亀裂が走り、その部分だけが一瞬途切れた。
「今……」
試験官が目を見開く。
周囲からも声が上がった。
「防護魔法が!」
「割れた?」
「喉元だけだ!」
ジンは押し込まない。
ひび割れた光が戻るより早く、木剣をほんの数センチだけ進め、その切っ先を試験官の喉元で止めた。
「……ここまでで」
試験官は動かなかった。
喉元に止まった木剣を見たあと、すでに元へ戻り始めている防護魔法へ視線を落とす。
「……何をした?」
「体勢が崩れた時だけ、そこが揺れたので」
「……それで?」
「その時に打ったらどうなるかなって」
「それだけか?」
「はい」
ジンは喉元を覆う光を見る。
体勢が崩れた瞬間に、防護魔法も揺らいだ。
なぜそうなるのかは、まだ分からない。
ただ、修練空間で何度も見た現象は、現実でも再現した。
試験官はしばらく何とも言えない顔をしていたが、やがて息を吐く。
「……一本」
訓練場が静まり返った。
◇
「第二試合!」
次に前へ出てきたのは、ローブ姿の試験官だった。
右手を上げると、掌の上へ小さな炎が生まれる。
昨日、何度も焼かれた相手だ。
ジンは木剣を握り直した。
「始め!」
試験官の右手が動く。
だが、ジンは掌の炎だけを追わない。
視線。
肩。
肘。
指先。
それらが変わった瞬間には、もう身体を動かしていた。
火球が放たれた時には、ジンは元いた位置から半歩外れている。
炎がすぐ横を抜けた。
「……!」
試験官がすぐに二発目を放つ。
ジンはまた外す。
三発目も同じだった。
「避けてるぞ」
「昨日より動きが速くなったのか?」
「いや……」
見ていた冒険者の一人が眉を寄せる。
「速さはそんなに変わってなくないか?」
その通りだった。
ジン自身が急に速くなったわけではない。
昨日より、動き始めるのが早いだけだ。
火球が飛んできてから避けるのではない。
飛んでくる前に、もう外している。
「くっ」
試験官が後退して距離を保つ。
ジンが近づく。
そして、昨日と同じ距離まで入った時、掌の炎が膨らんだ。
「来るな」
ジンの意識がそこへ向く。
今度は知っている。
次の瞬間、火球が手前で炸裂し、炎と爆風が一気に進路を塞いだ。
だが、ジンはその直前に地面へ手を伸ばしていた。
訓練場の砂を掴む。
爆炎が広がる。
その中へ砂を投げ込んだ。
「何を――」
細かな砂粒が炎を抜ける。
燃え上がらない。
消えもしない。
そのまま爆炎の向こうにいる試験官へ飛んだ。
「っ!」
試験官が反射的に顔を背ける。
目を守るため。
ほんの一瞬、視線がジンから外れた。
それだけで十分だった。
ジンは爆発の中心へ突っ込まず、広がる炎の端に沿うように位置を変え、その外側から一気に間合いを詰める。
試験官が顔を戻した時には、すでにジンが目の前にいた。
「――っ」
木剣が首元で止まる。
「……ここまで」
沈黙。
試験官は残っていた炎を消し、肩の力を抜いた。
「……参った」
◇
今度こそ、訓練場から声が消えた。
昨日、魔力が一切ないと判定された青年。
防護魔法には攻撃を止められ、火球には近づくことさえできず、三人目には身体能力の差だけで圧倒された。
その青年が。
一晩で、二人を突破した。
「……本当にやりやがった」
ローディが呟く。
驚いているのか、呆れているのか、本人にも分かっていないような声だった。
ジンは木剣を軽く振り、握りを確かめる。
二つ。
試した。
どちらも、修練空間で見つけたものが現実でも使えた。
なら、残るのは一人。
視線を上げる。
訓練場の反対側で、最後の試験官がこちらを見ていた。
身体強化の使い手。
昨日は動きが見えているのに、何一つ間に合わなかった相手だ。
男はゆっくり前へ出た。
「昨日とは別人みたいだな」
「そうですか?」
「自覚ないのか?」
「やってることは、そんなに変えてないので」
「……そうかよ」
男の口元が僅かに上がる。
木剣を構えた。
「面白い」
ジンも木剣を正面へ置く。
今までの二人とは違う。
この相手に、防護魔法の隙を突く方法は使えない。
砂も意味がない。
相手の方が、純粋に速い。
そして強い。
だからこそ、昨夜何度も見た。
足。
荷重。
膝。
腰。
身体が一気に加速する、その直前。
ジンの目が僅かに大きく開く。
相手一点を睨むのではない。
足元から肩まで、木剣も、その周囲の間合いも。
すべてを視野の中へ置く。
「最後だ」
試験官が告げた。
訓練場の空気が、一変した。




