↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔力ゼロの武術家 ~異世界を修練空間(トレーニングモード)で攻略する~』  作者: いなる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/84

第10話 身体強化

 白い床へ広がった波紋の中心で、人影が完全に形を取った。


 ギルドの実技試験で最後に戦った、身体強化を使う試験官だ。


 木剣を構え、静かにこちらを見ている。


 見た目だけなら、特別なところはない。


 だが。


 実際に動けば、話は変わる。


 ジンも木剣を構えた。


「……始めよう」


 その瞬間。


「――っ」


 試験官の姿が弾けた。


 消えたわけではない。


 見えている。


 だが、見えた時にはもう遅い。


 腹へ衝撃が入る。


「ぐっ!」


 息が詰まり、身体が折れた。


 反撃しようとした時には、すでに木剣が喉元へ添えられている。


 終了。


    ◇


「状態初期化」


 腹に残っていた痛みが消える。


「もう一回」


 再開。


 今度は少し早く構える。


 試験官が動く。


 腹。


 肩。


 足払い。


 転がされる。


 終了。


    ◇


「もう一回」


 今度は最初から距離を取る。


 それでも、入られる。


 打たれる。


 終わる。


    ◇


「もう一回」


 避けようとする。


 見える。


 こちらも動く。


 それでも間に合わない。


    ◇


 何度目かの敗北のあと、ジンは木剣を下ろした。


「……速い」


 そう呟いてから、すぐに首を振る。


「いや」


 速い。


 それ自体は間違っていない。


 けれど、ただ速いだけなら、ここまで気持ち悪くはない。


 何も見えないわけではないのだ。


 踏み込む足も、腰の動きも、肩も腕も、ちゃんと視界には入っている。


 それなのに。


 身体が追いつかない。


「……何を見ればいい」


 ジンは再現された試験官を見る。


 相手の攻撃を全部見てから動く。


 それでは遅い。


 なら、もっと前。


 攻撃になる前を見る。


    ◇


「状態初期化」


 今度は木剣を構えなかった。


 ただ立つ。


 開始。


 まず足元を見る。


 右足。


 踏み込み。


 腹へ一撃。


 終了。


「もう一回」


 右足を見る。


 また踏み込む。


 また終わる。


 次。


 今度は左足。


 次は腰。


 次は肩。


 見る場所を一つずつ変えていく。


 何度も。


 何度も。


 同じ動きを繰り返させる。


 そのうち、攻撃を受けること自体が目的ではなくなっていた。


 どこが最初に変わる。


 何が先に決まる。


 どこを見れば、次の動きが読める。


 それだけを探す。


    ◇


「……そこか」


 何十回目か。


 ジンの視線が止まった。


 試験官が踏み込む直前。


 ごく僅かに、片足へ荷重が乗る。


 膝の角度が変わる。


 腰が前へ出る準備を始める。


 そして、その直後。


 身体全体が一気に加速する。


「ここだ」


 身体強化が、どういう仕組みで身体能力を引き上げているのか。


 それはまだ分からない。


 だが。


 強化されていても、人間の身体が動き始める前には準備がある。


 踏み込む前。


 加速する前。


 攻撃になる前。


 そこなら見える。


 ジンが知りたいのは、魔法の仕組みそのものではない。


 今は。


 相手の身体が、いつ攻撃を始めるのか。


 それだけでいい。


「ここなら間に合う」


    ◇


「状態初期化」


 再開。


 今度は試験官の全身を視野に収めながら、特に足元の変化を待つ。


 片足へ荷重が乗る。


 膝。


 腰。


 その瞬間。


 ジンの身体が半歩だけ横へ移った。


 直後。


 木剣が頬のすぐ脇を通り過ぎる。


「……」


 一瞬、自分でも動きを止めそうになった。


「避けた」


 初めてだった。


 身体強化を使った試験官の初撃を、完全に外した。


 だが、喜ぶ暇はない。


 すぐに二撃目が来る。


「っ」


 肩へ入った。


 終了。


    ◇


「もう一回」


 初撃は避ける。


 二撃目で負ける。


    ◇


「もう一回」


 一撃。


 二撃。


 三撃目。


 そこで打たれる。


    ◇


「もう一回」


 避ける。


 また避ける。


 それでも最後には負ける。


    ◇


 それでも。


 ジンは笑っていた。


「見える」


 身体強化そのものを消すことはできない。


 相手より速くなることもできない。


 少なくとも、今は。


 だが。


 相手が速いからといって、何もできないわけではない。


 動いた後を追えば間に合わない。


 なら。


 動く前に、こちらが動けばいい。


 必要なのは速度ではない。


 始まり。


 相手の動きが、まだ攻撃になりきっていない一瞬。


 そこを先に取る。


「……これなら」


 ジンは木剣を握り直した。


 何度か試す。


 初撃をかわす。


 二撃目へ入られる前に、今度は少し前へ出る。


 まだ届かない。


 次。


 もう少し早く。


 今度は入りすぎる。


 次。


 角度を変える。


 また失敗。


 それでも、最初の頃とは違う。


 ただ打たれて終わるだけではなくなっている。


「現実で試せるな」


 ジンは木剣を下ろした。


 完全に勝てたわけではない。


 むしろ、まだ負ける回数の方が圧倒的に多い。


 だが。


 見る場所は分かった。


 動くタイミングも、少しずつ形になっている。


「よし」


 ジンは意識を白い世界から離す。


 呼吸を整え、宿の部屋を思い浮かべる。


 数秒。


 白い景色が遠のいていった。


    ◇


 目を開ける。


 宿の部屋だった。


 窓の外は、すでに朝へ変わり始めている。


 ジンは机へ向かい、借りた紙を広げると筆記具を手に取った。


 少し考えてから書く。


『身体強化――動き出してからでは間に合わない』


 その下へ。


『踏み込み直前、足への荷重変化あり』


 さらに。


『先に動く』


 そこで筆を止めた。


 魔法の仕組みは、まだ分からない。


 だが。


 相手の身体については、一つ分かった。


 ジンは紙を置き、立ち上がる。


「行くか」


 昨日、一度も勝てなかった場所。


 ベルク冒険者ギルド。


 再挑戦の時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。