030:恐るべき子供たち
030:恐るべき子供たち
大和経済新聞 朝刊コラム:『時代の眼』より抜粋
【コラム】令和の「恐るべき子どもたち」〜ゲームの皮を被った怪物の量産機〜
先日、都内のとある公園を通りかかった際、異様な光景を目にした。
ランドセルを投げ出した小学生たちがスマートフォンを囲み、
「今夜の米雇用統計はレイドイベント(大規模戦闘)だからヘッジしとこう」
「ロンドン市場が不穏だからギャップダウンに備えて逆指値を仕込んだ」
などと、無邪気な声で会話していたのである。
彼らが熱狂しているのは、現実の株式相場と連動してモンスターが強くなるデジタルゲーム『株モン』だ。
大人が胃に穴をあけながら読む『四季報』や経済ニュースは、彼らにとっては『ポッケのモンスター』の公式攻略本や、イベントバトルの告知に過ぎない。
ここに、現代のリテラシー教育がもたらす最大の「歪み」と「恐怖」がある。
彼らは決して、高尚な経済学を勉強しているわけではない。
学校の算数のテストで20点を取る児童が、実質利回りやPBR(株価純資産倍率)による補正値を一瞬で暗算する。
九九の暗唱もおぼつかない低学年児が、中東情勢の緊迫が原油先物と為替(ゲーム内の属性相性)にどう影響するかを完璧に記憶しているのだ。
かつての子どもたちが、1,000種類を超えるポッケモンの弱点や、複雑極まる『マインdeクラフト』の回路を驚異的な速度で記憶・構築したように、彼らはただ「ゲームに勝ちたい」という純粋な欲求に従っているだけなのだ。
その驚異的な学習能力が、たまたま「資本主義のルール」という皮を被ったゲームに向いた結果、自覚のないままプロ顔負けの投資リテラシーを持つ「相場の化け物」が街中に量産されることとなった。
「株モンバトルは市場が始まる1時間前にはもう既に始まってるんだ! 日経先物の板の厚みを読んで寄り付きのメタを張るのは株モンバトラーの基本だしね!」
と、ある少年は笑顔で語った。
大人が生涯をかけて学ぶ「経済」を、彼らはただの娯楽として消費し、最適解のボタンを叩き続ける。
純粋ゆえの恐ろしさを孕んだ「新人類」の台頭に、我々大人は、ただ憐憫の瞳で見下ろされる準備をしておくしかないのかもしれない。
(経済部記者・市場 充)
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大和経済新聞 朝刊コラム:『時代の眼』より抜粋
【コラム】ヒーローはアナリスト、自由研究は「不動産登記」〜顕在化する『株モン』狂騒曲〜
かつて小学生の憧れの職業といえば、プロスポーツ選手や華やかなポップスターが定番であった。
しかし、現在の小学校で「クラスのヒーロー」あるいは「推し」として君臨しているのは、驚くべきことに著名な経済アナリストやファンドマネージャーだという。
放課後の公園。ランドセルを投げ出した児童たちが、1台のスマートフォンを囲んで黄色い歓声をあげていた。
アイドルグループのライブ動画でも見ているのかと覗き込めば、画面に映っていたのは50代半ばのベテランアナリストである。
「ねえ見た? 〇〇証券の佐藤さんの最新レポート、今日の朝配信されたやつ!」
「やばいよね! 次のパッチ(相場変動)のメタ読み神がかってない!? 前回のFOMC(大規模イベント)の時も金利のブレをコンマ何パーセントまで当ててたし、マジで神なんだけど〜!」
まるでポップスターのファンサに狂喜乱舞するかのようなノリで、彼女らはマクロ経済の精密な分析レポートを絶賛する。
「△△ファンドの田中さんも捨てがたいよね、白髪交じりのおじさんだけど素材セクターの裏事情に詳しすぎて尊い」
などと、白熱した“推しアナリスト論争”が展開される様は、異様を通り越してどこかシュールですらある。
彼らにとって、複雑なチャート分析や財務諸表の読み解きは、ただの「推し活」であり「ゲームの攻略法」なのだ。
この歪とも言える純粋な熱狂が、企業の現場に今、奇妙な戦慄をもたらしている。
夏休み、企業の工場見学やオフィス訪問に訪れる子どもたちの目を見てほしい。
かつてのような「モノづくりへの純粋な感動」を湛えた瞳ではない。
そこに宿っているのは、お気に入りの株モンのステータス補正(実質資産)を計算し、上方修正の隠しフラグを探り出そうとする、獲物を狙う肉食獣のそれである。
「このラインの稼働率、中計(中期経営計画)の想定より2割は高くないですか?」
「今回の原材料高騰分って、次の四半期で製品価格に100%転嫁できる見通しですか?」
案内役の広報担当や工場の解説スタッフに対し、児童たちはノートを片手に、インサイダー取引規制に接触しないギリギリの質問を笑顔で投げかける。
応対する大人たちの背中には冷や汗が流れるという。
もはやこれは見学ではなく、機関投資家による「ガチの取材(IRミーティング)」だ。
さらに恐ろしいのは、彼らの「自由研究」のテーマである。
大手ビール工場で麦芽の仕入れ価格を工場長の顔色から察知しようとするに留まらず、地元の地味な倉庫会社が持つ不動産の価値を調べるため、自力で法務局へ通い土地の登記簿謄本を上げて時価評価額(含み益)を弾き出す猛者まで現れている。
学校の算数のドリルでは分数の計算に頭を抱えている児童が、企業のPBR(株価純資産倍率)の歪みを突くために、億単位の資産価値を暗算で補正しているのだ。
彼らは経済学を勉強しているのではない。「ゲームを楽しんでいる」だけだ。
その圧倒的な吸収力が、たまたま株式市場という現実世界を舞台にしたルールと結びついた結果、かつてないリテラシーの「怪物」たちが、今日も公園の砂場でポテトチップスを片手に生まれている。
大人が胃を痛めながら向き合う市場を、子どもたちは無邪気に遊び荒らしていく。
この静かなる地殻変動に、我々大人はどう立ち向かうべきなのだろうか。
(経済部記者・市場 充)
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大和経済新聞 朝刊コラム:『時代の眼』より抜粋 完結編
【コラム】ブタメンと資本論 〜怪物の仮面を被った、ぼくらの子どもたち〜
連日、本コラムでは『株モン』に熱狂し、大人顔負けの財務分析や地政学リスクのヘッジを行う、現代の「恐るべき子どもたち」の生態を報じてきた。
法務局で登記簿を上げ、企業の含み資産を計算する小学生たちの姿に、ある種の戦慄を覚えた読者も少なくないはずだ。
だが、我々は彼らの小賢しい知識のメッキに、目を眩まされているだけなのかもしれない。
彼らの本質は、いつの時代も変わらない「ただの子ども」なのだ。
驚異的な計算能力で何億もの架空資産をコントロールする少年たちが、そこまでしてゲーム内の通貨を稼ぎたがる理由は何か。
不労所得でアーリーリタイアするためでも、高級外車を買うためでもない。
「ゲーム内のアバターに、カッコいい限定の洋服を着せて友達に自慢したいから」。
あるいは「隣のクラスのサトシくんにバトルで負けたくないから」。
そして、彼らがプレイするゲームの「世界の危機を救いたいから」という、どこまでも無邪気でささやかで、そして壮大な――
かつての僕たちが『ポッケモン』のレベル上げに熱中した動機と、1ミリも変わらない子ども心のエネルギーなのだ。
彼らの歪なスケール感は、放課後の公園で見事に弾ける。
画面の向こうのニューヨーク市場の動向を冷徹に読み切り、完璧なロスカットを実行した直後、彼らはスマートフォンをポケットに放り込み、
「よっしゃ、勝ったからあそこの駄菓子屋で100円のブタメン食おうぜ!」
と泥だらけになって走り出す。
どんなに画面の中の巨額の数字を動かそうとも、彼らにとっての最高の贅沢の基準は、いつだって放課後の買い食いの域を出ていない。
どれだけ相場を支配できても、母親の「宿題やらないならスマホ没収」という絶対的なレギュレーション(権力)の前には大号泣して屈するし、お小遣いの100円玉を自動販売機の隙間に落とせば、指が届かなくて本気で涙を流す。
それが彼らの等身大の無力さであり、愛すべき素顔である。
彼らは経済学を学んでいるのではない。
ただ、大人が作った『株式市場』という、最高にエキサイティングなルールに満ちたゲーム盤の上で、ピュアに遊んでいるだけなのだ。
だからこそ、我々大人の義務は明確である。
彼らの無垢な情熱を歪ませることなく、その無邪気な心のままで、笑顔でサイコロを振り続けられる世界を創り出すこと。
そのためには、戦争の火種をマネーゲームの道具に仕立てたり、他者を貶めて巨利を貪るような醜い業を、今を生きる大人の責任で一つずつ排除していかなければならない。
我々現役世代が歪んだ社会の仕組みそのものと戦い、市場をより健全な場所へと改善していくのだ。
それは、かつてゲームの世界で仲間モンスター達と一緒に世界を救った「勇者」である、我々大人の負けられないもう一つの大冒険に他ならない。
夕暮れの公園でブタメンを啜る小さな現役勇者たちを見ながら、かつて共に世界を救った相棒と、
『また宜しくな!』
と、心の中で小さく拳を合わせる。
(論説委員・大目 泰造)




