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027:初めての株モン?バトル⑥

027:初めての株モン?バトル⑥


「……カッパ蟹せん……!!」


 目の前の巨体から、どくどくと溢れ出す透明感のある青い血液。


『白い手』を胸元に抉り込ませたままハサミで固く拘束し、その巨体で床に抑え込むカッパ蟹せんの体から、煌めくルーンの結晶が止めどなく流れ落ちていく。


「やっぱり……お前、最初から……」


 俺たちを攻撃している時から、ずっと違和感があったんだ。


 もしコイツが本気で俺たちを殺そうとしていたなら、俺たちが隙を見せた瞬間、何回だって殺せるチャンスはあった。


 コイツは俺たちを襲っていたんじゃない。

 俺たちを護ろうと、暴走する身体と必死に戦っていたんだ。


(お前……っ)


 俺を護り抜いてくれたお菓子の背中。

 思わずその甲羅へ手を伸ばそうとした、まさにその瞬間だった。


 ズガァァァンッッ!!!


「ガハッ……!? ギィ、エ……ッ!?」


 上空から音速で降り注いだ巨大な『黒い槍』が、動けないカッパ蟹せんの背中へ、容赦なく深々と突き刺さった!


 貫かれた凄まじい衝撃に、カッパ蟹せんの巨体が跳ね上がる。

 拘束された『手刀』を無理やり引き抜き、解放させようと――上空の巨大な単眼が凶暴に細められていた。


 その頑なな抵抗に、上空の単眼がイラ立ちを爆発させる。


 ズスッ! ズサッ! ズガァンッ!


『――テ ヲハナセヨ、ザコガ――』


 2本、3本と、手刀を解放させるために容赦なく降り注ぐ黒い槍の雨。

 ハサミを離させようと、動けないカッパ蟹せんの背中やハサミの関節を、ドスドスといたぶるように無残に破壊していく。


 バキィッ! メリメリッ!!


「ギ……ガァァァァッ……!?」


 激しい破壊音と共に、黒い槍がカッパ蟹せんのハサミのヒンジ(関節)を根元から力任せに粉砕した。


 どれほど『離したくない』と心が叫んでいようとも、肉体の限界を超えたダメージに、万力だったハサミの力がズルリと弛緩してしまう。


『ギ、ギヒッ……♪』


 拘束が緩んだ一瞬を逃さず、ずるりと胸殻から不気味に引き抜かれていく『白い手』。


 解き放たれた手刀は、爛れた肉を痙攣させながらカッパ蟹せんの下から抜け出し、滑るような速度で床を後退して体勢を立て直した。


 力を使い果たし、崩れ落ちるカッパ蟹せんの巨体。

 その背中に突き刺さった黒い槍を、上空の単眼があざ笑うように見下ろしている。


 まるで気に入らない玩具をぐちゃぐちゃに踏み潰す子供のように。

 綺麗な蝶の羽を「傷がついたから」と平然とむしり取るかのように。


 ――ブチン。


 頭の中で、何かが完全に切れる音がした。


 怒りで全身の血が逆流し、視界が真っ赤に染まる。

 俺の激昂に反応し、『死神の鎌』の刃が禍々しく燃えさかる赤黒い炎に包まれた。


 胸の奥底からドス黒く溢れ出てくるのは、純粋な殺意。


(ゼッタイコロシテヤル……!! 跡形もなく消し去ってやる……ッ!!)


 感情のまま大鎌を振り上げ、上空の異形へ飛びかかろうとした――その時。


 ギチ……ギチギチ……。


 足元で、カッパ蟹せんが絞り出すように口殻を鳴らした。


 力なく俺を見つめる青い複眼。

 その瞳が、悲しそうに、まるで「行くな」と俺を押しとどめるように揺れていた。


『覚えておけよ鈴木良平。燃えるような感情だけでは、万象はお前を喰らい尽くすだろう』


『胸に炎を宿しつつ、氷の瞳で世界を見るのだ。それが出来てようやく、お前は半人前になれる――』


 ふと、かつてビフロンスがニヤリと笑いながら言い放った言葉が、脳裏を鮮烈に駆け巡った。


(……そうだ。頭を冷やせ、鈴木良平。感情任せに突っ込んでも、あの高所の目には届かねぇ……!)


 激しく燃えさかっていた鎌の炎が、すっと静かな青白い冷気へと収束していく。

 俺は深呼吸を一つ吐き出し、氷のように冷え切った瞳で上空の『目』を凝視した。


 はらわたが煮えくり返るとは、このことだ。

 だが……怒りに任せて突っ込んでも犬死にするだけだ。冷たくなった頭で、状況を整理しろ!


 ゼロの残弾はもう無い。

 敵は上空の『目』と、ぬめりつく『白い手』。

 カッパ蟹せんは胸を撃ち抜かれて瀕死。


 そして――あの白い手がオリハルコンコアに触れたら、その時点で俺たちの負けだ。


(本当に……何もねぇのか!? 考えろ! 考えるんだ鈴木良平……ッ!!)


 その時、俺の視線はカッパ蟹せんの傷口から溢れ出ている、青い血と小さなホープストーンの欠片たちに吸い寄せられた。


 脳裏に芽生えたのは、一つだけ不完全で穴だらけの作戦。


 どう考えても失敗する。仮に成功したとしても事態が好転するとは限らない。

 だが――こんな絶望的な状況で、アホな俺が考えつく唯一の『大バクチ』がこれなんだ!


 あまりの無茶苦茶さに不安で膝が震えそうになった、その時だった。


 カッパ蟹せんが青い血を吐きながら、砕かれ感覚を失ったはずの巨大なハサミを、意地で少しだけ持ち上げた。


 ボロボロになりながらも、その姿は『やってやれ相棒!』と親指を立てているように見えた。


(あはは……最高だな、お前は)


 涙で視界が歪むのを、ぐっと堪える。

 やっぱり、お前が俺の中のナンバーワンお菓子だぜ!


「アリエル!! 頼みがある! 30秒でいい!! その白い手を何としてでも阻止してくれ!!」


「えっ……!? わ、わかりました! 亀ちゃん、私に力を貸して!!」


「カッパ蟹せん……すまねぇ、借りるぞッ!!」


 俺は倒れるカッパ蟹せんに一言断りを入れ、床にこぼれ落ちた血まみれのホープストーンの欠片を、指に爪を立てるようにしてありったけかき集めた。


 手のひらに伝わる、ずっしりと冷たく、生々しい結晶の感触。


「うおおおぉぉぉぉッッ!!」


 地面を強く蹴り、一直線にオリハルコンコアへ向かって走り出す!


 上空の『目』が俺の危険な意図に気づいたように、迎撃の『黒い槍』を次々と天から降らせてくる!


 ズバババババッッ!!!


「くっ……おおおおっ!?」


 左へ、右へ、大鎌を盾にしながら必死に駆け抜ける!


 だが、コアまであと10メートルの距離で、アリエルたちの防衛をすり抜けた『白い手』が、巨大な鞭のようにしなって俺の首元を刈り取りに迫ってきた!


(しまっ……かわしきれねぇ……!?)


 直撃すれば首が吹き飛ぶ。

 俺は得意のスライディングで地面に滑り込み、攻撃をかわそうとした!


 だが、満身創痍の体では速度も距離も足りない!

 このままじゃ首を切られる――!


「届か……な――――」


【サブスキル:『以心伝心』自動追従】


 その瞬間、アリエルの腕の中の亀ちゃんが光り、カッパ蟹せんの複眼が力強く輝いた!


【カッパ蟹せん:サポートスキル『ノンフライ・オイルコート』発動!】


 ドシュゥゥゥゥッッ!!!


「うおっ!?? なんだこれ!!?」


 次の瞬間、俺の全身が眩い光と共に『極上の低摩擦オイルコーティング装甲』で覆い尽くされた!


 テカテカと輝く特殊装甲は、迫り来る白い手の凶悪な打撃を「ヌルッ!」と見事に受け流して滑らせる!


 さらに、摩擦係数が完全にゼロとなった俺の体は、大理石の床の上をロケットのような超スピードで滑走し始めた!


「滑る滑る滑るぅぅぅぅ!! ノンフライ最高ぉぉぉぉッッ!!!」


 白い手の追撃を完全に置き去りにし、俺は勢いそのままにオリハルコンコアの真っ芯へと躍り出た!


「頼むぜ、俺の大バクチぃぃぃぃッッ!!!」


 掴んでいたホープストーンの欠片たちを、転がり込みながらコアの核へ向かって力任せに叩き込んだ!


 ◇


 コアが激しく咆哮し、叩き込まれた青い欠片群を飲み込んで、狂ったような光の奔流を噴き上げた!


【緊急オーバーライド:未定義召喚プロトコル実行】


 玉座の間全体が、見たこともない眩いゴールドの輝きに包まれる。

 透過UIに躍り出るのは、激熱を示す【金色】の確定エフェクト!


「やった……!? 金だ! ガチャ演出が金に変わったぞッ!!」


 勝利を確信し、思わず歓声を上げた――まさにその瞬間だった。


 ビィィィィィィッッ!!!


 空間に、鼓膜を刺すような重厚で不快な警報音が鳴り響いた!


 金の光柱がバリバリと酷く歪み、透過UIに真っ赤なシステムエラーが上書きされる!


【警告:召喚対象(防衛兵器級株モン)に対してアセットパワー(資産価値)が著しく不足しています】

【エラー:現行の投擲データでは現界を維持できません】

【要求:不足しているアセットパワーの即時補填、または構築の中断】


「なっ……何言ってんだよ!? アセットパワー不足……!?」


「ダメです鈴木良平! 呼ぼうとしている株モンの規模が大きすぎて、ホープストーンの欠片だけじゃ『資金』が全然足りてないのです!!」


 アリエルが悲鳴を上げる。


 せっかく立ち昇った金の光柱が、急速に威力を失ってか細く縮んでいく。

 上空の『目』が、俺たちの焦りを見て嘲笑うかのように瞳孔を不気味に揺らした。


(クソッ……ここまで来て……! 資金……資産……俺に払える『アセット』なんて、もう――)


 絶望に打ちひしがれかけた俺の透過UIに、淡々と、しかし残酷な選択肢が割り込んできた。


【保有株モンの売却(流動化)による即時資金充填が可能です】

【対象:『零式艦上戦闘機ゼロ』『トヨタ A型エンジン(エーツー)』】


「……っ!?」


 息が止まった。


 売却。

 そうか、その手があった。


 一瞬、甘い考えが頭をよぎる。

 一度売却して資金アセットにして、戦いが終わった後にまた市場で買い直せばいいだけじゃないか、と。


 だが――俺が売却ボタンに指を伸ばそうとしたその瞬間、顔を蒼白にしたアリエルの切なる声がそれを制した!


「ダメです! 鈴木良平!! 以前ビフロンスに聞いたのです……イレギュラー株モンは時代が違う特別な存在……ここで売却したら、二度とあなたの元へは戻ってこないかもしれないのです!?」


「……二度と……戻らない……?」


 伸ばしかけた指が、ピタッと空気中で凍りついた。


 二度と会えない?

 ゼロと? エーツーと?


 俺と一緒に修羅場をくぐり抜けてきた、かけがえのない相棒たちと……お別れだってのか……!?


「そんなの……そんなの選べるわけねぇだろ……ッ!!」


 血が出るほど唇を噛み締め、俺は頭をかき抱いた。


 召喚を諦めれば全員全滅。

 だが売却すれば相棒を失う。


 頭がどうにかなりそうな葛藤の中、上空から「キュイィィィィン……」と澄み切った過給機音が優しく降り注いだ。


 ハッと見上げた視界の先。


 旋回するゼロが、翼を大きく一回揺らした。

『何を迷っているんだ、マスター』と呆れるように。


 そして、背中に括り付けられたエーツーから、トントン、と力強く背中を叩く感触が伝わってきた。


 声は聞こえない。

 だが、彼らの魂の咆哮がダイレクトに脳裏に響く。


『――行け、鈴木良平』

『――君なら、この先、私たちが居なくても大丈夫だ!』


「ゼロ……エーツー……ッ……!!」


 ポロポロと涙が溢れ出し、視界がぐしゃぐしゃに歪む。


 嫌だ。

 手放したくない。


 だが――お前たちの覚悟を無駄にすることだけは、もっと嫌だ!!


「すまねぇ……! 後で絶対に……世界中を探し回ってでも、買い戻してやるからなあああぁぁぁッッ!!!」


 俺はぐしゃぐしゃの泣き顔のまま、覚悟を決めて【全売却(SELL ALL)】の画面を力任せにスワイプした!


 ピコン!


 上空のゼロが最後の一声として爽快な澄んだ過給機音をキィィィンと響かせ、背中のエーツーが誇らしげに「バウッ!」と一度だけ強く吠えた。


 美しい緑の翼と無骨なエンジンが、眩い光の粒子となって解け、コアへと一気に吸い込まれていく!


 透過UIの保有銘柄欄から、ゼロとエーツーの名前が『売却完了』の赤いスタンプと共に砂のように消え去り、膨大な【売却益アセットパワー】の数値へと一瞬で換算されていく!


 弱まりかけていた光柱が爆発的な輝きを取り戻し、金を遥かに凌駕する重厚な【黒金】の威光となって天を衝いた――!



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