025:初めての株モンバトル④
025:初めての株モンバトル④
ポケットの中で激しく跳ねるスマホ。
鳴り止まない呼び出し音とノイズ混じりの声に、俺はスマホをポケットから引っ張り出した。
「マスター!! 私を召喚してください!!」
「ル、ルミナス……!?」
透過UIの画面上、暗転していた『召喚可能株モン』の枠で、ルミナス・スライムのアイコンが怪しく、だが神々しく輝いていた。
(なんで生活支援アプリのルミナスが召喚できるんだ……!? いや、理由なんて後だ! 手数が足りねぇ今なら、猫の手だって借りてやる!!)
藁にもすがる思いで画面の召喚ボタンへ指を滑らせようとした――その瞬間!
ドガァァァァンッ!!
「うおっ!?」
横合いから迫ったカッパ蟹せんの巨ハサミが、床の大理石を激しく粉砕した。
あまりの衝撃波と風圧に煽られ、俺の手からすぽーんとスマホが吹き飛ぶ!
「しまっ――!?」
宙を舞うスマホ。落ちた先は、突進してくる化け蟹の多脚のすぐ足元だ。
「踏み潰されてたまるかぁぁぁッ!!」
俺は背中にエーツーのズッシリとした重みを背負ったまま地面へダイブし、大理石の床を滑る泥臭いヘッドスライディングで飛び込んだ。
蟹の太い爪が振り下ろされるコンマ数秒前、ギリギリでスマホを掴み取ると、画面に何が表示されているかも確かめず、回転しながら確定ボタンを必死で連打した!
『選択口座:新NISA口座(成長投資枠)』
『株モン:ルミナス・スライム――召喚!!』
スマホから眩いゴールドのホログラム光線が噴き出す!
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン♪ マスター、株モン始めたんですね!? しかも、私をNISA枠で呼び出すなんて……! マスターの愛をびしびし感じちゃいます〜♡」
まばゆい光の中から、ぷるぷるとした紫色のスライムが、能天気でやたらとテンションの高い声を上げながら躍り出た。
……が。
「――って、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁッ!!???」
周囲を見回したルミナスが、一瞬で目を飛び出させた。
吹き荒れる黒煙とスパーク。
崩落した玉座、血と汗に塗れて死神の鎌を握りしめる俺、背中で嬉しそうに尻尾を振るエーツー、上空を旋回する戦闘機ゼロ。
アンド目の前にそびえ立つ、大型トラック並みの超巨大な化け蟹――!
「よっしゃぁ! これで戦力が増えたぞ! ルミナス、お前その体であのカニの複眼にでも貼り付いて、視界を奪ってくれ!!」
「ムムムム無理無理無理無理!! 無理にもほどがあるでしょぉぉぉッ!? 私、ただの生活支援アプリですよ!? なんで怪獣大戦争の真ん中に放り投げられてるんですかぁぁぁッ!?」
ひやりとしたヌルぬるの質感と共に、泡を吹いて叫ぶルミナスが俺の首元へ必死にしがみついてきた。
「あ? お前! 自分から出てきたいって言ったんだろ!?」
「スマホの中から外の様子なんて分かるわけないじゃないですか!! 私はマスターと一緒にゲームがしたかったんです! 大怪獣バトルなんて望んでませんよ!!」
「ちっ、使えねぇ! ……そうだ、スキルだ! エーツーのバフのおかげで、お前のスキルもLv.2まで解放されているはずだ! ほら、なんか出せ!!」
「スキルですか? あっ! 本当だ、エーツーさんすごい能力持ってるんですね!!」
周囲に地響きが轟く中、俺は首元の紫色のプニプニを引っ剥がしそうになりながら、視界に浮かぶルミナスの透過UI画面を素早くタップした。
だが、そこに表示されたスキルテキストを目にした瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。
【株モン:ルミナス・スライム】
メインスキル:『ルミナスコイン生成』
(効果:時間経過でアプリ内コインを生成する)
サブスキル Lv.1:『みんなに質問』(消費:1コイン)
(効果:ユーザーコミュニティに悩みや知恵袋を投稿できる。即座にレスが付く)
サブスキル Lv.2:『あなたと一緒に』
(効果:ルミナスと記念写真を撮るとコイン生成率UP!)
「……は? 舐めてんの?」
「ひどい!! 勝手に覗いて勝手に落胆しないでください!!」
「どこに落胆しない要素があるんだよッ!? 命がけの戦場のど真ん中で知恵袋と自撮りポイ活やって何の意味があるんだよバカ野郎ぉぉぉッ!!」
ゼロは重砲撃を放ち、エーツーは組織力を束ねる極大バフを撒く。
なのにこいつは、ただの『日常のポイ活アプリ』そのまんまじゃないか!
ドガァァァンッ!!
「ちっ……!」
俺たちの呑気なやり取りに痺れを切らしたのか、カッパ蟹せんの巨大なハサミが頭上から勢いよく振り下ろされた。
俺は激しく舌打ちすると、首元にすがりついていたルミナスの紫色の身体を力任せに引っぺがし、後方で待機しているアリエルたち目掛けて全力で放り投げた。
「ひどぁぁぁぁいッ!? マスターのいけずぅぅぅーーーッ!!」
宙を舞いながら情けない悲鳴を上げる紫色の物体。
それをアリエルが見事にナイスキャッチした直後、ルミナスが「ひどいですよぉ!」とアリエルの腕の中で涙目になってギャーギャー喚く声が聞こえてきた。
「泣いている暇はありませんよルミナス! 鈴木良平の攻撃はもう通りません! あと3分で5回目のスキルが発動したら、私たちは完全に全滅します!!」
「えぇぇぇッ!? マスター死んじゃうの!? やだやだ! 放置少女になっちゃう!!」
背後でアリエルに絶望的なタイムリミットを告げられ、泡を吹いてパニックになっている声が飛んでくる。
知ったことか! こっちは一歩間違えればペシャンコなんだよ!!
ドガァァァンッ!!
頭上から襲い来るカッパ蟹せんの巨大なハサミ。
俺は間一髪、大鎌の刃を近くの極太の柱に引っかけると、柄のルーンを親指で力任せに叩き込んだ!
ガコンッッ!!!
一瞬で柄が縮む強烈な牽引力に身体を引きずられ、俺はワイヤーアクションのように後方へ弾き飛ばされた。直一秒前まで俺がいた大理石の床が、爆音と共に微塵に粉砕される!
吹きたつ黒煙と風圧を全身に浴びながら、着地と同時に大鎌を構え直す。
(くそっ……打つ手がねぇ! 鎌のギミックで回避するのが精一杯だ。ルミナスは戦力にならねぇし、何か……打破できる手は何かないのかよッ!?)
俺が焦りで脳を焼きそうにしながら必死で回避行動を取っていた、その時だった。
「やだやだやだ! マスター死んじゃやだぁぁぁッ!! 私にできること……私にできることって、これしかないよぉぉぉッ!!」
背後で半狂乱になったルミナスが、涙目になりながら必死にスマホの画面を連打する叫び声が響いた。
直後――俺の視界の端に浮かぶ同期透過UIが、ピロンと明滅した。
【サブスキル:『みんなに質問』発動(消費:1コイン)】
画面上に、ルミナスがなりふり構わず投稿したテキストが自動表示される。
『投稿者:ルミナス』
『【大至急】マスターがダンプカーくらい大きな蟹さんと戦っています! 殻が固くてマスターが死にそうです! どうすれば良いですか?』
(……は!? こいつ、この土壇場で勝手に知恵袋投稿して――)
「使えねぇ」と切り捨てたはずのポンコツアプリが、パニックになりながらも必死で俺を助けようと繰り出した渾身の一手。
(だけど……こんなイタズラみたいな投稿、一蹴されて終わりだろ……!)
俺が心の中で絶望しかけた、まさにその一瞬後だった。
ピコン! ピコンピコンピコンッ!!
俺の視界の透過UIから、爆発的な通知音が鳴り響き始めた!
「マ、マスター!! レスが! レスが爆速でついてますぅぅぅッ!!」
後ろからのルミナスの泣き叫ぶような声と共に、透過UIの画面上にアプリユーザーたちからの回答がズラリと流れていく!
【回答一覧】
名無しさん: また変な大喜利か? 主人公死ぬな頑張れwww
名無しさん: この前の蟹の食い放題、蟹しか無かった。米くらい置いとけよ!
デスマスク太郎: 蟹は最強生物だ、諦めたほうが良いぞ。
「……おい! ろくな回答がねぇじゃねぇかッ!!」
完全にネットのネタ扱いだ! 迫り来る化け蟹の巨足を間一髪で回避しながら俺が舌打ちした、まさにその時――!
お魚大好き☆: ギョギョーッ! 黙って見ていられませんギョ! カニを上からいくら叩いても無駄ですギョ! カニの最大の弱点は裏側のお腹にある『ふんどし(腹甲)』ですギョ!!
大学女教授A: お魚さんナイス! そうそう、あそこって蟹の先祖がエビだった時の尻尾の部分なの。脱皮や排泄のために繋ぎ目が柔らかいのよね。
元・板前: ふんどしを力任せに剥がせば、甲羅の接着面が剥き出しになる。そこに刃を引っ掛けてテコの原理で開ければ、いくらデカいカニでも一発でパカッと取れるよ!
「……カニの『ふんどし』……! 最大の弱点……だと!?」
雷に打たれたような衝撃が脳腔を突き抜けた。
そうだ……!
カッパ蟹せんの表面をいくら上から叩いても効かないわけだ!
裏側の繋ぎ目は構造上、最も柔らかい接合部になっている!!
「ルミナス! 神かお前は!!」
「えへへ……! やったぁぁぁッ! マスターから褒められましたぁぁぁッ!!」
後方でアリエルに抱えられたルミナスが、涙と鼻水を撒き散らしながら大喜びする声が聞こえてきた。
攻略のピースが、完全に噛み合った!
だが――問題はどうやって、あの大型トラック並みの巨蟹をひっくり返して「腹」を拝むかだ!
『残り時間:残り1分00秒』
アリエルの悲痛なカウントダウンが響く。
カッパ蟹せんが、最後のスキル発動に向けて全身の鈍色を激しく光らせながら、怒涛の突進を開始した。
「ひっくり返す方法……? ハッ、あるじゃねぇか……最高の方法がよぉッ!!」
俺は身を低く沈め、突進してくるカッパ蟹せんの巨体の真っ直ぐ真下へ、滑り込みでダイブした!
ズザザザザザザッ!!
背中に背負ったエーツーのクラシックカー型の鎧が大理石の床と豪快に擦れ合い、背後でド派手な火花の嵐が爆ぜる!
「キュ、キュンッ!!?」
背中越しに、車体の下へ必死で尻尾を丸め込み、あまりの猛スピードと火花に情けない悲鳴を上げるエーツーの振動がダイレクトに伝わってきた。
巨体の影に覆われる視界。
頭上からトン単位の圧死の恐怖が迫る!
「エーツー! ダメ元だ、俺を強化してくれ!!」
涙目になりながらも、背中のエーツーが意地で力強く遠吠えを響かせる。
【メインスキル:『豊田綱領』発動】
(効果:鈴木良平の全ステータスに大補正を与えます!)
システムボイスと共に、俺の全身に未だかつて感じたことが無いパワーが駆け巡った!
全身を駆け巡る圧倒的な体幹バフ!
これなら! いける!!
俺は化け蟹の真下から、顎元(ふんどし直前)に向かって、短く縮めた『死神の鎌』の柄を垂直に突き立て――柄のルーンを全力で押し込んだ!
「伸びろぉぉぉぉぉぉッッ!!」
ジャキンッッッ――ズドドドドドォォォンッッ!!!
一瞬にして何十メートルも超伸縮した大鎌の骨の柄が、油圧ジャッキをも遥かに超える破壊的な推進力を叩き出した!
「キ、キイイィィィーーッ!?」
突如真下から食らった衝撃に、カッパ蟹せんはとっさに多脚を大理石へ突き立て、持ち上がろうとする巨体を力任せに踏みとどめようとした――その、瞬間!
ジュルッ……ツルんッッ!!!
「!! ラッキーー!!!」
奴が踏み込もうとした足元は、自らが撒き散らしていたテカテカの油の海!
踏ん張りを効かせようとした多脚が派手にすっぽ抜け、自慢の自重を支える術を完全に失った!
「キ、キエぇぇぇーーーッッ!!??」
踏ん張りを失った大型トラック並みの巨体が、大鎌の爆風のような突き上げによって、いとも簡単に宙へと豪快に跳ね上げられた!
空中でのたうつ巨体。
上下が豪快に逆転し、ドシンッ!! と音を立てて大理石の床へ無様に仰向けにひっくり返る!
露出した腹部の真ん中には、白く柔らかい三角の甲殻――『ふんどし』が、完全に無防備に晒されていた!
「今だぁぁぁッ! ゼロぉぉぉぉッ!! 腹の『ふんどし』へぶち込めぇぇぇッ!!」
「キュゥゥゥゥィィィィン――ッ!!」
悲鳴のような過給機の高音が玉座の間に轟き渡る。
上空で待機していたゼロが、翼を畳んで音速を超えた垂直急降下に入る!
空気を引き裂く凄絶な風切り音。
全エネルギーを注ぎ込んだ、最後の一発――20ミリ翼内機関砲が、無防備な『ふんどし』の隙間へ寸分の狂いもなく突き刺さった!
ズガガガガガァァァァンッッッ!!!!
「キ、キエェェェェェーーーッッッ!!!???」
ポテトチップスの袋が内側からの圧力で一気に破裂するような、豪快で圧倒的な破砕音!
カッパ蟹せんの無敵を誇った甲殻に内側から無数の亀裂が走り、激しいスパークと黒煙が一気に吹き出す!
化け蟹は断末魔の叫びと共に豪快にひっくり返ると、「ドスゥゥゥン……!!」と地響きを立てて仰向けのまま大理石の床へ沈み込んだ。
天を仰いだ多脚をピクピクと痙攣させながら、口元からプツプツと焦げた黒煙混じりの泡を吹き出している。
完全にノックアウトだ。
激しい黒煙と風圧が吹き抜けた後――静まり返る玉座の間。
空間にゆらゆらと浮かび上がっていたカウントダウンタイマーが、静かにその数字を止めた。
『残り時間:00分03秒』
『エネミー:カッパ蟹せん――DOWN』
『VICTORY!!』
「ハぁ……ハぁ……勝っ……た……?」
緊張の糸が一気に切れ、俺は大鎌を支えにしてその場へガクリと膝をついた。
背中のエーツーが、安心したように「ふぅ」と小さな息を吐き、汗まみれの俺の首元を優しくペロリと舐めた。
「マ、マスターぁぁぁぁぁッ! やりましたねぇぇぇッ!!」
次の瞬間、ポイ活スライムのルミナスが、涙と鼻水を撒き散らしながら俺の顔面へと弾丸のようにダイブしてくるのだった。




