023:初めての株モンバトル②
023:初めての株モンバトル②
勢いは衰えないまま戦いは続行された。
空中を華麗に旋回して戦うゼロだが、カッパ蟹せんはその戦法に徐々に適応しつつあるようだ。
今生まではゼロの弾丸をなすすべもなく受けていたカッパ蟹せんが、明らかに避けるのが上手くなっている気がする。
「あれは、体に塗ってある油を使って地面を滑っていますね、さっきまでより明らかに移動速度が上昇しています」
アリエルが目を細めながら俺が感じた違和感を説明してくれた。
アリエルの言葉を聞いて視線を戻すと、確かにカッパ蟹せんの動きは先ほどまでとまるで違っていた。
ぬらぬらと濡れた8本の節足が、大理石の床を蹴るのではなく、まるで氷の上のスケート靴のように摩擦ゼロで滑らかに滑っているようだ。
大型トラック並みの巨体でありながら、慣性を無視してぬるりと旋回し、爆速で位置を変えていく。
キィィィン――ズドドドドッ!!
上空からゼロが放つ7.7ミリ機銃の弾幕。
だが、カッパ蟹せんは疾走の勢いを殺さぬまま、巨ハサミと甲羅の角度をわずかに斜めへ傾けた。
カキンッ! カカカキンッ!!
直撃コースだったはずの弾丸が、オイルの塗られた傾斜甲殻に滑るように接触し、火花を散らして虚空へと弾き飛ぶ。
受けるのではない。甲殻の角度と滑走の勢いを利用して、着弾の衝撃を完璧にいなしているんだ!
ドバババッ!
火花と跳弾が飛び交う中を、黒い巨体が氷上を舞うダンサーのように美しくすり抜けていく。
大空を幾重もの残影を描いて華麗に舞う、緑の戦闘機、ゼロ。
大理石を滑り、一切のスキなく弾丸を流しながら迫る、黒い巨蟹、カッパ蟹せん。
一方は空の覇者、一方は陸の怪物。
さっきまでの一方的な猛攻は完全に覆され、そこには高度な技術とスピードが交錯する死闘が繰り広げられていた。
命がけの殺し合いの真っ只中だというのに、俺は一瞬、その光景を「美しい」とすら感じてしまいそうだった――。
「鈴木良平! マズいかもしれません!」
アリエルがその大きな青い瞳を見開き、指を差しながら叫んだ。
「カッパ蟹せん……多分、甲羅の防御力が時間経過で上昇し続けています! 直撃したゼロの弾が、甲殻表面で弾かれ始めました!」
その言葉に、背筋をスッと冷たい汗が伝った。
さっき、戦場に響いた無機質なシステムボイスが脳裏をよぎる。
『メインスキル発動:やめられない! とまらない!』
『効果:防御力に継続補正アップが適用されました』
――継続補正。
つまり、戦闘が長引けば長引くほど、あの化け蟹の装甲は永久に硬くなり続けるということか……!?
じわじわと首を絞められるような敗北の影が、背後から忍び寄ってくるのを感じた。
だが――まだ絶望と呼ぶには甘かった。悪いことは、いつも重なってやってくる。
空中を旋回するゼロの頭上、透過UIに表示されたパラメータの一部が、ピキピキッと不吉な赤色で点滅を始めたのだ。
そこに意識を集中し、拡大された文字を目にした瞬間、俺は生唾をゴクリと飲み込まざるを得なかった。
『警告:【7.7ミリ機首固定機銃】残弾数 70』
70発――!?
毎秒何十発も連射する戦闘機の機銃において、70発なんてトリガーをちょっと引けば一瞬で吹き飛ぶ量だ。
あと一回、すれ違いざまに連射したら、それで終わる……!
ゼロの攻撃の威力が落ち、引き伸ばすような立ち回りに変わった理由が、痛いほど理解できた。
弾が、もう尽きかけているんだ――!
ゼロも自身の残弾数を自覚しているのか、その鋭かった旋回は明らかに切れ味を失い、牽制に終始し始めていた。
「おい、アリエル! ヤバいぞ、ゼロの弾が尽きそうだ!」
叫ぶ俺に、アリエルが大きな青い瞳をこちらに向けた。
「納得がいきました……。ゼロの攻撃の勢いが殺がれたのはそのせいですか。……おそらく、株モンとしてのレベルが低く、所有単元数が少ないせいで、ポテンシャルが初期状態のまま固定されているのでしょう」
アリエルは両目を強く瞑ると、その華奢な小さな拳をギュッと握りしめた。
バチバチッ……!
次の瞬間、その握りしめられた手から、青白い雷光が痛々しく迸る。
激痛に耐えるように小さな肩を震わせ、いまだフラフラの身体を無理やり奮い立たせるアリエル。
「鈴木良平、あなたはここに居てください。微力ではありますが……私がゼロに助太刀してきます!」
「おい、待て! お前、まだ身体が――」
本調子には程遠い身体で、雷光を纏って飛び出そうとするアリエル。
その背中を見つめながら、俺は自分の胸の底から湧き上がる、どろどろとした怒りと後悔で頭が煮えくり返っていた。
……俺のせいだ。
もし、ゼロを召喚したあの時、ビフロンスたちの忠告に従って、残っていた二つのホープストーンをケチらずゼロの強化に注ぎ込んでいたら、こんな絶望的な状況には陥っていなかったはずなんだ。
『今、流れに乗ってるから何とかなるさ!』
『目の前のチャンスが最大のチャンスなんだ!』
いつだってそうだ。
後先なんて考えない、猿みたいに本能で動く俺。
パチンコ屋で手元の勝ち分を握りしめられず突っ込むように、目先の欲と浅はかなスケベ心に惑わされ、他人の忠告を「はいはい」と聞き流してきた、俺の軽率でクズな人生!
土壇場でツケを払わされるのはいつも自分で、それどころか今度は、傷ついた女の子や一命を賭して戦ってくれている株モンにまでシワ寄せがいっている。
自分の情けなさに惨めさが爆発し、身動きすら取れなくなっていた、その時だった。
「バウッ!」
足元から、短く重厚な声が響いた。
ハッとして視線を落とすと、そこにはじっと俺を見上げている、三河犬『エーツー』の瞳があった――。
言葉など発しない。
けれど、三河犬『エーツー』の深く濃い瞳は、不気味なほど静かに、そして力強く俺を見つめていた。
その佇まいは、静かに息を潜める最高峰のエンジンだ。
エーツーの視線は、アイドリングのように静かで、そして熱かった。
激しい爆音と絶望が吹き荒れるこの戦場の中で、エーツーだけが一切の動揺を見せず、じっと俺の『指示』を待っている。
『諦めるな。前に進め!』と。
その瞳に射抜かれた瞬間、昔、じいちゃんが口酸っぱく言っていた言葉が脳裏に蘇った。
『良平、駄目になった時、一番駄目なのは歩みを止めることだ。泣いてもいい、愚痴を言ってもいい。だけど、絶対に歩みは止めるな。手を動かして頭を使って我武者羅になっても前に進めた者が、泣いてるだけの奴より一歩前を歩けるんだ』
「……そうだよな。泣いてもいい、愚痴を言ってもいい。だけど……一番駄目なのは、前に進まない事なんだ……!」
俺はぎゅっと唇を噛み締め、両手で自分の頬をパンッ! と音を立てて力任せに叩いた。
血が巡り、凍りついていた思考が一気に覚醒する。
溢れ出そうだった惨めな悔恨を無理やり押し殺し、俺は立ち上がろうとしていたアリエルの肩を優しく押し戻した。
「鈴木良平……!?」
「アリエル、お前は休んでろ。……過去のクズな選択を後悔するのは、このバトルが終わってからだ!」
「バウッ!!」
そうだ! どうにもならない過去にとらわれるな!
今ある手札を、手持ちの資金を、最大限に生かすんだ!
アリエルの肩から手を離し、ゆっくりと息を吐き出す。
自分の頬を叩いた痛みが残る中で、脳の中に充満していたパニックの熱が一気に冷め、驚くほど思考が澄み渡っていくのが分かった。
心が落ち着き、冷静を取り戻したからこそ――それまで焦りで見落としていた、ひとつの大きな疑問が頭に浮かび上がった。
……なぜ、エーツーは俺の元を離れず、ずっと足元に留まっているんだ?
ゼロのように、自分の判断で前線へ飛び出していかないのはなぜだ? 恐怖で竦んでいるわけじゃないことは、さっきの瞳を見れば分かっている。
じゃあ、なぜ――?
静かに考えを巡らせる俺の視線は、自然と握りしめていたスマホへと向かった。
答えは、最初からこの手の中にあったのだ。
画面に浮かぶ透過UIを見つめ直す。
自由に空を舞うゼロのスキル欄には『AUTO(自律運用)』の小さなアイコンが明滅している。
だが、エーツーのパラメータに並ぶスキルのアイコンだけは、『承認待ち(コマンド入力待機)』として、俺の指を促すように青く点滅していた。
(そうか……そういうことか……!)
頭の中で、バラバラだったピースが一瞬で組み合わさった。
株モンには、自分で判断して戦う『アルゴ型』と、オーナーが意図して注文を出さないと発動しない『コマンド型』があるんだ!
エーツーが俺を見つめていたのは、怯えていたからじゃない。
俺というオーナーが指示のボタンを出すのを、ずっと信じて待っていたんだ!
「待たせてごめんな、エーツー……! 俺がヘボなオーナーだったせいで!」
俺はスマホを握り直し、画面に浮かぶエーツーのスキルアイコンを強くタップした。
「行くぞ、エーツー!! 世界のトヨダの実力を見せてみろ!!」
俺がスマホを構えてエーツーに合図を送ると、エーツーは待ってましたとばかりに俺の足元で雄たけびを上げた!
『エーツー:メインスキル【豊田綱領】発動』
『効果:自陣に存在する全株モンの全ステータスに大補正を与えます』
重厚なシステムボイスが響くと同時に、エーツーの咆哮が空中のゼロへと届く。
その瞬間、ゼロの小さな身体が青白いオーラで一気に包み込まれた!
キィィィィン――ッ!!
過給機の回転数が限界を超えて跳ね上がり、旋回速度とキレが先ほどまでとは別次元へと覚醒する。
カッパ蟹せんの散弾状の瓦礫攻撃を、幾重もの残影を描きながら紙一重でかわしていくゼロ!
「よし! エーツー、行くぞ!!」
俺はエーツーと視線を交わして深く頷くと、エーツーを引き連れて激戦の渦中、ゼロとカッパ蟹せんの元へ向かって足を踏み出した。
「な!? 鈴木良平、危険です! 戻るのです!!」
アリエルが慌てて俺を引き止めようと叫ぶ。
俺は振り返らず、アリエルの足元にいる亀ちゃんに向けてスマホをかざした。
「亀! お前はアリエルとオリハルコンコアを絶対守ってくれ!」
命令を受けた亀ちゃんの瞳がキランと光り、光ファイバーの尾を揺らすと、アリエルとコアを包み込むように薄い水の球形バリアが瞬時に展開された。
「!! 亀ちゃん……!」
俺はもう迷わない。
走る足の中で、頭が恐ろしいほどクリアに冴え渡っていた。
(分かってきたぞ……! この株モンバトルの仕様が……!)
株モンには幾つものスキルが備えられている。
それらはレベルや条件によって発現し、株モン自身が判断して自律発動するものと――『オーナーが意図して指示しないと発動しないコマンドスキル』がある!
そして、今、俺と共に走っているエーツーのLv.1スキルは、まさに俺の命令を待っているタイプだ!!
カッパ蟹せんとゼロが激突する直下へ突入したその瞬間、俺はスマホを天高く振り揚げ、喉が裂けよとばかりに叫んだ。
「エーツー! ゼロを切り開く黎明――ぶちかませぇぇッ!!」
「バウゥゥゥゥッッ!!」
俺の命令を受け、エーツーが天を仰いで咆哮する!
『エーツー:サブスキル【ゼロを切り開く黎明】発動』
『効果:エリア内の味方サブスキルを1枠・一時解放します』
『【ゼロを切り開く黎明】の効果により、ゼロ:サブスキル【20ミリ翼内機関砲】が解禁されました』
無感情なシステムアナウンスと同時に、空中のゼロの翼が眩い青光を放つ!
次の瞬間!
ドゴォォォォォンッッ!!!
7.7ミリの乾いた小銃音とはまるで違う、空間そのものを震わせる重厚な大砲撃音が轟いた!
ゼロの両翼から吐き出されたのは、あまりにも巨大で眩烈なマズルフラッシュ(発砲閃光)!
大口径20ミリの重光弾が、光の太柱となってカッパ蟹せんの巨体へ一直線に突き刺さった――!
ドゴォォンッ!!!
明らかに先ほどまでとは次元の違う、重厚な破壊音が空間を震わせた!
20ミリ重光弾の直撃を受け、カッパ蟹せんの巨大な右ハサミの甲殻が砕け散り、黒いバグの煙が噴き出す。大型トラック並みの巨体が、その強烈な衝撃でグワッと大きくのけぞっている。
「効いてる……! 今だ、撃てぇぇぇッ!!」
のけぞったことで、今まで重装甲のハサミで守られていた無防備な腹部(急所)がガラ空きになる!
俺の叫びに呼応し、上空のゼロが再び両翼から眩いマズルフラッシュを放った!
ズドォォォンッ!!
(もらった……! これで終わりだぁぁぁッ!!)
勝負を決める一撃……のはずだった。
放たれた20ミリ重光弾の太い光柱は、まっすぐ急所へ向かうかと思われた直後、空間の重力に引っ張られるようにぐにゃりと弧を描いて下方へ垂れ下がったのだ!
ドドガガガガッ!!
弾丸はカッパ蟹せんの胸元に届く手前で失速し、むなしく手前の大理石の床を激しく削り破って土煙を巻き上げるだけに終わる。
「なっ……なんで届かねぇんだよ!?」
予想外のミスショットに俺が叫んだ瞬間、頭の片隅で、昔じいちゃんが酒を飲みながら熱弁していた言葉がフラッシュバックした。
『良平、ゼロ戦の20ミリ機関砲ってのはな、威力が桁外れに高い反面、初速が遅くて弾丸が重いんだ。だから離れた敵に撃つと、弾道が露骨に下に垂れちまうんだよ!』
(これか……!!)
威力が凄まじい代わりに、弾丸が重くて垂れる――史実のゼロ戦が抱えていた最大の欠点。
大口径スキルゆえの強烈な「癖」が、絶好のチャンスで裏目に出てしまったのだ!
急所への追撃を外し、手前の大理石が爆ぜて土煙が舞う。
その一瞬の隙を、化け蟹は見逃さなかった。
グラリと揺らめいた巨体を力任せに立て直すと、赤黒く光る複眼がカチリと俺たちを捉える。
ギチギチギチギチッッ!!
丸太のような多脚が一斉に地面を打ち鳴らし、大型トラック並みの質量が、猛烈な風圧と共にこちらへ向かって突進を開始した!
「ヤバい、逃げるぞエーツー――って、え!?」
急いで撤退しようと叫んだ俺の視界の端で、エーツーが微動だにせず、その場に留まっていた。
足元の大理石にしっかり爪を立てたまま、動かない。いや――スキルを解放した反動か、オーバーヒートを起こしたように全身の関節が固まっているのだ!
(スキル発動後の硬直かよ……! これもレベル不足の弊害なのか!?)
突進してくる巨大なハサミが、目の前まで迫る。避ける猶予はコンマ数秒!
「ええい、畜生めぇぇぇッ!!」
俺は躊躇を捨て、エーツーの足元に向かって大理石の床へ頭から飛び込んだ。
不格好で、けれど身体が記憶していた渾身のヘッドスライディング!
摩擦で服と皮膚が削れる熱さを無視し、固まっているエーツーの胴体を両腕でがっしりと抱き抱え、そのまま慣性で蟹の太い足元をすり抜ける!
(良かった……! 高校時代の野球部で、雨の日に泥まみれで練習したスライディングがここで生きるとは思わなかったぜ……!)
直後、俺たちがいた場所へ、重戦車並みのハサミが叩きつけられた。
ドガァァァァンッ!!
「キキュゥゥゥーッ!!」
間髪入れず、上空からゼロが急降下し、残弾僅かな機銃をカッパ蟹せんの顔面へ浴びせる。
激しい着弾のスパークに巨蟹が一瞬ひるみ、その隙になんとか安全圏まで這い出ることができた。
息を乱しながらエーツーを抱き起こし、立ち上る硝煙とバグの黒煙を睨みつける。
いくら追撃を外したとはいえ、20ミリ重光弾の直撃を受けたんだ。右ハサミには深々と亀裂が入り、相応のダメージを与えたはず――。
だが、無情なシステム音が一掃するように響き渡った。
『カッパ蟹せん:メインスキル【やめられない! とまらない!】適用』
『防御力に累積補正が適用されました』
『カッパ蟹せん:サブスキル【No.27】発動』
『効果:損傷箇所を修復。HPが27%回復します』
「……は……?」
煙の中からぬらりと現れたカッパ蟹せん。
その右ハサミに入っていたはずの巨大な亀裂が、赤黒いノイズと共にメリメリ……と不気味な音を立てて塞がり、元通りの硬質な光沢を取り戻していく。
ダメージが、消えた……!?
それどころか、スキルが重なるたびに装甲はさらに硬く、手がつけられなくなっていく。
「おい……冗談だろ……!?」
渾身の一撃すら無効化され、じわじわと追い詰められていく圧倒的な理不尽。
膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えながら、俺は天を仰いで大声で叫んでいた。
「おい!! ビフロンス!!」
「お前『すぐに戻る』って言って退場したよな!? もう無理だぞ! 頼むから早く帰ってこいぃぃぃぃッ!!」




