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022:初めての株モンバトル①

022:初めての株モンバトル①


『SYSTEM: EMERGENCY KABUMON BATTLE ENGAGED』


 背後の『オリハルコンコア』が青白い仄かな輝きを増し、感情の失われた女性のシステムボイスが宣言する。


 その直後、俺の視界(網膜)にチカチカと様々なネオンカラーのデータ群が浮かび上がった。


「うおっ!? なんだこれ……!?」


 視線を巡らせると、足元にいるゼロやエーツーの頭上に、ゲームでお馴染みの緑色のHPバーや、攻撃力・素早さといったパラメータの数値が立体的に浮かんでいる。


 ……だが、なぜか俺の足元にいる『亀ちゃん』のデータだけは、不気味な黒いノイズのマスクが被せられていて一切読めない。

 当の亀ちゃんは、俺の視線に気づくと「フン」と鼻を鳴らすように首をすくめ、すましてそっぽを向いた。


 慌てて前方の巨大な化け蟹に視線を向けると、そこにも複数の冷酷なデータが浮き上がっていた。


 俺の視線スキャンに気がついたのか、カッパ蟹せんは威嚇するように、巨大な漆黒のハサミをバチィンッ! と音を立てて空中で振り払う。

 その全身から、まるで黒い炎のようなバグオーラが激しく立ち上った。


『アナライズ:カッパ蟹せん』

『メインスキル発動:やめられない! とまらない!』

『効果:防御力に継続補正アップが適用されました』


 無機質なアナウンスが響くと同時に、巨蟹はその無数の脚をギチギチギチッと蠢かせ、こちらに向かって突進を開始した!


 圧倒的な迫力だ。

 まるでブレーキの壊れた大型トラックが、ノーブレーキで猛進してくるかのようだ!


 丸太のように太い8本の節足が、大理石の床をジャラァッ! と抉りながら爆速で交互に繰り出される。

 ズシン、ズシンと地鳴りのような衝撃が地面を揺らし、圧倒的な重量感のビジュアルが俺の網膜に叩きつけられた。


 視界のすべてを埋め尽くしていく、ぬらぬらと黒く光る巨大な甲殻の壁。動物特有の温もりなど一切ない、節足動物の放つ完全な無機質さ。

 甲殻同士がギギギと擦れ合う硬質音と共に、ショベルカーのバケットほどもある巨大なハサミが、猛烈な突進速度のまま俺の頭上を覆い隠す。


 人間が本能的に抱く「超質量の怪物に踏み潰される」という原始的な恐怖。

 全身の生身の細胞が凍りつき、喉から悲鳴すら出ない。


 その時――俺の足元から、黒い影が弾丸のように跳ね上がった。


『ゼロ』だ。

 鳥としてのしなやかな羽ばたきで垂直跳躍すると、巨大な蟹に向かって一直線に飛び立った!


 空中で翼を羽ばたかせ、超音速の旋回に入った瞬間、ゼロの周囲の空間がゆらりと歪む。

 そこから光の軌跡を引いて放たれたのは、数発の重厚な金属弾だ!


『ゼロ:サブスキル発動【7.7ミリ機首固定機銃】』


 ドドドドドッ!! と腹に響く発射音!

 放たれた光弾が、迫り来るカッパ蟹せんの巨大なハサミにピンポイントで直撃し、火花が激しく飛び散った。

 コンクリートをも砕く衝撃に、大型トラック並みの巨蟹がグワッと大きくのけぞる!


「うおっ!?」


 至近距離での凄まじい砲撃音に目を丸くし、空中のゼロを見上げる。

 一瞬だけ、革製ヘルメットの奥にある鋭い隻眼が、敵ではなく俺の瞳を射抜いた。


(……そうだ。見惚れてる場合じゃねえ……!)


 カッパ蟹せんの圧迫感に呑まれていた脳みそが一気にクリアになる。

 今、やらなければいけないのは、カッパ蟹せんをただ倒すことじゃない。

 ましてや圧倒されて呆けることでもない!


 今、俺がやるべきことは――!


「ゼロ!! カッパ蟹せんの牽制を頼む!」


 空中で鮮やかに反転するゼロに向かってそう叫ぶと、俺は足元の亀ちゃんを脇に引っ掴み、エーツーと共に倒れているアリエルに向かって駆け出した。


 ◇


「おい! アリエル!! 無事か!?」


 うつ伏せに倒れていたアリエルの肩を抱きかかえ、軽く揺さぶる。

 さらさらの金髪がふわりと流れ、その美しい額があらわになった。

 閉じられた長いまつ毛が小刻みに揺れ、次の瞬間、ゆっくりとまぶたが開かれた。


「うぅ……鈴木、良平……?」


「アリエル! 良かった! 大丈夫か? 痛いところはないか!?」


「頭が……痛いです。……ビフロンスは……?」


 アリエルはまだ本調子じゃないらしく、少し虚ろな瞳で周囲を見回している。


「あの骨は、お前の蟹化を肩代わりして一時退場しやがった! あいつ! 自分が帰ってくるまでにオリハルコンコアを死守しろだとよ! 無茶行ってくれるぜ!」


 俺の言葉を聞き、こめかみを指で押さえながら周囲の惨状を見回すアリエル。


「なるほど……だいたいの状況は分かりました。どうやら、私が鈴木良平に相乗りした際の不完全性を、敵に突かれたようですね。……不覚です」


 頭痛と、自らが原因でこの窮地を招いた責任感からか、いつもの偉そうな覇気がすっかり影を潜めている。


「今はゼロがカッパ蟹せんを抑えてくれている! アリエル、立てるか? 安全な場所に移るぞ!」


 アリエルの華奢な手を握り、肩を支えて後方へと後退を開始する。

 すかさずエーツーが俺たちの前に躍り出て低い唸り声を上げ、手負いのアリエルを庇うように車身を構えた。

 その横では、亀ちゃんが光ファイバーの尻尾を青く明滅させ、冷徹な視線で巨蟹の動きを捕捉している。


 安全な距離を確保した俺は、アリエルを背にかばいながらゼロとカッパ蟹せんの戦場へと目を向けた。

 そこでは、まさにド迫力の空戦が繰り広げられていた。


 巨大なハサミを狂暴に振り回し、大理石の床を粉砕するカッパ蟹せん。

 対するゼロは、まるで重力を無視するかのように空中を縦横無尽に疾走し、ハサミの死角へと滑り込んでは『7.7ミリ機首固定機銃』を正確無比に打ち込んでいく。


 ズドドドドッ!!


「グガァァァァッッ!!」


 怒号のような咆哮を上げ、カッパ蟹せんがショベルカー並みの巨大ハサミを強烈な大振りで振り抜く。


 ズガァァァンッ!!


 削岩機のような全力が叩きつけられ、爆風と共に粉砕された大理石の瓦礫が煙を上げて弾け飛ぶ。寸でのところで垂直上昇したゼロの小さな身体が、巨ハサミの巻き起こした凄まじい風圧に煽られ、空中で激しく揉まれた。


 だが、ゼロは失速ストールしない!

 革製ヘルメットの奥で隻眼を研ぎ澄ますと、鳥ならではの極小半径で空中に円を描き、重力を置き去りにした高高度からの反転急降下に入る!


 ドバババババババッッ!!


 機首から吐き出された『7.7ミリ機首固定機銃』が、空間に真っ赤な曳光弾の光筋を刻みつける。

 目標は、巨蟹の黒くぬらぬらと光る右眼――!


 カキカキカキィィンッ! バチチチチッ!!


 カッパ蟹せんが寸前で巨ハサミを掲げ、盾にして弾丸を防ぐ。

 超硬質の甲殻と金属弾がミリ秒単位で激突し、視界が真っ白になるほどの激しいスパークが炸裂! 焦げ臭い硝煙と赤黒いバグの煙が噴き出し、玉座の間に立ち込める。


 だが、ゼロの狙いはそこだけではない!

 弾丸の反動を利用して空中で背転インメルマンターンを決めると、ハサミの盾の死角、防御の届かない左脚の『関節の継ぎ目』へと、すれ違いざまに連続砲撃を叩き込んだ!


 ドカァァンッ!!


「グギィッ!?」


 継ぎ目を撃ち抜かれた巨蟹が、悲鳴めいた関節音を立てて大きく体勢を崩す。

 立ち上る白煙と火花を突き抜け、小さな緑の小鳥(戦闘機)は青白い光の残像を描きながら、巨体の頭上を悠々と旋回してみせた。


 まさに、巨大怪獣対、一匹の孤高な戦闘機。

 圧倒的な質量の猛威を、圧倒的なスピードと技量で翻弄する、息を呑むほどシネマチックな死闘――!


「凄いですね……。グロース体が、プライム体を圧倒していますよ」


「ゼロはゼロ戦の株モンなんだろ? なら、空中戦で負けるはずないさ」


 ポツリと返し、俺はアリエルの肩を抱えたまま、胸の前で自分の拳を力強く握りしめた。

 その視線は、縦横無尽に空を駆ける緑の小さな影から片時も逸らさない。


「すごい自信ですね……」


「あぁ。俺のひい爺さんはゼロ戦の凄腕パイロットだったらしい。じいちゃんが泥酔するたび自慢してくれたんだ。『大空のゼロ戦はタイマン最強だった』ってな!」


「そう……なんですね」


 アリエルが息を呑み、俺と同じように空を見上げた。


 実際、ゼロとカッパ蟹せんの戦況はジワジワとゼロ優勢に傾いている。

 振り下ろされる巨ハサミを紙一重でかわし、装甲の継ぎ目へ的確に弾丸を叩き込むゼロ。

 ダメージを蓄積させたカッパ蟹せんは、身を守るようにハサミを盾にしながら、ジリジリと後退を余儀なくされていた。


 ――だが、その時だった。

 カッパ蟹せんの黒いオーラが激しく揺らいだ。


 次の瞬間、

『カッパ蟹せん』の頭上に、幾つもの不気味なシステムポップアップが高速展開される。


『サブスキル:No.27 発動。耐久値を27%回復』

『サブスキル:4種黄金比ブレンド 発動。攻撃力・防御力上昇』

『サブスキル:ノンフライ・オイルコート 発動。特殊コーティング装甲を展開』


 無感情なアナウンスが連発され、その場の空気が一瞬で凍りついた。

 今までゼロの猛攻に押され、丸くなっていた化け蟹が、突如としてその戦法を激変させたのだ。


 ドガァァンッ!!


 巨蟹は巨大なハサミを床に叩きつけると、粉砕された大理石の瓦礫や貴金属の塊を、その巨腕で豪快に鷲掴みにした。

 そして――空中のゼロに向かって、まるで散弾銃のごとく力任せに投げつけてきたのだ!


 バツゥゥンッ!!


 凄まじい勢いでまき散らされる黄金色の礫の弾幕!

 ゼロは寸でのところで急旋回し、間一髪で回避する。


 突然の戦況の豹変に俺たちが息を呑んだその瞬間、赤黒く光る巨蟹の複眼と、俺の目がカチリと合った。


『サブスキル:アルミ蒸着フィルム 発動』

『スキャンおよびデバフ効果を完全に遮断ステルスします』


 冷たいシステムボイスが発せられた瞬間、カッパ蟹せんの黒い甲殻の表面が、一瞬だけ波打つように不気味な銀色の光沢を発した。


 それと同時に、今まで視界に見えていたHPバーやデータ情報が、粗い砂嵐のノイズと共に、綺麗さっぱり消え去っていく。


 あらゆる観測と干渉を拒絶する、ステルス能力の発動。

 目の前の巨蟹は、まるで光すら通さない銀のフィルムで覆われたかのように、一切の情報ステータスを遮断した完全な未知の怪物へと変貌を遂げた。


 手当たり次第に暴れる獣ならまだやりようがある。

 だがコイツは、俺たちの手札や観察を冷酷に見極めた上で、自ら『闇』の中へとその身を潜ませたのだ。


 カチ、カチ、と顎脚を鳴らす無機質な音だけが、絶望の足音のように俺の耳へ響き渡っていた。


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