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021:無理でもなんでも頑張ろう

021:無理でもなんでも頑張ろう


 アリエルの胸元から、俺に向かって二度も「ションベン水」を引っかけやがった生意気な緑の亀。

 そいつを毟り取ろうと一歩踏み出した、まさにその瞬間だった。


 ジジッ――。


 一瞬だけ、アリエルの周囲に【赤黒いノイズ】が迸った気がした。


(……ん? 今の、見間違いか? でも、このノイズどこかで……?)


 だが、怒りで頭に血が上っていた俺は、そのわずかな違和感を気のせいだと強引に処理し、伸ばしかけた手を止めることはなかった。


「な、なんですか、これ……? 体が、うまく、動か……」


 アリエルの声に、俺の手が空中でピタリと止まる。


 ジジジジジジジッ!!!


 今度は、絶対に見間違いなんかじゃない!

 アリエルの周囲の空気が一気に濁りだし、視界を焼き切るような極彩色の【赤黒いノイズ】が、彼女の全身を包み込むように激しく吹き荒れ、空間を書き換えはじめたのだ。


 アリエルの凛とした少女の声が、急激に濁る。

 まるで電池の切れた古いテープレコーダー。

 重く、低く、野太いオッサンの声のようにグニャリと歪んでいく。


「アリエル……?」


 思わず眉をひそめた。

 目の前で、アリエルの輪郭が物理的に揺らぎ始める。

 古いブラウン管テレビの砂嵐バグノイズのように、激しい残像を描いてブレていく。


 自分に起きている異常に、青い瞳を大きく見開いて驚愕するアリエル。


 ジジジジジジジッ!!!


 直後――アリエルの真っ白なワンピースの袖から覗く右腕に、禍々しい異変が起きる。


 透き通るような肌の輪郭が、激しい【赤黒いノイズ】(バグ)となってブレ始めた。

 まるで悪質なコンピューターウイルスに感染したプログラムだ。

 肌のテクスチャがピクセル単位で崩壊し、内側から悪質なエラーコードが侵食していく。


「な、なんですかこれはっ!? データが……勝手に書き換えられて……ッ!」


 悲鳴を上げ、膝をつくアリエル。

 だが、無慈悲なウイルスの「上書き(オーバーライド)」は止まらない。


 指先から始まったノイズの崩壊は、瞬く間に虫の甲殻のような『どす黒い硬質甲殻』のテクスチャへと再構築レンダリングされていく。

 人間の肌が、ポリゴン単位で甲殻類の鎧へと物理的に塗り返されていく絶望感。


 ピキィッ――!


 固い何かに亀裂が入る音と共に、背中のワンピースが破裂した。

 壊れたプログラムの隙間から、バチバチと放電する漆黒の多脚が、バグのノイズを纏いながらミシリ、ミシリと実体化して生え出てくる!


「アリエル!!」


 俺は思わず駆け寄って手をのばす。


 だが、アリエルは激痛に奥歯をギチギチと鳴らしながら、涙で滲む真剣な瞳で俺を制した。


「来てはダメです! ……鈴木良平……ッ!」


 アリエルは、最後の理性を振り絞り、腕の中で怯える亀を、俺に向かって力一杯投げ渡してくる!


「キュ、キュウウウッ!」


 驚いて変な声を上げる宙を舞う亀を、両腕で必死にキャッチした。

 その瞬間、アリエルの背後から、さらに巨大な肉食のハサミの影が、突き出るように生えてきて狂暴に鎌首を持ち上げる!


 涙を浮かべ、小さな体を丸めて耐える少女の可憐な背中。

 そこを食い破り、芽吹くように生まれ落ちようとする漆黒の鋏が、ギチギチと関節を鳴らして歓喜に打ち震えている。


 少女の命を養分にして、新たな生命バグが産声を上げる圧倒的な愉悦。

 可憐な少女の犠牲の上に咲き誇る、あまりに狂暴で無邪気な狂喜。

 その残酷すぎる対比が、俺の胸を激しく押し潰す。


「どけいッ!!!」


 玉座から凄まじい風を巻き起こし、割り込んできたのは骸骨魔王ビフロンス!

 骨だけの手を、もだえ苦しむアリエルへ鋭くかざす。


「システムコード・シールド、展開ッ!!」


 バチバチと激しい電子の火花が散る!

 ネオングリーンとゴールドの数式が複雑に折り重なり、対数グラフのような魔力バリアがアリエルを包み込む。


 ビフロンスは膨張する肉体を、バリアで外側から強引に抑え込もうと試みる。

 だが、背中から生えた漆黒の節足が、堅固な数式バリアに「ギチギチ……ギギ、ギッ」と爪を立て、内側から強引に押し破ろうとしていた。バリアの表面に、赤いヒビが走る!


「やられた……! 侵食の深度が深すぎるッ!」


 空っぽの眼窩の奥で、赤い炎が狂ったように乱れ飛ぶ。

 かざした骨の腕から、まるで毛細血管が弾けるように、小さな電流の火花が迸っている。


「どういうことだよ、骨! なんでアリエルがこんな目に遭ってんだ!」


「本来、この『チュートリアル空間(練習領域)』は、招待IDを持つお前と管理者である俺しか存在できないクローク領域(聖域)なのだ!」


 障壁を維持するため両手に魔力を込めながら、ビフロンスが苦汁の声を張り上げる。


「だがアリエルは、お前のIDに相乗りして無理やり入り込んできた! おそらく、あの玄武と朱雀のバトルの余波でシステムに過負荷がかかった瞬間……その一瞬の隙を何者かに利用されたんだ! アリエルの存在を『依りバックドア』にして、世界浸食のバグコードを直接アリエルの中に流し込みやがった!!」


「それって大丈夫なのか? 早く何とかしろ! アリエルが死んじまうぞ!」


「分かっている! だが、ここまで浸食コードが書き込まれたら、システム側からのデバッグじゃ間に合わん! ……鈴木良平、頼みがある!」


 ノイズを撒き散らす骨の顔が、俺を向いた。

 その眼窩の奥に宿るのは、かつてない必死さと、泥臭い『覚悟』。


「今から俺が、アリエルの浸食をすべて俺のボディに『肩代わり(リダイレクト)』する!」


「はぁ!? 肩代わりって……お前はどうなるんだよ!」


「浸食を吸い取った俺のデータは制御を失い、暴走したバグモンスターに変貌するだろう。……鈴木良平、その暴走した俺の対処を、お前に託す!」


「無理だろ!!!」


 抱えた亀を落としかけながら絶叫した。


「さっきも見ただろうが! 俺は最弱のビフビフ君(ゴミ人形)すら倒せねえんだぞ!? 暴走した魔王なんて、どうやって倒せってんだ! 物理的に不可能だろ!」


「無理でもやるんだよ! 大丈夫だ、俺は一度暴走データの代わりにココから弾き出されるが、必ず本体システムを裏から書き換えてすぐ戻ってくる! それまでのほんの少し、時間稼ぎをするだけでいい! 頼む鈴木良平! 一刻の猶予もないんだ!」


「う、ぐうぅうう……あ、あ、あああっ!!」


 ビフロンスの結界の中のアリエルが限界の悲鳴をあげる。


 アリエルはもうすでに、体の半分以上はすでに少女の柔らかさを失い、鋼のように硬い赤黒い甲殻に覆われ始めていた。


 背中の不気味なハサミが、金髪を切り裂かんと狂暴に蠢く。

 激痛に耐え、涙を浮かべ、小さな体を丸めるアリエル。


 その姿が、俺の網膜に強く焼き付いた。


 助けたい。

 だが、身体が拒絶する。

 目の前で繰り広げられる物理法則を無視した悪夢のような変性に、俺の全身の細胞が「関わるな」と悲鳴を上げていた。

 可憐な少女を侵食する異形の圧迫感に圧倒され、ただ息を呑んで立ち尽くすことしかできない。

 恐怖と焦燥の板挟みの中、弱気な思考が脳裏を支配していく。


(……逃げようと思えば、逃げられる。VRを脱ぎ捨てて、あのボロアパートに戻ればいい……)


 脳裏をよぎるクズな思考。

 だがその時、急に額がジンと疼いた。


 幼い頃、思いつきの悪戯で部屋中をめちゃくちゃにして、じいちゃんに烈火のごとく怒られた時の感覚だ。

 ドでかい拳骨を落とされ、べそをかきながら散らかったおもちゃを拾い集める俺の横で、じいちゃんが柱にペタリと貼り付けた、汚い字の半紙が鮮烈に脳裏に浮かぶ。

 泣きじゃくる俺に、じいちゃんは「泣いてもいい、文句を言ってもいい、だが手だけは止めるな」と頭をワシワシ撫でてくれたっけ。


『鈴木家の家訓・その3:愚痴を吐いても、歩みを止めるな』


(……そうだよな、じいちゃん。俺はいつだって不平不満ばかり並べ立てて、肝心なところで手を止めて逃げてきたから、今のこんな情けない人生なんだよな……!)


「あぁ……クソッ、畜生!!」


 髪をくしゃくしゃに掻き毟り、玉座の間に響き渡る大声で吠えた!


「鈴木家の家訓! 『愚痴を吐いても、歩みを止めるな』だァァァ! やってやるよ、この骨董品ボケナスが!!」


「よし! よく言った! 鈴木家の家訓に乾杯だ!」


 ビフロンスが、バキバキと顔面の骨を鳴らして不敵に笑う。


「いいか鈴木良平、俺は必ず戻って来る! とにかくいま時間を稼いでくれ! それと、もう一つ、何をおいても達成してもらわないといけない事がある!」


 激しく明滅する骨の指が、背後で脈動する『オリハルコンコア』を指した。


「あの『オリハルコンコア』の死守だ! 万が一、敵に奪われそうになった時は、たとえコアを粉々に破壊してでも阻止しろ! アレが敵の手に渡ったら世界が終わる!」


 なんか、骨がとんでもない事を言い出したぞ!?

 聞き間違いじゃないよな? あぁ! 畜生!!


「ミッションが激増してんぞ! 本当に無理そうなら、コアなんか放り投げて全力で逃げるからな!」


「無理でもやるんだ! 『愚痴を吐いても、歩みを止めるな』、だろ?」


 骨の顎が、器用にニヤリと鳴った。


「くっ……! わかったよ! やればいいんだろ、やればよォ!」


「ア、ア、アアアアアッ!!!」


 限界を迎えたアリエルの絶叫。

 赤黒い甲殻が、首筋へと届く――!


「もうもたん! 鈴木良平、後を頼んだぞ――管理者権限、緊急強制介入オーバーライド! リダイレクトコード発動!!! アブラカタブラ!!」


 ビフロンスの骨の手がアリエルを守る光の結界をぶち破って、彼女の首を鷲掴みにした。

 直後、アリエルを覆っていた赤黒いバグデータが目に見える奔流となり、ビフロンスの純白の骨格へ一気に吸い上げられていく!


「ガ、ハッ……ガガガ! ギギギギギギギッッッ!!!」


 バグデータを吸い込んだ瞬間、ビフロンスの巨大な骸骨が、まるで煮え滾る大釜のごとく凄まじい勢いで膨張を始めた!


 バキッ、バキバキッ!


 内側から純白の骨格を砕く、悍ましい破砕音。

 肉なきはずの骸骨へ、赤黒く脈動する不気味な筋肉と甲羅が爆発的に生え渡り、旧来の骨格を塗り返していく。


 金縁の漆黒ローブが無残に弾け飛び、引き裂かれた。

 散り散りに放電する赤黒いスパーク。

 それが大理石の床を粉砕し、激しく乱舞する!


『わかったぞ……! こいつの正体は、【生活必需品(食品)属 カルベー種 プライム体】……!』


 肥大化したハサミの隙間から、バグのノイズに掻き消されそうなビフロンスの最後の声が響く。


『その名も――「カッパ蟹せん」だ!!! 鈴木良平! 頼んだぞ!!!』


 ズガァァァァァァァンッッ!!!


 最後の声を吹き飛ばす爆風。

 立ち上る赤黒い煙、そしてバチバチと黒く不気味に放電するバグオーラを纏い、そこにそびえ立っていたのは――。


 見上げるくらい大きな体躯。

 すべてを切り裂く漆黒の巨大ハサミを持った、狂暴そのものの「化け蟹」!


 ギチギチギチギチ……。


 巨体を支える8本の歩脚が、床に巨大な爪を突き立てる。

 邪悪なオーラを纏ってはいるが、俺には、ハッキリと分かった。


(間違いない。あの赤いパッケージに描かれていた、子供の頃からマヨネーズをぶっかけて貪り食ってきた、あの「カッパ蟹せん」の蟹だ……!)


「……嘘、だろ……」


 なんでお前なんだよ。

 寄る辺ない俺の人生に寄り添ってくれたあいつが、俺の仲間を害する敵になるなんて、そんな絶望をどう受け入れろってんだ。


 眩暈がした。

 恐怖と混乱で視界が歪み、情けなく一歩後ずさりそうになる。


 その時――俺の目の前に、風を切り裂いて黒い影が舞い降りた。


 バサァッ――!


『ゼロ』だ。

 革製ヘルメットの奥、日本刀のように研ぎ澄まされた隻眼。

 緑の鳥が大きく翼を広げ、俺と巨大な化け蟹の間に、絶対的な防壁として舞い降りたのだ。


「ウゥゥゥゥ……!」


 低く地を這うエンジンの重低音のようなうなり声を上げ、三河犬の『エーツー』がクラシックカーの鎧を軋ませながら俺のすねを庇うように前に躍り出る。

 短尾の揺れは完全に止まり、巨蟹の脚元を射抜く瞳には一切の怯えがない。


 さらに、俺の手元からスッと抜け出た『亀ちゃん』が、大理石の床を力強く踏み締める。

 光ファイバーの尻尾を青白く激しく励起させ、アリエルに甘えていた時の幼さを完全に捨て去り、冷酷な眼差しで巨大なハサミを見据えていた。


「……お前ら……」


 息が止まった。

 さっきまで俺の命令をシカトし、ドジを踏んで転び、ションベン水をひっかけてバカにしてきた奴らだ。

 投資家としての信頼すらゼロだったはずのポンコツ共だ。


 それなのに――今、こいつらはオーナーを守るために、絶対的な『プライム体』の脅威を前に一歩も引かず、命がけで臨戦態勢をとっている。


(……そうだ。何が絶望だ。何が思い出だ!)


 胸の奥で、ドロドロとした弱気な迷いが一瞬で吹き飛んだ。


 俺に亀を託して倒れたアリエルも、あいつを救うために自分が犠牲になったビフロンスも、全員が土壇場で身体を張った。

 そして、目の前のこいつらが、情けない俺の盾になろうと立ちはだかってくれているんだ!


 ここで俺が逃げたら、一生自分を許せなくなる……!


 フッと鼻で自嘲の笑いを漏らすと、俺はガタガタと震えていた膝を、自分の拳で思い切り殴りつけた!

 鋭い痛みが走り、視界のブレと恐怖が完全に消え去る。


「……へっ。悪かったな、格好悪いところ見せちまって」


 口角を強気に吊り上げ、俺は足を踏み出した。

 逃げるための一歩じゃない。

 ゼロたちの横に並び立つための力強い一歩だ。


「思い出なんて関係ねぇ! 上等じゃねえか! ここから先は、俺たち全員の絶対防衛線だ! たとえ俺を救ってくれたお前だったとしても、一歩も通す気はねぇぞッ!! カッパ蟹せん!!」




 ◇教えて!株モン博士!! ~株モン紹介 カッパ蟹せん(不完全)~


 博士:「やあやあ、星座の鎧を着て戦う青年達の物語で、6月22日から7月22日に生まれたばかりに、肩身の狭い思いをした投資家のみんな元気かな? 株モン博士じゃよ」


 助手:「大丈夫です。人類の12分の1はあなたの味方ですよ」


 博士:「さて、始まってしまったな。因縁の『カッパ蟹せん』との対決、今回は金融リテラシーをほっぽり出して、現在開示出来る『カッパ蟹せん』のデータの一部を開示するぞ」


 助手:「詳細データは後ほど開示されると思います。また、コレからバトルが続きますので、しばらく博士の講座はおやすみです」


 博士:「ワシらはまた、戻ってくる! それまで寂しくっても泣くんじゃないぞ! それじゃあ、以下が『カッパ蟹せん』のデータじゃ!」



【株モン図鑑】No.2229:カッパ蟹せん(プライム体)


 〇基礎スペック

 分類: 生活必需品(食品)属 カルベー種 プライム体

 証券コード: 2229

 全長(標準サイズ): 15.2m / 全高: 4.1m(大型バスサイズ)

 体重: 23t(サクサクのノンフライ構造のため、巨体の割には軽量)


 〇パラメータ評価

 パワー: A (コンクリート壁を豆腐のように粉砕する超質量ハサミ)

 スピード: C (鈍重。ただし、※)

 テクニック: A (人間の脳のリズムを完全にハックする黄金比率設計)

 スタミナ: B (一切の酸化(劣化)を許さない、驚異の鮮度オーラ)


 〇実装スキル(能力)


【メインスキル】やめられない! とまらない!

 バトル効果: ターン経過とともに自身の防御力に「大補正」がかかり続ける。


【サブスキル】

 Lv1: ノンフライ・オイルコート

 効果: 物理・弾丸・斬撃ダメージを「滑らせて受け流す」特殊コーティング装甲を展開。


 Lv2: 4種黄金比ブレンド

 効果: 4種の天然生殻が超高密度で重合した【キチン装甲】を形成。防御力に中補正。


 Lv3: No.27

 効果: 戦闘中、受けたダメージの27%を修復する。


 Lv4: アルミ蒸着フィルム

 効果: 敵から放たれるスキャン、デバフ(能力低下)などを反射・遮断ステルスする。


 Lv5: デシマル・ストライプ & クインク・センチ

 効果: メインスキル【やめられない! とまらない!】の防御バフ効果を強化。


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