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020:眠い授業も頑張ろう

020:眠い授業も頑張ろう


昼飯の特製パスタが胃袋の中で絶賛デンプン分解中で、脳味噌の鈴木ブラッドは大多数が消化器官へと絶賛出稼ぎ中だ。


要するに、眠い! 眠すぎる!


考えてみたら、無職になってからというもの、ゲームをしては飯を食い、昼寝をしてはまたゲームをし、腹が減ったら飯を食って寝るという、極限の超過重労働を繰り返す毎日だった。


時計の針は午後14:10を回ったところ。

普段なら完全に黄金のシエスタタイムである。

そりゃあ、眠くて仕方ないわけだ。


しかも最悪なことに、現在の俺は、空中に浮かぶ学校指定の黒板の前で、パタパタとせわしなく動き回る骸骨に捕まっている。


変な科学者風の白衣を羽織り、なぜかフサフサのロマンスグレーのカツラを頭蓋骨に貼り付けた魔王ビフ……いや、骨先生。

彼による『株モン』の説明という名の、狂気の経済学集中講義を最前列で強制受講させられているのだ。


「いいかぁ、鈴木良平! ココだ! ココからが凄いところだぞ!」


骨先生はチョークを握りつぶさんばかりの熱量で黒板に文字を叩きつけており、黒板消しをブンブンと振り回すたびに、白い粉塵が煙幕のようにブワッと舞い上がっている。

そのパッションはもはや、黒板のチョークの文字の上に文字を書きなぐっている状況だ。

もはや何を書いているのか物理的に見えないレベルにまで達している。


この熱量、遠い昔、高校の時の塾の夏合宿で出会った『ボルケーノ山田』塾講師と似たパッションを感じるぜ。

サングラスにパンチパーマというアナーキー極まりないいでたちで、ホワイトボードに読解不可能な数式を書き込んでは「三平方のキエェェェェィ!」と絶叫していらっしゃった。


当時、我々塾生の間では「20年後には脳の血管がブチ切れてお亡くなりになっているのでは」と不吉な予言が囁かれていたが、まだご存命なのだろうか。


「ふぅ……」


重い瞼をこすりながら、現実逃避がてら周囲の座席を見回してみる。


少し離れたパイプ椅子の背もたれには、日本刀のような切れ味の隻眼でじっと俺の動向を監視している、革製の航空ヘルメットを被った小さな緑のゼロ


俺の椅子の足元には、上機嫌に短い尻尾をパタパタと床に叩きつけ、車型の鎧をまとった三河犬エーツー

そして隣の席には、頬杖をついた金髪美幼女腹黒天使アリエルと、そのアリエルの柔らかい二の腕に「きゅ〜」と鳴きながら何度もすべすべの頭を擦り付けている、亀(亀ちゃん)の姿がある。


……まともな人間、この部屋に俺しかいねえじゃねえか。

それにしても、本当に眠い、眠すぎる!

おっかしいな?

チートキャラを使って、ゲームをクリアすればガッポガッポ儲かるイージー展開じゃなかったっけ?

何で俺、三十路にもなって経済学の勉強をさせられてるの?


目の前には「自己資本利益率(ROE)」だの、「株価純資産倍率(PBR)」だの、漢字がギチギチに詰まった教本が山のように積み上げられている。

遠くではテンションマックスのビフロンスが、目に赤い炎をたぎらせて、良くわからん数式を書き始めたようだ。

もはや、人類には理解しがたい領域だ。


アカン、眠すぎて黒板の数式が二重にも三重にもブレて見えてきた。

しょうがない、ついに封印していたあの技を発動させる時が来たようだな。

我が鈴木良平が禁忌の奥義――【ドルフィンスリープ】!!


説明しよう!

イルカの睡眠は右脳と左脳を交互に切り替えながら行う。

そうすることで、最も無防備な睡眠時の敵襲に備えているのだ。


鈴木はこの仕組みを応用し、脳を片方ずつ眠らせるだけでなく、覚醒している方の脳の一部も睡眠状態に置くことで、学生時代から授業中、合法的に睡眠をとることに成功していたのだった。


俺が左脳を眠らせ、右脳の「ページをめくる機能」と、「たまに骨先生を見上げて『なるほどな』って風に深く頷く視線を投げかける機能」以外を完全にシャットダウンする準備を始めた、その時――。


「鈴木良平! 起きなさい! ほら、ビフ……骨先生が貴方を指名していますよ!」


隣の席の金髪美幼女腹黒天使アリエルが、容赦のない力で俺の肩をガクガクと前後に激しく揺さぶりかけてきた。

ガクガクと視界がシェイクされる。


「……あ、ああ、起きてる、起きてるよ。カルシウムの吸収を促すには、やっぱりビタミンDの摂取が大事って話だろ?」


俺が寝ぼけ眼で適当なでまかせを口にした、その直後だった。


シュパァンッ!!! と空気を鋭く切り裂く超音速の風切り音が鼓膜を震わせた。

回避する猶予すら与えられなかった。


黒板の前に直立する骨先生の指先からスナップを効かせて放たれた、純白のチョーク弾。

それは放物線を描くことすらなく、完全なレーザー直進の弾道を描き、俺の額のど真ん中へと寸分の狂いもなく叩き込まれたのだ。


「あだァァァッッ!!!???」


脳天まで突き抜ける衝撃に、俺はパイプ椅子ごと後ろへバタンとひっくり返りそうになり、両手で頭を抱えてのけぞる。

撃ち込まれたチョークはすべて白い粉となって弾け、激しい痛みのビッグウェーブが遅れて押し寄せてきた。


「っ痛てぇぇぇ! 何しやがる、この動く人体骨格標本がッ!! デコが陥没したらどう落とし前つけてくれんだよ、カルシウム!?」


「それはこっちのセリフだ鈴木良平!!」


骨先生が机を手の平(骨)でバンッ!! と叩きつけ、貼り付けたカツラをズラしながら激怒のあまり激しくステップを踏んだ。


「まったく話を聞いていないじゃねぇか! ってか、授業中に白目剥いて寝るな! ボケ! お前が『株モンで一攫千金狙うぜウェーイ!』って言ったから、特別に補習をやってやってるんだろうが!」


「うるせえ! 俺が頼んだのは、お手軽な裏技攻略情報だ! なんでファンタジー世界のゲームをやるのに、現実のガチガチな経済学の教本とか四季報みたいな分厚い本を読み込まなきゃいけねえんだよ!」


俺はデコにチョークの粉をつけたまま、パイプ椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。


「はぁ? 株モンを極めたければこれくらい基本中の基本だ! お前のところの地球では、小学生すらこの程度の知識は頭に叩き込んでゲームをやってるぞ!」


えっ? 嘘だろ? 地球のキッズたちの金融リテラシーのレベル高すぎ。


「はぁ!? そこら辺のガキが、『この株モンのPERは高くなりすぎたからロスカットしとくか』とか、『25日移動平均線の下に指値の罠を張ったから、そろそろ仕留め時だ!』とか言いながら遊んでたってことか? 末恐ろしいぞ! 教育委員会、今すぐ仕事しろ!」


「お前が仕事しろ無職!!」


ゼェ、ハァ、と肺もないくせに激しく息(?)を荒くしたビフ先生は、ようやく諦めたように変な白衣と金髪カツラを乱暴にむしり取って床に投げ捨てた。


そのままのろのろと最奥の玉座へと戻ってどっかりと腰掛けると、コホンと骨の喉を鳴らして咳払いをし、冷徹な魔王のトーンに切り替えた。


「はぁ、まったく、手が焼ける奴だ。本当に時間が無い、もう一度整理して話すぞ、今度こそ聞いておけよ。

いいか? 鈴木良平。お前は今からこの株モンたちを連れて、俺が作った株モンワールドを旅してもらう。ゲームを攻略しながら、同時に世界浸食現象ワールド・エラーの原因を探してもらうのが、お前の最大のミッションだ」


「はい! 素人質問で申し訳ございません! 骨粗鬆症先生!!」


俺はビシッと力強く挙手した。


「はい、何ですか? 無職生徒君?」


「骨密度ゼロ先生は、世界の理をねじ曲げる魔王(笑)なんですよね? だったらその無敵の魔王(笑)パワーとやらで、ワールドエラーの原因をジグザグビームか何かで一撃粉砕すれば、平和になるんじゃないですか?」


「良い質問だね! ど底辺パチンカス無職君!」


ビフ先生がニヤリと骨の顔を歪め、その眼窩の炎を真っ赤に燃え上がらせた。


「ここにいる超絶イケ骨魔神ビフロンス先生は、一時的に実体化させた分体に過ぎないんだ! 本体は、現在進行形で、システムの裏側からシステムが崩壊しないように獅子奮迅のデバッグ作業実行中なんだね!」


叫びながら、ビフ先生は突如、目の前の空間に何百枚もの赤いエラー警告画面をホログラムで一斉展開した。

「オラオラオラオラァッ!!」と狂ったように叫びながら、残像が見えるほどの超高速シャドーボクシングで、そのウィンドウ群を物理的に次々と殴り潰していく。

拳が液晶の光に直撃するたびに、バチバチと電子の火花が爆ぜ、まるで一人で光の弾幕ゲームを処理しているかのようだ。


「どこかのアホ(お前)の招待メールの開封が大遅刻だったせいだね! クソ忙しいのに、私は貴重なリソースを割いてここにいるんだよ。このチュートリアル空間が閉じた瞬間、俺は本体に合流して――」


そこまで叫ぶと、ビフ先生は自分の頭蓋骨を両手でガシッと掴み、絶望を全身で表現するように玉座の上で激しく身をよじった。


「――デスマーチが確定してるんだ! ぶっ殺すぞ、この雑魚人間!」


そう言うとビフロンスは、眼窩の炎を紫に燃え上がらせ、骨の手をワキワキさせた。

だが、俺は謝らない!

そもそも、株モンの招待IDがどう見ても公共料金の支払い郵便に見えるのが悪いのだ!


「そりゃお疲れ様。まぁ、待ってろって! 俺が株モンでガッポガッポ稼ぐついでに、世界もサクッと救ってやっから。融資の代わりにくれたこの犬と鳥と亀……冷静に考えたら、あのホープストーンを一個だけでも現金化しておいた方が良かった気がしてきたんだけど? 今からでも遅くないから、あの亀だけでも買い取って現金にしてくれない?」


俺がアリエルの膝元にいた亀を親指で鋭く指し示した、その瞬間。


それまでアリエルの二の腕にスリスリして完全に骨抜き(亀だけど)になっていた亀ちゃんが、首を「カッ!」と鋭く直角に跳ね上げた。


パシュッ!!!


「冷たッ!?」


言い放った瞬間、俺の後頭部に、冷たい水しぶきがダイレクトに激突した。


背後を振り返ると、アリエルのパイプ椅子の手すりに乗った亀ちゃんが、不機嫌そうに尻尾をピコピコと振っている。


犯人はこのクソ亀だ。


「おい! お前、ウミガメのスープにしてやろうか!?」


俺が指を突きつけて睨みつけると、亀ちゃんは「プイッ」と露骨にそっぽを向き、アリエルの方へとすり寄っていった。


アリエルの服の袖に甘えるように顔を擦り付ける亀ちゃん。


アリエルはキュッと整った眉を寄せ、「あなたが失礼なことを言うからですよ」という冷ややかな視線を俺に浴びせてくる。


だが、俺は見逃さなかった。


アリエルが俺から目線を外したコンマ数秒、亀ちゃんはアリエルの影からスッと首をもたげ、俺に向かってだけ、この上なく冷酷で勝ち誇った「ドヤ顔」を向けてきたのだ。


決めた。


今日の晩御飯は亀の鉄板焼きだ。


俺が袖をまくり上げ、アリエルの腕から無理やりクソ亀を毟り取ろうと一歩踏み出した、その時。


背後の玉座から、ズシリと重い、しかし諦めに満ちた深い溜息が漏れ出た。


「はぁ……お前には座学よりも、体で覚える方が向いているようだな。それでは今から――」


ビフロンスが骨の指をパチンと鋭く鳴らす。


その瞬間、今までいた部屋の真ん中に、デジタルな光の粒子がシュルシュルと収束し、ぽつんと奇妙な物体が転がり出た。


それは、のっぺりとした黒い小人? に見えた。


いかにも戦闘力は有りませんって雰囲気の雑魚キャラクターのような、ひどくチープなぬいぐるみ? だった。


「何だこれ? ゴミか?」


俺は転がったぬいぐるみを、スニーカーの先でツンツンとつついた。


「失礼な! これぞ株モンの顔たるパッケージモンスターの一角、株モン最弱にして最愛のサンドバッグモンスター『ビフビフ君』だ! さぁ鈴木良平、こいつを相手に攻撃の練習チュートリアルをしてみるが良い」


ビフロンスは玉座から身を乗り出し、骨の手を不敵に広げる。


「本来の株モン世界では、お前が株モンを召喚するたびに、お前のアセットからMPマネーパワーが消費される仕組みだ。だが安心しろ、ここは練習空間。お前のMPは一切減らん! 身ぐるみ剥がされる恐怖なしに、思いっきり無茶できる算段だ!」


「へぇー、デモトレードだからリスクゼロってわけか。それなら気兼ねなく暴れられるな!」


俺はソシャゲのコマンド選択画面をスワイプするような気分で、スマホを構え、まずはパイプ椅子で退屈そうに羽を休めているゼロを指差した。


「よし、ゼロ! あの黒いゴミぬいぐるみに一撃くれてやれ! 突撃だ、いけッ!」


「…………」


ゼロはピクリとも動かなかった。


命令を完全に無視し、革製の航空ヘルメットの隙間から、鋭い隻眼で退屈そうに天井の染みを眺めている。

時折、羽をパタパタとすぼめるだけで、一歩も進む気配がない。


「おい! ガン無視かよ! お前、俺のポートフォリオ(手持ち)に入った株モンだろ!?」


「ダメですね……。鈴木良平! いくら優秀な銘柄(株モン)でも、投資家としての信頼度が足りないと、命令を完全に無視してボイコットするようですね……」


アリエルがやれやれといった顔で亀を撫でながらつぶやいた。


「使えねえ鳥だな! クソ、ならエーツー! 覇王トヨダの力を見せてくれ! あのぬいぐるみにタックルをかませ!」


「ワンッ!」


エーツーは上機嫌に尻尾をブンブンと振り回し、短い四肢をバタバタとさせて猛スピードでビフビフ君に突進した。


だが、その鉄壁の鎧の先端が、転がるチープなぬいぐるみにカチッと軽く接触した、まさにその瞬間だった。


「キャン!」


何故だかエーツーの方が、ひどく情けない悲鳴を上げて派手に横転した。

コロンコロンと地面の上を無様に転がり、ペコペコと何度も申し訳なさそうに頭を下げて俺の足元にもどってきた。


「弱ッッ!!! なんで体当たりを仕掛けた攻撃側がダメージ受けて、泣きそうな顔になってんだよ! 世界のトヨダが泣くぞ!?」


失望のあまり、額のチョークの痛みが再発しそうだった。


俺は残された最後の希望、アリエルの腕の中でふんぞり返っている緑色の亀を、親指で鋭く指し示した。


「おい、亀! お前一番レアな『プライム体』なんだろ!? その力を見せてみろ! 何でもいいから攻撃だ!」


亀ちゃんはめんどくさそうに青白い光ファイバーの尻尾をゆらりと揺らすと、その小さな嘴をほんの少しだけ、気だるげに開けた。


プシャ!


マヌケな音と共に、その口からおもちゃの水鉄砲のような、か細い水滴がピッと飛び出す。


それはビフビフ君の額をほんのり濡らしただけで、ビフビフ君のぬいぐるみは自重でコロンと一回転し、何事もなかったかのように起き上がった。

当然のようにノーダメージ。


「おい!!! もっと真面目に仕事しろ!!!」


俺はアリエルの腕の中でぬくぬくしている亀ちゃんに向かって、一歩踏み込んで怒鳴り散らした。


「お前、さっきの神獣バトルで朱雀相手に空間を消し飛ばすような極太ビーム吐いてただろ! なんだ今のションベン水は! 持ち株主オーナーを舐めてんのか!」


その瞬間、亀ちゃんの小さな瞳が、獲物を狙うスナイパーのようにギラリと冷酷に発光した。


パシュ!!!


突如、さっきのションベン水鉄砲よりちょっと強い位の水流が、俺の顔面にゼロ距離から真っ向から直撃した。


「冷たッ! 鼻に、鼻に水がッ!!」


ゲホゲホと鼻の奥を痛めながら咳き込む俺の視線の先で、亀ちゃんは「フン」と鼻で笑うように嘴を鳴らしてそっぽを向き、アリエルにだけ見える角度で再び甘え始めた。


「あのクソ亀……! 絶対に許さん! 今日のおかずはスッポン鍋に決定だァァァ!」


怒った俺は、アリエルの胸元から強引に亀を強奪しようと手を伸ばした。

だが、アリエルは小動物のように身をよじり、亀ちゃんを胸にぎゅっと抱きかかえて、俺の突進を身体を張ってガードする。


くそ!邪魔しやがって!

だが、残念だったな!俺にはロリ属性は無い!!

お前のような幼女から、亀を取り上げるのに何のためらいもないのだ!!


ジジッ――。

その時。

一瞬だけ、アリエルの周囲に【赤黒いノイズ】が迸った気がした。


(……ん? 今の、見間違いか? でも、このノイズどこかで……?)


「あっちへ行きなさい鈴木良平!」


俺の思考は、アリエルの鋭い拒絶の声によって物理的に断ち切られた。

アリエルに庇われ、その腕の中で勝ち誇ったように見下してくる亀の姿。

脳裏をよぎった少しの違和感も、そのクソ生意気な視線によって一瞬で吹き飛んでしまった。


今度こそ、アリエルから亀を剥ぎ取ってやろうと、俺が力任せに一歩を踏み出した、その時。


「亀ちゃんは私……わt……た、し、が……」


アリエルのセリフが、不自然に途切れた。


ジジッ……ジジジジジジジッ!!!


今度は、絶対に見間違いなんかじゃない!

アリエルの周囲の空気が一気に濁りだし、視界を焼き切るような極彩色の【赤黒いノイズ】が、彼女の全身を包み込むように激しく吹き荒れたのだ。


アリエルの可憐で美しい少女の声が、まるでもの凄く古いテープレコーダーの電池が切れる瞬間のように、不気味に重く低く、野太い男性の声のように歪み始める。


『――か、め……ち、ゃ……んは、わ、た……し、が――』


「え……?」


伸ばしかけた俺の手が、空中でピタリと凍りつく。

周囲の空気が、キィィィンと耳鳴りのような高周波を帯びて冷たく強張り始めた。


見ると、アリエルの全身の輪郭が、古いブラウン管テレビの砂嵐バグノイズのように、物理的に激しくブレ始めていた。




◇教えて!株モン博士!! ~今さら株ってなあに?~


博士:「やあやあ。2026年7月に、韓国サムスン電子が4〜6月期速報決算を発表し、営業利益が前年比19倍(約9兆円規模)と脳みそ沸騰するような決算を出したにもかかわらず、株価が10%の大急落。それを見てビビった半導体株ホルダーのみんなが恐怖で株を投げ売りしはじめ、巻き込まれて大損を喰らった投資家のみんな、元気かな? 株モン博士じゃよ。ゲロが出そうじゃよ」


助手:「前年比19倍の超絶決算なのに下がるなんて、意味が分からないですよ! なんでそんな理不尽なことが起きるんですか?」


博士:「ドチクショウ! それこそが株式市場の罠、【コンセンサス(プロが事前に立てた期待のハードル)】じゃな! 市場のプロ達は『今回は20倍くらい行くでしょ!』と勝手に期待を上げまくっておったのじょ。だから19倍という凄まじい数字でも『なーんだ、期待以下か』と失望売りされたんじゃよ。これを投資用語で【材料出尽くし】や【織り込み済み】と言うんじゃな」


助手:「勝手に期待して勝手に失望するなんて理不尽すぎます……。株をやっていると、何を信じて良いか分からなくなりますよね」


博士:「株って何? 信じるって何? と、現実に絶望して白目を剥いていたときにハッと気が付いたのだ! そういえばワシ、株自体の説明をまだちゃんとしていなかったんじゃね?」


助手:「株の買い方とか、証券口座の開設とか、東京証券取引所の話とか、システムの話ばっかりでしたもんね」


博士:「そうじゃ。そんなわけで今更、株って何? という話をするぞ。さて、助手よ『株』とはなんだ?」


助手:「企業の運転資金の集め方の一つ、なんですよね?」


博士:「そう、①物を売る、②銀行から借りる、③株を発行して投資家からお金を集める。このうちの三番目の副産物が株券、いわゆる株という物じゃな」


助手:「株とは、企業の価値を発行された株の数だけ細切れにしたチケットなんですよね? 商品じゃなくって、自分自身を細切れにして売っているんですよね? なにか壮絶な感じがします……」


博士:「仮にその企業の価値が100億円で、株を100株発行したとする。1株は1億円の価値があって、その会社を1%所有していると言う事になるな。株式会社になるという事は、そういう事じゃ。自らの全ての価値や資産を株という形に証券化し、出資してくれたオーナー達に分け与えるのじゃよ」


助手:「1%所有って言いますけど、それって本当の所有者『オーナー』なんですか? その企業の社長とかよりも偉いって事ですか?」


博士:「概念としてはその通り! 社長や経営陣というのは、例えるなら、球団オーナー(株主)に雇われて現場で指揮を執っている『雇われ監督』に過ぎん。一番偉いのは、お金を出してチーム(企業)を作った球団オーナーである株主じゃ。監督がどんなに名将でも、オーナーが『クビ』と言えばそれまでじゃからな。だから、チーム(企業)が世界中で汗水垂らして稼いだガチの最終利益(純利益)は、チケットの枚数に応じて本当のオーナーの元へ合法的に還元される。これが【配当金インカムゲイン】というシステムじゃな」


助手:「なるほど! 自分が働かなくても、細切れのチケットが代わりに働いてお金をチャリンチャリンと運んできてくれるわけですね。……あれ? でも無配当の企業もありましたよね? Amazonとかテスラとか、あんなに凄い企業も無配当じゃなかったですか? オーナーより社長のわがままがまかり通ってますよ?」


博士:「いやいや、アレにもちゃんと合理的なわけがあるんじゃよ。取締役(社長)が株主総会という場で、『配当金として配るはずの現金を、もっと次の商品開発や設備投資に使わせてください。その代わり、会社の戦闘力を上げて株価を10倍にしますよ!』とプレゼンして、株主に許可を貰うんじゃ。株主も『え? 株価が10倍になったら、目先の小銭(配当)を貰うより、値上がりした株を売った方が圧倒的に得じゃん! 【値上がりキャピタルゲイン】最高! いいよな? みんな!』となって、株主総会での多数決で決まった時に初めて『前向きな無配当』が成立するんじゃな」


助手:「へぇ〜! 株主総会って、ただ社長のありがたい話を聞く場所じゃなくて、本当に多数決で会社の方針を決める場所なんですね」


博士:「そうじゃ! 株主総会は会社における最高意思決定機関じゃからな! 【1株=1票(議決権)】のガチの多数決で、社長や役員を誰にするか(選任・解任)、配当金の額、会社の買収や解散まで、企業の重要事項はすべてここで決まるんじゃ。いくら社長が『この事業をやらせてください!』と熱弁しても、過半数の株を持つオーナーたちが『ダメ! クビ!』と言えば、その瞬間に社長の座を追われることになるんじゃよ」


助手:「まさに球団オーナー会議ですね! 成績が悪い監督(社長)は、途中で交代させられちゃうんだ……」


博士:「そうなんじゃ。株主総会には色々な人間が来るからの。どんなに普段メディアでブイブイ言わせておる有名社長でも、株主総会では借りてきた猫のようにシュンとしているに違いないぞ。世の中には冷徹に牙を剥く『物言う株主アクティビスト』とかもおるからの。ワシも自分の株が急落した時は、株主総会に乗り込んでやろうと何回思った事か……」


助手:「気持ちは分かりますけど、骨の姿で総会に乗り込むのはやめてくださいね、ホラーになっちゃうので。……それでは、また次回のマーケットでお会いしましょう」


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