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002:お巡りさんには協力しよう

002:お巡りさんには協力しよう


「……え?」


 ボロアパートの薄暗い廊下。

 自分の部屋のドアの前でふんぞり返る金髪の幼女を前に、俺、鈴木良平は呆然と立ち尽くしていた。


 お人形さんのような美少女。

 真っ白なワンピース。

 そして、およそ子供とは思えない、すべてを見透かしたような傲慢な立ち姿。


 だが、今の俺にガキの相手をする余裕はない。

 財布は空。腹は減り。彼女にはフラれ。パチンコ台の役物に脳を焼かれたばかりなのだ。


「……悪いな、お嬢ちゃん。迷子なら一階の大家さんのところに行ってくれ。おじさんは今、踏んだり蹴ったりで他人に優しく出来ないんだ。」


 俺は彼女を軽くいなすと、カギを取り出してドアを開けようとした。

 しかし――。


「鈴木良平!! こんな可憐な少女を無視するなんて! 貴方に人の心とかないんですか? この私が、貴方が帰って来るまで、この吹きさらしの廊下で3時間も待ったのですよ!?」


 ガキが、俺の腰のあたりに頭突きを食らわすような勢いで割り込んできた。


「うおっ!? なんだよ、お前……三時間!? 知らねーよ! っていうか、小さい女の子が独りでこんな所にいたらご近所さんに通報されるだろ。頼むからお父さんかお母さんの元に帰りなさい!」


「いやーですぅー! こっちは一刻を争う事態なんですぅー!」


 彼女は俺の裾をギュッと掴んで離さない。


「帰ってくれ! おじさんは疲れてるんだ! 明日以降、気が向いたら話を聞くから!!」

 勘弁してくれ、本当に疲れてるんだ。

 一刻も早く眠りにつきたい。


「嘘です! 知っていますよ、それは話を聞く気がない人間が使う常套句です!!」

 幼女は地団駄を踏み、廊下中にドスドスと音を響かせた。


「いいですか、私を部屋に入れなさい! これは最後のアドバイス……いえ、最終警告です!」


 金髪幼女の整った眉がきゅっと引きあがる。

 小さいながらも、将来期待が出来る美少女オーラを感じる。


 だが、甘い!

 俺に幼女趣味は無い!ははは!残念だったな!


「はっ! 幼女ごときに、この鈴木良平が屈すると思うなよ! 出直してこい! 10年後……胸のサイズがCカップになった時、ゆっくり話を聞いてやる!」


 鼻で笑い、俺は強引にドアを開けて室内へ滑り込もうとした。

 その瞬間。幼女の瞳からハイライトが消え、口元が不敵に歪んだ。


「……交渉決裂ですね。後悔しなさい。……吸ぅーーーーーっ」

 彼女が、肺が破れんばかりの勢いで息を吸い込む。


 嫌な予感が、背筋を駆け抜けた。


「くすぐったい!おじさん、そんなところ舐めないでぇ~~~~~!!」

 金髪少女はくるりと後ろを向いて、錆びた手すりの間にその小さな顔をガボッとはめ込んで叫び出したのだ!


「ぶっ!!? ちょ、お前!!?」


 夕暮れ時の静かなアパートに、鼓膜を劈くような絶叫が木霊した。


「パンツは食べ物じゃないよ!!」


「なっ!!? 何を、何を言っ――!!」


「おじちゃん、なんでそんな所が大きくなってるのぉ!?」


「おま!! 冤罪だ! ちょっと黙れ!!」


 俺はパニックになり、彼女の口を塞ごうと手を伸ばした。


 が、彼女は驚異的なフットワークでそれを回避し、さらに声を張り上げる。

 近隣の部屋のドアが「何事だ」とわずかに開く音が聞こえ、俺の心拍数は上限値を突破した。


 その時だ。


『ウーーーッ、ウーーーッ!』


 遠くから、しかし確実に近づいてくるパトカーのサイレンの音が、夕暮れの空気を切り裂いた。

 誰かが警察に通報したに違いない!


「……終わった」

 俺は力なく膝をついた。

 近づいて来るパトカーのサイレンが、どこか悲しい狼の遠吠えに聞こえた。



 ◇


「鈴木さん!ちょっとお話を聞かせていただけますか?いるのは分かっているんですよ?」

 背中で抑えつけた扉の向こうから、警察官がドアを叩く衝撃が伝わって来る。

 言葉遣いは丁寧だが、ドアを打ち破らんばかりに力強いノックが続く。


 考えろ!考えるんだ!この状況を打破するクールな一手を!!


「鈴木良平! この窮地を助けられるのは私だけです。私の話を聞き、協力すると約束しなさい」

 当のガキは、俺の真横でニコニコと愛想を振りまいている。


 可愛く微笑んでいるが、純真無垢さのかけらもない、それは罠にかかった獲物を覗き込む老獪なハンターの笑顔だ。


 こいつ!

 絶対泣かす!この状況を乗り越えたら覚えてろよ!


 俺が反論しようと口を開きかけると、彼女は「吸ぅーっ」と大きく息を吸い込んだ。


(コイツ、また叫ぶ気だ……!)


 現在無職、ただでさえ社会的地位は「ストップ安」だ。

 ここで捕まるとヤバイ、俺の経歴に致命傷がついてしまう!


 俺は必死に首を縦に振り、降参の意を示した。



 ◇



 そこからの「幼女」は凄かった。

 トテトテと警戒心バリバリの警官たちの前に行き、片言の日本語で懸命に状況を説明する幼女を演じ切っていた。


 なんでも、自分はアメリカからやってきた俺の親戚の連れ子だという。

 へー、知らなかったー

 俺の親戚にアメリカ人と結婚した奴なんて一人もいないがな!


 荒れ狂う俺のハートとは裏腹に、金髪幼女はどんどん状況を支配下に置いていく。

 自分のいたずらでみんなに迷惑をかけてしまった幼女が、片言の日本語で一生懸命おじさんである俺を庇っている。

 その姿は、第三者から見れば「健気で微笑ましい光景」そのものなのだろう。


 お前!さっきまで日本語ペラペラだっただろ! 

 というツッコミを必死に飲み込む。


 金髪美幼女の精一杯の謝罪と説明に、膝をついて熱心に耳を傾ける二人の警官。

 さっきまでの警戒心は、みるみるうちに溶けていっているようだった。

 ちょろいぞ日本の警察官!


 そんな考えはおくびにも出さず、俺は幼女に翻弄された哀れなおじさんを演じ続けた。

 悔しいが乗らざるをえない、このビッグなウェーブに!

 まさか、小学校の発表会の時、ロビンフッドを演じた経験がココで生きるとは!


「……鈴木さん。すいません。アリエルちゃんを怖がらせてしまったようで。あとですね、一応、身元を証明できるものを見せていただけませんか?」


 若手の警官が申し訳なさそうに言ってきた。


「え?身元の証明ですか?」

 背中に冷たい汗が流れる。

 この幼女の名前、アリエルっていうのか。初めて知ったぞ。

 こいつの身元?俺が知りたいわ!


 引きつった笑顔でアリエルを見ると、彼女は俺にだけ見える角度で、ニヤリと勝ち誇った顔をした。

 ……こいつ。

 スリッパで叩きたい。


「コレ……ダディのフォンナンバーデス」


 アリエルが差し出したのは、鈍い光沢を放つ重厚なチタン製の名刺だった。

 警官が驚いてそれを受け取り、確認のために外へ向かう。


「アリエルちゃん、まだ小さいのに、日本語も喋れて可愛くって、おじさん冥利に付きますね」

「あはは、そうなんですよ~」


 気まずい!

 警察官の世間話なのに、どこでぼろが出るか分かったもんじゃない!

 うなれ鈴木ブレイン!究極の当たり障りのない回答を選択するのだ!


 数分後、戻ってきた彼の態度は、それまでとは一変していた。


「……確認が取れました。あの有名な『ビフロンス・ストラテジック・ホールディングス』さんですね? あそこのビル、駐車場が高級車の見本市みたいだって噂の……。いや、失礼しました!」

 戻ってきた警察官のアリエルを見る瞳がなんかアイドルを見るみたいにキラキラしている気がする。


「あ、あはは……そう、なんですよ……」


 俺は引きつった笑顔を維持するので精一杯だった。

 何その会社、怖い。

 って言うか、俺ずっとこのセリフしか言ってないな。


「それでは、本官たちは帰ります!一応、ここら辺のパトロール頻度を増やしておきます!アリエルちゃん日本をいっぱい楽しんでね」

 さっきまでドアを壊さんばかりに叩いてきた同じ警察官とは思えない穏やかさだ。

 小学校に来る、交通指導のお巡りさんがこんな感じだ。


「ジャパニーズポリスメン!アリガトウゴザイマス!(・ω・)vワタシ、ニホンガダイスキデス!!」

 完璧な片言日本語を駆使するあやしい美幼女。

 もしかして、今ここで警察に助けを求めるべきなのは俺なのでは無いか?


「それでは、鈴木さんも、アリエルちゃんは可愛いので、いらぬトラブルに巻き込まれないように気を付けてくださいね!」


「はい!すいません。はい、良く言い聞かせておきます。日本に来てテンションが上がっているみたいで、はい!はい!お勤めご苦労様です!」


 ドアを閉めて、外の気配をうかがう。

 ドアに耳を付け、二つの気配が安い鉄板階段を下る音を確認して、俺は大きなため息を吐いた。

 今日は厄日だ。早く寝たい。


「……おい、腹黒幼女よ。説明しろ」


 俺は震える手で鍵を閉め、念を入れるようにドアチェーンまで掛けた。

 心臓のバクバクが耳の奥でうるさい。

 振り返ると、そこには信じられない光景があった。


 俺がリサイクルショップで三千円で買った、薄汚れた唯一の座椅子。

 そこに、アリエルが王座にでも座るかのような優雅さで、どっかと腰を下ろしていたのだ。


 短い足を組み、真っ白なワンピースの裾を整えるその仕草は、とても五歳児のそれとは思えない。

 なんかコイツだけスポットライトが当たっているようなまぶしい輝きを感じる。


「さっきの名刺……なんだよあれ! 『ビフロンス・ストラテジック・ホールディングス』って言ったか!?」


 俺は詰め寄りながら、ゴミの山を避けて彼女の前で膝をついた。

 だが、アリエルは俺の形相など気にする風もなく、ボロい天井を見上げて退屈そうに鼻を鳴らした。


「ええ。あれは私たちがこの世界で活動するための『足がかり』の一つに過ぎません」


「足がかりだぁ……!? あんな超有名企業の名前を勝手に出して、後で消される(物理的に)のは俺なんだぞ! あそこは投資界の『暴君』って呼ばれてる、冗談抜きでヤバい会社なんだからな!」


「安心しなさい。元々は、以前ビフロンスがこの世界に干渉するついでに作ったダミー会社のはずだったんですよ。でも、……くすっ、想定外でした。ビフロンスの『お遊び』に共鳴する変人奇人が集まってきて、思いの外業績を上げてしまい、今ではそこそこ有名な企業として勝手に活動を行っているようです。まあ、便利なのでそのまま使っていますが」


「勝手に業績を上げただと……?」


 ダミー会社がいつの間にか世界的なホールディングスになっている? 

 そんな、パチンコの確変が一生終わらないみたいな話があるわけがない。

 俺が呆然としていると、アリエルは座椅子の背もたれに深く体重を預け、冷徹な青い瞳で俺を射抜いた。


「ビフロンス? ……この世界? お前、さっきから何を……」


「うーん。心拍数はまだ高いようですが、少しは落ち着きましたか? 鈴木良平」


 アリエルは俺の混乱を愉しむように薄く微笑むと、ふっと視線を落とし、埃の舞う六畳一間を、不浄なものを見るような目で見渡した。


 俺は未だに、自分の指先が小さく震えている。

 ドアの向こうでパトカーのサイレンが聞こえた時の恐怖が、まだ体の芯に残っている。

 なのに、目の前の幼女は、まるで最初から何も起こらなかったかのように、落ち着き払っていた。


「さて、どこから話せばよいのでしょう」


 アリエルの声のトーンが、わずかに変わった。

 先ほどまでの、人を食ったような軽さが消えている。


「……この世界の仕組みと、貴方がこれから命を懸けて守ることになる『本当の価値』について。

 まあ、ゆっくり話していきますので、途中で叫んだりせず、最後まで話を聞いてくださいね?」




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