017:株モン登場!
017:株モン登場!
俺は手の中のホープストーンを、目の前のオリハルコンコアに向かって力任せに投げつけた。
トポン、と空中ディスプレイに波紋を打って、石はコアの液状の光の中へと吸い込まれていった。
しばらくすると、オリハルコンコアの周囲をのたうっていた黄金の蛇――財宝の列の回転がにわかに速まり、画面が冷たい『青い光』の演出に包まれたのだ。ソシャゲなら完全に「ドブ(最低保証)」演出である。
「ははは! ねぇ、鈴木良平! どんな気持ち? 魔王の甘言に騙されて、せっかく投げ込んだホープストーンが『ノーマル演出』になった時の、人の子の切ない気持ちを教えて?」
「やっぱりこうなりましたか。ビフロンスはいつもこうなのです。魔界でも副官の眼鏡君を追い詰めて苦しめるのが趣味のゲス野郎なのです」
ビフロンスが骨の手を俺の肩に置いて、嬉々として聞いてきやがった。
アリエルも「ほら見たことか」と言わんばかりに額に手を当て、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見てくる。
「うるせえ! 良いんだよ! 今回は練習みたいなもんなんだからな!」
脳の中心で後悔の棘がチクチクと疼く!
虚勢を張って強がってみたが、1,500万円の消失感で膝の力が抜けそうだ。
言い訳する俺の視線の先で、光の回転がさらに加速し、中心のオリハルコンコアも回転のスピードを急上昇させていく。
ジジ……!
突如、空間に耳障りな電子ノイズが走った。
次の瞬間、オリハルコンコアが纏っていたはずの、あのショボい青いエネルギーの奔流が――パチンと弾け、目も眩むような「黄金色」に一瞬で染め上げられた。
「「「え?」」」
俺たち3人が、同時に間の抜けた声を上げた。
視界のすべてが眩いゴールドに塗り潰され、魔王であるビフロンスでさえその輝きを遮るように、骨の手を瞳の前に掲げている。
やがて光が引いたとき。
オリハルコンコアの真下、召喚魔法陣の中心に、それは静かに佇んでいた。
緑色の、ボチャッとした愛嬌のある姿をした小鳥。
だがその頭には、昔の戦闘機パイロットが被っていたような、年季の入った革製のヘルメットが乗っている。
可愛らしいフォルムとは裏腹に、その「隻眼」の瞳の視線は、こちらを値踏みするように射抜くほど鋭い。
魔法陣の周囲には、未だ余韻のように黄金色の雷がパチパチと尾を引いていた。
「わぁ。可愛い鳥ですね」
その鋭すぎる視線に気がついていないのか、アリエルが無警戒に鳥の元へ駆け寄り、よっこらしょと両腕で抱え上げた。
小学校低学年サイズのアリエルに抱えられると、その鳥はそこそこ大きく見えるが、実際は片手で乗るくらいのサイズなのだろう。
それにしても――鳥の隻眼が、じっとこちらから目を離さない。
この視線、どこかで見たことがある気がする。
遠い昔、頑固一徹だった祖父に本気で叱られた時に向けられた、あの目だ。現代人が容易に持つことのできない、本物の覚悟を持った人間だけが宿す眼光。
そんな鋭利な光が、この小さな鳥の隻眼の奥に潜んでいた。
「あああ……なんたることだ……」
骨の手で口元を覆い、ビフロンスがガタガタと全身の骨を震わせ始めた。
「鈴木良平……お前、一体なんて株モンを召喚してしまったんだ……」
「は? なんだよ、ハズレか?」
「良いか、心して聞け」
ビフロンスは骨の顎をカタカタと鳴らしながら、まるで未爆発の爆弾を前にするような慎重さで、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「こいつは……【資本財(機械)属 三菱重工種 グロース体】。個体名は――『ゼロ』だ!」
「ゼロ……?」
「ゼロは伝説の戦闘機、零戦がベースの超レア株モンだ。グロース体のくせに、そこらのスタンダード体より遥かに強い。秘めたるポテンシャルに至っては、文字通りの化け物クラス。……あり得ん! 一発目でこの株モンが出るなんてこと、天文学的な確率を無視してる! おい、鈴木良平! 何かおかしい、もう十分だ! 残りの石はガチャに使うな、すべてこのゼロの強化につぎ込め!」
普段はおちゃらけてばかりの骸骨魔王が、見たこともない本気の焦り声で俺に懇願してくる。
だがその間も、ゼロと名付けられた小さな隻眼の鳥は、アリエルに抱かれたまま、ただじっと俺だけを見つめ続けている。
まるで、俺という人間が自分のオーナーにふさわしいかどうかを厳しく査定するように。
「頼む、本当に頼む! 正直、3回ハズレを引いたお前を笑いながらからかって、ソコソコの強さの株モンを紹介してやるつもりだったんだ。悪いことは言わん! 俺はお前に大損をしてほしくないのだ! ここは大人しく俺の言うことを聞いて……」
「ビフロンス…」
俺はニヤリと口角を上げ、手の中に残った2つのホープストーンを宙へ放り、手のひらでくるくると弄んだ。
「残り二回で、当たり二回引けば、大勝利だよな!!」
「鈴木良平!!」
「パチンコでの話だ、ビフロンス」
俺はおもむろに、勝負師の顔で語り始めた。
「何故だか分からないが、一度大当りを引いた後、たとえ演出が弱くても『次の当り』を確信出来る瞬間ってのがあるんだよ!」
「バカ! お前、何を言っている!? さっきはそのパチンコ脳のせいで老後の資金溶かしかけて死にかけたんだろうが! おい、やめろ!!」
「俺にはわかる! 今、俺の指先は『運命の確変』に乗っているってな!!」
「株モンとパチンコを一緒にするな――」
「召喚続行じゃァァァァ!!」
「やめろぉぉぉぉ!!」
絶叫するビフロンスを余所に、俺は2個目のホープストーンをオリハルコンコアへ向かって高らかに放り投げた!
トポン。
一瞬の静寂。
そして――またしても画面には、あの冷たい『青い光』の最低保証演出が始まった。
「ほら見なさい、鈴木良平。結局ノーマル演出です。今からでも遅くありません、残る1個を引き換えに――」
アリエルがアワアワと慌てるビフロンスの横で、ほら見たことかと胸を張る。
「アリエル!」
「なんですか?」
「黙って見ててくれ」
俺は絶対的な覚悟を持った瞳でアリエルを見つめた。
俺の真剣な眼差しに、アリエルは口に出そうとしていた何かのセリフをコクンと静かに飲み込んだ。
ふと、アリエルの腕の中にいるゼロの隻眼と視線があった。
今の俺と同じ、本物の覚悟を宿した瞳。
そのゼロの瞳が、ほんの僅かに――お前と一緒にするなと細められた気がする。
ジジ……ッ!!!
またしても空間にノイズが走った。
「嘘だろ……」
ビフロンスの声が裏返る。
液晶を浸食する青い光が、再び内側から爆発するように黄金色へと染まり始めた。
「あり得ん……! 1回目はただの奇跡だと思っていたが……!」
黄金色の光が玉座の間を激しく塗り潰していく。だが、今回の異変はそれだけに留まらなかった。
黄金の光はさらに彩度を増し、気がつけば迸るプラズマのような光は、金から――眩い【虹色】へとその色彩を変化させ始めたのだ!
ビフロンスが骨の手で完全に顔を覆い、アリエルが息を呑んで光の中心を見つめた。
光が引く。
召喚魔法陣の中心に現れたのは、一頭の、どこか穏やかな空気を纏った老いた犬だった。
丸みを帯びた愛嬌のある体型。
クラシックカーを思わせる、どこかレトロで重厚な犬用の鎧を着込んでいる。
その老犬は、鎧の隙間から尻尾をパタパタと嬉しく振り、こちらをじっと、穏やかだが芯のあるしっかりとした瞳で眺めていた。
「【一般消費財(自動車)属 トヨタ自動車種 グロース体】……個体名、エーツー(A2)……だと?」
ビフロンスが両手で頭を抱え、ガタガタと膝をついた。
「トヨダの始まりの車、『AA型』をモデルにした特別な株モン……。こいつも、ゼロと同じく初期段階(グロース体)にあるまじき、歴史のバリューを秘めた怪物ポテンシャル株モン……。鈴木良平、お前は一体何者なんだ……」
エーツーはトコトコと短い足で俺の足元に歩み寄ってくると、俺のジーンズのすねに、ぐりぐりと頭を預けて匂いを嗅いでくる。
「お、おう……。よしよし、お前がエーツーか」
思わずしゃがんでその頭を撫でると、エーツーは心地よさそうに鼻を鳴らす。
なんだか、昔実家で飼っていた老犬を思い出して、無性に愛着が湧いてくる。
「……撤退だ! 撤退だ! 鈴木良平」
頭を抱えて絶望したまま、ビフロンスが地を這うような声で言った。
「頼む。鈴木良平、なんか全体的におかしい! 心臓に悪い! ここで撤退して、作戦をねりなおすぞ! 残りのホープストーンをどっちの強化につかうかを……」
俺は腕の中のゼロと、足元で鼻を鳴らすエーツーを交互に見つめ、これ以上ないほどに邪悪で、最高にイカした笑みを浮かべた。
手の中には、最後の一玉。
確変は、まだ終わっちゃいねえ。
◇教えて!株モン博士!! ~株モンのステータス分類とGICS~
博士:「ポケモンの株を買いたくて必死に調べてみたら非上場株で、ついでに出てきた決算データから『純利益が1,200億円』とかいう、何を言っているのかわからない桁外れの数字を見て絶望した投資家の諸君こんにちは! 株モン博士じゃよ」
助手:「ポケモンの株(株式会社ポケモン)は一般の市場には上場していないので、直接は買えないんですよね。もしどうしてもその恩恵に預かりたければ、間接的に任天堂の株を買うしかありません。もれなく世界的IP(知的財産)がわんさかついてきますよ。お得ですね」
博士:「うっ、任天堂の株価(単元株)の高さを見てさらに絶望する音が聞こえる……! さて、今日の話題は、ようやく本編に登場した『株モン』のシステムについてじゃな」
助手:「あの、博士。今回出てきたゼロちゃんたちの解説ですが、色々と版権というか大人の事情の境界線がギリギリな気がするのですが、本当に大丈夫なんですかね……?」
博士:「安心せい、何かあったらワシは即撤退(損切り)する。助手、今のうちに荷物だけはまとめておくようにな。さて! ようやく出てきた株モンについてじゃが、彼らは地球の実在する株(企業)がキャラクター性を獲得し、このゲーム世界で具現化した存在じゃ」
助手:「あらゆる時代の企業の歴史や製品が、キャラクターのモチーフになって存在しているわけですね」
博士:「うむ。読者のみんなが混乱しないよう、株モンのステータスは以下のように綺麗に分類されておるのじゃよ」
【 属】 / GICS(世界産業分類基準) / モンスターの大まかな属性(例:資本財、一般消費財など)
【 種】 / 銘柄名(企業名) / モンスターの血統(例:三菱重工、トヨタ自動車など)
【 体】 / 成長特性(市場区分) / モンスターの進化状態(例:グロース、スタンダード、プライム)
【 名】 / ニックネーム / モンスターの個体名(例:ゼロ、エーツーなど)
助手:「なるほど。作中で出たゼロちゃんをこれに当てはめると、【資本財(機械)属 三菱重工種 グロース体 ゼロ】になるわけですね。※ちなみに資本財とは、工場で使うようなでっかい機械やインフラ設備のことです」
博士:「その通り! ちなみに同じ『三菱重工種』のグロース体であっても、企業の歴史や商品の数だけ、それこそ『シバウラ』や『ヒシマツン』など、色々な個体が存在しておるぞ。作中に出てくるかは作者の気分次第じゃがな!」
助手:「ところで博士、属の分類に使われている『GICS』ってなんなんですか?」
博士:「『Global Industry Classification Standard(世界産業分類基準)』の略で、世界中の産業を11のセクター、24の産業グループ、69の産業、158の産業サブグループに公式に分類したものじゃ。株モンでは、この一番大枠である『11のセクター』の名称を『属』として使わせてもらっておるのじゃよ」
助手:「現実の株取引でも、同じ『属』のライバル企業同士で業績を比べたり、時期ごとに買われやすいセクターが変わる『セクターローテーション』を考える上で、絶対に外せない超重要知識ですよね」
博士:「うむ。まぁ、難しいことは考えず、ゲーム内では『同属同士の相性』や『世代の違い』の参考になるんだなー、くらいで捉えておいていただければ幸いじゃ!」
助手:「色々設定は有りますが、なんとなくそういうのがあるんだなぁ~という雰囲気で楽しんでいただければ幸いです。それでは、また次のマーケットでお会いしましょう!」




