016:ガチャを回す前には考えよう
016:ガチャを回す前には考えよう
俺は、手の中にある『ホープストーン』と称して渡された3つの青い石をじっと見つめた。
30万ドル――日本円に換算して約4,500万円という気の遠くなるような大金の代わりに手渡された、この謎の石ころ。この一個に、本当に1,500万円もの価値があるというのか?
もし、ここから先、この石にそれだけの価値を見出すことが出来なかったら……その時はアリエルに土下座してでも、あの『ジェフ』とやらに資金援助をしてもらうよう直談判するしかない。
あの骨魔王も巻き込んで、死に物狂いで床に額を擦り付けまくれば、アリエルだって少しは心が動くだろう。
1億とは言わない、せめて10分の1の1,000万! いや、100分の1の100万円でもいい、俺の! いや! 俺と骨魔王の全力の土下座で絞り出してやる……!
「ふぅー……」
俺は手の中のホープストーンを壊れ物を扱うように強く握りしめ、隣にいるアリエルに「絶対に逃がさねえからな」という強い視線を投げかけた。
視線に気づいたアリエルは、なんだか不思議そうな顔をして、引き攣った曖昧な笑顔を返してきた。
いや、待て!
ホープストーンは3つもあるんだ、ここでビフロンスに土下座して1個だけでも現金化しておくべきじゃないのか?
資金凍結されてるみたいだが、俺にはわかる!
このチョロ魔王は、なんやかんや言って最後にはデレる体に優しいカルシウム系魔王だ!
土下座するべきは、幼女ではなく、目の前のカルシウム!
そうだ! ウダウダ言ってなんかいられねー! 今すぐ土下座して、今すぐ1,500万円ゲットだぜ!!
「ビフロンス! 頼む! このホープストーン、一個だけでいいから現金に換えてくれ! 土下座する! マジで土下座するから!!」
俺は躊躇なくビフロンスの足元に、全身全霊の土下座を叩きつけようと、低空姿勢に体を捻る!
「やめんか、みっともない」
ビフロンスが俺の襟首を掴んで引き起こした。
「まぁ、現金化してやること自体は、できなくはないがな」
「マジか!!」
「だが、少し待て。その前に聞け、鈴木良平」
ビフロンスは骨の指を一本立て、不敵な笑みを浮かべた。
「株モンワールドには、がっぽり稼げるイベントが目白押しなのだよ。例えば、株モンバトルコロシアムで優勝したら、賞金は何と一億円だ。他にも株モンを使った商売で稼ぐだけでも、1,500万円なんてあっという間にペイできる」
「い、一億……?」
「それだけじゃない。お前以外のベータ版テスターの一人は、株モンを使って現実世界で新薬の開発を進めているぞ。もしその新薬が完成した時、その会社の株を持っていたらどうなると思う?」
俺の脳内で、何かが弾けた。
新薬完成のニュース。株価の急騰。俺の口座の数字が、桁を超えて跳ね上がっていく幻覚。
「……ちなみに、一個のホープストーンを今すぐ現金化したら、いくらになる?」
「さっきも言ったが、多少価値は落ちるがな。まぁ、1,000万円といったところか」
「……」
1,000万円。それは確かに大金だ。だが、さっきビフロンスが言った「一億円」という言葉が、脳の奥でずっとリフレインしている。
「ククク。どうする、鈴木良平? 確実な1,000万を取るか、夢を追うか」
俺はゆっくりと立ち上がり、ホープストーンを握りしめた。
「……株モンマスターに俺は成る!!」
「ククク、気合十分みたいだな、鈴木良平」
玉座の段に腰掛けたビフロンスが、骨の顎をカタカタと鳴らした。
「おうよ! 人生の追い風を感じていたところだ! ところで骨太郎、このホープストーン? とやらは一体何なんだ? どうやって使うんだよ」
「おい、骨太郎とは何だ。魔王ビフロンスと呼べ。……うむ、そのホープストーンはな、オリハルコンコアがゲームの『経験値』という概念を無理やり結晶として実体化させたもの。いわば、人々の希望や祈りを形にした物なのだ」
「これが、人間の祈り……?」
信じられない思いで青い結晶を掲げる俺に、ビフロンスは空っぽの眼窩を鋭く光らせて問いかけてきた。
「そうだ。ところで鈴木良平よ。お前は、現実世界の株式市場において、実際の『株価』を決めている正体は何だと思う?」
「え? そりゃ……会社の業績が良いとか、新しい製品が売れたとか、そういうのだろ?」
「ブブーッ! 不正解! 40点!!」
ビフロンスは骨の指をクロスさせてみせた。
「業績やニュースはただのキッカケに過ぎん。株価を本当に動かしているのはな――それを売買する人間の『期待』と『恐怖』そのものなのだ! 業績がどれだけ悪くても、『これから上がるはずだ!』という人々の期待が集まれば株価は跳ね上がる! どんなに資産が盤石でも、『これ以上は株価が上がらない』と言う人々の疑念が積み重なれば、ある時ポキっと株価は暴落する。だからこそ、人間の期待の結晶であるこの『ホープストーン』は、株モンにとって最高の強化アイテムとなる。能力を爆発的に引き上げることもできれば、その株モンの株価自体を強引に押し上げる加護を与えることもできる!」
「なるほどな……。パチンコ台のスペックじゃなく、打ってる人間の熱量で大当り確率が変わるようなもんか」
俺の歪んだパチンカス解釈をアリエルが冷ややかな目で見つめる中、ビフロンスが本題を切り出した。
「そして今回は、そのホープストーンの『特別な使い方』をさせてやる。名付けて、オリハルコンコアの演算を直接使った【特権召喚】だ!」
ビフロンスが指を鳴らすと、床にド派手な幾何学模様、ソシャゲのガチャ画面で描かれるような召喚魔法陣がバチバチと極彩色の光を放ちながら浮かび上がった。
と、同時に、耳を聾するような空間の歪む音が響く。
玉座の間に山積みになっていた金銀財宝や無数の宝石が、まるで超強力な磁石に引っ張られるように宙へと舞い上がったのだ。
「うおっ!? なんだこれ、金貨が飛んでっ……!?」
思わず腕で顔を覆う俺の目の前で、宙に浮いた無数の金貨や色とりどりの宝石たちがギュルギュルと互いに凝縮し合い――やがて、きらびやかな『黄金の蛇』のような巨大な光の列となって連なった。
その財宝の蛇は、意思を持つかのように空中をグルグルと激しくとぐろを巻き、猛烈な勢いで旋回しながら魔法陣の中心を巡っていく。
まるで莫大な富そのものが生き物へと昇華したかのような、圧倒的な光景だった。
属性や物質を超越したナニカ――幾何学的な結晶体が複雑に組み合わさった超結晶『オリハルコンコア』が、その輪郭を滑らかに変えながら空間を割って浮上してくる。
その周囲には、世界中のリアルタイムな株価チャートや、無数の電子数式がネオングリーンとゴールドの光のホログラムとなって超高速で駆け巡り、まるで生き物のように絶え間なく脈動をくりかえす。
あまりの神々しさと圧倒的な「金」のプレッシャーに、俺は息を呑むことしかできなかった。
この世のすべての富とデータが凝縮されたような、文字通りの『世界の中心』がそこにあった。
「本来はな、この世界で新しい株モンを仲間にするためには、お前自身がゲームの世界をあちこち泥臭く駆け巡り、野生の株モンに認められ、スマホに『登録(ポートフォリオ追加)』してもらう必要がある」
ビフロンスはオリハルコンコアを背に、両手を広げ恍惚とした表情で言った。
「今回は特別に、コアに直接アクセスしてお前と縁の深い株モンをここへ強制的に呼び出してやる!」
「おおおっ! マジでゲームのガチャじゃねえか! 燃えてきたぜ!」
グラフィックの気合いの入り方に俺のボルテージが上がる。
「そう、オリハルコンコアを使った【特権召喚】は、通常ゲーム中で出会う野良株モンよりも珍しい株モンが召喚出来る可能性が【比較的に】高くなっている! 今、お前は3つのホープストーンを持っている、もし、その3つのうちに一回でも強力な株モンを引き当てることが出来たなら………ククク」
「おお! すげぇ!」
「もちろん、このまま【特権召喚】を行わず、そのホープストーンを普通に契約した株モンの強化に使っても構わないぞ? お前がどうしてもと言うなら、さっきも言った通り、なんとか現金にしてやることもできるがどうする?」
骨のくせにニヤリと挑発的な笑いっぽい視線を投げかけてくるビフロンス。
考えるまでもない! こんなど派手な演出を見せられて、やらないなんてよっぽどのアホがすることだ!
「――ちょっと待つのです、鈴木良平!」
ビフロンスにホープストーンを差し出そうとした俺の腕を、アリエルが両手で必死に掴んで止めてきた。その表情はいつになく真剣そのものだ。
「ビフロンスはサラッと【比較的に】なんて言ってますよ! あなたは知らないから教えておきますが、神や魔王と呼ばれる超越存在は、人間に『理不尽な試練』を与えるのが大好きな生き物なのです! 悪いことは言いません、そのホープストーンは確実に手に入る野良株モンの地道な強化に使いなさい! 不確実なギャンブル(投機)に全財産を賭けるより、確実な資産形成を選ぶべきなのです!」
正論だ。ぐうの音も出ないほどに正論。アリエルの言う通り、ここで爆死したら手元には何も残らない。
だが――正論で引き下がれるなら、そもそも俺はパチンカスなんてやってねぇんだよ!
「アリエル、アドバイスは感謝する。……だがなぁ、男には引けない勝負ってのがあるんだ!」
「話を聞きなさいと言っているのです!」
俺はアリエルの制止を笑顔で振り切り、ビフロンスに向き直った。
「ククク! 愚かな人間め! だが、その浅はかさも俺は嫌いではないぞ……では、まずは1回目だ! 1回目で当たりを引けばよいだけなのだ! 祈りと共にそのホープストーンをオリハルコンコアに投げ込むが良い!」
「見てろよ!! この俺の超絶ヒキ強主人公補正って奴をよ!!」
俺は勢いのままに、空中をのたうつ黄金の蛇と、その中心で激しく脈動する光り輝くオリハルコンコアに向かって、手の中のホープストーンを力任せに投げ込んだ!
◇教えて!株モン博士!! ~株価の正体と指標(PER・PBR)~
博士:「やあやあ、一生懸命召喚石を貯めてお目当てのキャラを待っていたのに、つい気の緩みで浮気ガチャをまわし、なおかつ爆死した投資家のみんな元気かな? 株モン博士じゃよ」
助手:「そういう時に限って、次の新キャラガチャにお目当てのキャラが来たりするんですよね。本当に目も当てられません」
博士:「うっ、やめるんじゃ助手、古傷が痛む……! さて、気を取り直して今日の話題は『株価の正体』についてじゃな」
助手:「作中で株価の正体について少し触れていましたね。ビフロンスが言っていた『期待』と『恐怖』でしたっけ?」
博士:「その通り! 鈴木くんは『会社の業績やニュース』と答えておったが、それはあくまでキッカケに過ぎん。投資の世界にはな、こんな有名な格言があるんじゃ」
『株価は、短期的には「人気投票の投票機」であり、長期的には「価値の測定器」である』
―― ベンジャミン・グレアム(投資の神様バフェットの師匠)
助手:「人気投票、ですか。つまり、いくら業績が悪くても『これからこの会社は絶対に伸びる!』っていうみんなの『期待』が集まれば、株価はどんどん上がっていくわけですね」
博士:「左様! 逆に、どんなに優良な企業でも、市場全体に『暴落したらどうしよう』という『恐怖』が蔓延すると、みんながパニックになって一斉に売り払い、株価はドカンと下がってしまう。株価を動かしている真の正体は、業績そのものというより、それを見た『人間の心の揺れ動き』なんじゃよ」
助手:「今回、鈴木良平が使った【ホープストーン(人々の希望や祈りの結晶)】が株モンを劇的に強化できるのは、そういう市場の心理をダイレクトにエネルギーに変えているからなんですね」
博士:「うむ。しかしじゃ、みんなの人気(期待)だけで投資をしておると、実力以上に割高な株を掴まされて、それこそ爆死してしまうじゃろ? そこで、プロの投資家は『人気に惑わされないための客観的な物差し』を使っておる。代表的なのが【PER】と【PBR】じゃな」
助手:「あ、聞いたことがあります。確か、その株が『実力に対して割安か、割高か』を測るスキャナーみたいな指標ですよね」
【PER(株価収益率)】
その企業が稼ぐ「利益」に対して、株価が何倍まで買われているかを示す指標。一般的に、この倍率が低いほど「お買い得(割安)」と判断されるぞ。
【PBR(株価純資産倍率)】
その企業が持つ「純資産(会社を解散したときに残る財産)」に対して、株価が何倍かを示す指標。これが1倍を割ると「会社を今すぐ解散して現金をみんなで分けた方が得」という、おかしなレベルの激安状態を意味するんじゃ。
博士:「これらを知ったからと言って株に勝てるわけではないが、これらを知らないと投資家として話にならない、いわば最低限の免許証のような知識じゃな。正直、この指標はとんでもなく奥が深いぞ。機会があったら、いずれもう少し詳しくやるつもりじゃ!」
助手:「ちなみに株モンの原点は、株アイドル娘で、PERを衣装のエッチさ、PBRをおっぱいの大きさとかに見立てた株の擬人化から始まったらしいですね」
博士:「ちょっと待つんじゃ助手、それはトップシークレット――」
助手:「そんなこと考えてるから負けるんですよ。それでは、また次のマーケットでお会いしましょう!」




