011:見習い天使とマカロンと
011:見習い天使とマカロンと
◇アリエル視点
「おめでとう! 鈴木良平! その三千円の利益はキャピタルゲインと言って、株価の差額で発生したお前が手に入れた正当な利益だ! 良かったな! これでお前も立派なトレーダーだ!!」
「すげえ、すげえよ魔王! 本当に画面の数字が増えてやがる! 時給1,500円だとしたら2時間分の利益じゃん! 株ってすげぇぇぇ!」
「ハハハ! そうだろう! 我が時空支配の魔眼ジャッジメントアイに掛かれば、婚活パーティーに現れたイケメン医者の如く、爆益の方から俺に擦り寄ってくるのだ!」
「何それ!? 超イージーモードじゃん!!」
腹を抱えて爆笑する鈴木良平と、カタカタと骨の顎を鳴らして応えるビフロンス。
はしたなくも一柱の骸骨と一人の無職が、謎の『ラリタッタステップ』を踏みながらクルクルと回っています。
玉座の間に響き渡る、場違いなほど陽気な笑い声。
私は思わず、小さくため息をつきました。
「嘘ですね。あなたにそんな魔眼はないでしょう。鈴木良平の前だからって、カッコつけようとしていますね」
ピタリと、ビフロンスの動きが止まりました。
そして、振り返りざまに、ぽりぽりと頭を掻きつつ答えたのです。
「ははは……さすがアリエル。見透かされてしまったか」
私はそっと胸に手を当て、息を呑みました。
昔と何も変わらない、その声の響き。
目の前のまぬけで微笑ましい光景が、するりと記憶の底へ沈んでいきます。
代わりに浮かび上がってくるのは、もっと遠い日の風景。
思えば、本当に遠くへ来てしまったものです。
かつての彼は、こんな世界の底溜まりのような魔界に佇むべき存在ではありませんでした。
◇
私の記憶の中にある『楽園』。
それは常に神聖な光に満ち、白銀の幾何学模様で描かれる美しい世界。
その中心にそびえ立つ、夜空の星々を最も近くで見上げられる天文塔の最上階。
そこに、彼はいたのです。
背中に、純白の、それも超級天使の証である『6枚の美しい羽』を休ませて、愁いを帯びる神秘的な瞳で銀河の瞬きを見つめていた、あの頃のビフロンス……様。
『……見つけましたよ、ビフロンス様。大天使様がオフィスでお探しになられています』
まだ見習い天使だった私が恐る恐る声をかけると、その美しい6枚羽の天使は、静かに振り返って柔らかく微笑みました。
『やぁ。君はたしか、アリエル君だったかな? よく私がここにいるって分かったね』
憧れの超級天使に名前を覚えられていた――歓喜で飛び跳ねそうになる胸を必死に抑え、私はどこか得意げに胸を張ってみせました。
『ビフロンス様は、いつも皆に囲まれて光り輝いていらっしゃいますもの。たまには静かな夜に浸りたいのでは、と思いまして』
怖い物知らずだった当時の私。
不遜や不敬ととられて手打ちにされてもおかしくない小娘のドヤっとした返答に、ビフロンス様は、ほんの少しの気まずさと恥ずかしさを滲ませて――。
『……ふふ。参ったな、見透かされてしまっていたか』
ぽりぽりと頭を掻いてお答えになられたのです。
ほんの数秒の静寂。
ビフロンス様は、小さく肩をすくめると、天文塔の手すりから静かに身体を離されました。
夜風を孕み、6枚の美しい羽が、さわさわと波打つようにゆったりと揺らめきます。
その白銀が描く軌跡に、私は思わず息を呑みました。
その時、月明かりを浴びた風が、ビフロンス様の端正な横顔を優しく撫でて通り過ぎていきます。
最後に名残惜しそうに星々へと冷ややかな流し目を送る彼の姿を見て、私は直感で察してしまったのです。
(ああ、この方は……本当に、ただ一人で静かな夜に浸りたかったのだな、と)
ならば、お互いの利害を一致させるまで。
私はその完璧な大天使の背中に、ちゃっかりとした声をかけました。
『ビフロンス様、ちょっと質問なんですけど……。私が大天使様にご報告へ向かう前に、その大天使様よりさらに階級の偉いお方から「お菓子を買って来い」という業務命令を受けた場合、私はどちらを優先すべきなんでしょうか?』
私の言葉に、ビフロンス様は一瞬だけキョトンと目を丸くしました。
指先を顎に当て、私の意志を瞬時に汲み取ってくれた彼は、面白そうにかすかに瞳を細められたのです。
『そうだね。規約上、階級が上の天使の業務命令が最優先されるね。……ところでアリエル君、君は最近何か食べたいお菓子はあるかな?』
『そうですねぇ。購買部のマカロンも大好きですけど、居住区に最近出来たお菓子屋さんのマカロンは、大人の天使にも大人気で非常に美味しいそうですよ。……ここから往復で、1時間くらいかかってしまいますけど』
恐る恐る上目遣いで見上げる私に、その当時のビフロンス様はとても上機嫌な笑顔を浮かべて、その流麗な顎先に指を当てながら首を縦に振り始めました。
『なるほど、なるほど! よしアリエル君、君に極めて重要な任務を与えよう。天界の調和を維持するため、最近噂の美味しいマカロンを入手せよ! 最重要機密につき、この任務は他言無用だ! あと、チョコクッキーも頼むよ。代金はもちろん私の名前でツケておいてくれ』
『はいっ! シェム・ハ・メフォラシュ候補生アリエル! 任務承りました! 全身全霊をかけましてマカロンの鹵獲にあたらせていただきます!』
『うむ! 無事、目標を獲得したら私の執務室に来なさい。とっておきのお茶を御馳走しよう』
バシッと完璧な敬礼を交わし、お互いに意味深な笑みを浮かべ合ったあの夜。
それが、私とビフロンスの、初めての出会いでした。
あの、楽園の誰もが憧れた完璧で、知的で、高潔で、そして最高に優しかったカリスマ大天使。
それが何をとち狂ったのか、約束された輝かしいエリートキャリアをすべてドブに投げ捨て、突如として天界から消息を絶ったのです。
そして次に噂を聞いた時には、なぜか『ソロモン宇宙群』という未開の宇宙群の一つに居座って『魔王』を名乗り、外宇宙の侵略者と命がけで殴り合いながら、地球という異世界の「株」とかいう奇妙な経済システムの画面を見て絶叫を上げていたのでした。
本当に、天界の上級高等精神分析官を全員集めても理解不能な自由人です。
今でも、楽園の上層部は「ビフロンス様をもう一度楽園に招き入れよう」と、あの手この手で復職のオファーを送り続けているようですが、楽園との公式橋渡し役に抜擢された私から言わせれば、到底不可能な話に思えます。
いっそ、この骸骨姿で「ウメェ棒3,000円分!」とか言いながらラリタッタステップを踏んでいる今の無様な映像を録画して、天界の全職員に一斉配信してやりましょうか?
……ハッ、危ない。あまりのチグハグさに、記憶のデフラグを実行している場合ではありませんでした。
そういえば、今のビフロンスの魔界はアウターのせいで大変なことになっている最中だったのです!
「ちょっと! ビフロンス!! スキップしている場合じゃないですよ! もう良いでしょう? とにかく一回魔界に戻りましょう? 具体的には、今進行してきてるアウターだけでも何とかしてくださいよ!」
「ちょっ!! アリエル! 今、滅茶苦茶いいところなんだぞ! 今、鈴木良平にロウソク線の見方をだな……」
「ダメです!」
私はその言葉をピシャリと遮り、ジト目を向けました。
「っていうか、何ですか? あなた、失踪するにしても、もう少しやりようがあったでしょう?……」
「あれ? そっちの申請書を見たのか? チッ! またエロピエロの悪戯か?」
「悪戯とかどうでも良いんですよ! 眼鏡君とか『こっちのアウターが片付いたら、地球に乗り込んで株式自体を滅ぼしてやる! 覚悟しとけよ!』とか言いながら、毎日アウターを細切れにしてますよ。ちょっとキャラが変わりすぎて怖いくらいです」
「あの陰険眼鏡ならマジ乗り込んできそうだな……。ってか、本当に今俺動けないんだ。でも、お前が来て少しは改善の目が出てきた。良いかアリエル、オリハルコンコアを使っているとはいえ、ゲーム世界が現実世界に影響を与えるなんて本来は絶対にありえないんだ。だが現実問題、ゲームの影響が現実の世界に及んでいる。これは地球の危機ではすまない別の異次元世界まで影響を及ぼす致命的なバグの可能性がある」
「どうすれば解決できるんですか?」
「今のところ、俺がコアでバグを抑え込むのに精一杯で、原因の調査にまで力が割けない。そこでアリエル、お前の出番だ。お前は鈴木良平とともに株モン2の世界を調査して、世界浸食の原因を表ルートから探してくれ」
「良いですけど、具体的に何をすればよいんですか?」
「俺にも何をすればよいのかわからない。一応、今、他のベータ版テスター達にも異変調査を頼んでいるが、あいつら個性が強すぎてどうも真面目に調査している気配がない。中には、この状況を利用して現実世界で荒稼ぎしているやつもいるようだ」
「まったく! 人類は愚かですね。……なんですか? その目は。まるで『私が職務怠慢と同じじゃないか』みたいな目をしていませんでした?」
「いや……何でもない。そういうわけで、アリエルは鈴木良平をサポートしてゲームを進めていけばよい。それだけでこの世界の様々な所に行けるし、様々なゲームとしての恩恵も受けられるはずだ……。あと、俺との接触は残念ながらこのチュートリアルが終わったらしばらくは会えなくなるだろう」
「え? なんでですか?」
「本来、俺がこの世界に干渉できるのはこのチュートリアル空間と、ラスボスの後に戦える隠しボスとしての2回しかないんだよ。そういった意味で言えば、鈴木良平が招待IDを放置していたのはファインプレーだったのかもしれない」
「え? じゃあ、このゲームのボスを倒さないとあなたに会えないんですか?」
「いや、もう一つだけ実は裏技がある。あまりおススメはしないが……」
「なんですか? ゲームのバックドアとかですか?」
「いや、ある条件を達成すれば隠しキャラとして俺を召喚出来る……」
「ちなみに、ビフロンスの株っていくらなんです?」
「1株1億……」
「馬鹿じゃないんですか? 単元で買ったら100億じゃないですか!?」
「お前、現役バリバリの魔王を召喚出来るんだぞ? 100億でも安いだろ? まぁ、これはゲームクリア後のおまけみたいなものなんだ。最初に俺を召喚したものに願いをかなえてやるご褒美のつもりだったんだ」
「それにしても、高すぎます!」
「だが、俺たちが切れる数少ないカードの一枚だ。良いか? アリエル。お前がこれからやるべきことは、1. 従来通り鈴木良平とともにゲームのシナリオを進めていく事。2. ゲームを進めながらバグの原因の調査と対処をやる事。3. 出来れば株モン召喚で俺を呼び出すこと。以上の3つだ」
「わかりましたけど、ビフロンス、あなたは大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫だ。俺の方もシステム側から出来るだけバグの侵攻を止めるよう努力するが、サポートはあまり期待しないでくれ……」
「まったく……わかりました」
口では呆れて見せたものの、アウターの侵攻をその身一つで食い止め、バグから世界を守ろうとしている彼の背中は、どこかあの天界の天文塔で見た横顔と同じ寂しさと、揺るぎない気高さを帯びていました。
……だからこそ、私は彼を放っておけないのです。
私が、現状の確認とともに、さらに状況の改善について話を深めようとしたら――。
今まで、私たちの会話から外れたところでチコチコとスマホを弄っていた鈴木良平の方から、不穏な気配があふれていました。
ほんの数分勝ち続けただけの甘い毒にすっかり脳を冒されたのか、直前の恐怖など綺麗さっぱり忘れて、見るに耐えないほどの調子の乗り方を見せていたのです。
「フッ……。所詮は有象無象の売りブタどもめ。余の『ゴッドアイ』から逃れられると思っておるのか?」
「……は?」
玉座の隅から、聞き捨てならない、そして最高に気持ちの悪い声が聞こえてきました。
完全に目が据わっています。人間界の怪しい店で危険な麻薬でも打たれているかのような狂気の顔です。
「なんなんですか……? 鈴木良平が、急に謎の貴族みたいな口調になって気持ち悪いことになっていますよ?」
私の不審げな声に、ビフロンスがガタガタと震え出しました。
「あ、あれは……! 初心者が、何故だか理由も分からず勝ちまくってしまうという伝説の暗黒領域『ビギナーズ・ラック・ゾーン』に入っている! 理屈じゃないのだ! ああなった人間は、魔王である俺の手にも付けられない!」
「おっとぉ! 危ない危ない! ククク、今の数秒の反発、美味しく絞り出してやったぜ!」
鈴木良平が、カチャカチャとスマホの画面をタップする。
「また勝った! これで利確10連勝!! 合計で一万円以上の爆益じゃあぁぁ!」
「神がかってますね……」
私は鈴木良平の画面を覗き込み、計算の速さに少しだけ目を見張りました。
「何の分析もしていないはずなのに、利益500〜1,000円近辺のわずかな上昇の頭を、的確に、超高精度で仕留め続けていますよ?」
「そうなのだアリエル! 人間、中途半端に株のテクニックやチャートの指標を知ってしまうと、色々と邪念が入ってあんな直感全振りの神トレードはできなくなるんだよな〜! 実にうらやましいぞ!」
ビフロンスが感心したように骨の手を叩く。
その賞賛を浴びて、鈴木良平の全能感は完全にリミッターを解除されたようでした。
椅子の背もたれにふんぞり返り、髪をかき上げています。
「お? 匂うぞ、匂う! 爆益の芳醇な蜜の匂いがする! ここだ、15秒後に全力エントリーだ!!」
「あ! ……ちょっと待て鈴木良平! その銘柄の板の動きはヤバい! 大口が売りを仕掛けてくる気配が――」
「ふっ」
ビフロンスの警告を、鈴木は鼻で笑って一蹴しました。
「これだから素人魔王は……。まぁ、黙って見ておれ。余の『スペリオル・ゴッドアイ』が、今からキラウエア火山の大噴火のような大上昇を見せてやろう! INだぁぁ!」
パシィィィン! と本日一番のドヤ顔でスマホの画面が強打される。
「ほら見ろ魔王! これが、天才投資家・鈴木良平のゴッド株トレードじゃあああァァッ!!」
液晶画面の中で、鈴木良平が買った瞬間に、チャートの線が垂直に、真下へとへし折れました。
「あれ?」
◇教えて!株モン博士!! ~儲けの二割が取られます~
博士:「やあやあ、ビギナーズラック状態の時、『あれ? このままいけば株だけで月収30万超えるんじゃね?』と儚い夢を見ていた投資家のみんなこんにちは、株モン博士じゃぞ。」
助手:「鈴木良平が株を買った瞬間、マリアナ海溝みたいに突っ込んでいきましたね」
博士:「ククク、誰しも最初は自分が天才投資家だと思い込むものさ。だが、そんな浮かれている初心者に、国家と市場が用意した『冷や水』をぶっかけるのが今日のテーマだ! 題して【株の税金】と【受渡日の罠】!」
助手:「鈴木良平は『1万円まるまる俺の金!』と喜んでいましたが、実際は違うんですよね?」
博士:「そうだ! 日本の法律では、株で得た利益には【一律 20.315%】の税金(所得税・住民税・復興特別所得税)がかかる! つまり、鈴木がせっかく直感で稼いだ10,000円の爆益からも、約2,000円が容赦なく毟り取られるのだ!」
助手:「えっ、じゃあ鈴木良平は確定申告に行かないといけないんですか? あの無職がそんな面倒なことできるわけないですが……」
博士:「フフフ、そこで以前(第8話あたり)で口座を開くときに選んだ『特定口座(源泉徴収あり)』という初期設定が役に立つ! 証券会社が利益から自動で20%を引いて代わりに国に納めてくれるから、申告は不要だ。だが、画面の利益がそのまま手元に残るわけではない、ということは覚えておくのだぞ!」
(※もし新NISAの口座(最強の盾)で取引していればこの税金はゼロになりますが、鈴木は今、普通の課税口座でチコチコやっているので引かれます!)
助手:「引かれた後の約8,000円でサイゼに行くのはいいとして、鈴木さんは『明日この8,000円を口座から引き出してパチンコの軍資金にする!』と言っていましたが、これも無理なんですよね?」
博士:「そこが第2の罠、【受渡日(決済スピードのタイムラグ)】だ! パチンコならパチンコ屋の近くに何故だか特殊景品を買い取ってくれる奇特なおばちゃんがいるが、株の世界はそうはいかん!」
助手:「画面上では『約定(取引成立)』していても、実際に自分の銀行口座にお金を戻せるようになる(出金可能になる)までには、【約定した日を含めて3営業日(2営業日後)】かかるんですよね」
博士:「その通り! 月曜日に株を売って利益を出した場合、実際にそのお金が自分のものとして自由に引き出せるようになるのは水曜日なのだ。もし間に祝日や土日を挟んだら、さらに引き伸ばされるぞ!」
助手:「これが、よく言ういざという時の生活費と投資のお金を分けておけという奴ですね。何事もバランスが大事です。」
博士:「それじゃあ、また次のマーケットで会おう!」
助手:「ちなみに、私と博士は劇中の存在とは異次元同位体的なアレだそうです。どういうことでしょう?」




