乙女ゲーム
前世の記憶が蘇ったその瞬間、頭の奥で何かがつながった。
暇潰しにプレイした、とある乙女ゲーム。
ヒロインが王子たちと恋に落ちる、ありがちな物語。ヒロインの邪魔をする王子の婚約者である悪役令嬢。
ゲームのタイトルは思い出せないが、多分覚えられないくらい長いものだったはず。
おそらくはタイトルだけで三行はあったと思う。面白いかどうかはともかく、ツッコミどころが多すぎるのに、登場人物の誰もがその部分に触れていないとプレイした人たちの間で話題になる内容だったことは覚えている。
まあ、創作物など多かれ少なかれそういうものだとは分かっている。むしろ全てが現実的に書かれてしまってはつまらない。あくまで娯楽として楽しむものなのだから、細かい違和感は無視するものだ。
そういう前提を踏まえたうえでも、あの作品は「ん?」という部分が異様に多かった。
ギャグか? ギャグなのかな? と思いながらプレイしたくらいだ。
まず、先にも述べたようにメインヒーローにはすでに婚約者がいる。そんなことはよくあることじゃないか……と思われるだろうが、婚約者がいる男を略奪しようとするヒロインに引いた。それはもうドン引きだった。
将来が決まった相手、しかも国の為の政略結婚という配慮が必要な相手がいながら簡単にヒロインに目移りするような王子なんて、どう考えてもろくでもない。そんな簡単にハニートラップに引っ掛かりそうな王子が将来王になるなんて、国の未来が不安で仕方ない。
それに、ヒロインもおかしい。ヒロインは貴族の父親との間に出来た子で、本妻が亡くなった後に母親と一緒に屋敷にやってくるところからストーリーが始まる。『ここが、お父さんのお屋敷……。今日から私も貴族のお嬢様になるのね……!』と顔をキラキラ輝かせて豪華なお屋敷へと向かうシーンからゲーム開始画面に移る。
これもまあ、ありがちだが……ひとつ間違いがある。お父さんのお屋敷、とあるが、そこはヒロインの父親の所有物ではない。父親の亡くなった本妻のお屋敷だ。何故なら父親は入り婿であり、その屋敷に所有権はない。母親からお屋敷に関するすべての権利を受け継いだのは、本妻の娘だ。父親は何一つ権利をもたない。ちなみに、この本妻の娘が『悪役令嬢』である。
その家の血が一滴も入っていない入り婿が他所で子をこさえても、その子がその家の子女になることはない。仮にあったとしてもそれは”お家乗っ取り”という犯罪だ。その家の娘を名乗った時点で自分は犯罪者ですと公言しているも同然だ。
だというのに、何故か誰もそこを突っ込まないままストーリーが進む。
ヒロインは不思議なことにその家の令嬢として扱われ、そのままエンディングまでいってしまう。
なんなら王子の妻となって王妃にまでなるエンディングがトゥルーエンドだったりする。
王子、お前は犯罪者を妃にして何も思わないの?
という、ごもっともな意見がプレイヤーの間で飛び交った。
他にもいろいろあるが、きりがないので一旦やめておこう。頭が痛くなりそうだ。
ちなみに私こと『クロエ』は悪役令嬢ではない。そしてヒロインでもない。
なら、ストーリーに何ら関わりのないモブかというと、それは違う。
ストーリーの根幹を担っている大切なキャラクター……そう、悪役令嬢の、亡くなった『母親』である。
クロエ・フォン・カレンデュラ女公爵。
ゲームで本人が出てくるのは悪役令嬢の回想シーンのみ。ほんの数秒の登場だった。
それしか出てこないキャラクターをなぜ名前まで詳細に覚えているかというと、あまりにもビジュアルがよすぎたからだ。ファンの間で二次創作が飛び交い、あまりの人気に公式がメインキャラ同様にグッズまで出した。
かくいう前世の自分もグッズ購入は勿論のこと、ファンアートまでせっせと書いた。それくらい好きなキャラクターだ。なんならメインキャラより好きだ。
あまりにも美しすぎる女公爵クロエは、悪役令嬢である娘が幼い時に儚くなる。
死因は病死とあるが、実際は長年夫に毒を盛られたせいだと後に判明するのだ。
おいおい、ならヒロインは犯罪者の娘で、自分も現在進行形でお家乗っ取りという罪を犯した罪人じゃないか。という意見が多かったが、全くもって同意だ。
ヒロインが「お父様は罪を犯してしまうくらい、お母様と私を愛していたのね……」としんみり呟いたシーンは「何言ってんだコイツ」と引いた。正気とは思えない発言だ。ヒロインは狂人だった。
「この、ヒロインの父親がレオナルドなのよね……」
他所に愛人を作り、子までもうけたあげく、妻を毒殺した――そんな鬼畜がヒロインの父親。
そして、その人物はよりにもよってクロエの婚約者、レオナルド・リンデンなのである。
「あの、屑男レオナルドがわたくしの婚約者? 妻を毒殺し、喪が明けぬうちに愛人とその娘を屋敷に連れてきた挙句、遺されたクロエの娘を虐げる──あの畜生以下の父親が? そんな……うそよ……」
優しく、誠実そうに微笑む彼が――その笑顔の裏で私に毒を盛るなんて。
「そんな…………」
クロエは髪が乱れるのもかまわず机に手をついて頭を抱えた。長いまつ毛の陰から涙がひとすじ頬を伝って落ちていく。もし、この世界がゲームの展開そのものの運命を辿るのならば、クロエは数年後に夫となったレオナルドによって命を奪われる。
「いや……いやよ。殺されるのも、わたくしの娘が虐げられるのも冗談ではないわ。わたくしたちがいったい何をしたっていうのよ……こんなの、あんまりよ!」
美しく飾られた部屋の中、彼女の絶望だけがひどく現実的に響いていた。
ただのゲームの一シナリオのために、自分とまだ見ぬ娘が犠牲になるなど受け入れられるはずがない。
クロエは震える手で胸元を押さえながら、息をするのも忘れるほどの衝撃に呑まれていた。
頭の中ではレオナルドの優しげな笑顔と暖かな声が、まるで幻のように蘇る。
『クロエ、君は本当に美しいね』
『君と夫婦になるのが今から楽しみで仕方ないよ』
『……君が笑ってくれると、嬉しいよ』
彼の優しい言葉、優しい笑顔、そのすべてが演技だったというの?
わたくしを……騙していたの?
ゲームの中ではヒロインの母と結ばれる為、ヒロインを貴族の令嬢として迎え入れる為、邪魔になるクロエを無慈悲に排除していた。そうして、親子三人で仲睦まじく暮らすのだ。……クロエとの間に生まれた実の娘を邪魔者扱いしながら。
「あの優しいレオナルド様が……そんなこと、するはずがない。信じたくない……!」
彼の言葉を、仕草を、あの穏やかな微笑みを思い出すたび、胸が裂けるように痛む。
信じていた。どんなに政略の婚約でも彼のことを信じて夫婦になろうとしていたのに……。
涙が頬を伝う。
心の中で築き上げていた彼との絆が音を立てて崩れていった。




