有り得ない提案
「なんですか、その顔は……。まさか、やりたくないなどとふざけたことを言いませんよね?」
「め、滅相もございません! ……ただ、女性に何を贈ったらいいのか分からなくて。母上でしたら、女性の好みはよくご存じですよね?」
「ほほ……まさか、わたくしから贈っておけ、などという情けないことは言わないわよね? 婚約者への贈り物を母親に選ばせる恥知らずに成り下がらないでちょうだい。涙が出てくるわ」
夫人はレオナルドの言いたいことを先読みし、きっぱりと断る。
そして冷や汗をにじませた息子を鋭く一瞥し、非難めいた声で問いかけた。
「……何を贈ったら分からない、ですか。なら、今まではどのように贈り物を選んでいたというの? まさか……何ひとつ贈ってないなどとは言わないわよね?」
「とんでもない! ちゃんと贈っていますよ!」
「だったら今回も自分で出来るでしょう? 無駄なことを言っていないできちんとやりなさい」
話はそれ以上続けるつもりはないとでも言うように、夫人はレオナルドを無視して部屋を出て行った。
残されたレオナルドは顔を伏せ、冷や汗をにじませている。
(ど……どうしよう。宝飾品だなんて……無理だ。そんなもの、買えるはずがない……)
レオナルドがクロエへの贈り物をここまで頑なに拒む理由はいくつもあったが、最も大きな理由は単に金を惜しんでいたからだ。家からもらえる予算は決して多くない。それでも彼はシェリーとの遊興と自分の欲しいもののために惜しげもなく使っていた。そして余った金でクロエに義務的に贈り物をしているのだが、内容が花や菓子というドレス類に比べると安価になっていたのはそういうわけだ。
素直に金が足りないと訴えれば追加の予算を出してもらえるだろう。だがその代わり、何に使ったのか問い詰められるのは目に見えていた。今までレオナルドは、予算内であれば多忙な母親が資金使途の詳細までは確認しないと高を括り、シェリーとの交際費や私的な出費に自由に金を使っていた。だが今後は無駄遣いを戒めるため、逐一領収書の提出を求められる可能性がある。
そうなればシェリーという恋人の存在が明るみに出るだけでなく、激怒した母が彼女に手を出す恐れもある。
気位の高い母が公爵家の資金を平民に湯水のように使っていたと知って、怒らないはずがない。
(こうなったら私物を売るしか方法は……あ、いや、それも駄目か……)
私物をいくつか売れば金は工面できそうだが、その多くにリンデン家の家紋が刻まれていた。
家紋の入った品を売りに出せばすぐにリンデン家のものだと知られてしまい、あの家が質屋に品を売って暮らすほど貧しいと社交界で嘲笑されかねない。
そんなことになれば母親から怒られるだけですむはずがない。そんなことを再び起こさせまいと、屋敷から一歩も出させてもらえず、外出には常に監視が付きまとう軟禁同然の生活を強いられる可能性もある。
しかし、実のところクロエに宝飾品を贈るほどの金がないのは事実だ。次の予算支給日まで待っていては、己の行動を母親から疑われてしまう。
「どうすればいいんだ……」
頭を抱え、誰にともなく呟くレオナルド。だが、それに答える声はどこにもなかった。
翌日、レオナルドはいつものように例のレストランでシェリーと食事をしていた。
だがその表情はどこか冴えず、様子のおかしい彼を見てシェリーは不思議そうに首を傾げる。
「レオ、どうしたの? なんだか元気ないわね」
「あ、ああ……すまない。実は……」
レオナルドは昨夜、母親から命じられたことを話した。
「えっ……!? 婚約者にアクセサリーを? うそ……、そんな、やだよ……」
それを聞いたシェリーは目から涙を溢れさせ、手に持っていたフォークを落とした。
床に甲高い金属音が鳴り響き、それを聞いた店主の奥方がやってきてそれを拾う。
「新しいのをお持ちします」と一礼した際にふと彼らの会話が耳に入った。
「ご、ごめん、シェリー……泣かないで」
「ぐすっ……だって、婚約者にはドレスもアクセサリーも贈らないって約束してくれたじゃない! 贈るのは私にだけって……そう言ってくれたでしょう!?」
なんだそりゃ、と店主の奥方は思わず声に出すところだった。
その行為に何の意味があるのか、彼女にはさっぱり分からない。
足早に厨房へと向かい、替えのフォークを彼等のテーブルに持ってくるとまだその件で二人は言い合いしていた。
「嫌……嫌よ! レオが私以外の女にアクセサリーを選ぶのも、その女がそれを身に着けるのも……!」
「ごめん……僕だって嫌だよ。僕が心を込めて服や宝飾品を選び、贈るのは君だけだと決めているのに……」
まるで悲劇の恋人のように嘆く二人を、奥方は白けた目で見ていた。
婚約者がいるのに、この男は何を操を立てたつもりでいるのか。女の方も婚約者がいる男と付き合っておきながら、そんなことで嫌がるなどどうかしている。
無言で替えのフォークを置き、空いた皿を片付けようとしていると、また戯言が耳に入った。
「そもそもさ、レオの気を引きたいって理由があるにしても、婚約者ってずっと会ってくれないんでしょう? そんな人のためにアクセサリーを用意するなんて、変だよ……」
「それは私だってそう思うよ。手紙の返事すら寄越さないような女に高価な品を贈ること自体、嫌で仕方ない。だけど仕方ないんだ。婚約者はそういう横暴すら許されるほどの身分だから……」
「そんな……」
またもやぐすぐすと泣き出すシェリーにそっとハンカチを差し出すレオナルド。
シェリーはそれを取り、ごしごしと無造作に涙を拭った。
そして、店主の奥方は白けた目でそれを見ていた。
──横暴なのは、不貞相手に婚約者の悪口を言って偉そうにしているこの男ではないかしら……。
奥方は思わずそんな言葉が喉まで込み上げ、そのまま口から飛び出してしまいそうになるのを必死に堪えた。
他人事とはいえ、あまりにも傲慢な彼らの言葉に怒りが収まらない。
そんな怒りをぐっとこらえ、黙々と空の食器をトレイに載せていると、またもやとんでもない発言が耳に入ってきた。
「だったら……せめて、すごい安物にして! それなら嫌な気にもならないと思うから。……あ、そうだわ! だったら、街角にある露店で選んだものにしましょう。ガラス細工だけど光に当たると綺麗に輝いて、まるで本物みたいなの!」
「露店……? なるほど、それは……良さそうだな!」
二人の顔がパアッと明るくなったのを見て、店主の奥方は思わず「えええっ⁉」と声を上げそうになった。
奥方は平民で貴族の事情には詳しくないものの、名家の令嬢に露店のガラス細工を贈るのがどれほど無作法なことかは理解している。
彼女はなるべく平静を装い、皿の乗ったトレイを持ったまま一礼する。
忘れてしまわないようにと奥方は急いで厨房へ駆け戻ると、紙を手に取り、先ほどの彼らの会話を一気に書きなぐった。
「とんでもないことだわ……。早く、これをオーナーに渡さなきゃ……」
厨房で調理をしていた店主は、ただごとではない様子の妻を心配そうに見つめていた。




