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【完結】その真実の愛とやらで、自滅の道をお進み下さい  作者: 逆立ちハムスター


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7/11

「エレノア様、重石弓、全機装填完了いたしました! いつでも放てます!」

吹雪に声を掻き消されぬよう、副官がわたくしの耳元で叫ぶ。

わたくしは、城壁の縁に立ち、手すりに両手を預けて眼下の雪原を冷徹に見下ろしていた。吹き付ける雪が頬を打ち、髪を振り乱すが、わたくしの青い瞳は瞬き一つせず、敵の進行速度、陣形、そして風の向きを正確に計算し続けていた。


「まだです。引きつけなさい」

わたくしの声は、騒音の中でも不思議なほど明瞭に、兵士たちの耳に届いた。

「敵は吹雪に乗って加速しています。今撃てば、風に流され命中率が下がります。……第一標的群、城壁より距離二百まで待機」


城壁の下では、巨大な鉄の門が重々しい音を立てて開き始めていた。

そこから、漆黒の甲冑を纏ったレオンハルト大公を先頭に、東方黒狼騎士団が雪原へと飛び出していく。黒曜石の楔のように、真っ白な魔獣の群れへと突撃していく彼らの姿は、まさに死を恐れぬ狂戦士のそれであった。


激突。

雪原に、鮮血の花が次々と咲き乱れた。大公の振るう巨大な両手剣が、一振りで数頭の魔獣を両断し、内臓と血しぶきが雪を赤く染め上げる。彼らは一歩も引かず、圧倒的な武力で魔獣の波を押し返していた。

しかし、敵の数はあまりにも多い。徐々に、騎士団の側面に回り込もうとする魔獣の別働隊が現れ始めた。


「エレノア様! 右翼より、敵の別働隊約五十、騎士団の側面を突こうとしています!」

「見えています」

わたくしは、懐中時計を取り出し、秒針の動きと風の音を同調させた。

「風が……凪ぎます。今です。右翼の重石弓部隊、仰角十五度。目標、右側面へ回り込む敵群。放て!!」


わたくしが指揮棒を振り下ろした瞬間。

ドギュゥゥゥン!! という、空気を切り裂く凄まじい発射音が城壁上に鳴り響いた。

大人の腕ほどもある太さの鋼の矢が、数百本同時に射出され、空中で放物線を描いて雪原へと降り注ぐ。

わたくしの計算通り、一瞬風が凪いだ空間を正確に貫いた死の雨は、騎士団の側面を突こうとしていた魔獣の群れに、文字通り「面」として直撃した。


悲鳴が上がり、雪原に無数の魔獣が縫い付けられる。

見事なまでの統制と、寸分の狂いもない弾着。兵士たちから、どよめきと歓声が上がる。


「喜ぶのは早すぎます。次弾装填! 急ぎなさい!」

わたくしは感情を交えず、次々と指示を飛ばした。

前線で大公が暴れ回り、わたくしが後方から敵の機動力を完全に削ぐ。この絶対的な連携の前に、魔獣の群れは次第に統制を失い、崩壊を始めていた。


だが、その時であった。

雪煙の奥から、他の個体とは比較にならぬほどの巨体――まるで小山のような銀色の毛皮を持った、一際巨大な氷喰狼が姿を現したのだ。

群れを率いる「アルファ」。

その眼光は知性に満ちており、己の群れが不利であることを悟ると、突如として標的を変えた。前線の大公を無視し、凄まじい跳躍力で味方の屍を踏み台にしながら、一直線に、わたくしの立つ城壁の上へと向かって跳躍したのである。


「なっ……!? エレノア様、お下がりを!!」

兵士たちが悲鳴を上げる。

巨獣が、城壁の縁に巨大な爪を食い込ませ、その恐ろしい牙を剥き出しにして、わたくしの目の前へとよじ登ってきた。血の匂いと、凍りつくような死の息吹がわたくしの全身を包み込む。

周囲の兵士たちは恐怖で身をすくませ、重石弓を構え直すこともできない。巨獣の牙が、わたくしの細い首を噛み砕こうと迫る。


しかし、わたくしは、一歩も退かなかった。

悲鳴を上げることも、目を伏せることもない。

わたくしは、アージェントの娘。誇り高き北方の盾。獣の如き威圧に屈するなど、わたくしの矜持が許しはしない。


わたくしは、ただ静かに、冷酷に、目の前の巨獣の瞳を見据えた。

その一切の恐怖を持たない、あまりにも静謐で絶対的なわたくしの瞳に、知性を持つがゆえに、巨獣が一瞬、戸惑い動きを止めた。


その、僅か一秒にも満たない「空白」。

それこそが、わたくしが創り出した、決定的な死角であった。


「――我が妻を、その汚き目で見据えるな、畜生が」


地獄の底から響くような、凄絶な殺気を孕んだ声。

わたくしの背後から、漆黒の旋風が巻き起こった。

下から城壁を駆け上がってきたレオンハルト大公が、常人には不可視の速度で跳躍し、空中で身を捻りながら、その手にある巨大な剣を、巨獣の脳天へと力任せに振り下ろした。


ゴアァァァァッ!!


鋼の兜すら両断するその一撃は、巨獣の強固な頭蓋を容易く叩き割り、その巨体を真っ二つに引き裂いた。

噴出する大量の鮮血が、猛吹雪の空に赤い霧となって舞い散る。

大公は着地と同時に剣を振り抜き、血糊を払うと、そのまま片膝を突き、息一つ乱さぬ様子でわたくしを見上げた。その漆黒の甲冑は、魔獣の返り血で赤黒く染まり、まるで地獄から這い上がってきた魔王のような凄まじい威容であった。


主を失った魔獣の群れは、完全な恐慌状態に陥り、散り散りになって雪原の彼方へと逃げ去っていく。

勝敗は、完全に決した。


「……見事な指揮であった、エレノア」

大公は、隻眼を細め、血に濡れた顔に優しげな笑みを浮かべてわたくしを見つめた。

「貴女が作り出したあの一瞬の隙がなければ、仕留め損なうところであった。まさか、獣の威圧を前にして、瞬き一つせず立ち尽くすとはな。肝が据わりすぎている」

「わたくしは、貴方様が必ず間に合うと、微塵の疑いもなく信じておりましたゆえ」

わたくしは、顔にかかった一滴の獣の血を純白のハンカチで静かに拭いながら、平然と答えた。

「それに、わたくしの前で無礼を働く者は、いかなる獣であろうと許しません。それは、王都の愚かな貴族であろうと、北方の魔獣であろうと同じことです」


わたくしの言葉に、大公はふはっと短く吹き出し、やがて腹を抱えて大笑いし始めた。

歴戦の兵士たちも、大公につられるようにして、恐怖を忘れて歓声を上げ、勝利の雄叫びを雪空に響かせた。

わたくしは、血まみれの大公を見下ろし、初めて、自らの意志で、心からの微かな微笑みを浮かべた。


「お疲れ様でございました、レオンハルト様。怪我の治療と、温かい食事の手配は済ませております。勝利の美酒を、共に味わいましょう」

「ああ。頼むとしよう、我が最愛にして、最強の伴侶よ」


大公が立ち上がり、わたくしの肩を優しく抱き寄せる。

その甲冑の冷たさと、そこから伝わる確かな熱気を心地よく感じながら、わたくしは雪原を見渡した。

血で汚れた白銀の戦野。だが、ここには、王都の豪奢な広間には決して存在しなかった、真の誇りと、偽りのない絆が確かにある。


――だが、この静かな勝利の余韻は、長くは続かなかった。


数日後。

吹雪が収まり、王都からの街道が僅かに開いたその日。

王家の紋章を掲げた一羽の伝書鳩が、東方の砦に舞い降りた。

届けられたのは、金色の封蝋がなされた、王太子ユリアンからの勅書であった。


大広間にて、大公と共にその手紙を開いたわたくしは、そこに記されたあまりにも愚かしく、かつ傲慢な内容に、青い瞳を氷のように冷たく細めた。


『東方大公レオンハルト並びに、エレノア・フォン・アージェントへ告ぐ。

過日における降誕祭での騒動は、余の寛大なる慈悲により不問に付す。

しかし、大公が勝手にエレノアを連れ去ったことは、王家の権威に対する重大な挑戦である。

よって、エレノアは直ちに王都へ帰還し、セリア・フォン・ローズの前で膝をつき、これまでの非礼を詫びよ。

さすれば、我が側室として、再び王宮へ迎え入れることを考慮してやろう』


「……痴れ者が」

レオンハルト大公の低い呟きが、広間の空気を一瞬にして凍らせた。

彼の黄金の隻眼に、先日の魔獣との戦いの時よりも遥かに深く、凄惨な殺意が宿っている。


「大公閣下」

わたくしは、手紙を暖炉の炎の中へと静かに放り投げた。

羊皮紙がパチパチと音を立てて燃え上がり、王太子の愚かな言葉が灰となって消えていく。

「どうやら、王都の温室で微睡む方々には、北風の真の冷たさを、そして、我らの怒りの重さを、直接教えて差し上げる必要があるようですわね」


わたくしが、極寒の微笑みを浮かべて大公を見上げると、彼は獰猛な笑みで頷いた。

「ああ。出陣の支度をせよ、エレノア。腐りきった王都を、我らが『東の嵐』で浄化してやろう」


黒鉄の騎士と白雪の令嬢。

二人の真なる覇道は、今、雪解けを待たずして幕を開けようとしていた。

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