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【完結】その真実の愛とやらで、自滅の道をお進み下さい【◐】  作者: 逆立ちハムスター


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「レオンハルト様……」

わたくしの口元から、自然と、そしてわたくし自身でも驚くほど柔らかな安堵の吐息が漏れた。

彼は静かに歩み寄り、わたくしの腰を抱き寄せて、その分厚い胸板にわたくしの身体を預けさせた。先ほどまで冷たく張り詰めていたわたくしの精神が、彼の体温と、微かな鉄と硝煙の匂いによって、ゆっくりと解れていくのを感じる。

「執務の合間に、このような場所へお越しになるとは。軍の再編会議はもうよろしいのですか?」

「ああ。老いぼれた将軍どもに、新たな軍規を叩き込むのには骨が折れたが、一応の目処はついた。それに……」

彼は、黄金の隻眼を細め、わたくしの額に落ちたひとすじの黒髪を、ごつごつとした指先で優しく払いのけた。

「執務室に籠もりきりで、己の身を削るようにして政務に没頭している我が妻の顔を見なければ、どうにも毒気を抜かれた気分になってな。貴女のその凛とした冷たさは、私にとって最高の薬なのだ」


「お戯れを。わたくしは、為すべきことを為しているまでですわ」

わたくしは微かに微笑み、彼を見上げた。

「ですが、確かに少々、あの下劣な者たちの相手をして目が疲れたようです。……少しだけ、夜風に当たりとうございます」

「よかろう。付き合おう」


二人は、誰の供も連れず、離宮の最上階にあるバルコニーへと出た。

夜空には、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭い三日月が懸かり、王都の街並みを静かな銀色の光で照らし出している。かつては毎夜のように開かれていた狂騒の宴の灯りは消え失せ、今あるのは、明日を生きるための、静かで慎ましい民草の灯りだけであった。


「……美しい夜です」

わたくしが大理石の手すりに寄りかかり、夜空を見上げると、レオンハルトが背後からわたくしの身体を大きな外套で包み込むように抱きしめた。

「貴女の青い瞳の方が、星空よりも遥かに美しいがな」

「そのような甘い台詞、東方の砦では一度も口になさらなかったではありませんか。王都の空気が、大公閣下を少し軟弱にさせたのではありませんか?」

わたくしが揶揄するように言うと、彼は腹の底から響くような低い声で笑った。


「かもしれんな。……だが、エレノア。私は本気で言っているのだ」

彼の声が、不意に真摯で重々しいものへと変わった。

「王都を制圧し、兄上(国王)に代わって実権を握った。だが、国庫は空で、旧貴族の不満は燻り、隣国は虎視眈々と隙を窺っている。この国は今、死の淵に立たされていると言ってもいい。私一人ならば、剣で切り捨てることはできても、国を『治める』ことはできなかっただろう。……貴女がいてくれなければ、私はただの破壊者で終わっていた」

彼は、わたくしの肩に自らの顎を乗せ、その強い腕でわたくしをさらに深く抱きしめた。

「貴女が泥を被り、冷酷な決断を下し、細やかな政務のすべてを取り仕切ってくれているからこそ、私は安心して軍を動かし、外敵を威圧することができる。貴女は、私の剣であり、盾であり、そして魂の半身だ」


その言葉は、わたくしの心の最も深い場所――幼い頃から「王家のための道具」として凍りつかせていた感情の深淵を、確実に、そして優しく溶かしていった。

愛だの恋だのという、宮廷劇の軽薄な戯れ言ではない。

これは、互いの存在価値を完全に認め合い、命と国運を預け合う、究極の「信頼と敬愛」であった。


わたくしは、彼の手の甲に自らの手を重ね、夜空に向かって静かに言葉を紡いだ。

「レオンハルト様。わたくしは、あの日、貴方様が差し伸べてくださった手を握ったことを、生涯の誇りとしております。貴方様が王国の未来を切り開く覇王であるならば、わたくしは、その道を阻むすべての障害を凍てつかせ、砕き散らす絶対の氷刃となりましょう。この身に流れるアージェントの血と、わたくしの魂のすべては、貴方様と共にあります」

「……ああ。誓おう、我が妻よ。この命尽きるまで、貴女のその誇り高き魂を、私が守り抜くと」

月光の下、二つの影は一つに重なり、静寂の中で固い誓いの口付けを交わした。それは、いかなる神前の誓いよりも重く、そして純粋な、戦友にして番いである二人の、永遠の契りであった。



そして、一週間後。

王都の最も神聖なる場所、「光の聖堂」において、レオンハルト大公の摂政就任、並びに、わたくしたち二人の正式な婚姻を宣誓する、世紀の戴冠式が執り行われた。


大聖堂を埋め尽くすのは、新体制に恭順を誓った貴族たちと、各地から集められた騎士団の将官たちである。彼らの顔に、かつてのような軽薄な笑みはない。あるのは、畏れと、新たなる支配者に対する絶対的な服従の意志のみである。

パイプオルガンの荘厳にして重厚な旋律が、巨大なステンドグラスを震わせながら堂内に鳴り響き、式の始まりを告げた。


大聖堂の入り口の扉が重々しく開かれる。

先頭を歩むのは、黄金の装飾が施された漆黒の礼装甲冑に身を包んだ、レオンハルト大公。彼の顔の傷跡は隠されることなく、むしろ数多の死線を潜り抜けてきた「武の象徴」として、凄まじい覇気を放っている。

そして、彼と腕を組み、共に歩みを進めるのが、わたくしであった。


この日のために用意されたドレスは、かつての王太子妃候補としての虚飾に満ちたものではない。

純白の重厚な絹地に、東方の黒狼と北方の銀狼が絡み合う壮麗な紋章が、銀糸と水晶によって精緻に刺繍されている。首元までを覆う禁欲的なデザインでありながら、それがゆえに、内に秘められた揺るぎない気高さと威厳を強調していた。代々伝わる「氷涙石」のティアラが、ステンドグラスの光を浴びて、わたくしの頭上で神々しいほどの輝きを放っている。


わたくしたちが、大理石の床を踏みしめて祭壇へと進むその一歩一歩が、王国の歴史が新しく書き換えられていく音であった。

列席する者たちは、わたくしたちが通り過ぎるたびに、まるで嵐の前の麦穂のように深く頭を垂れ、息をすることすら忘れたように静まり返っている。彼らは悟ったのだ。これからの王国を支配するのは、血筋や甘言ではない。圧倒的な「力」と、絶対的な「規律」、そして微塵の隙も見せぬ「誇り」であるということを。


祭壇の前に辿り着き、最高位の神官が震える手で聖書を読み上げ、わたくしたちの頭上に神の祝福を宣言した。

しかし、わたくしにとって、神の承認など形式に過ぎない。

わたくしが真に誓いを立てるべき相手は、ただ一人。隣に立つ、この隻眼の覇王のみである。


「エレノア・フォン・ドラグノフ。我が唯一の妃よ」

レオンハルトが、低い、しかし堂内に響き渡る声でわたくしの名を呼んだ。アージェントの名を捨て、彼の名を冠した新しい名。

彼は、わたくしの純白の手袋に包まれた手を取り、ゆっくりと跪いた。大公たる者が、衆人環視の中で妃に跪くなど、前代未聞のことであった。だが、彼にとって、それは何よりも自然な「真実の証明」であったのだ。


「この剣も、この命も、そしてこの国も。すべては貴女と共に在る。共に、この乱世を統べようぞ」

わたくしは、静かに頷き、氷のように澄んだ青い瞳に、生涯消えることのない熱い炎を宿して彼を見つめ返した。


「ええ、我が夫。貴方様の覇道、このエレノアが、冷徹なる知恵と揺るぎなき誇りをもって、地の果てまで支え抜いてみせましょう」


パイプオルガンの音が最高潮に達し、神官が高らかに二人の結びつきを宣言する。

大聖堂は、割れんばかりの歓声と、剣の柄を打ち鳴らす轟音に包まれた。

不当なる貶めを受け、孤独な雪原へと追いやられようとした孤高の白百合は、己の誇りを決して曲げなかったがゆえに、最強の黒鉄の騎士を惹きつけ、ついには玉座の隣という、誰よりも高く、誰よりも気高い場所で、永遠に枯れることのない氷の華として咲き誇ったのである。


こうして、グラン・ロヴェール王国は、隻眼の覇王と氷の大公妃という、建国以来最も苛烈で、最も高潔なる二人の支配者によって、大いなる刷新と栄光の時代へと歩みを進めることとなった。

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― 新着の感想 ―
おもしろかったです! 荘厳な文章で、エレノアとレオンハルトの高潔さと冷徹さが伝わってきます。 へなちょこ王太子、格が違う。でもまあ、あまりに格が違いすぎて、王太子としても伴侶にはできないのは、よくわか…
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